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なぜ日本人は「ダイソンの掃除機」に飛びついたのか…「デザインがいいだけの微妙な家電」との決定的な違い

プレジデントオンライン / 2023年12月6日 13時15分

ジェームズ・ダイソン氏(写真=Royal Society uploader/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

世界で最も売れているダイソンのサイクロン式掃除機はどうやって生まれたのか。ベンチャーキャピタリスト古我知史さんの『いずれ起業したいな、と思っているきみに 17歳からのスタートアップの授業 アントレプレナー列伝』(BOW BOOKS)より、一部を紹介する――。(第1回/全4回)

■世界初のサイクロン式掃除機を開発

ジェームズ・ダイソン James Dyson
1947~イギリス、ノーフォーク州生まれ。ダイソン創業者・最高技術責任者。ロイヤルカレッジ・オブ・アート卒。1984年掃除機のための新技術・デュアルサイクロン方式を開発。’86年この新技術を搭載した「Gフォース」が世界に先駆けて日本で発売された。’92年ダイソン社を設立し、自ら掃除機の製造・販売に乗り出す。

ジェームズ・ダイソンの名を知らなくても、ダイソンの掃除機は見たことがあるのではないだろうか。家で使っているという人もいるかもしれない。近年は、羽根のない扇風機でも有名だ。ドライヤーを持っている人もいるかもしれない。

けれどもダイソンと言ったら、まず、掃除機。サイクロン式の掃除機を世界ではじめて開発・製造したことで知られる。このダイソンというブランドをつくったのが、ジェームズ・ダイソン。1947年生まれで、70代のいまも現役だ。

■「デザインエンジニア」を名乗り続ける

かれは、自分のことをCEOとかCOO、日本語で言うと、会長、社長とは絶対呼ばせない。一度もそういうタイトル(肩書き)をつけたことがない。いまも一人のエンジニアとして、創業者兼チーフエンジニアというタイトルをつけている。チーフエンジニアの仕事は、ダイソン社のデザインエンジニアたちのチーフとして、プレイイングマネジャーをすること。つまり、マネジメントをしながらも、ひとりのプレイヤー、デザインエンジニアであるということだ。

ダイソンのデザインエンジニアとは、デザインすることでエンジニアリングする人、という意味なので、実は、通常のエンジニアとは異なる。むしろ、発想の仕方は、エンジニアの真逆だ。

普通はエンジニアの人というのは、設計図に落とし込んでものをつくるのだが、かれの場合は、設計図を書く前に直感で物事を組み立てていく。組み立てていってから、それをもう一度エンジニアリング、つまり、設計図に落とし込む。つまり、設計図が先なのが通常のエンジニア、設計図はあとなのがデザインエンジニア、というわけだ。

■追求したのは美しさではなく機能性

これは、もともとかれが、二つの大学で、ファインアートと、家具やインテリアのデザインを学んでいたことからきているのだろうが、まさに、起業家ならではの発想法だ。起業家ジェームズ・ダイソンが自分に与えたタイトルにふさわしい。

かくして、デザインを学歴のバックグラウンドに持つジェームズ・ダイソンは、デザインがエンジニアリングに役立つということを確信していた。デザインと言うと、ただ、きれい、かっこいい、見た目がいいということを考える人がいるかもしれないが、かれにとってのデザインとは、まさにファンクション。日本語でいう「機能」だ。デザインが機能を果たすということに対して、確信を持っている。

つまり、単に美しいデザインの掃除機をつくろうと思っているわけではなくて、このデザインが最も機能的に働く掃除機になるという確信を持ってデザインしている。

実際、ダイソンの掃除機は、それまでのどの掃除機よりも機能的に動くデザインになっている。その結果、かっこいい。これがかれの重要な着眼であり、それまでの家電、たとえば日本の家電メーカーとは根本的に思想が異なる。

■日本の家電はデザインか機能のどちらか

日本の家電メーカーは、徹底的に機能にこだわる。なかには、デザインを売り物にしているものもあるけれど、すると機能が劣る。機能的な方向と、デザインの方向が二つに分かれ、デザインはいいけど機能はいまいちだね、となるか、機能はいいけれどデザインはいまいちだね、となるかのトレードオフの関係になってしまっている。

それに対し、ジェームズ・ダイソンは、デザインこそが機能を実現するという素晴らしい着眼をし、実際に、デザイン的に美しく、かつ、そのデザインが支える画期的な機能を誇る、世界でも有名な家電メーカーを一代で築いた。

2015年、ジェームズ・ダイソンはテスラのイーロン・マスクがつくったEV(電気自動車)に対して、自分だったらもっとすごいものに変えられると開発製造を宣言したが、残念ながら、のちに断念。年齢的な限界、自動車業界での経験の足りなさがあったんだろう。莫大(ばくだい)な資金が必要になるためお金の限界もあったかもしれない。個人的には、かれには80歳になるまでに元気を取り戻して、ぜひ新しい自動車をつくってほしいと思っている。

■5127個の試作品を経て第一号が完成

試作品(要するに失敗作)、5126個! かれがなぜ、一代で、世界的な家電メーカーをつくり上げることができたのか? 

その理由を、かれの人格面から考察すると、やはりパラノイア(偏執症)の気質が絡んでいる。

徹底的なパラノイア。

かれがサイクロン掃除機をつくることになったきっかけはこれからお話しするが、その仕組みを思いついてからサイクロン掃除機の第一号を開発するまでにつくったプロトタイプは、なんと5127個! 最後の1個がファイナル・プロトタイプだ。発明王トーマス・エジソンもプロトタイプづくりが好きだったが、ダイソンが完勝した。

■すべてを失い、借金まみれでも失敗を楽しんだ

しかもそのときのことを自著『インベンション 僕は未来を創意する』(日本経済新聞出版)で、次のようにさらっと書いている。

「数千個のプロトタイプづくりはたいへんだったけれど、楽しくて夢中になれるプロセスだったし、僕はサイクロン技術について多くの知識を得た」

そのときのかれは、実は前に5年もかけて苦労して発明したボールバロー(手押し車)の特許や会社すべてを奪われたあとだった。妻子と莫大な住宅ローンを抱え、借金まみれであったにもかかわらずだ。やっぱり並の神経の持ち主では楽しめるはずもない。徹底的なパラノイア気質のなせる業だ。

さて、かれが、サイクロン式掃除機をつくったのは、31歳のときだった。最初に勤めた会社でモノづくりに目覚めた。そしてはじめてのスタートアップで、そのボールバローの会社を設立。失敗して無一文になったが、それを製造する工場で、塗装スプレーの粉塵を吸い込むサイクロン式分離機を目にしていた。サイクロン式分離機は新しい技術ではなかったが、ジェームズ・ダイソンはひらめいて、掃除機に応用できるのではないかと思った。

■吸引力が落ちる紙パック式掃除機にイライラ

当時、掃除機と言えば、日本企業が開発した紙パック式が世界の標準だったが、紙パック式の弱点は、使っているうちに目が詰まって、途中から集塵力が落ちてしまうことだ。ダイソンは、掃除機を使うたびに、フラストレーションを募らせていた。

掃除機のイメージ
写真=iStock.com/Toru Kimura
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Toru Kimura

いま、フラストレーションと言ったが、実は、新しい商品、サービス、ビジネスモデルに気がつくときというのはほとんどすべて、自分自身のフラストレーションが気づきのスタート地点となる。

凡人は、フラストレーションを感じたら、黙っているか、身近な人に文句を言って終わる。モンスタークレーマーはわざわざ時間をかけて、コールセンターに電話をしたり、インターネットでお客様相談室に文句をたらたら書く。SNSに書いて拡散させる人もいる。凡人と悪人はこういうことをする。

これに対して、アントレプレナーの資質を持っている人はどうするかと言うと、フラストレーションを感じた瞬間に、自分でこれをどう変えられるか、と考える。これをどう変えれば、このフラストレーションを解決できるか、と昼夜パラノイア的にしつこく考える。

つまり、アントレプレナーにとっては、日常生活で感じるあらゆるフラストレーションはすべて新しいビジネスを立ち上げる機会になる。

■「だめなら、自分がゼロからつくろう」

ジェームズ・ダイソンも、結局、最後に、紙パック式掃除機は根本的にだめだと納得するまで、何度も何度も自分で補修した。まさに、パラノイアだ。そして、だめなら、自分がゼロからつくろうと考えた。まさに、アントレプレナーだ。

そして、先に書いたように、塗装スプレーの粉塵を吸い込むサイクロン式分離機を見た瞬間のひらめきから、さっそくそのサイクロン方式を用いた掃除機づくりを始めるわけだが、そのプロセスもまたパラノイアでないと難しい。プロトタイプ、つまり試作品を借金を抱える身で、5127個もつくったわけだから。異常で、天才だ。

でも、だからこそ、世界で最も売れているサイクロン式掃除機が生まれた。そして、いまや、世界の掃除機の標準方式となっている。

■「羽根が邪魔だ」からヒット商品が誕生

その後のかれのヒット商品は、羽根のない扇風機だ。扇風機の羽根が邪魔だとは、普通の人は思わない。風を起こすには、プロペラがいるのが当たり前だと思うから、誰も羽根のない扇風機なんて思いつかない。

扇風機のイメージ
写真=iStock.com/natthapenpis
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/natthapenpis

でも、あるとき、かれはその羽根の存在にフラストレーションを感じてしまった。プロペラ以外の方法で風を起こすことはできないのか?

『いずれ起業したいな、と思っているきみに 17歳からのスタートアップの授業 アントレプレナー列伝 エンジェル投資家は、起業家のどこを見ているのか?』
古我知史『いずれ起業したいな、と思っているきみに 17歳からのスタートアップの授業 アントレプレナー列伝』(BOW BOOKS)

そうして生まれた、特徴的なフォルムの羽根のない扇風機は、静電気を利用して風を起こす。実は、それ自体は、昔から知られている技術で、別にかれが発明したわけではない。だから、いまでは、多くのメーカーが似たような形の羽根のない扇風機をつくっている。

サイクロン方式も、そうだ。昔から考えられていた技術で、かれが発明した技術ではない。でも、そういうもともとある技術を活かして、それを掃除機にしたり、扇風機に変えていく。徹底的にひねって工夫してこねくり回しながら磨き上げていく。まさに、パラノイアだ。そして、それが、ダイソンという個性的なベンチャーを生み、いまも世界の生活に驚きを提案している。

ジェームズ・ダイソン曰く、「ダイソンには、スタートアップの精神、すなわち実験し、学び、冒険する自由を持ち続けてほしいと考えている。僕らには階層的マネジメントは不要だ。それは無難な方法かもしれないが、僕らは週単位で変化、進化する協働的企業である」と。

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古我 知史(こが・さとし)
ウィル キャピタル マネジメント代表
早稲田大学政経学部政治学科卒業後、モンサント、シティバンク、マッキンゼー・アンド・カンパニーなどを経てウィルキャピタルマネジメント株式会社を設立、80社の起業、事業開発や投資育成の現場に、投資も含め、直接参画してきた。九州大学大学院客員教授、FBN(ファミリービジネスネットワーク)ジャパン理事長、一般社団法人衛星放送協会外部理事などを歴任。橋下徹が大阪市長時代に進めていた大阪都構想に参加。大阪府市統合本部特別参与として、経済部門を担当した。現在、県立広島大学大学院客員教授、京都大学産学官連携本部フェロー、IPOを果たしたベンチャー企業の取締役などを兼任。主な著書に『戦略の断想』(英治出版)、『もう終わっている会社』(2012年ディスカヴァー)、『リーダーシップ螺旋』(晃洋書房)などがある。

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(ウィル キャピタル マネジメント代表 古我 知史)

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