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なぜ年配上司の「3年は我慢しろ」は苦笑されるのか…「ゆるい職場で働くイマドキの若者は努力不足」の勘違い

プレジデントオンライン / 2023年11月29日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironagasukujira

なぜ3年以内に退職する若者が増えているのか。リクルートワークス研究所の古屋星斗さんは「かつての若者は企業に育てて貰えたので、『この仕事で一人前の社会人になれるのか』という課題に悩まなくてよかった。『ゆるい職場』で働く現代の若者は、まずそこに取り組まなくてはならない」という――。

※本稿は、古屋星斗『なぜ『若手を育てる』のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)の第6章「『ゆるい職場』時代の育て方改革 5つのヒント」の一部を再編集したものです。

■「石の上にも三年」言説の終焉

「育て方改革」の必要性について、もう一点構造的な理由に触れておこう。「上司・マネジャーが自分の育てられてきたやり方で、部下・若者を育てられない」問題をここまでの本書の内容をふまえて深掘りしよう。

ここ5〜6年で日本の職場は大きく変わった。その前後で若者の初期キャリア形成における成功法則は徐々に意味を喪失しつつあると言えよう。

「もっといまの仕事に打ち込め」「3年は我慢してやってみろ」。こういった言説は、もちろんかつては間違っていなかった。例えば、「3年は我慢」という“石の上にも三年いれば暖まる”言説はいまだに語られることもあるが、これは働き方改革以前の労働社会で企業から自動的に負荷の高い仕事が提供されていた状況が前提にあると考えられる。

神戸大学名誉教授の金井壽宏氏が提唱した「最低必要努力投入量」という概念では、ひとつの分野で優位性を持てる専門性を確立するためには一定の時間・一定の努力量が必要とされている。

労働社会においてはこの最低努力量ルールは普遍的なものだろう(もちろん単に量的な努力量というよりは、「質×量による努力量」と解される)。スキル・経験・ネットワークの量が不十分な職業人に対して、取引相手がそれが十分な者と同じ対価を払うことはありえないためだ。

■いつまで経っても「最低必要努力投入量」に達しない

ただ、働き方改革以前・以後で、この言説が若者と職場の関係性に与える意味が全く異なることに注目する。働き方改革以前の職場においては、企業がその仕事をする理由などを明示せずに自動的に、所属する若者に大量の仕事を課すことができた。

これを「我慢して」「何年かこなしていれば」最低必要努力投入量をクリアできたという、かつての若者たちの成功体験を生んでいたのではないか(もちろん、クリアした分野が意中の分野かどうかは全くわからないが)。こうした職場環境においては、「石の上にも三年」は社会人の成功法則として説得力があったと言えよう。

ただし、働き方改革以降の職場においては異なる結論となる。その職場で待っていても十分な経験が自動的には提供されないわけだから、“我慢をしてこなしていても”何年たっても最低必要努力投入量に達しないのだ。

この一点を見るだけでも、働き方改革以前の職場で若手時代を過ごした上司・マネジャーと、初期のキャリア形成における状況が全く異なること、そしてその経験が参考になりづらいことがわかるだろう。

■重要となるのは「若者の自己開示」をいかに促すか

以上をふまえ、育て方改革5つのポイントを挙げる。

1 企業がもたらす機会だけでは育てきれないため、若者の自主性が尊重および要請される

企業だけで育てる内製化した人材育成は限界を迎える。「企業が若者を育てる」から「若者が企業を活かして育つ」へ主語が転換することになる。

つまり、会社以外の経験も会社の経験も両方とも大事な機会として、若者が自身で組み合わせて育っていく観点である。この点で重要となるのは、若者の自己開示をいかに促すかである。

職場側としては外の経験について開示を受けなければ、効果的な支援や外部経験を活かしたアサインメントが不可能だからだ。そのためには「開示するのが義務」と強制するのではなく、開示した者が得をするインセンティブ構造をつくらなければならないまた、若者が企業を使って育つことになるから、育て方改革ではなく「育“ち”方改革」と言ったほうが正しいかもしれない。

企業が育てるのではなく、若者が育つことを企業がいかに支援するかを考える「育ち方改革」の性質が含まれることにも注意したい。

若い植物に水をまく手
写真=iStock.com/RomoloTavani
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RomoloTavani

■若手育成を支援するマネジャーも支援する

2 上司やマネジャーだけに若者育成の責任を押し付けない

上司やマネジャーが「自分が育てられたやり方で育てる」ことができない以上、若者育成の難易度は跳ね上がったと言える。育成を上司やマネジャー、OJTトレーナーなどだけに任せず、社内横断的な視点や外部のキャリアコンサルタントの意見も取り入れた仕組みに変革する必要がある。

さらには、職場の外で育てる仕組みを導入すべきだろう。副業・兼業といった「会社の外」だけでなく、勉強会や若手コミュニティといった「会社の中だが職場の外」といった空間も活用できる。

さらに重要なのは、育成に前例が通用しづらくなり難易度が上がったことで上司、マネジャーといった直接育成を担う者の負担が増したことだ。日本企業では管理職もプレイング・マネジャーがほとんどであり(部長級で9割以上という調査もある)、働き方改革以降の職場で最も忙しいのが現場のマネジャーであるという声もある。

日本経済新聞は総務省の労働力調査を分析した結果として、労働時間が若手ほど減少しており、働き方改革の効果に年代差が生じていることを指摘している。

「支援者支援」という政策用語があるが、若者育成についても、現場で直接育成・支援を担務するマネジャーだけに任せきりにせず、彼ら彼女らをいかに支えるか、組織の課題となっていくだろう。

■最初の一歩のための「言い訳」を提供してあげる

3 若者が何かを始めるためのきっかけが重要になる

若者にキャリア形成への自主性が尊重および要請される結果、「やりたいことや腹落ちした目標がある若者」と「それがない若者」の間で大きな機会格差が生じる可能性が高い。

例えば公募型異動が始まったとして、やりたいことが明確でそれに自ら手を挙げて応募できる若者は一握りだろう。この際に留意しなくてはならないのは、「やりたいことを見つけろ」と言うだけでは現状は何も変えられないということだ。ポイントはやりたいことを探すための最初の一歩をどう促すかである。

筆者はスモールステップの重要性を指摘しているが、さらに踏み込めばスモールステップを促すためのきっかけ、「言い訳の提供」がポイントになっていくだろうと考えている。

最初の一歩目から「意識高く」「自分の意志で」実行する必要はないのではないか。同僚に誘われたとか先輩に言われたとか会社の研修項目に入っているから、といった他律的なファーストアクションをもっと周りが仕掛け、そんな「言い訳」を持って一歩踏み出した若手を評価してもいいのではないか。

ステップと書かれた階段に立っているビジネスマン
写真=iStock.com/triloks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/triloks

キャリア自律の重要性が提唱されて久しいが、自律は行動の結果に過ぎない。キャリア形成を当初から自律性に依拠するのではなく、その自律性・自主性を生み出すための実践的な体験・経験支援を議論しなくてはならない。

■若者は「将来自分は社会に通用するのか」と悩んでいる

4 若者だけに考えさせない

初期のキャリア形成において若者の自主性が尊重され要請される、「若者が企業を活かして育つ」時代だからこそ、若者だけに考えさせてはならない。これには2つの意味がある。

第一に、単なる「自己責任論」にしてはならないということだ。会社がゆるいと感じる若者に対して、「自分で動かないからだ」「環境が悪いと嘆くだけで環境を変える努力をしていない」という“叱責(しっせき)”をする上の世代からの意見が聞かれることがある。

しかし、かつて構造的な上意下達で仕事が自動的に積み上がった環境で、また職場における経験知が明確にあり努力の方向性がはっきりしていたかつての職場と、現代のゆるい職場では、若者が自身のキャリア形成について思考するスタート地点が違いすぎる。

かつてほとんど考えなくてよかった「この仕事をして将来、自分は社会で通用する社会人になれるのか」という根源の問題に、現代の若者はまず取り組まなくてはならないのだ。

確かに、若者側もキャリア形成の主語が変わり「企業が(かつてほど)育ててくれなくなった」ことを認識する必要があるが、それを“企業に育てて貰えた”かつての若手が「いまの若者は努力不足だ」と言い放てるのだろうか。

■転勤、単身赴任に近い「合理性を超えたジョブ・アサイン」を与える

若者だけに考えさせてはならないもうひとつの意味は、「本人の合理性を超えたジョブ・アサインが必要である」ということだ。

現代においては、職種別採用の浸透やジョブ型雇用、公募型異動など制度面の変化からもわかるとおり、組織が若手の希望を聞くようになった。現場でも、「何がしたいのか」やキャリアの見通しを聞くことでジョブ・アサインの参考にしているマネジャーも多い。

企業の強力な配転命令権のもと、上意下達のキャリア形成が一般的であった日本企業も大きく変わったなと思わされるポジティブな変化であるが、しかし留意すべき点がある。

若者個人の希望に沿ったキャリアパスを用意する限り、その個人の想像する以上の機会や経験は得られないということだ。偶発的な出来事がキャリア形成において大きな役割を果たしているという主張はクランボルツも指摘するところであるが、肌感覚としても納得できるのではないだろうか。

筆者は、かつて日本企業が配転命令によって強制的に起こしていた偶発性には、もちろん転勤による単身赴任など現代社会に全く見合わない前近代的なものも多数あるが、その中身をすべて悪い経験だったと切り捨てるのは難しいと考える。

当事者の合理性には当然ながら主観的な認識の持つ限界があり、これを乗り越える装置を、「ゆるい職場」時代に改めて考えなくてはならない。

そのキーワードが「本人の合理性を超えたジョブ・アサイン」である。これを本人の納得感を調達しながらいかに与えていくか、が最大の育成論題となっていくだろう。

■どんな職場でも「きつい」と感じる若手はいる

5 「ゆるさ」に対する主観と客観の問題

第5章で見たように現在所属する職場に対して「ゆるい」と感じる新入社員は大手企業(従業員規模1000人以上)において36.4%となっていたが、これは主観的評価であることは言うまでもない。新入社員に限らず誰しも、自分の現状を認識する際に完全な客観性を保って判断することはできず、個人のそれまでの経験などを参考に評価することになる。

この点について、筆者が「学生時代の社会と接する経験」の多寡によって職場への認識が異なることを明らかにするとおり、過去の社会と接する経験(社会的経験)との比較という視座が発生しているのが現代の若手の特徴でもある。具体的には「学生時代に起業したが、そのときの経験と比べるといまの職場は……」といった声を聞くことがあるのだ(詳しくは第7章)。

主観的視点については全く逆のケースも当然あり、企業で取得している労働時間や有給休暇取得率、各種社員サーベイの結果として、中長期的に働きやすい会社になっていることが明らかであったとしても「きつい」と受け止める若手がいることもありうる。

■「すれ違い」前提のコミュニケーションを頭に入れておく

客観的視点についても触れておくと、各種統計によってここ5〜6年で若手を取り巻く労働環境が改善される傾向が見られるのは明らかである(加えて、教育機会も著しく減少しているが)。ただ、繰り返すがそれと主観的に「ゆるい」と感じるかどうかは別の問題である(図表1参照)。

図表 ゆるい職場論の再整理
『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』より

質的負荷が高いと企業側は考えているのにその若手社員にとっては「ゆるい」と感じられているケース、また、質的負荷が低いと企業側は考えているのにその若手社員にとっては「きつい」と感じられているケースで、すれ違いが発生する。

新たに職場に加わるニューカマーは過去の自社の職場環境など知る由もない。過去の経緯から考える経営・管理側と、そうではない若手側のすれ違いを前提にしたコミュニケーションが必要となる。

■「ゆるい職場=ホワイト企業」ではない

最後に、改めて「ゆるい職場」は今後の労働社会の大前提であるという点も確認しておく。もはや、「ゆるい職場」の善悪を語る意味はないのだ。

「若者を酷使するような企業を許さない」という社会規範の変化が政府の労働法改正を促し、結果として職場を運営するためのルールが大きく変化した。決して、価値観や雰囲気が変わった、などという曖昧なものではなく構造的な変化なのだ。

「ゆるい職場」は就業者に多くの恩恵をもたらした。余暇時間の増加、プライベートと仕事の両立、多様な経験が活かせる社会、そしてそれを後押ししてくれる組織の支援。筆者はこうしたポジティブな効果に注目している。

同時に、「若者の期待や能力に対して、仕事の質的負荷が著しく低く、成長機会になるようなタスクや経験が乏しく、フィードバックも少ない」こともわかっている。ただ、繰り返すがこれは不可逆な変化で元には戻らない、今後の労働社会の大前提となる変化なのだ。

なお、一部において“ゆるい職場=ホワイト企業”と同一視する言説があったが、全くイコールではない。

古屋星斗『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)
古屋星斗『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)

「ゆるい職場」のより分析的な定義については、第4章で実施している検証における「Loose」な職場が狭義の「ゆるい職場」であると考えられる。

ホワイト企業には様々なイメージがあるものの同分析で最も良い状態である「Secure」な職場であるケースもあり、単純化して同一視することは現状の理解に大きな誤解を生む。

働き方改革をはじめとする労働法の急速な改善の結果、「ゆるい職場」時代が始まった。

今後、育て方改革競争が起こり、2つの改革を合わせてはじめて、日本の人材活用は全く新しい段階に入ることになるだろう。

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古屋 星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員
1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。

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(リクルートワークス研究所主任研究員 古屋 星斗)

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