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なぜ宝塚歌劇団は「いじめ疑惑」に正面から向き合わないのか…阪急阪神HDに共通する「冷徹さ」という大問題

プレジデントオンライン / 2023年11月29日 10時15分

所属していた女性団員が急死した問題の記者会見で発言する宝塚歌劇団の木場健之理事長=2023年11月14日午後、兵庫県宝塚市 - 写真=時事通信フォト

■宝塚歌劇団はいじめ・パワハラを全面否定

今年9月30日、宝塚歌劇団の宙(そら)組所属の劇団員(25歳、以下、故人と表記)が自宅マンションから飛び降りる“事件”が発生し、自死と見られています。11月14日に宝塚歌劇団が行った記者会見を見ましたが、亡くなった方への哀悼の気持ちが感じられず、事務的で、冷たい印象を持ちました。

死亡原因をいじめやパワーハラスメントだと考えている遺族側の主張を、宝塚歌劇団は全面否定しています。睡眠時間を削ってまで、公演や稽古、準備をしていた労働時間については、時間の差がありますが、過労死を招くような過酷な環境であったことは認めました。

劇団員の死に関して、歌劇団は法律事務所(大江橋法律事務所)に依頼し、9人の弁護士が調査やヒアリングをして調査報告書が作成しました。報告書の概要版が公開されています。

宝塚歌劇団 調査チーム「調査報告書(概要版)」

14日の会見は、報告書に基づいて歌劇団が“事件”の概要を説明するために開かれたものでした。会見冒頭、亡くなった劇団員への哀悼の言葉もなく、遺族に対するお悔みや謝罪もなく、いきなり報告書の説明から始まりました。最初に違和感を覚えたのはこのときでした。

■最初から「調査の限界」を認めた報告書

ただ、この報告書は、第三者委員会のような公平性、独立性が担保されている委員会が作成したものではありません。9人の弁護士で「宝塚歌劇団 調査チーム」を発足させましたが、4人の名前は記されていません。

大江橋法律事務所に所属している石原真弓弁護士が、阪急阪神百貨店の親会社「エイチ・ツー・オー(H2O)リテイリング」の社外取締役で監査等委員を務めており、縁もゆかりもない法律事務所に依頼したものではありませんでした。H2Oの大株主には、阪神電気鉄道とともに、宝塚歌劇団をはじめ阪急阪神グループの持株会社である阪急阪神ホールディングスが名を連ねています。

報告書には次のような但し書きがあります。本件調査の前提を「劇団が保有していない情報・資料等の収集には限界がある」としており、劇団側が資料を出さなかった場合やヒアリングする劇団員やスタッフの協力が得られなかった場合は、事実の解明は難しいようです。

【画像1】宝塚歌劇団 調査チーム「調査報告書(概要版)」
宝塚歌劇団 調査チーム「調査報告書(概要版)」

「新たな証拠資料等によっては、事実を訂正する可能性がある」という一文も入っていて、調査報告書には限界があるように思われます。しかし、宝塚歌劇団や阪急阪神HDは、調査報告書を錦の御旗にしており、報告書を楯に開き直るのはおかしいのでは。そんな違和感があります。

■主張が対立する遺族は再調査を望んでいる

宝塚歌劇団の木場健之(こばけんし)理事長は記者会見で「いじめやハラスメントは確認できなかった」「歌劇団としては、特に宙組に問題があったというふうには考えておりません」と強調しています。

歌劇団側と遺族の主張が対立していて、同じ日に遺族側の弁護士が記者会見を開く事態になりました。事実関係が明確にされていないので、第三者委員会を立ち上げて改めて調査すべきという声があり、遺族側も再調査を望んでいます。

宝塚歌劇団と阪急阪神HD側は、故人が亡くなるまで労働時間が長かったことは認めていますが(歌劇団側は、雇用関係ではなく、舞台女優とエンターテインメント提供会社との対等の関係と考えており、労働時間とは言わず活動時間という表現を使っています)、故人の死亡と、いじめは関係ないという立場です。

問題があったとされる劇団の実態、現場での責任の所在が解明されていないのに、阪急阪神ホールディングスの上層部の減給処分が発表されました。

■阪急阪神HDトップの処分への違和感

宝塚歌劇団の理事で、持株会社の阪急阪神HD代表取締役会長兼グループCEOの角和夫氏の月額報酬の25%、3カ月間のカット、阪急阪神HD代表取締役社長で阪急電鉄社長の嶋田泰夫氏の20%、3カ月カットなどの処分を明らかにしました。

木場理事長は12月1日付で退任しますが、元々阪急電鉄の出身者で、阪急阪神グループの要職に就くと思われます。後任となるのは、これまで宝塚歌劇団専務理事だった村上浩爾(こうじ)氏です。

阪急阪神HD上層部の減給を発表しましたが、処分の対象者がこれでいいのか、処分の時期が適切なのか、やはり違和感を覚えます。形だけの、おざなりな処分でしかないようで、納得できません。

現場のプロデューサー、演出家、トップスターや上級生が行っている宝塚歌劇団の運営には、何ら問題がないと、歌劇団側は強調しています。それでは、阪急阪神ホールディングスの会長や社長の減給はどういう意味を持つのでしょうか。考えられるのは労働時間が長かった管理責任に対する処分なのでしょう。

もし宝塚歌劇団でいじめやパワハラが認定された場合、問題の隠蔽(いんぺい)があった場合、阪急阪神ホールディングスの角会長や嶋田社長は、どのような責任を取るのでしょうか。

■「ヘアアイロン問題」には強気の対応

大江橋法律事務所が作成した今回の調査報告書(概要版)は本文22ページ、別紙14ページに上りますが、自らも認めているように不完全なものです。現段階で事実が解明されたとは言えず、処分は時期尚早ではないでしょうか。

いじめのケースの一例として、遺族側は、先輩劇団員が故人の額にヘアアイロンで火傷を負わせたと主張していますが、新理事長になる村上氏は「ヘアアイロン問題」について次のように語っています。

「ヘアアイロンの件につきましては、そのように(遺族側、遺族側弁護士が)おっしゃっているのであれば、証拠となるものをお見せいただけるようにお願いしたい」と発言。内部から情報が漏れることはないと確信しているのか、強気の対応でした。

今回の報告書が出る前に、宝塚歌劇団の渡辺裕企画室長は「歌劇団としましては、いじめという事案があるとは考えていません。加害者も被害者もおりません」と発言し、一部の報道に対して「非常に歪曲した表現で書かれてます」と苦言を呈しました。

■歌劇団幹部は劇団の内部事情を知らない

調査報告書を受け取った後も、宝塚歌劇団はいじめやパワハラはなかったと主張し続けています。

歌劇団の要職に就いているのは阪急阪神HDや阪急電鉄などの出身者で、演劇の専門家ではありません。現場の管理はプロデューサーや演出家、5つの組(花、月、雪、星、宙)のトップスターや組長、上級生に任せ、劇団の活動の実態を知らないと、歌劇団幹部は記者会見で答えています。

今回の報告書の作成に当たって、徹底した調査だったのか、外部に情報を漏らさないように劇団員やスタッフに箝口令を敷いていなかったか、隠蔽はなかったかといった事柄が、今後明らかになると思います。

報告書には「劇団外の出来事については情報収集がほぼできておらず、また、上記(劇団の情報と資料に頼っているという事実)により与えられた情報だけでは、事実確認ができなかった事項も存在する」という表現もあります。

■「ヘアアイロンによる火傷は日常茶飯事」?

報告書の内容を見ると、違和感を拭えない点があります。報告書2ページの8行目「ヘアアイロンで火傷をすることは劇団内では日常的にあることであり、記録は残していないとのことであった」と記載しています。

故人の額には小指の先ほどの傷が残り、写真でも確認できるヘアアイロンによる火傷がありました。宝塚歌劇団では、こうした火傷が年にどれほど発生しているのか、何人がそのような火傷を負っているのか、歌劇団側に発表してほしい。ヘアアイロンを自分で利用して火傷をしたのか、他人によって火傷したのかの分析も知りたいものです。

ヘアアイロンで髪を巻いている
写真=iStock.com/RichLegg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RichLegg

歌劇団の診療所では、火傷は日常茶飯事なので記録を取っていないそうですが、歌劇団の幹部、現場責任者、劇団員は「ヒヤリ・ハット」というビジネス界で使われている用語をご存じないのでしょうか。

■重大な災害・事故を防ぐ努力をしていたのか

以前、企業やビジネス界を頻繁に取材していましたので、労働現場や職場での事故があると、原因の究明、ミスが起きないよう、どのような対策をしたか、ヒアリングしてきました。

ヒヤリ・ハットとは、重大な災害や事故には至らないものの、「ヒヤリとしたり、ハッとしたりするもの」を指し、ヒヤリ・ハットが起きないようにカイゼン(改善)して、重大な災害・事故を招かないようにする手法のこと。労働災害での経験則で、「ハインリッヒの法則」とも呼ばれています。

1件の大きな事故や災害の背後には、29件の軽微な事故や災害があり、さらに300件のヒヤリ・ハットがあると言われています。日常的に火傷が起きるのなら、宝塚歌劇団はヒヤリ・ハットの手法で、問題のカイゼンに取り組んだほうがいいと思います。

大きなお世話かもしれませんが、一言申し上げたい。歌劇団の診療所で受診する女優や劇団員は国民健康保険、あるいは健康保険組合などの保険を使っていると思いますが、医療費抑制に全く貢献していないことになります。もし、額の火傷が日常的に起こっているなら、宝塚歌劇団側は管理責任を免れません。

■アドバイスをしても、いじめることはできる

調査報告書は「火傷が故意かどうか」「押し付けたのか、誤って触れて火傷をさせたのか」にこだわって作成されていますが、日常的に火傷が起きているのなら、宙組に限らず、火傷した劇団員全員に原因を聞くといいのではないでしょうか。

額などに火傷を負った全劇団員にヒアリングすれば、火傷が故意(いじめ)なのか、うっかり触れただけなのかが分かります。さらに火傷をしないような再発防止策も示していただけるなら、劇団員も、ファンも安心して歌やお芝居をエンジョイできると思います。

報告書の2ページの最後から2行目に「新人公演の本番直前に故人へのアドバイスをしていることを考慮すると、A(ヘアアイロンによって火傷を負わせた看板女優)が故人をいじめていたとは認定できない」とありますが、アドバイスをしても、いじめることはできるので、この論法は成り立たないのではないでしょうか。

4ページの下から14行目「故人はAが故意にヘアアイロンを当てたと宙組プロデューサーに伝え、ご遺族自身も宙組プロデューサーからAは故意だったと思うかと聞かれて、本人(A)に聞いてくださいと答えたと述べており、宙組プロデューサーの報告メモとご遺供述との間に食い違いが見られる」と記載されているのに、歌劇団側が「いじめはなかった」と断言できるのは、何を根拠に判断したのでしょうか。

■「リーク禁止」は組織の腐敗を生みやすい

7ページ上から2行目、歌劇団診療所の診療録に「故人が、週刊誌(週刊文春の今年2月の記事)報道のあと、記事の事よりも対象の相手と一緒にいることで、いろいろな問題があり、とてもしんどかった」と記載されており、この記述に注目して調査を進めれば、いろいろな問題、真相が読み取れるのではないでしょうか。

宝塚歌劇団では「外部漏らし」は絶対にしてはいけないという不文律があるようです。外部に情報を漏さないよう統制を図り、情報が漏れたら犯人捜しをする隠蔽体質は、内部の腐敗を生みやすい。

週刊誌に情報をリークしたと最も疑われるのは、ヘアアイロンによって火傷を負った劇団員です。「外部漏らし」をしたと疑われた人が、過去にどのような目に遭ったのか、調査をすれば、故人と、Aや上級生との間で、どのような「やり取り」「仕打ち」が起きうるのか、想像が付くのでは、と思います。

■宙組メンバーがヒアリングを拒否した理由

調査チームは、宙組のメンバー66名中、4人のヒアリングをしておらず、4人の劇団員が調査を拒否した理由も、拒否した人物が上級生なのか、下級生なのかも公表していません。ヒアリングした内容の発言者が特定されないようなセーフティーネットがなければ、本音は言わないでしょう。

ものが言えない組織形態であれば、権力者は、怖いものなしで、好き勝手なことができます。咎めるものがおらず、隠蔽できるので、遠慮なく“悪事”に加担できます。上級生やプロデューサー、演出家は巨大な権力を手に入れることになります。力がある者こそ「権力は腐敗する」という格言を思い出してほしいものです。

独立した第三者委員会に調査報告書の作成を任せて、その上で宝塚歌劇団も阪急阪神HDも、歌劇団を改革するといいのではないでしょうか。

■旧弊を重んじる宝塚歌劇団にメスが必要

この“事件”をめぐっては、新たな動きがありました。歌劇団に法令違反がなかったのかどうかを調べるため、11月22日に労働基準監督署が調査に入ったのです。劇団員が安心して働くためにも、劇団員の親御さんが安心して子どもを預けられるようになるためにも、実態が明らかになることを期待しています。

宝塚大劇場・バウホールと宝塚音楽学校
宝塚大劇場・バウホールと宝塚音楽学校(写真=663highland/CC-BY-2.5/Wikimedia Commons)

今から15年前の2008年、宝塚音楽学校に入学したZさんは、いじめを受け、仲間外れにされ、ついには退学となりました。Z側は翌2009年、退学処分は無効だと裁判に訴えました。これが世に言う「タカラヅカいじめ裁判」です。

裁判所は、退学取り消し処分を下しましたが、学校側は無視し続けました。結局、2010年7月、和解調停という形で決着します。「退学処分の撤回」をするが、「Zは、宝塚歌劇団への入団に必要な手続きの履行を求めない」という条件が付けられました。

変革の旗振りや推進は、阪急阪神ホールディングスが行わないと、宝塚歌劇団のように伝統を重んじる、古い体質の組織は変えられないと思います。

■「従業員満足度」を高めないと、ファンは満足しない

阪急阪神HD代表取締役会長で、グループCEOの角和夫氏は『統合報告書』(2023年)の87ページ目で次のように述べています。

「私が、最も重要視しているのは、従業員満足度です。従業員の満足度が向上すれば、お客さまにご満足いただける商品やサービスの提供につながります。従業員のエネルギーが企業価値の源泉であり、我々経営陣の責任は、従業員のエンゲージメントをいかに高めるか、ということであると考えています」

統合報告書とは、財務情報だけでなく、企業統治(コーポレートガバナンス)、法令遵守(コンプライアンス)や社会的責任(CSR)、知的財産などの非財務情報をまとめたものです。

劇団員の満足度を高めないことには、観客が満足するエンターテインメントを届けることはできません。これまで、働く環境が厳しい中でも、感動を与えるレビューや演劇を披露できたのは、劇団員の努力や精進と、親やファンの金銭を含めたサポートがあったからでしょう。劇団員の命を削るような奮闘や、親やファンのサポートに、企業側も甘えていてはいけません。

■「愛されるタカラヅカ」であり続けるために

来年、宝塚歌劇団は110周年を迎えます。今年7月に周年イベントの概要を発表しましたが、ファンや多くの人から110周年を祝福されるためには、抜本的な改革、不信感を取り除くことが不可欠ではないでしょうか。

阪急阪神ホールディングスのエンターテインメント事業の目標は、日本一になった阪神タイガースの連覇と、宝塚歌劇団の110周年を成功に導くことだと思います。そうなることを願っています。「夢」と「感動」をプロデュースするエンターテインメント事業はグループの業績に寄与してきました。

阪神タイガース主催試合の入場者数は約262万人(これは昨シーズン、2022年の数字)、宝塚歌劇団の観客数は約278万人(2022年度実績)に達しており、グッズ、飲食などの収入も大きなウエートを占めています。

宝塚歌劇団に、いつまでも輝いていてほしい。もし、宝塚歌劇団がファンから見放されると、劇場に向かう阪急電鉄の乗降客が減り、阪急沿線の地価が下がってしまうかもしれません。

タカラヅカを楽しみにしている人たちの気持ちを裏切らないよう、「阪急」「阪神」のブランド価値を低下させないように、阪急阪神HDは宝塚歌劇団の抜本的な改革をし、社会的責任を果たしていただきたいと望みます。

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前原 進之介(まえはら・しんのすけ)
ジャーナリスト・作家
出版社に勤務後、フリーで活動し、小説『黒い糸とマンティスの斧』をアマゾンのキンドル出版で上梓。情報サイトの「note」で、メディアやミュージアムなどについて執筆。

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(ジャーナリスト・作家 前原 進之介)

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