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個人情報流出事件と少子化だけではない…ベネッセ「進研ゼミ」が長期低迷している"内部要因"

プレジデントオンライン / 2023年11月30日 9時15分

2021年5月19日、岡山県にあるベネッセホールディングス本社。 - 写真=YUTAKA/アフロ

ベネッセホールディングスは11月10日、経営陣による自社株の買収であるMBOを行うと発表した。経営コンサルタントの鈴木貴博さんは「構造改革に本格的に着手するのがMBOの狙いだと思われる。ベネッセのIR資料を分析したところ、経営難の原因には構造的な問題があることが見えてきた」という――。

■MBOの狙いは本格的な構造改革への着手

ベネッセの創業家が投資ファンドと組んで株式の公開買付(MBO)を発表しました。ベネッセの株価は2007年から2008年をピークに長期凋落の状況にありました。その構造改革に本格的に着手したいというのがMBOの狙いだと思われます。

ベネッセは外国人株主比率が約25%でそれほどは外部投資家の影響力は大きくない会社ですが、それでも四半期ごとに短期利益を追求する株主に対応していきながら構造改革をするのは骨が折れる仕事です。

今回のMBOで創業家が組むEQTグループというファンド会社はスウェーデンのプライベートエクイティで、DX化の支援に秀でています。それとともに「企業を将来にわたり持続的に価値がある企業へ変革する」というパーパスがベネッセ創業家のパーパスと合致していたことから、長期的な改革の目線が合うと考えたのでしょう。

さて、ベネッセの失敗は2014年の個人情報流出事件以降、会員数が減少していることが大きいと言われます。経営難の背景には、進研ゼミ事業の低迷が大きくあるのは間違いないのですが、経営難の原因はもう少し深い構造的なもののようです。

今回の記事では公開データをもとに「ベネッセの失敗」について考えてみたいと思います。

■今でも売上を支えているのは国内教育事業

11月10日に発表された最新の2023年度第2四半期の決算報告では、業績ハイライトとして「介護・保育事業がけん引し、増収増益」とあります。事業別の売上高を見ると介護・保育事業のほかに大学・社会人事業も増収で、これらの事業が国内教育事業の減収減益を補っているとまっさきに報告されています。

ベネッセの事業構造は進研ゼミなどの国内教育事業が売上全体のほぼ半分、介護・保育事業がほぼ3分の1で、大学・社会人事業が約5%、残りが海外などその他の事業です。業績ハイライトでは介護事業が今後の柱、社会人事業が期待の次世代事業ととられかねない発表になっています。

新規事業として始まった介護・保育事業が大きな事業の柱に育ってきたのは好ましいことですが、それと対比して長期凋落しているとはいえ、今でも売上の半分、営業利益の8割以上を稼ぎ出しているのはあくまで国内教育事業です。構造改革の計画でもこの事業の立て直しが主に語られているわけですが、いったい何が起きているのでしょうか?

■「こどもちゃれんじ」で獲得した会員が残り続けるビジネスモデル

そこで見ていただきたいグラフがあります。ベネッセのIR資料をもとに独自分析をしたベネッセの国内教育事業の会員数のグラフです。ベネッセは就学前の幼児を対象に「こどもちゃれんじ」を提供していて、小学校に進学すると「進研ゼミ」に移行しそれが高校まで続くというのが基本構造です。

【図表】ベネッセ国内教育事業の一学年あたり会員数の推移
図表=ベネッセの決算補足資料を基に百年コンサルティング作成

今から10年前の2013年度ではベネッセが獲得する一学年あたりの会員数を試算すると「こどもちゃれんじ」が一番多く、そのほぼ全体が「進研ゼミ」に移行していたことがわかります。試算では「こどもちゃれんじ」の主たる会員は2歳児から5歳児までの4学年として計算してあります。

この時代の小学生人口は一学年あたり108万人です。そこから計算すると進研ゼミは全小学生の約24%を会員としていたことがわかります。その後、中学校に進学しても8割の生徒が進研ゼミを続け、高校進学で6割のボリュームの生徒が離脱します。さすがに大学受験となると東進ハイスクールのような予備校に頼る生徒が多いのでこの脱落率の高さは仕方ないのでしょう。

いずれにしても「こどもちゃれんじ」の頃に獲得した会員が、その後、10数年にわたって高い比率で残り続けるというこの左側の美しいグラフが、もともとのベネッセの国内教育事業が誇った強いビジネスモデルの正体でした。

■グラフの「形」が大きく変わってしまった

妊娠・出産・子育ての1000日間に向けた「たまひよ」から数えれば「こどもちゃれんじ」から「進研ゼミ」まで商品群がつながっていた2013年頃はベネッセの黄金期ともいえるでしょう。ベネッセの失敗は、その後の10年間で経営陣がこの金の卵を産む鶏を解体してしまったことにあるようです。

真ん中のグラフは個人情報流出後の2018年度の会員の状況です。一目でわかることは幼児と小学生の会員数の水準が大きく下がっていることです。小学講座の会員数は学年あたり2013年の26万人から2018年には18万人に減少しています。

これを小学生全体のシェアでみると24%から17%へと3割も会員が減ったことになります。個人情報流出とその後の謝罪方法が良くなかったことで、ベネッセが大きく評判を落とした後の国内教育事業は、少子化をはるかに上回るペースで顧客を失ったのです。ただこの段階ではまだ、一度獲得した顧客が長く会員を続ける構造自体は壊れていません。

もっと衝撃的なのが右側のグラフです。現在のベネッセの状況がどうなっているのかがわかるグラフなのですが、まず「こどもちゃれんじ」が以前のように会員を獲得できなくなってきていることがわかります。そしてそれを小学講座で盛り返しているのがわかります。実は2023年の小学生人口全体に対する会員シェアは18%と5年前よりも上がっています。

■幼小中高の事業基盤が分断している

そうやってせっかく獲得した小学講座の会員を中学講座への移行期で半分近く失っていて、さらに高校講座に移行する段階で中学講座の7割の会員が離脱しています。一目見てわかるのが幼児、小学生、中学生、高校生のそれぞれの事業基盤が分断されている状態です。これは会社組織に事業部制を取り入れると出現する現象です。

あくまで状況証拠として語らせていただくと、それぞれの組織に利益を競わせると、それまで全体が連動することで金の卵を産んでいた鶏は、分断され壊れていきます。このようなファクトを読み込む前は、私はベネッセの国内教育事業の苦境は少子化の影響が大きいのではという仮説を持っていたのですが、この10年の子ども人口の減少は8%程度でしかありません。ベネッセの国内事業の崩壊は外部要因ではなく内部要因だったというのは発見です。

このあたりはおそらくベネッセ創業家も同じ問題意識を持っているようです。というのも既に決算報告では組織体制を変更して「国内こどもちゃれんじ」を「進研ゼミ」と同じ国内教育事業へと編入したと発表しています。

ちなみに「たまひよ」はこの再編からは外れるようですが、事業としては「たまひよ」は「こどもちゃれんじ」よりも社会人事業とのシナジーの方が大きい事業なので国内教育事業へ入れる意味はあまり大きくないかと私も思います。

野原を駆け出す子供たちと見守る保育士
写真=iStock.com/maruco
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maruco

■組織哲学の変革から手掛けようとしている

このような文脈に基づいて今回ベネッセが発表した変革事業計画を見ると、MBOを行う意図がよく理解できます。変革はこれからの3年間、2つの事柄に力を入れるようです。

その1つめは「商品価値と営業手法の再設計」だとされています。営業手法は前述した幼小中高それぞれの分断をどう元に戻すかが肝要ですが、そのためには組織哲学の変革から手掛けなければなりません。他部門を出し抜くのではなく協調する方向へと大組織の舵取りを修正するのは時間と再教育の手間がかかります。非公開会社にしたうえで創業家が腰を据えてそれに取り組むという意図が感じられます。

一方で商品価値の変革内容ではDXに関わるものが多い様子です。たとえば進研ゼミを任天堂Switchで学ぶ仕組みを小学講座全学年に広げるとか、スマートウォッチとの連動、バーチャル自習室などの文言が並ぶ様子を見ると、どちらかといえば出遅れていたデジタル化へのキャッチアップに力を入れる姿勢が伺えます。

個人的に興味を感じた点はAI先生の導入です。進研ゼミといえば赤ペン先生だと思っていたのですが、月一回、添削してくれる赤ペン先生よりも、いつでも何度でも質問できるAI先生のほうがいいと児童が感じる時代が来たのかもしれないと思わせる施策です。

■EQTグループはDXやAI分野に強いファンド

さて構造改革のふたつめの項目が「コスト構造改革」です。

今、教育事業のコスト規模は340億円ということですが、これをDXとオペレーショントランスフォーメーションの組み合わせで30億~50億円下げていこうというのが構造改革の骨子です。その根幹が2つあって、ひとつがIT機能子会社の統合で、もうひとつが次世代コンタクトセンタープロジェクトです。

実はこのふたつの施策は表裏の構造にあります。理由は、前者はIT人材を再配置することでグループのDX能力を高める目的なのですが、後者はベネッセの事業の根幹機能であるコンタクトセンター機能の生産性をDXによって高めることを指しているからです。

実はコンタクトセンターは生成AI出現で一番大きく変わることができる企業組織だと言われています。今回のMBOでスウェーデンのEQTグループとベネッセ創業家が組んだ一番の意図がこのあたりにあると思われるのは、EQTグループはこのDXやAI分野に強いファンドだということです。

さまざまな分野のDXのイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■「デジタルと理念」ふたつの方向で改革をする

結局のところ経営の失敗で苦境に陥ったベネッセを立て直すには、デジタルと理念、ふたつの方向で同時に改革をしなければならないというのが組織としての病巣の診断だったのでしょう。だとすればMBOを行うことが方法論としては正しいわけです。

日本にはベネッセの教育事業で育った人がかなりの人口に上ります。ベネッセとは「よく生きる」という意味で、よく生きるためには人生を通じた付き合いが大切です。そう考えると少子高齢化だからマーケットが縮小するわけではなく、人生を通じて会員がベネッセとつながり続けているかどうかの方がずっと大切です。ベネッセという組織が病から復活し再び成長できることを祈ります。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。

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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)

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