「女性の9人に1人は乳がんを発症」それでも日本の乳がん検診の受診率が50%を切っている意外な理由
プレジデントオンライン / 2023年12月7日 10時15分
■40歳代後半と50歳代後半に発症数のピークがある
読者のみなさん、はじめまして。福島県で乳腺診療に従事する医師の尾崎章彦と申します。現在の日本において、乳がんは最も発症数の多い女性のがんです。1年間に乳がんを発症する女性は9万4400人(2021年)、実に、女性の約9人に1人が一生のうちに乳がんを経験すると言われています。今回は、身近な病気である乳がんについて一緒に勉強しましょう。
まず、今回の記事を通してみなさんに最もお伝えしたいことは、「乳がん検診をぜひ定期的に受診してください」ということです。乳がんは、検診の効果が確立されている数少ないがんの一つだからです。検診によって早い段階で病気を発見することができれば、多くのケースで、体に負担の少ない治療で治癒を目指すことができます。加えて、日本では、乳がんは40歳代後半と50歳代後半にそれぞれ発症数のピークがあり、働き世代においてこそ検診が重要と言えます。
■最も効果が確立されているのはマンモグラフィー
では乳がん検診で、どのような検査をどのような頻度で受ければいいのでしょうか。現在、最も効果が確立されている検査は、マンモグラフィーです。これは乳房専用のX線撮影のことで、乳房を板で圧迫し、薄く伸ばした状態で撮影します。過去の調査結果を統合すると、2年ごとの定期的なマンモグラフィーの受診で、乳がんによる死亡率が15~20%低下すると考えられています。
ただ、マンモグラフィーの効果については、注意が必要な点もあります。それは、元となった調査の大半が、1990年以前とかなり昔に実施されている点です。マンモグラフィーで乳がんを早期発見して得られる死亡率減少効果は、現代ではもう少し縮小しているのではと考える向きもあります。というのも、この数十年の間に乳がんの薬剤治療は劇的に改善しました。ホルモン治療の他、分子標的剤、免疫チェックポイント阻害剤など最新の薬剤が次々と導入され、かつては根治が難しかった進行段階の乳がんも治療が可能となっています。マンモグラフィーや早期発見に意味がないのではなく、早期発見できなかった場合の生存率も上がっている、ということです。
■触診だけで乳がんを指摘することは困難
もちろん現状、対抗馬となるような検査手法はありませんから、マンモグラフィーは今後もしばらく乳がん検診の中心であり続けるでしょう。さて、現在の日本において、自治体が主催する検診(対策型検診と呼ばれます)では、40歳代以上の女性を対象に2年ごとの乳がん検診が推奨されています。かつては触診とマンモグラフィーを組み合わせた乳がん検診が広く実施されていましたが、触診で乳がんを指摘することは困難であり、現在では積極的には推奨されていません。
他方、人間ドッグを中心としたその他の乳がん検診においては、マンモグラフィーの他にも、触診や乳房超音波検査、乳房MRI検査、PET検査など様々な方法が実施されています。ただし、これらの検査を単独で実施することは適切ではありません。マンモグラフィーにこれらの検査を組み合わせることで、上乗せの効果を期待するというのが現在の乳がん検診における一般的な考え方です。
■乳房超音波検査の組み合わせは検診レベルでは最適
このうち、マンモグラフィーとの組み合わせとして国内で最も導入が進んでいるのは、乳房超音波検査です。乳房に超音波を当て、その反射波を画像に映し出すことで乳房内部の状態を知ることができます。乳房を挟んで撮影するマンモグラフィーと比べ、患者さんのストレスが少ないのが特徴です。
乳房超音波検査については、2000年代にJ-START試験と呼ばれる重要な調査が日本で実施されています。7万6196人の40歳代の女性を対象としたこの調査では、マンモグラフィーに乳房超音波検査を組み合わせることで、乳がんの発見数が増加すること、また、ステージ0または1の乳がんの発見が増加することが証明されました。
なぜ、40歳代が対象になったかと言えば、この年代は乳腺濃度が高いためにマンモグラフィー画像が読み取りづらく、診断精度が下がりやすいからです。乳房超音波検査は乳腺濃度の影響を受けにくく、体の負担も少なく簡便にできるので、この年代の乳がん検診でマンモグラフィーに組み合わせる検査としては、最適と言えるでしょう。
■超音波検査にはメリット・デメリットがある
一方、J-START試験は乳房超音波検査を上乗せすることによってどの程度の乳がんを追加で発見することができるかという疑問に答えるためにデザイン・実施された試験であり、死亡率減少効果は主要な評価項目として組み込まれませんでした。そのため、同試験では、乳房超音波検査を上乗せすることによる死亡率減少効果は、示されませんでした。また、乳房超音波検査は、術者の力量や経験に診断精度が影響されやすい側面もあります。そのような事情があり、超音波検査は今のところ、対策型検診で広く推奨されるには至っていません。
なお、乳房超音波検査のデメリットとして、乳がん以外の良性病変が指摘されやすいことも挙げられます。診断を確定するために侵襲的な追加検査(針生検等)を実施するケースが増えたり、数年間にわたって半年ごとに検診を受診していただく必要が生じたりします。
このように乳房超音波検査は、メリット・デメリットを医療者と相談しながら、実施を判断することが重要です。
■「痛み」の緩和にはいくつかの方法がある
海外では、乳房超音波検査は積極的に実施されておらず、代わりに広く実施されているのが、MRI検査です。ただ、乳がん発見のためのMRI検査では造影剤を用いるのが基本であり、検診レベルで実施するにはいささか侵襲が強すぎると言えます。また、検診で行うには一回あたりに時間がかかりすぎるという問題もあります。そこで一般には、乳がん関連因子などを持つなど、乳がん発症のリスクが高い女性に限って造影MRI検査が実施されています。
なお、乳がん検診において、マンモグラフィー以外の様々な画像検査が実施されている一つの理由として、痛みが挙げられます。マンモグラフィー実施時の痛みを緩和するには、月経前や月経中のマンモグラフィーの撮影を避けることやカフェインの摂取や喫煙を控えることが有効と考えられています。また、放射線技師とコミュニケーションを取りながら撮影してもらうことも有効でしょう。
■40~60代女性の乳がん検診受診率は47.4%
では、現在の日本において、乳がん検診の受診率はどの程度なのでしょうか。2019年の国民生活基礎調査では、40歳から69歳の女性における乳がん検診の受診率は47.4%と報告されています。2010年の受診率は39.1%だったので、徐々に上昇しており、定着してきたと言えるでしょう。一方で、依然として半数以上の女性が乳がん検診を受診しておらず、いっそうの改善が必要な状況です。
また、乳がん検診の受診率は、地域差が大きいことも看過できません。例えば、筆者が診療に従事する福島県沿岸部のいわき市では、対策型乳がん検診の受診率が20%未満にとどまっています。
ではなぜ受診率が低いのでしょうか、また、どうすれば受診率が上昇するのでしょうか。
これらの課題を、心理学や行動経済学の観点から調査した興味深い研究がありますので、ご紹介します。一連の調査は、2010年前後に、厚生労働科学研究費補助金「受診率向上につながるがん検診の在り方や、普及啓発の方法の開発等に関する研究」班によって実施されました。
■「がんへの恐怖心」は高いとは限らない
まず、研究グループは、641人の女性を対象にアンケートを実施しました。その結果、受診率が低い方々の特徴として、がんに対する恐怖心が乏しいこと、また、検診受診のための具体的な実施計画がないことの2点を明らかにしています。意外に思われるかもしれませんが、過去の研究で、がんのリスクが高いような方々の中においても、がんへの恐怖心が必ずしも高くないことが指摘されています。その理由は様々でしょうが、おそらく自分に限ってはならないだろうといった「正常性バイアス」も一因となっている可能性があります。
その上で、研究グループは、女性は、がんに恐怖心を感じ、その後、徐々に検診の受診を考えるようになるという心理モデルを提案しました。さらに、彼らは、女性を、A)がんに対する恐怖心もなく、検診受診意図もないグループ、B)がんに対する恐怖心はあるが、検診受診意図はないグループ、C)検診受診意図があるグループの3つに分けて、それぞれのグループの心理面に配慮したような検診案内文を作成しました。その結果、通常通りの検診案内文を受けとったグループの受診率は5.8%だったにもかかわらず、テーラーメードの紹介文を受けとったグループにおいては、受診率が19.9%まで上昇したのです。
もちろんテーラーメードの文面をもってしても、受診率は依然として低く、この文面だけで問題が全て解決するわけではないことが示されています。人々の足が検診に向かない理由はきっと様々でしょうが、もしご家族や友人に乳がん検診を受けるか悩んでいる方がいらしたら、その想いを受け止めつつ、そっと背中を押していただきたく思います。
■気になる症状があれば早めに受診を
最後に、検診と並んで重要なのが、乳がんらしき症状を自覚した場合、できるだけ早く医療機関を受診していただきたいということです。一般に、検診で指摘される乳がんよりも、症状をきっかけとして見つかる乳がんの方が、より進行していることが多いからです。
乳がんの典型的な症状は、胸のしこりや乳首からの赤色の分泌物などです。もちろんその全てが乳がんに伴うものというわけではありません。それでもこのような症状が現れた場合は、医療機関を一度受診して、深刻な病気が潜んでいないか是非ドクターと確認しましょう。不安な症状があれば、まずお電話でも構いませんので医療機関とコンタクトをとってみてください。
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ときわ会常磐病院乳腺甲状腺外科診療部長
東京大学医学部を卒業後、東京と福島を行き来しながら地域医療に従事する。専門は乳腺外科だが、内科診療にも関わる。災害や新型コロナウイルス感染症の流行ががん診療やがん患者に及ぼす影響の評価、製薬マネー問題に取り組む。製薬マネーデータベース「Yen For Docs」を主催。
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(ときわ会常磐病院乳腺甲状腺外科診療部長 尾崎 章彦)
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