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なぜナマケモノは怠けるようになったのか…一日中寝てばかりだから生き残れたという「ナマケモノの逆説」

プレジデントオンライン / 2023年11月28日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Miyuki-3

なぜナマケモノは怠けるようになったのか。静岡大学農学部の稲垣栄洋教授は「ナマケモノのスローな動きは、まさに勝ち抜くための戦略だ。もし、ナマケモノがすばやく動こうとしていたら、滅んでしまっていたことだろう」という――。

※本稿は、稲垣栄洋『ナマケモノは、なぜ怠けるのか? 生き物の個性と進化のふしぎ』(ちくまプリマー新書)の第2章(「にぶい」生き物)を再編集したものです。

■9割の生物が絶滅し、ダンゴムシは生き残った

①ダンゴムシ

ダンゴムシは、子どもたちにとって身近な生物である。ダンゴムシは「まる虫」とも呼ばれている。子どもたちがつつくと、ダンゴムシは丸くなる。そのため、だんご虫とか、まる虫とか言われているのだ。きれいな球体になるので、転がすとコロコロと転がる。

丸まった姿は、小さな子どもたちにもつかまえやすいので、子どもたちの恰好(かっこう)のおもちゃになっている。そして、つかまえられて、集められて、転がされているのだ。

神さまはどうして、こんなさえない生き物をお創(つく)りになったのだろう。

はるか昔。それは、恐竜がいた時代よりも、はるか昔の話である。

五億年以上も昔の古生代の地球では、多種多様な生物たちが著しい進化を遂げていた。生物たちの種類が爆発的に増加したこの現象は、「カンブリアの大爆発」と呼ばれている。

ところが、である。

この時代に繁栄した多くの生物は、古生代末期に突如として姿を消してしまう。これがベルム紀末期(二億五一〇〇万年前頃)の大量絶滅である。この大量絶滅は、恐竜が絶滅した白亜紀末期の大量絶滅を上回るもので、地球上の九〇パーセントもの生物が死に絶えたとされている。

いったい何が起こったというのだろう。

■甲殻類で最も陸上に適応した生き物になった

ベルム紀末期の大量絶滅の原因は、未(ま)だ謎(なぞ)に包まれている。一説には大規模な火山活動があったのではないかと言われているし、恐竜が絶滅したときと同じように小惑星が地球に衝突したのではないかとも言われている。

古生代の海で、もっとも繁栄した生物は三葉虫である。残念ながら、三葉虫もまたこの大量絶滅で姿を消してしまった。しかし、この三葉虫が私たちのすぐそばで、命をつないでいる。それが、ダンゴムシである。

ダンゴムシは三葉虫の仲間から進化を遂げたとされている。そう言えば、ダンゴムシは三葉虫とよく似ている。多くの生き物が滅んだベルム紀の大量絶滅も、恐竜さえ絶滅した白亜紀の大量絶滅も乗り越えて、果てしない地球の歴史を生き抜いてきたのだ。

ダンゴムシ
写真=iStock.com/Werhane
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Werhane

ダンゴムシはじつに進化した虫である。何しろ、祖先の三葉虫は海の中に暮らしていたが、ダンゴムシは見事に陸上に進出した。ダンゴムシや三葉虫は甲殻類と呼ばれている。これは、カニやエビの仲間である。

カニやエビなどの甲殻類は、ほとんどが今も水の中か水辺で暮らしている。甲殻類の中でダンゴムシほど陸上生活に適応したものはいないのである。

私たち人類も魚類から両生類、爬虫類(はちゅうるい)、哺乳類へと進化をしたが、魚類から両生類へと陸上生活に適応するときには、海から川へと進入し、川から湿地へと上陸を果たしたとされている。そのため、カエルやサンショウウオなど両生類は淡水の環境で見られる。

■五億年の進化の最新形

また、昆虫の仲間も淡水の湿地に暮らしていた節足動物が陸上へと進出して昆虫へと進化した。そのため、地球上には多くの昆虫が繁栄しているが、海水に暮らす昆虫はほとんどいないのである。

脊椎動物も昆虫も、川や湿地など淡水の環境に適応し、次第に浅いところに棲(す)むようになって、やがて陸に進出をした。海から陸へと進出することは簡単ではなかったのだ。

ところがダンゴムシは、海から直接、陸地へと進出を果たしたと考えられている。ダンゴムシの仲間にはフナムシやワラジムシがいるが、フナムシは波しぶきのかかる磯(いそ)などに見られる。そしてワラジムシは陸上をすみかとしているが、湿った場所を好む。

ダンゴムシはフナムシの仲間からワラジムシの仲間に進化し、さらに乾燥地帯に適応して進化を遂げたと考えられているのだ。

ダンゴムシが丸くなるのは、敵から身を守るだけでなく、むしろ乾燥から身を守るという役割がある。背中の堅い装甲も、水分が蒸発するのを防ぐために発達したものなのである。

ダンゴムシは五億年の進化の最新形なのだ。

だからね、丸まっているダンゴムシも、そのままでいいんだよ。

■怠けているようにしか見えないナマケモノの生存戦略

②ナマケモノ

その名もナマケモノという生き物がいる。

「ナマケモノ」の名はあだ名ではない。「ナマケモノ」が正式な名前である。ナマケモノは「怠け者」という意味である。怠けているように見えることから、ナマケモノと名付けられたのだ。

ナマケモノは、ほとんど動かない。一日中寝てばかりいる。動くときも、その動きはゆっくりである。エサを食べに行くときも、面倒くさそうにゆっくりと移動して、ゆっくりとエサを食べる。

まさに、怠け者だ。神さまはどうして、こんな愚鈍な生き物をお創りになったのだろう。

そもそも、どうしてすばやく動かなければいけないのだろう。ただすばやく動いても、エネルギーを無駄に消費するだけである。実際に動きのすばやいネズミなどは、エネルギーを確保するために、常にエサを探し回り続けなければならない。

一方のナマケモノはどうだろう。ほとんどエネルギーを消費しないので、エサも少しでいい。ナマケモノが食べるのは植物の葉っぱである。植物の葉っぱは、栄養が少ないので、葉っぱだけで栄養を得ようとすると、大量に食べなければならない。

草原のウシやウマが大量に草を食べるのは、草だけを食べてエネルギーを確保しなければならないからだ。

ナマケモノ
写真=iStock.com/Rob Jansen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rob Jansen

■動かないから、食事量はウシの1000分の1で済む

しかしナマケモノは、エネルギーは少しでいいので、葉っぱを少しだけ食べればいい。一回に数グラム程度、食事の頻度も少なく、ウシの一〇〇〇分の一ほどの量だ。とっても、省エネな生き方なのだ。

それだけではない。私たち人間は体温が三六度くらいある。暑い日も寒い日も、同じくらいの体温である。この体温を維持するためにも、エネルギーを使う。ところが、ナマケモノは違う。無理に体温を維持しないので、無駄にエネルギーを使うことがないのだ。

しかし動物が速く動くのは、肉食の天敵から逃れるという意味もある。速く走ることができないと、肉食動物にやられてしまうのではないだろうか。

実際にナマケモノが棲む中央アメリカや南アメリカには、ピューマやジャガーなどの猛獣が暮らしている。ナマケモノは大丈夫なのだろうか。

肉食動物の動きを察知すると、動物たちは一目散に逃げる。そのため、肉食動物の目は、動くものに反応するようになっている。そして逃げ出した動物たちを追いかけるのだ。ところが、ナマケモノはほとんど動かない。そのため、動くものを探す肉食動物の目には、木立(こだち)の中で動かないナマケモノは目に入らないのだ。

■「最強の哺乳類」と呼ばれた真面目なナマケモノは絶滅した

しかもナマケモノは、あまりに動かないので、体に緑色のコケが生えてしまうことがあるという。このコケが、カモフラージュしてナマケモノを見えにくくするのに役立っているというから、すごい。こうしてナマケモノは身を守っている。

かつて、一万年ほど昔には、メガテリウムという巨大なナマケモノの仲間が地球に君臨していたという。その大きさは全長六~八メートル、体重は三トンにもなるというから、かなり巨大だ。まさに、最強の哺乳類だったのである。

もちろん、メガテリウムは怠け者ではない。おそらくは、活発に行動し、巨体を維持するために、エサもたくさん食べて、敵に襲われれば敢然と戦ったことだろう。

しかし、そんな無敵な強さを誇った巨大なナマケモノが滅んでしまった。そして、動きのゆっくりなナマケモノが生き残ったのである。進化は生き残ったものが勝者である。そうだとすれば、のろまなナマケモノが勝利したのだ。

ナマケモノのスローな動きは、まさに勝ち抜くための戦略である。もし、ナマケモノがすばやく動こうとしていたら、滅んでしまっていたことだろう。

のんびりなナマケモノはとても優れた生き物だったのだ。

だからね、寝てばかりいるナマケモノも、そのままでいいんだよ。

ダラス世界水族館のミツユビナマケモノ
ダラス世界水族館のミツユビナマケモノ(写真=Sergiodelgado/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

■すばやさに対抗する逆張り戦略

③スローロリス

スローロリスのエサは、動き回る昆虫である。昆虫をエサにする動物は大変である。

すばやく動く昆虫をつかまえるためには、相当のスピードでつかまえなければならない。しかし、昆虫もつかまって食べられたくないから、さらにすばやく動くように進化を遂げる。そんな昆虫をつかまえるためには、動物の方もさらにスピードアップしなければならない。

まさに終わりなきスピード競争だ。その結果、すばやく動く昆虫とすばやく動く動物が、共に進化を遂げてきたのだ。それでも、すばやく動く昆虫をつかまえるのは、簡単なことではない。

それなのに、昆虫をエサにするはずのスローロリスは、すばやく動くことができない。

その名のとおり、動きがスローなのである。

神さまはどうして、こんなふしぎな生き物をお創りになったのだろう。すばやく動く昆虫を捕らえるには、すばやく動かなければならない。しかし、スピードアップにも限界がある。

そこで、スローロリスが考えた戦略はこうだ。

「動きが見えないくらいスピードを遅くする」

昆虫は敵からすばやく逃げなければならない。そのため、すばやく動くものに敏感だ。どんなにすばやく襲いかかっても、その動きを察知して逃げてしまう。すばやく逃げる昆虫を捕らえることは簡単ではないのだ。

■大谷翔平選手を打ち取った三浦大輔元投手の“スローボール”

昆虫は動くものに敏感な一方、動かないものに対しては鈍感である。そのため、ゆっくりとゆっくりと近づけば、昆虫に気がつかれることなく捕らえることができるのである。

「スピード」に対抗するもっとも強力な手段は、「のろさ」だったのだ。まさに逆転の発想である。つまり、その「のろさ」こそがスローロリスの武器なのだ。

思い出すのは、横浜ベイスターズの、三浦大輔元投手だ。

舞台は、選り抜きの選手がそろうオールスターゲーム。相手はその後、大リーグで活躍することになる大谷翔平選手だ。大谷選手は球界最速の一六〇キロメートルを超えるスピードボールを投げる。そして、大谷選手は投手だけではなく、バッターとしても強打者である。「この大谷選手をバッターに迎えて、三浦選手はどのようなボールを投げるだろう」と、誰もが息を飲んだ。

このとき三浦選手が投げたのが、計測不能なほど遅い超スローボールである。スピードでは大谷選手にはかなわない、そうであるとすれば誰よりも遅いボールを投げようと考えたのだ。そしてその遅いボールで見事に大谷選手をピッチャーゴロに打ち取った。

スピードボールだけが誰にも負けないボールではない。誰よりも遅いボールを投げることも、誰にも負けないボールなのだ。もちろん、誰よりも遅いボールを投げることも簡単なことではない。三浦選手はこの対戦のためにひそかに練習を積んでいたことは言うまでもない。

■誰にも負けない「のろさ」こそが、誰にも負けない「強さ」になる

動きがスローであれば、肉食獣に見つかりにくいという利点もある。ただし、見つかったら一巻の終わりである。スローロリスは逃げることができないのだ。

スローロリスは、そのための準備も怠らない。じつは、スローロリスは肘(ひじ)の内側に毒腺を持つ。しかもその毒は唾液と混ざるとさらに強力になると言う。この毒で敵から身を守っているのである。

稲垣栄洋『ナマケモノは、なぜ怠けるのか? 生き物の個性と進化のふしぎ』(ちくまプリマー新書)
稲垣栄洋『ナマケモノは、なぜ怠けるのか? 生き物の個性と進化のふしぎ』(ちくまプリマー新書)

それだけではない。毒ガエルや毛虫のように、毒を持つ生き物は、自分を目立たせるような色をしていることが多い。ふつうの生物は目立たないようにして身を守っている。一方、毒を持つ生き物は、自らの存在を目立たせることで、誤って食べられることのないようにしているのである。

じつはスローロリスの顔の模様も毒があることを誇示しているのではないかと考えられている。スローロリスにとって、スローであることは、武器である。

誰にも負けない「のろさ」こそが、誰にも負けない「強さ」なのだ。他の生き物たちがスピードを競い合って進化すればするほど、その武器は輝きを増す。

何でも速ければいいというものではない。
スピードを競えばいいというわけではない。

だからね、動きのスローなスローロリスも、そのままでいいんだよ。

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稲垣 栄洋(いながき・ひでひろ)
静岡大学大学院教授
1968年静岡市生まれ。岡山大学大学院農学研究科修了。農学博士。専攻は雑草生態学。農林水産省、静岡県農林技術研究所等を経て、静岡大学大学院教授。農業研究に携わる傍ら、雑草や昆虫など身近な生き物に関する著述や講演を行っている。著書に、『植物はなぜ動かないのか』『雑草はなぜそこに生えているのか『イネという不思議な植物』『はずれ者が進化をつくる』(ちくまプリマー新書)、『身近な雑草の愉快な生きかた』『身近な野菜のなるほど観察録』『身近な虫たちの華麗な生きかた』『身近な野の草 日本のこころ』『身近な生きものの子育て奮闘記』(ちくま文庫)、『たたかう植物 仁義なき生存戦略』(ちくま新書)など。

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(静岡大学大学院教授 稲垣 栄洋)

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