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日本は「昭和を終わらせる」ことに失敗した…社会心理学が教える「失われた30年」が終わらない本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年12月7日 8時15分

クルト・レヴィンのレリーフ(写真=Pko/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

日本が「失われた30年」を今なおさまよい続けているのはなぜか。コンサルタントの山口周さんは「社会心理学の創始者であるレヴィンは、古い思考や行動様式を変えるには新しいことを始めるのではなく、古いものを終わらせる必要があると説いている。日本はまだ昭和を終わらせておらず、平成という下り道を下り続けている」という――。

本稿は、山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

クルト・レヴィン(1890~1947)
ドイツ出身のアメリカの心理学者。いわゆる「社会心理学」の創始者として認められ、グループ・ダイナミクスや組織開発の領域において大きな貢献を残した。2002年に発表された調査では、20世紀中、最も論文の引用回数が多かった心理学者としてレヴィンがランクインしている。

■レヴィンの「解凍=混乱=再凍結」モデル

組織の中における人の振る舞いはどのようにして決まるのか。

クルト・レヴィン以前の心理学者、中でも特に「行動主義」と呼ばれる分野の人々によれば、それは「環境」ということになります。しかし、レヴィンは「個人と環境の相互作用」によって、ある組織内における人の行動は規定されるという仮説を立て、今日ではグループ・ダイナミクスとして知られる広範な領域の研究を行いました。

レヴィンは様々な心理学・組織開発に関するキーワードを残していますが、ここでは中でも「解凍=混乱=再凍結」のモデルについて、説明したいと思います。レヴィンのこのモデルは、個人的および組織的変化を実現する上での3段階を表しています。

鶴から飛行機に変化する折り紙
写真=iStock.com/wildpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wildpixel

■「なぜ今までのやり方ではダメなのか」を共感する

第1段階の「解凍」は、今までの思考様式や行動様式を変えなければいけないということを自覚し、変化のための準備を整える段階です。当然のことながら、人々は、もともと自分の中に確立されているものの見方や考え方を変えることに抵抗します。したがって、この段階ですでに入念な準備が必要となります。

具体的には「なぜ今までのやり方ではもうダメなのか」「新しいやり方に変えることで何が変わるのか」という2点について、「説得する」のではなく「共感する」レベルまでのコミュニケーションが必要となります。

第2段階の「混乱」では、以前のものの見方や考え方、あるいは制度やプロセスが不要になることで引き起こされる混乱や苦しみが伴います。予定通りにうまくいかないことも多く、「やっぱり以前のやり方の方がよかった」という声が噴出するのがこの段階です。したがって、この段階を乗り切るためには変化を主導する側からの十分な実務面、あるいは精神面でのサポートが鍵となります。

第3段階の「再凍結」では、新しいものの見方や考え方が結晶化し、新しいシステムに適応するものとして、より快適なものと感じられるようになり、恒常性の感覚が再び蘇ってきます。この段階では、根付きつつある新しいものの見方や考え方が、実際に効果を上げるのだという実感を持たせることが重要になります。

そのため、変化を主導する側は、新しいものの見方や考え方による実際の効果をアナウンスし、さらには新しい技能やプロセスの獲得に対して褒賞を出すなど、ポジティブなモメンタムを生み出すことが求められます。

■最初にやるべきは「いままでのやり方を忘れる」こと

レヴィンによれば、ある思考様式・行動様式が定着している組織を変えていくためのステップが、この「解凍=混乱=再凍結」ということになるのですが、ここで注意しなければならないのは、このプロセスが「解凍」から始まっている、という点です。というのも、この「解凍」というのは、要するに「終わらせる」ということだからです。

私たちは、何か新しいことを始めようというとき、それを「始まり」の問題として考察します。当たり前のことですね。しかしクルト・レヴィンのこの指摘は、何か新しいことを始めようというとき、最初にやるべきなのは、むしろ「いままでのやり方を忘れる」ということ、もっと明確な言葉で言えば「ケリをつける」ということになります。

■変革は「何かが終わる」ことで始まる

同様のことを、個人のキャリアの問題を題材にしながら指摘しているのが、アメリカのウィリアム・ブリッジズです。ブリッジズは、人生の転機や節目を乗り切るのに苦労している人々に集団療法というセラピーを施してきた臨床心理学者です。

ブリッジズが臨床の場で出会った患者は千差万別であり、ひとりひとりの「転機体験」は非常にユニークなもので一般化は難しい。転機の物語も人それぞれにユニークなものだったはずですが、「うまく乗り切れなかったケース」を並べてみると、そこに一種のパターンや、繰り返し見られるプロセスがあることにブリッジズは気がつきます。

そしてブリッジズは、転機をうまく乗り切るためのステップを「終焉(しゅうえん)(今まで続いていた何かが終わる)」→「中立圏(混乱・苦悩・茫然自失する)」→「開始(何かが始まる)」という3つのステップで説明しています。ここでもまた、変革は「始まり」から始まるのではなく、「何かが終わる」ということから始まっている点に注意してください。

■組織変革が中途半端に挫折してしまう理由

ブリッジズに言わせれば、キャリアや人生の「転機」というのは単に「何かが始まる」ということではなく、むしろ「何かが終わる」時期なのだ、ということです。逆に言えば「何かが終わる」ことで初めて「何かが始まる」とも言えるわけですが、多くの人は、後者の「開始」ばかりに注目していて、一体何が終わったのか、何を終わらせるのかという「終焉の問い」にしっかりと向き合わないのです。

ここに、多くの組織変革が中途半端に挫折してしまう理由があると、私は考えています。経営者と管理職と現場の三者を並べてみれば、環境変化に対するパースペクティブの射程は、経営者から順を追って短くなります。

経営者であれば、少なくとも10年先のことを考えているでしょうが、管理職はせいぜい5年、現場になれば1年の射程しか視野に入っていない。常に10年先のことを考えている経営者であれば、やがてやってくる危機に対応して変革の必要性を常に意識しているかも知れませんが、管理職や現場は常に足元を見て仕事をしているわけですから、十分な説明もなしに「このままでは危ない、進路もやり方も変える」と宣言されれば、十分な「解凍」の時間を取れないままに混乱期に突入してしまうことになります。

■平成は「昭和を終わらせられなかった」時代

同様のことは「社会の変化」についても言えます。平成という時代をどうとらえるか、これからおびただしい論考が世に出されると思いますが、私が思うのは「昭和を終わらせられなかった時代」ということです。

私たちは「山の頂上」で、昭和から平成への移行を経験しています。平成が始まったのは1989年の1月8日で、日経平均株価が未だ破られていない史上最高値を記録したのも同じ1989年の12月29日でした。当時の時価総額世界ランキングを見てみると1位の日本興業銀行を筆頭にトップ5には全て日本企業が並んでいます。言うまでもなく、現在の日本企業で時価総額世界ランキングのトップ10に入る企業は存在しません。

このような状況下、つまり文字通り経済面での世界的な覇権が明確となった状況で、昭和から平成へとバトンが渡されている。しかしみなさんもご存じの通り、その後このピークを超えることは一切なく、平成の時代を通じて日本は下降に次ぐ下降に終始することになります。

■昭和と同じ山で良かったのか?

これを登山に当てはめてみれば、高度経済成長以来、ずっと登り続けて山の頂上に至る過程が昭和という時代であり、以後30年にわたって、同じ山をずっと下り続けているのが平成という時代だったと整理できます。時代が昭和から平成へと変わったものの、同じ山の「登り」と「下り」でしかないということです。

急降下するジェットコースター
写真=iStock.com/DNY59
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DNY59

多くの人は、平成という時代が「下り」に終始したことを問題として取り上げているようですが、ここで私が取り上げたいポイントは「登り、下り」の問題ではなく、そもそも「同じ山で良かったのか?」という点なのです。人間性を麻痺させるようなバブル景気が健全なものであったと真顔で言い切れる人はなかなかいないはずです。しかし、これを本当に「終わらせている」人たちがどれほどいるのか。

■経済とは別のモノサシで山を登り始める必要がある

私たちは、昭和という時代から平成への移行に当たって、「バブル景気の終焉」といみじくも表現される「終わらせる契機」を与えられていたにも拘わらず、結局は「あの時代は良かったね」と、山の頂上を振り返りながら下山する過程に終始してしまったのではなかったか。

山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)
山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)

本来であれば、昭和という時代に登った山とは別の新しい山をターゲットとして定め、登るべきだったのに、同じ山に踏みとどまりながら、頂上にいた頃の栄華を懐かしみながら、いつかまたあそこに戻れるのではないか、という虚しい期待を胸にしながら、ずるずると後ろを振り返りながら、ビジョンもないままに同じ山を下り続けてしまったように思います。

昨今、昭和のバブル期に象徴されるような経済・金銭・物欲一辺倒のモノサシを否定する大きなうねりが地殻変動のように動いているのを感じますが、これは「バブルを終わらせる必要のない」世代によって牽引されているように思います。

ポスト平成への移行において、日本がかつての経済大国とは違う形で、世界の国からリスペクトされるような国であり続けるためには、経済とは異なる別のモノサシでの登山を始めなければならないわけですが、そのためには、昭和を体験している人たちが、本質的な意味でこの時代へのノスタルジーを終わらせることが必要なのではないかと思います。

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山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。

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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)

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