独裁者の愛読書「マキャベリの君主論」は、なぜ嫌悪されるのか…リーダーが果たすべき「暗黒の責任」の中身
プレジデントオンライン / 2023年12月18日 14時15分
※本稿は、山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
イタリア、ルネサンス期の政治思想家、フィレンツェ共和国の外交官。理想主義的な傾向の強かったルネサンス期において、政治は宗教・道徳から切り離して考えるべきであるという現実主義的な政治理論を展開した。
■国家の利益のためなら、どんな手段も許される
愛されるリーダーと恐れられるリーダー、どちらの方が優れたリーダーなのか、というのは人類の歴史が始まって以来、連綿と議論されてきた問題です。マキャベリは、著書『君主論』の中で、端的に「恐れられるリーダーになるべきだ」と主張します。
マキャベリズムとは、すなわち、マキャベリが『君主論』の中で述べた、君主としてあるべき「振る舞い」や「考え方」を表す用語です。では、その内容とはいかなるものか。
平たくまとめれば「どんな手段や非道徳的な行為も、結果として国家の利益を増進させるのであればそれは許される」ということになります。
■ナポレオン、ヒトラー、スターリンも愛読した
この本が、当時も今も私たちに衝撃を与えるのは、これほどまでにあけすけに「タテマエとホンネ」のうち、ホンネでリーダーのあり方を語る言説が、ほとんどないからです。
嘘か真か、ナポレオン、ヒトラー、スターリンらは寝る前にベッドで『君主論』を読んだと言われていますから、「理想の実現のためには犠牲は致し方ない」と考えようとした独裁者にとって、この本はバイブルのような位置付けだったのかもしれません。
このように、言ってみれば「非常に偏った」内容ではあるのですが、マキャベリがこのような持論を展開したのには、その当時ならではと言える理由がありました。
■フィレンツェは軍事的にあまりに脆弱だった
リーダーシップには文脈依存性があります。つまり「どのようなリーダーシップのあり方が最適なのか」についての答えは、状況や背景によって変わる、ということです。したがってマキャベリの主張もまた、当時のフィレンツェの状況を知らずに鵜呑みにすることは危険だと思います。
当時、フィレンツェは列強諸外国からの介入を受けていました。1494年のシャルル8世によるフランスのイタリア侵攻をはじめ、主だったところだけでスペイン、神聖ローマ帝国といった外国の軍隊が介入してきて戦争が巻き起こったのですが、そうした諸外国の軍勢と比較して、フィレンツェの軍事的脆弱(ぜいじゃく)さは如何ともしがたく、外交官として働いていたマキャベリは10年以上に亘って、諸外国・諸都市を訪問し、なんとか共和国を支えようと奮闘し続けたのです。
なかでも、マキャベリはチェーザレ・ボルジアに強い感銘を受けたようです。チェーザレは教皇アレキサンドル6世の庶子で、その教皇は北イタリアで圧倒的な権力を持っていましたから、フィレンツェにとってはもっとも危険な敵です。
■世界最初の「トップの人材要件に関する提案書」
立場からすればボルジア家とは距離を置くべきですが、マキャベリはチェーザレの勇気、知性、能力、特に「結果を出すためには非情な手段も厭わない」という態度に大きな感銘を受け、ひたすら道徳的・人間的であろうとするために戦争にからっきし弱かったフィレンツェのリーダーたちに、チェーザレの思考様式・行動様式を学んで欲しいと考えました。これが『君主論』執筆の中核となるモチベーションでした。
果たせるかな、『君主論』は、当時フィレンツェを実質的に支配していたメディチ家のトップ、ロレンツォ・メディチに献呈されます。今日、世界中の大企業向けにコンサルティング会社やビジネススクールが「経営者の人材要件」を提案していますが、マキャベリの『君主論』は、世界最初の「トップの人材要件に関する提案書」と言えるかも知れません。
一点、注意しなければならないのは、マキャベリは「どんなに非道徳的な行為も権力者には許される」などと言ってはいない、という点です。ここはマキャベリズムについて、よく勘違いされている点なので注意してください。
■「不道徳たれ」と言っているわけではない
マキャベリは、「よりよい統治のためには、非道徳的な行為も許される」と言っているだけです。つまり、その行為が「よりよい統治」という目的に適っているのであれば、それは認められると言っているだけで、憎しみを買い、権力基盤を危うくするような不道徳さは、これを愚かな行為として批判しています。
具体的には、例えばマキャベリは、ある君主が他国を征服する際には、「一気呵成(かせい)に必要な荒療治を断行してしまい、日毎に恨みを蒸し返されたりすることのないように」と注意しています。この指摘は、大規模なリストラを初期段階でやってしまう方が、小分けに何度も痛みを伴うような小規模のリストラをやるよりもうまくいく、という企業再生の鉄則とも符合します。
つまり、マキャベリは「不道徳たれ」と言っているわけではなく、「冷徹な合理者であれ」と言っているだけで、時に「合理」と「道徳」がぶつかり合う時には、「合理を優先せよ」と言っているだけなんですね。
■なぜ私たちはマキャベリズムに嫌悪感を抱くのか
今日の文明社会で生を営んでいる私たちの多くは、マキャベリズムに対しては強い嫌悪感、拒否反応を示します。しかし、マキャベリの主張は、まさに国家存亡の危機において求められるリーダーについて書かれたものだということを忘れてはなりません。
これを逆に言えば、私たちが日常的に求めるようなリーダー像というのは、国家存亡のときに私たちを導いてくれるような人物なのか、ということについても疑問を投げかけます。
先述した通り、リーダーシップには文脈依存性があります。ある状況においてうまく機能したリーダーシップが、全く別の局面においても機能するとは限りません。例えば『三国志』に出てくる曹操などが典型でしょう。曹操は、若いころから機知・権謀に富んでいましたが、放蕩(ほうとう)を好み素行が修まらなかったために世評は芳しくありませんでした。
■曹操や信長がリーダーとして評価された理由
そのような曹操に対して、後漢の人物鑑定家の許子將(許劭)は「君清平之奸賊亂世之英雄」(君は平和な世の中では大泥棒だが、乱世となれば英雄だ)と評しています。平和な世の中ではリーダーとして活躍できないだろうが、乱世になればリーダーシップを発揮できる、と言っているわけです。
同じことは我が国の織田信長にも言えるかも知れません。曹操も信長も、どちらかというと冷徹な合理主義者というイメージが強いですが、こういったリーダーシップスタイルが結果に結びついたのは、道徳やら人間性やらと言っていられない乱世という文脈ゆえのものだったと考えることもできます。
マキャベリズムについてもまた同様に考えることが必要だと思います。500年前のフィレンツェにおいて提案された「リーダーの人材要件」が、これほどまでに時空を超えた広がりを持って共有されているということは、マキャベリの主張に何がしかの真実と思える内容が含まれているということでしょう。
■リーダーには「孤独で暗黒の責任」が伴う
リーダーの立場にある人であれば、状況次第では歓迎されない決断、部下を傷つける決断を迫られる時があります。それでもリーダーは、それがビジネスであれ、他の組織であれ、家族であれ、自分が長期的な繁栄と幸福に責任を持つのであれば、断じて決断し、あるいは行動しなければならない時がある、ということをマキャベリズムは教えてくれます。
リーダーの立場に立つ、というのはしばしば孤独で暗黒の責任を伴うことになりますが、一方でそれが権力の本質なのだということなのかも知れません。
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独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。
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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)
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