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関西の大学まで箱根を目指す必要があるのか…大学駅伝「箱根一極集中」では日本の長距離界に"絶望"しかない

プレジデントオンライン / 2023年11月29日 11時15分

図表作成=プレジデントオンライン編集部

かつて大学駅伝界で関西勢はしばしば上位に食い込む実力があったが、現在はその存在感が薄くなっている。きたる正月の第100回箱根駅伝出場を目指した予選会でも惨敗。スポーツライターの酒井政人さんは「関西勢がすべきことは有力な選手が進学する関東勢の尻を追いかけることではない。“関西の雄”と呼ばれる大学が再び現れることを期待したい」という――。

■箱根駅伝予選会で露呈した関西勢の“真の実力”

2023年のプロ野球のキーワードは「関西」だった。阪神とオリックスによる関西ダービーとなった日本シリーズは地元のみならず、全国の野球ファンが盛り上がった。

スポーツ報道では「関西の雄」という表現をされることがある。しかし学生長距離界、とりわけ大学駅伝の世界において、現在そのような存在は見当たらない。

筆者は以前、箱根駅伝を走ったことがある(1996年、東京農業大)。その経験から言えるのは1990年代後半の関西勢はとても強かったことだ。特に京都産業大は1996年の全日本大学駅伝で3位に入るなど、出雲や全日本でたびたび上位に食い込んだ。もし、箱根駅伝の予選会に出場できたとしたら十分に突破できる実力はあったと思う。

しかし、全日本大学駅伝の入賞(2015年までは6位、16年以降は8位)は京産大が1999年に5位に入ったのが、地方勢にとって最後。近年は全日本大学駅伝で関東勢が上位を占めるのが当たり前で、関西勢の存在感は薄れつつある。

そして今秋、関西勢の“真の実力”が明らかになった。それが箱根駅伝予選会だ。

2024年の正月に開催される第100回記念大会は出場校が「3」増枠して、参加資格も「関東学連登録者」から「日本学連登録者」に拡大された。関東ローカルの大会である箱根駅伝が今回に限り、全国の大学に門戸を開いたのだ。

そして10月14日の予選会には地方から11校が参戦(出場数は史上最多の57大学)。関西からは京産大、立命館大、大阪経済大、放送大学関西の4校が参加した。

箱根と並ぶ大学3大駅伝である出雲駅伝(毎年10月)に20回、同じく全日本大学駅伝(毎秋)に34回の出場を誇る立命大の田中裕介コーチは、「全員がバチッと走ることが大前提だが、13校なら狙えないことはない」と手応えを語っていた。しかし、想像以上に厳しい現実が待ち構えていた。

地方勢の最高位は京産大の27位(10時間54分22秒)で、次が立命大の34位(11時間05分23秒)。個人成績では小嶋郁依斗(京産大3)の46位(1時間03分07秒)が最高だった。なお今回の予選通過ラインは10時間39分47秒。京産大ですら14分35秒も引き離された。1人あたりでいうと、ハーフマラソンで1分27秒もの開きがあった。

この結果に、「関東と関西でこんなに実力差があること」にやはりそうかと納得する向きもいるだろうが、逆に、そんなに差があるのかと驚いた方もいるだろう。

例年、出雲駅伝と全日本大学駅伝は関東勢が上位を占めているが、関東学連の出場枠は出雲駅伝が「10」、全日本大学駅伝は最大「15」(シード枠8、基本枠1、成績枠6)。そのため地方大学といえども出雲は11位、全日本は16位に入ることもできるはずだ。

ところが実際は、箱根予選会で京産大(27位)と立命大(34位)の付近にいたチームは、芝浦工業大、明治学院大、流通経済大、桜美林大、東京経済大、武蔵野学院大、立正大、育英大という出雲や全日本に一度も出場していない大学がいた。

箱根予選会には前回の本大会で10位以内に入ったシード校が出場しないため、単純に計算すれば地方勢トップの京産大ですら全体の“37番目”となる。予選通過も可能と語っていた立命大は実質44位となる。「打倒・関東」を掲げている地方大学にはショッキングな結果だったといえるだろう。

今回、地方大学は本選出場のボーダー争いにまったく絡むことはできなかったにもかかわらず、予選会に初参戦した地方大学は「出てよかった」という雰囲気だった。立命大・田中コーチも「今後、(箱根駅伝の)全国化があればチャレンジしたい」と話していた。かつての強い関西を肌で知っている筆者としては、その「出てよかった」感にいささかガッカリさせられた。

■女子は関東勢よりも地方勢が強い

そう思わざるを得ないのは男子と異なり、全日本大学女子駅伝は地方勢が圧倒的な存在感を放っているからだ。1994年から京産大が4連覇。1998年から2002年は関東勢(城西大と筑波大)が制したものの、その後、関東勢の優勝はない。

2003年から2015年は立命大が5連覇(11~15年)を含む10度の優勝、2017年からは名城大が7連覇。他にも佛教大(09年、10年)と松山大(16年)が制している。

今年はケニア人留学生を含む有力ルーキーが入学した大東文化大が2位に食い込み、3位は立命大。以下、城西大、日体大、大阪学大、関西大、東北福祉大と続いた。「シード権」獲得となる上位8校は関東3、関西3、東海1校、東北1校というバランスだった。

男子と様相が大きく異なるのには理由がある。それは女子は箱根駅伝のような“絶対的な存在”の大会がないということだ。近年人気が沸騰している箱根駅伝は、高校生ランナーにとっては憧れの舞台だ。正月に高視聴率を出す箱根駅伝の出場を目指して、強化している大学は年々増加。その結果、全国から関東の大学に有力選手が集まる一方で、地方勢の“衰退”が顕著になった。

画像=「東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト」関東学生陸上競技連盟
画像=「東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト」関東学生陸上競技連盟

■関西勢は全日本大学駅伝で当然、惨敗

その結果、11月5日に行われた全日本大学駅伝は上位15校を関東の大学が独占。地方勢の最高は大阪経済大の16位で、関西学院大が17位、関西大が18位。箱根予選会に参戦した立命大は過去ワーストタイの20位に沈み、国立大の名古屋大にさえ先着を許している。

関東勢と地方勢の実力差は今や、歴然としている。仮に全日本大学駅伝が各地区枠を撤廃して全国一斉予選会となった場合(実業団女子駅伝がその方法を実施)、地方勢はどこも出場できない状況だ。

関西学連は「関西の有力な高校生選手の多くが関東の大学に進学していることから、関東の大学との競技力の差が大きい」と問題視。そこで、毎年11月に開催し、今年85回目を迎えた「西の箱根駅伝」ともいえる丹後大学駅伝(関西学生対校駅伝競走大会)で新たな取り組みを実施した。

関東の強豪・青山学院大を招待したのだ。その遠征費をクラウドファンディングで募ったところ、目標額100万円を大きく上回る363万2000円を集めることに成功した。

今年の丹後大学駅伝は京産大が8年ぶりに制すと、2位は関西大、3位は立命大。オープン参加した青学大はBチームというべきメンバーで臨み、4位相当だった。

青学大の存在で例年よりも大会そのものは盛り上がったが、関西勢の強化策にチグハグな印象を抱く陸上関係者は少なくない。筆者もそのひとりだ。

Bチームの青学大をわざわざ招待する必要はあったのだろうか。もっと言えば、けっこうな予算を使って突破が現実的とはいえない箱根駅伝予選会に出場する必要はあったのか。

関西勢が箱根駅伝予選会に出場するにはそれなりの費用がかかる。各校エントリーメンバーは14人。監督、コーチ、マネージャーを含めて、チームとしては少なくとも20人弱が地方から上京して戦うことになる(その他、応援する部員もいるだろう)。

予選会のスタートは朝9時35分。ホテルに前泊する必要がある。少なく見積もっても関西勢が予選会に出場するには70万円以上の予算が必要だ。部費が潤沢ではないチームが大半だけに、お金の捻出は簡単ではないだろう。

確かに箱根駅伝を全国化する試みは面白いと思うが、筆者は、関西勢は全国区のブランドである箱根駅伝を追いかけなくてもいい、と感じる。なぜなら関西勢がやるべきことは別にあると思うからだ。関西勢の低迷は箱根駅伝の人気に押されている部分が大きいが、だからといって、箱根駅伝を目指しても強くなるわけではない。

では、関西勢はどうすればいいのか。

■高岡寿成という成功例を忘れたのか

高岡寿成(日本陸連強化委員会シニアディレクター中長距離・マラソン担当/花王陸上競技部監督)という日本の長距離競技における屈指の成功例がある。

高岡は、京都・洛南高時代に全国高校駅伝に3年連続で出場。3年時は4区を区間賞・区間新(当時)で快走して、チームの準優勝に大きく貢献した。関東の大学からも勧誘を受けたが、「箱根でつぶされたくない」と地元の龍谷大に進学。“独自の進化”を遂げることになる。

酒井政人『箱根駅伝は誰のものか「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)
酒井政人『箱根駅伝は誰のものか「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)

関東勢が箱根駅伝に注力するなかでスピードを徹底強化。大学4年時に5000mで13分20秒43の日本記録(当時)を打ち立てると、実業団のカネボウでも大活躍した。5000m、10000m、マラソンで日本記録(当時)を樹立。

2000年のシドニー五輪は10000mで7位入賞を果たしている。2002年10月のシカゴマラソンでマークした2時間06分16秒は、厚底シューズが登場するまで15年近くも日本記録として残っていた。

高岡が関東の大学に進学していたら、さまざまな駅伝に駆り出され、消耗し、このような輝かしい競技人生にならなかった可能性もある。花形の箱根駅伝がないからこそ“エッジの効いた選手”や、大学卒業後にさらに伸びて、五輪や世界選手権のマラソンなど長距離競技で活躍する選手が誕生する……。

箱根駅伝の人気で日本長距離界のレベルは間違いなく高くなっている。しかし、突き抜ける存在は多くない。2000年以降、高岡と大学駅伝よりも自身の夢を貪欲に追いかけた大迫傑だけが世界と互角に戦えたマラソンランナーだ。

有力選手の全員が箱根駅伝を追いかける時代になると、世界トップと戦うという意味では日本の長距離界には未来はなく〝絶望〟しかないのかもしれない。だからこそ、むやみに関東勢の尻を追いかけることをしない「関西の雄」と呼ばれる大学が再び現れることを期待せずにはいられない。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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