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「脆弱」の反対は「頑強」ではない…頑強なはずだった「メガバンクの総合職」がリストラ対象に変わった背景

プレジデントオンライン / 2023年12月8日 8時15分

ナシーム・ニコラス・タレブ(写真=Nassim Taleb/YechezkelZilber/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

「脆弱」の反対語は「頑強」である。しかし、よく考えると、世の中はそう単純ではない。コンサルタントの山口周さんは「タレブは『反脆弱性』という概念で、その矛盾を喝破した。たとえば、頑強なキャリアを作れるとみられていた大手都市銀行で人員削減が進むというのは、その具体例だろう」という――。

※本稿は、山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

ナシーム・ニコラス・タレブ(1960~)
レバノン出身、アメリカの作家、認識論者、独立研究者。かつては数理ファイナンスの実践者だった。金融デリバティブの専門家としてニューヨークのウォール街で長年働き、その後認識論の研究者となった。著書に『ブラック・スワン』『反脆弱性』など。

■日本語にない「反脆弱性」という概念

反脆弱(ぜいじゃく)性とは、「外乱や圧力によって、かえってパフォーマンスが高まる性質」のことです。日本語だと非常に硬骨に感じられますが、原書ではAnti-Fragileという新語の形容詞が用いられています。

いずれにせよ、私たちが一般的に用いている言葉には、そのままズバリ、このような性質を表す言葉はありません。私たちの言葉は、私たちの世界認識の枠組みを反映していますから、「反脆弱性」を意味するそのままズバリの言葉が英語にも日本語にもなかった、ということは、これが概念として新しいことを示唆しています。

■「脆弱」の反対は「頑強」ではない

普通、私たちは、外乱や圧力によってすぐに壊れたり、調子が悪くなったりする性質のことを「脆弱=脆い=Fragile」と形容します。では、これに対置される概念は何かと言うと、一般的には「頑強=Robust」ということになります。しかし、本当にそうなのか、というのがタレブの思考の出発点でした。

「外乱や圧力の高まりによってパフォーマンスが低下する性質」というのが「脆弱性」の定義なのだとすれば、対置されるべきなのは「外乱や圧力の高まりによって、かえってパフォーマンスが高まるような性質」ではないのか。これをタレブは「反脆弱性=Anti-Fragile」と名付けました。タレブは次のように書きます。

反脆さは耐久力や頑健さを超越する。耐久力のあるものは、衝撃に耐え、現状をキープする。だが、反脆いものは衝撃を糧にする。この性質は、進化、文化、思想、革命、政治体制、技術的イノベーション、文化的・経済的な繁栄、企業の生存、美味しいレシピ(コニャックを一滴だけ垂らしたチキン・スープやタルタル・ステーキなど)、都市の隆盛、社会、法体系、赤道の熱帯雨林、菌耐性などなど、時とともに変化しつづけてきたどんなものにも当てはまる。地球上の種のひとつとしての人間の存在でさえ同じだ。そして、人間の身体のような生きているもの、有機的なもの、複合的なものと、机の上のホッチキスのような無機的なものとの違いは、反脆さがあるかどうかなのだ。

■ストレスによってパフォーマンスが向上するものもある

ストレスや外乱やエラーによって、かえってシステム全体のパフォーマンスが上がる、というとなかなかイメージがしにくいかも知れません。例えば、いわゆる炎上マーケティングはAnti-Fragileと言えます。炎上というのは間違いなく主体者にとってはストレスでしょうが、そのストレスによってかえって集客や集金のパフォーマンスが向上するのだとすれば、これは「反脆弱な特性」と言えます。

レオナルド・ディカプリオが、失業者から年収50億円にまで成り上がった実在の証券トレーダー、ジョーダン・ベルフォートを演じて話題になった『ウルフ・オブ・ウォールストリート』では、ベルフォートが社長を務める金融トレーディング会社をコキ下ろす記事が雑誌の『FORTUNE』に掲載された際、激怒するベルフォートを妻が「There is no such Bad Publicity=世の中には“悪い広報”なんていうのはないのよ」となだめるシーンがあります。

結局、このコキ下ろす記事がきっかけになってベルフォートの会社には採用希望者が殺到し、その後、爆発的な拡大を始めるわけですから、これもまた「ストレスによってかえってシステムのパフォーマンスが上がっている例」と考えられます。

■脆さを攻撃する「リスク」に対応することは可能か

人間の体もそうですね、

絶食や運動といった「負荷」をかけることでかえって健康になるわけですから、これも反脆弱なシステムだということになります。タレブが「反脆弱性」という概念を非常に重要視するのは、私たちが、非常に予測の難しい時代を生きているからです。

リスクをあらかじめ予測できれば、そのリスクに対応できるような「頑強なシステム」を組めばいい。津波に対応するためのスーパー堤防のようなものですが、ではそれは可能なのか? タレブは次のように指摘しています。

システムに害をもたらす事象の発生を予測するよりも、システムが脆いかどうかを見分けるほうがずっとラクだ。脆さは測れるが、リスクは測れない(リスクが測れるのは、カジノの世界や、“リスクの専門家”を自称する連中の頭の中だけの話だ)。私は、重大で稀少な事象のリスクを計算したり、その発生を予測したりすることはできないという事実を、「ブラック・スワン問題」と呼んでいる。脆さを測るのは、この問題の解決策となる。変動性による被害の受けやすさは測定できるし、その被害をもたらす事象を予測するよりはよっぽど簡単だ。だから、本書では、現代の予測、予知、リスク管理のアプローチを根底からひっくり返したいと思っている。
銃弾が撃ち込まれた窓ガラス
写真=iStock.com/JoenStock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JoenStock

■大工さんと大手ゼネコン社員、どちらが脆弱か

「一見、脆弱だけれども実は反脆弱なシステム」と「一見、頑健だけれども実は脆弱なシステム」の対比は社会の至る所に見られます。例えば「手に職を持った工務店の大工さん」と「大手ゼネコンの総合職」とか、「アメ横商店街」と「大型百貨店」とか、「ママチャリ」と「ベンツSクラス」などです。5万円のママチャリと1000万円のベンツを比較して、「後者の方が脆弱である」と指摘すれば、多くの人は訝しく思うでしょう。

それは、それらの印象があくまで「システムが正常に動いている状態」を前提にしているからです。東日本大震災の際には東京でも交通網が完全に麻痺し、筆者はオフィス近辺で自転車を購入して30キロ離れた自宅まで2時間ほどで帰ることができましたが、自動車に頼って移動しようとした人は5倍以上の時間をかけています。

さて、この「反脆弱性」を組織論やキャリア論に当てはめて考えてみるとどのような示唆が得られるでしょうか。まず組織論について言えば、意図的な失敗を織り込むのが重要だ、ということになります。

ストレスの少ない状況になればなるほどシステムは脆弱になってしまうわけですから、常に一定のストレス、自分自身が崩壊しない程度のストレスをかけることが重要です。なぜかというと、その失敗は学習を促し、組織の創造性を高めることになるからです。

■「頑強」と言われるキャリアの落とし穴

同様のことがキャリア論の世界においても言えます。「頑健なキャリア」ということになると、「大手都市銀行や総合商社など、評価の確立している大きな組織に加わり、そこでつつがなく、大きな失敗をすることもなく、順調に出世していく」ことだと考えられますが、さてそのようなキャリアは本当に言われているほど「頑健」なのでしょうか。

すでに、大手都市銀行による人員削減のニュースが社会を賑わせています。組織論の専門家から言わせれば、銀行の仕事というのはモジュール化が進んでおり、また手続きのプロトコルが非常に洗練されているので最も機械に代替させやすいんですね。

大きな組織に勤めてその中でずっと過ごすということになると、その人の人的資本(スキルや知識)や社会資本(人脈や評判、信用)のほとんどは企業内に蓄積されることになります。ところが、この人的資本や社会資本は、その会社を離れてしまうと大きく目減りしてしまう。

つまり人を一つの企業として考えてみた場合、この人のバランスシートというのは、その会社から離れてしまうと極めて「脆弱」になってしまうわけです。

■いかに「反脆弱性」をキャリアに盛り込むか

ではどうすればいいのか? 多くの失敗をできるだけ若いときに重ねること、いろんな組織やコミュニティに出入りして、人的資本と社会資本を分散した場所に形成することなどの要件が重要になってきます。

山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)
山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)

一個一個の組織やコミュニティは脆弱なものかも知れませんが、重要なのは組織やコミュニティの存続よりも、その人の人的資本・社会資本の残存性です。仮にその組織やコミュニティが消滅してしまったとしても、そこに所属していた人たちのあいだで信用が形成されているのであれば、その人の社会資本は目減りせず、アメーバ状に分散して維持されることになります。

この考察をさらに推し進めれば、タレブの指摘する「反脆弱性」というコンセプトは、私たちが考える「成功モデル」「成功イメージ」の書き換えを迫るものだということに気づきます。先述した通り、私たちは自分たちの組織なりキャリアなりを、なるべく「頑強」なものにするという「成功イメージ」を持ちます。

しかし、これだけ予測が難しく、不確実性の高い社会では、一見すると「頑強」に見えるシステムが、実は大変脆弱であったことが明らかになりつつあります。自分の所属する組織にしても自分のキャリアにしても、いかに「反脆弱性」を盛り込むかは、大きな論点になってくると思います。

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山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。

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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)

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