阪神優勝パレードに職員を駆り出して「無給」でいいのか…「半強制ボランティア」という矛盾の法的解釈
プレジデントオンライン / 2023年11月22日 13時15分
■大阪府市職員の「パレード参加」に批判が集まる
阪神タイガースの優勝記念パレードが11月23日に大阪市内で行われます。当日は祝日ですが、その際、無給で働くボランティアとして大阪府と大阪市の職員が2400人以上応募していることが話題になっています。
今回大阪府と大阪市は、それぞれの職員たちを対象にして、優勝パレード当日に約7時間のボランティア活動をする人を1500人ずつ募りました。ボランティアの内容は、現地での来場者の案内や交通規制などだそうです。府市は当初3000人の応募を目標としていましたが、11月7日の締め切りの時点で2400人以上が集まったとのことで、必要な人数に達したとしています。
本件が物議を醸しているのは、「本当にボランティアなのか」という疑念をもたれているからでしょう。今回の募集は通常業務と同じく、上司から部下へメールで周知されているようです。部下の立場からすれば、業務命令と同じ指揮系統で下ろされている以上、断りづらいとの声が上がっています。
これに対して、大阪市の横山英幸市長は、「前向きな気持ちでボランティアに参加していただきたい」「どうしても堪忍してほしいということであれば、辞退して」と話し、あくまで無給のボランティアであると訴えています。
はたして「無給のボランティア」とすることに、法的な問題はないのでしょうか。
■地方公務員も残業代は請求できる
まずは大前提として、そもそも地方公務員(※)に労働基準法が適用されるのかどうかという点です。
(※)地方公務員には、一般職の地方公務員のほか、特別職に属する地方公務員、地方公務員法57条に規定する労務職員、地方公営企業労働関係法3条4号に規定する企業職員、特定地方独立行政法人の職員および給特法2条2項に規定する教育職員等がありますが、今回は一般職の地方公務員を念頭にしています。
例えば、一般的な会社のサラリーマンであれば、残業をすれば時間外割増賃金として残業代が支給されますね。ただこれは労働基準法に規定されているものになりますので、大阪府や大阪市の職員である地方公務員にも労働基準法が適用されるのかが問題になります。
地方公務員にも基本的に労働基準法が適用されますが、地方公務員法第58条3項において、一部の規定が除外されています。
除外の例としては、労働条件の決定について定めた労働基準法第2条や、フレックスタイム制を定めた同法32条の3等があります。他方で、地方公務員法第58条3項では、残業代の支払いに関して定めた労働基準法37条の規定を除外していませんので、残業が発生すれば残業代を請求できることになります。
■大阪府・市の残業手当は通常の125%か135%
そして、地方公務員法24条5項では、地方公務員の給与やその他の勤務条件について、各地方公共団体が条例で定めるとされています。
大阪府の場合は、職員の給与に関する条例というものがあり、その21条で時間外勤務手当が定められています。時間外勤務手当の割増率としては、職員の時間外勤務手当に関する規則2条で、125%または135%となっているようです。
また、大阪市については、職員の給与に関する条例15条および給料等の支給に関する規則9条で、残業代について125%と定めています。そのため、時間外の勤務があれば当然に、残業代がもらえる構造になっています。
■最高裁が示した「労働時間」の定義
次に労働とボランティアの境界線についてです。当然ですが、労働に対しては賃金が支払われますし、ボランティアに対しては何も支給されないのが一般的です。ただ、両者の区別は明確とはいえません。
例えば、会社の始業時間よりも前に、会社の前の路上やその周辺などの掃除を行っている会社もあります。これを、従業員の善意による美化ボランティアとするか、事実上の業務命令という労働と捉えるかは、判断が分かれます。
判例としては、三菱重工業長崎造船所事件(最一小平成12年3月9日判決)では、労働時間を、「労働者が指揮命令下に置かれている時間」と定義し、「労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約・就業規則・労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である」としています。
![タイムシートに作業時間を記入する人の手元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/d/1200wm/img_4d12415bdea4535d8599654ded43a545411013.jpg)
■「強制や不利益がなければ時間外労働にはならない」
またこの判決では、「労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、またはこれを余儀なくされたときは、(中略)当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法の労働時間に該当すると解される」としています。
これに加えて、行政通達でも「労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁などの不利益取り扱いによる出席の強制がなく、自由参加のものであれば、時間外労働にはならない」(昭和26年1月20日付基収第2875号、平成11年3月31日基発第168号)とされています。
■参加の是非が人事評価に影響があればそれは「労働」
つまり、結局のところは、労働者側がそのような行為を強制されているかどうかが重要なのです。明確に業務命令として、ボランティア活動への参加が強制されている場合もあるでしょうが、表向きには自由参加のような体裁をとりながら、従業員の立場としては事実上ボランティア活動へ参加せざるを得ないような状況になっているケースもあるでしょう。
先ほど例に出した始業前の会社周辺の清掃についても同じです。始業前の清掃がその会社の文化になってしまっており、その会社に入社した人間は、その清掃活動を行うのが当たり前との文化が根付き、やりたくない人も会社の業務の一環として、やらざるを得ない雰囲気がある。そして、清掃活動をしないと、会社から「何でやらないんだ」と指摘を受ける。そうしたものは「労働時間」と捉えるべきで、賃金の支払いが必要です。
■パレード参加は「業務の一環」と評価できる
それでは今回の大阪府や大阪市の状況はどう考えるべきでしょうか。
MBS NEWSによると、ボランティアを募るメールには「各所属には、本務職員数の22%のボランティア参加を求められています」「課長級、課長代理級の積極的な参加をお願いします」などと書かれており、ノルマともとれる各部局ごとの必要人数が記されていました。
通常の業務命令と同じような経路で、上司から部下に対してボランティアに参加するよう打診があり、それを部下の立場として見たときには、やはり業務の一環として上司から流れてきた指示と受け止める余地が十分にあるでしょう。
仮にそこにボランティアであることや自由参加であることが書かれていたとしても、そのコミュニティーの文化として、ボランティア活動へ参加しないことが、事実上何らかの人事評価につながったり、社内での立場の悪さにつながったりする恐れがあります。そのような状況を考えると、この1日のボランティア活動は自由意思に基づく完全なボランティア活動ではなく、大阪府や大阪市の指揮命令下に置かれた、客観的には労働の側面を有していると評価される可能性があるでしょう。
仮に裁判で未払い賃金の支払いを命じられたとなると、ボランティアに参加した2400人以上の職員について、7時間分の未払い残業代の支払い義務が発生するだけでなく、年利6%の遅延損害金まで発生することとなりますから、府や市にとっては莫大(ばくだい)な金額になるでしょう。
■労働問題に疑問を抱く人は声を上げる勇気を
今回のケースが労働と評価されて未払い残業代が認められるケースだと仮定した場合、同じようなケースは日本中の地方自治体で発生していることでしょうし、中小企業に限らず上場企業等の民間企業でも多々発生していることかと思われます。
日本という国において、自身が所属している会社やコミュニティのために身を粉にして働くという文化は日本特有の誇るべき美徳だとも思いますが、やはり一人ひとりが自分の人生を豊かに過ごしているからこそ美徳が美徳と評価できるのであって、つらい自己犠牲の上に美徳は成立しないと思います。
働いている人たち一人ひとりの声が人生を豊かにするきっかけとなるでしょうから、今回のケースに限らず、労働問題において疑問を抱いている人たちには声を上げる勇気を持ってほしいと願っています。
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弁護士、社労士、税理士
福岡市出身。2010年、早稲田大学大学院修了。2012年に弁護士登録し、翌13年に菰田法律事務所(現:弁護士法人菰田総合法律事務所)を開業。福岡県弁護士会所属。16年には社会保険労務士にも登録し、労務のプロフェッショナルとして活動している。
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弁護士
福岡市出身。2012年、九州大学法科大学院終了。2016年に菰田総合法律事務所入所。福岡県弁護士会所属。
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(弁護士、社労士、税理士 菰田 泰隆、弁護士 坂本 志乃)
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