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「ライドシェア解禁、タクシー退場」では誰も得しない…タクシー業界代表の「同じ条件で競争させて」という訴え

プレジデントオンライン / 2023年12月4日 7時15分

全国タクシー・ハイヤー連合会の川鍋一朗会長(写真=本人提供)

全国的な「タクシー不足」を背景としてライドシェアの解禁が国会で議論されている。全国タクシー・ハイヤー連合会の川鍋一朗会長は「タクシー業界には厳しい規制があり、利益も自由に設定できないなか、乗客の安全を守っている。ライドシェアを解禁するなら、同じ条件で競争させてほしい」という――。

■タクシー業界には多くの規制が存在する

私たちが「ライドシェアの解禁に反対」と主張すると「既得権益を守っている」というお叱りを受けます。ですが道路運送法には、タクシーの運賃や料金は「適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないもの」と定められています。総括原価方式に基づき、事業者の適正利潤は結果として常に概ね2~3%程度になるなど、タクシー業界はむしろ厳しい規制下にあります。 

そのうえで全てのタクシー事業者には、乗務員になるための第二種運転免許や地理試験はもとより、乗客の安全を守るために、毎日の運行管理や車両整備管理といった厳しい規制が数多く課されています。これらを踏まえても既得権益と呼べるのでしょうか。

規制に日々縛られているタクシー業界が存在する一方で、規制が緩く安全責任の主体が曖昧なままに「ライドシェア」を認めるのは、乗客の安全確保の観点からも問題があり、また市場競争の点からも不平等です。「ライドシェア」を議論するならば、まずは「タクシーの規制緩和」を先に議論してほしいと思います。

■運賃改定もあり運転手不足は改善しつつある

「運転手不足」と言われるタクシー業界ですが、減少を続けていた乗務員数は底打ちし、回復に向かっています。

タクシーの乗務員数は、コロナ前の2019年と比べ全国で2割減少し、2023年3月時点で23万1938人まで落ち込みましたが、これを境に減少がストップし、2023年10月時点では23万3452人にまで回復しています。東京では昨年15年ぶりの運賃改定もあり、おかげさまで乗務員の賃金がアップし、なり手の増加につながっています。

【図表】業務員数はすでに回復傾向
筆者作成

またタクシーアプリの普及と活用も進んでおり、アプリ活用によって一人あたりの生産性が5~10%程度向上していることもわかっています。

ライドシェアを解禁すれば、確かに簡単に運転手を増やすことはできるでしょう。

ですが、ライドシェアには安全性や雇用保護といった論点が後回しにされていると感じます。先行する海外ではすでにさまざまな問題が起きています。ライドシェアを導入すれば、「タクシー不足」が解決すると言い切るのは難しいはずです。

「ライドシェア」という目新しいキーワードを独り歩きさせるのではなく、日本の社会にふさわしい公共交通としての「移動の足を増やす」という本質に向き合うことが肝要と考えます。

■ライドシェアの解禁よりもタクシーの規制緩和が先決

私たちが「移動の足を増やす」ために要望している規制緩和には、以下のようなものがあります。

例えば、二種免許取得までの日数。私のいる日本交通グループの場合では、一人の乗務員が誕生するまでに最短でも約25日間かかっています。これを全体的に短縮させる方向で業界団体として関係省庁に働きかけています。

具体的には、教習所での1日の講習時間の上限を増やしたりすることで日数短縮ができます。また合格率が6~7割で難解といわれる「地理試験」は、アプリ利用が増えナビもある現代には合わない試験として廃止を求めています。

さらには、日本語でしか受験できない二種免許試験の多言語化が実現すれば、日常会話は問題ない外国人の方でも日本語の筆記試験がハードルになりやすいという課題を解決できます。外国人の在留資格における「特定技能1号」の対象分野への追加も検討が進んでおり、182万人いるといわれる外国人労働者から多くの担い手増加が期待できます。

日本語と外国語が話せるドライバーが増えることで、タクシー不足の解消に資するだけでなく、外国人のお客様に対するサービス向上にもつながります。

これらの改定が実現されれば約50年ぶりの出来事です。時代に合わせた更新は必然と言えるでしょう。

こうした「タクシーの規制緩和」を網羅的に加速させ全国的に展開することで、いまのタクシーの供給不足の課題は、都市部では1年、観光地では2年、地方/過疎地では3年で解消する見込みです。

■責任の所在が不明確なままライドシェアの解禁は危険

他方「ライドシェア」については国会その他の場で議論が繰り広げられている最中ではありますが、現時点で言えるのは、日本社会の実相に即した検証が大幅に足りていない中で、手段先行で性急に進めようとしているということです。

一部で具体案も提出されてはいますが、目先の「供給不足」や「利便性」ばかりが優先され、人の命に関わる安全性については海外の事例を焼き直した小手先の対応案が目立ちます。

そもそも海外の事例は、実際に重大な事故が起こったら、あるいはそもそも事故を起こさないために、誰がどのように責任を取るのかという最も肝となる部分が曖昧なものが多いのです。

また雇用問題に関してはほとんど議論もありません。海外の事例に倣えば労働者として保護されないままワーキングプアを大量発生させかねない副作用の検証や、安全にもつながる乗務員の労務管理に関する議論も不足しています。

「タクシー不足」は地域別データで検証を

タクシーの供給課題を考える際は、「都市部」「観光地」「地方/過疎地」と地域種別ごとの「3つの類型」別にみることが重要です。それぞれ全く異なる条件・状況下にあるので地域特性に分けて考えること、そして個人の主観や経験、目立つ現象にフォーカスするのではなく、客観的データに基づき論理的に検証することが課題解決の糸口となります。

一例として、「都市部」でのタクシーアプリの利用リクエストに対し、どれだけマッチングが成立したか(マッチング率)を示したデータがあります(図表2)。

【図表】【都市部】タクシーアプリ配車依頼とマッチング率の傾向
筆者作成

平均的なマッチング率に対し明らかに下落している箇所を仮に供給不足とすると、発生しているのは月に数回程度となります。またよく「タクシーが来ない」と言われる台風の日に絞ってみても、不足している時間帯は限定的なことが分かります。

また東京23区のマッチング率をヒートマップにしたところ、ターミナル駅周辺や駅から離れた住宅街、タクシーの営業所が少ない地価の高いエリアなど、率が低く供給不足と推察できる地域は限られています。

【図表】【都市部】タクシーアプリ配車依頼とマッチング率の傾向
筆者作成
【図表】【都市部】タクシーマッチング率ヒートマップ(東京23区10月平均実績)
筆者作成

このようにエリアや時間帯ごとのデータを基に需要と供給の状況を検証することが重要です。

■都市部のタクシー不足は1年で解消できる

東京では2022年11月、大阪では2023年5月から、神奈川ではこの11月から運賃を改定し、賃上げにつながったことから乗務員の増加ペースが上がっています。

また東京都内ではアプリ配車専用で短時間勤務が可能なパートタイム乗務員の採用が進んでおり、女性や学生など50名以上が活躍中です。

「タクシーの規制緩和」に加えてこうした賃金増や新たな就労形態・人材採用の取り組みなど複数の要件を掛け合わせることにより「都市部」における乗務員不足の解消は、約1年で達成できる見込みです。

【図表】都市部におけるタクシー不足の解消は、1年で達成できる
筆者作成

■ハイシーズンを迎えた観光地への「援軍」が可能に

次に「観光地」においては、ハイシーズンは供給不足の傾向がありますが、オフシーズンは供給不足とは言えません。

インバウンド観光客の「タクシー・ハイヤー」利用率は24.6%(※1)であり、これには貸切ハイヤーも含まれます。政府目標である3000万人(2025年時点)のインバウンドによる推定タクシー利用回数は約1181万回/年となり、6000万人(2030年時点)に到達したとしても日本のタクシーの全需要約10億回/年(※2)の数%程度の範囲に収まる見込みです。また訪日外国人旅行者の8割が訪問先上位10都道府県に集中(※3)することからも、対策は地域個別の状況を見て検討すべきと考えます。

※1 訪日外国人消費動向調査 2019(観光庁) 費目別購入率および購入者単価より算出および試算
※2 国土交通省(運輸局)タクシー輸送実績より
※3 観光立国推進基本計画(観光庁)より

【図表】【観光地】タクシーアプリ配車依頼とマッチング率の傾向
筆者作成

また、タクシーの区域外営業は通常は禁止されていますが、冬場に多くの外国人観光客が訪れる北海道のニセコでは、今年12月から東京と札幌からのタクシー車両10台と乗務員25名の援軍を送ることができるように規制緩和されました。これは、「ニセコモデル」と呼ばれ、需要が高まる時期に実質のタクシー供給量を2倍に拡充することができます。

このモデルの優れた点は、需要期のみに絞って他地域からタクシーを投入できることと、自治体などの協力が得られれば、ニセコ以外の他の観光地にも横展開が可能であることです。他観光地にも展開していくことで、ハイシーズンに限定した効率的な供給対応が可能となります。

ここに、先述した在日外国人の乗務員増加が加わることで「観光地」のタクシー不足はおよそ2年で解消できる見込みです。

■5台以上必要だったタクシー営業所も1台から設置可能に

「地方/過疎地」においては、バスと異なりタクシーには赤字補填がなく独立採算性が問われます。一方で、「最低車両数5台で専用の施設が必要」という営業所の設置要件により、実際は5台分を下回る需要しかない状況下では経営判断として撤退を余儀なくされてきたという構造的問題がありました。この点は、タクシー業界以外にはほとんど知られていません。

雪をかぶったタクシー
写真=iStock.com/Stormcab
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stormcab

それがこの11月より設置条件の車両台数が最低1台へ、そして併用施設でも可能と緩和され、ハードルが低くなっています。これにより、タクシー空白地や撤退を余儀なくされていた地域で「ミニ営業所」が増えると考えています。なお、すでに全国4900コースで1.5万台の乗り合いタクシーが運行しており、特にデマンド型の運行は今後も地域住民の生活交通を維持する手段として活用される見込みです。

「タクシーの規制緩和」とこれらが広がれば全国の「地方/過疎地」は3年で解消できると見込んでいます。

【図表】地方/過疎地におけるタクシー不足の解消は、3年で達成できる
筆者作成

さらに国土交通省では、過疎地など交通空白地向けに例外的に認めている「自家用有償旅客運送」の適用拡大に軸足を置いていると聞いていますので、この3年の間にも現地の不足は徐々に解消されていくでしょう。

■日本の公共交通機関のあるべき最低条件

2016年に起こった軽井沢のスキーバス事故、2021年の八街児童5人死傷事故、2022年4月の知床観光船事故と、移動にまつわる悲惨な事故の記憶は社会から消えていません。こうした事故が起これば、責任主体である事業者や監督官庁への責任追求が特に厳しいのが日本の社会です。

厳しい法律により、毎回の出庫前と帰庫後の2回のアルコールチェックを含む、資格を持った運行管理者による対面点呼や、細かなチェック表に基づく車両の運行前点検がタクシー運行現場の常識です。

毎回の出庫前と帰庫後の2回のアルコールチェックの様子
写真=筆者提供
細かなチェック表に基づく車両の運行前点検
写真=筆者提供
細かなチェック表に基づく車両の運行前点検
写真=筆者提供

大前提として何も起こさないようにするためのあらゆる知見と厳格なルールに基づく事前回避、そして万が一何か起こったときに誰が責任を取るのかを明確にしておくことこそが日本の交通機関のあるべき最低条件だと考えます。

一方で、お客様をご不快にさせる乗務員が一部存在するのも確かです。これについては引き続きも乗務員教育を鋭意徹底し、お客様の「安心」を得られるよう改善を図っております。

■ライドシェアは「ワーキングプア」を増長させる

海外のライドシェアサービスにおける「運転手の労働者性」のあり方を巡っては、現在も司法の場で議論が続いており、法制度として確立したとは言えない状況です。

例えば、アプリから「不正行為」を通知された後に自動的に解雇されたドライバーが反論する機会すらも与えられない事案も発生しています。NYでは、ライドシェア大手2社が州内の運転手に賃金を過少に支払っていたとされる問題を巡り、合計で3億2800万ドル(約490億円)もの和解金支払いに合意したと11月に発表があったばかりです。

全産業の賃上げに取り組む日本政府が目指すワーキングプアのいない社会とも逆行するこのような状況下にある海外のケースを本当に参考にすべきでしょうか。

■完全自動運転化の実現までにタクシー業界ができること

2023年8月末、私は機会を得て自動運転の最先端をゆく北米で自動運転タクシーに試乗しました。そこでは大変スムーズな運転技術による驚くべき乗車体験をすることができ、それまでは日本での実装にはあと数十年かかるとみていた私自身の考えが大幅にアップデートされ、現在ではおよそ3~5年ではと予想しています。

自動運転が特に難しいと考えられる東京の市街地での走行も、一部の細い道等を除けば半年ほど試験走行してAIラーニングさせれば、「技術的には可能、むしろ東京は人も車も交通法規をきちんと守るので比較的簡単」との自信満々なエンジニアの表情が印象的でした。

2023年8月末、自動運転の最先端をゆく北米で自動運転タクシーに試乗してきた
写真=筆者提供

もちろん自動運転車両による事故も発生しており、安全性最優先のさらなる技術革新が求められます。ですが、自動運転タクシーはもう夢物語ではなくすぐそこの未来にあります。その未来に向かう中で、公共交通機関としてタクシーが取り組める余白はまだまだあり、それが移動の課題を解消する最速の近道だと考えます。

最後に、われわれ全国ハイヤー・タクシー連合会の定款には「我が国における一般乗用旅客自動車運送事業の適正な運営と利用者に対するサ-ビスの改善を通じて事業の健全な発展を図り、もって社会公共の福祉に寄与する」とあります。

われわれタクシー業界は失敗の度にこの本質に常に立ち返りながら111年にわたり発展してきました。これだけ知見の詰まった歴史に学ばない手はありません。隣の芝生に目を奪われるのではなく、すでに緩和が進むタクシーの規制やそれぞれのエリアごとの課題に応じた取り組みの加速によってもたらされるタクシー移動の進化にぜひご期待いただきたいと思います。

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川鍋 一朗(かわなべ・いちろう)
全国ハイヤー・タクシー連合会 会長
1970年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院MBA取得。マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン入社を経て2000年日本交通に入社。3代目として『黒タク』『陣痛タクシー』『キッズタクシー』導入。関西圏にも事業エリアを拡大し、約8500台の国内最大手のハイヤー・タクシー会社を牽引。また、タクシーアプリやデジタルサイネージなど、モビリティ産業をアップデートする様々なITサービスの提供を行うGO(MobilityTechnologies)の会長として、日々進化するタクシー改革を加速。2014年5月東京ハイヤー・タクシー協会の会長、2017年6月全国ハイヤー・タクシー連合会の会長に就任。

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(全国ハイヤー・タクシー連合会 会長 川鍋 一朗)

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