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相次ぐ「中国はずし」で日本の半導体産業に大チャンス…熊本で世界トップ企業の「3兆円工場」が進行中のワケ

プレジデントオンライン / 2023年12月4日 9時15分

世界的半導体メーカーの台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場(=熊本県菊池郡菊陽町) - 写真=時事通信フォト

■オープンAIのお家騒動で揺れるAI業界

現在、世界中で注目を集め、急速に利用が増えている“チャットGPT”を開発した、米オープンAIの理事会で予想外の事態が発生した。同社の創業者の1人であるサム・アルトマン氏が解任された。その後、すぐにアルトマン氏は、オープンAIと資本関係にあるマイクロソフトに入社すると発表された。

解任決定にもかかわらず、同社の90%以上の従業員がアルトマン氏の復帰を願ったこともあり、同氏は電撃的に同社の最高経営責任者(CEO)に返り咲くことが発表された。アルトマン氏のような高い技術を持った経営者が、今後の世界のAIの発展に必要不可欠であるという認識が明確になった。

一方、AI利用増加に対応するため、主要半導体メーカーは積極的な生産施設の拡充を加速している。11月後半、世界最大の半導体ファウンドリである、台湾積体電路製造(TSMC)は熊本第3工場の建設を検討していると報じられた。

■「投資規模は約3兆円」と指摘

ブルームバーグによると、TSMCは、第3工場で回路線幅3ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)のロジック半導体の製造を予定するようだ。投資規模は約2兆9000億円に達する可能性がある。

AI利用の急増は、わが国半導体産業の復活の機会につながることが期待できる。世界的に製造技術力が高い半導体製造装置、超高純度の半導体関連部材メーカーの収益機会は増えるだろう。将来的に1ナノのチップ製造を目指すラピダスをはじめ、半導体産業の成長期待も高まるはずだ。

政府はそうした変化を、わが国経済の本格的な回復につなげるべく政策運営を行う必要がある。民間企業のリスクテイクを支える産業政策強化の重要性は高まる。

10月、TSMCは熊本第2工場で、回路線幅6ナノメートルの先端半導体の生産を計画しているとの報道があった。それから約1カ月、今度は回路線幅3ナノメートル、現時点で最先端の半導体工場の建設も想定しているようだ。

■日本への期待感は増している

今のところ詳細は明確ではないが、TSMCはより安定した事業環境を求め、熊本第3工場の建設を検討しているとみられる。それだけ、わが国の半導体製造装置、関連部材産業との関係は同社にとって重要性が高まっているのだろう。

現在、台湾でTSMCは、最先端の半導体製造ラインを使って、米エヌビディアが設計・開発した“H100”などのAI向けのチップを製造している。TSMCは、3ナノメートルの製造ラインを持つ工場を米アリゾナ州に建設する計画も表明した。

現在、台湾は中国からの潜在的な圧力に直面している。TSMC、その顧客企業にとって、地政学リスクの分散を進め、安定したチップ調達体制を確立することは急務だ。台湾では半導体産業の急成長によって、水・電力・人材も不足した。米国では人件費、資材の高騰などにより工場の稼働開始が後ずれする公算が大きい。そうした課題を、迅速に解決することは急務だ。

■世界の需要に追い付けていないTSMCの弱み

そうした状況下、先端分野のチップ需要は急増している。AIが大方の予想を上回るスピードで普及したことは重要だ。エヌビディアだけでなく、マイクロソフトなども、自社で設計・開発したAI対応半導体の製造をTSMCに委託する。TSMCの供給能力は需要に追い付いていないとみられる。

ボトルネックの一つは、後工程にあるようだ。TSMCは、シリコンウエハー上に半導体の回路を形成する(前工程)。その上で、ウエハーを研磨し、チップを切り出し、ケースに封入し、周辺機器との配線を施す。これを後工程という。

TSMCは前工程に関しては世界トップだが、後工程の製造技術は発展途上だ。台湾には日月光投資控股(ASE)のような後工程専業の企業もあるが、チャイナリスクへの対応もあり、AI利用増加への対応は一筋縄にはいかない。TSMC以外の半導体メーカーの微細化の遅れなどもあり、AI向け半導体の供給は需要に追い付けていないのが実情だ。

■「後工程」に日本企業の収益チャンスがある

前工程だけでなく、回路を形成したシリコンウエハーの研磨装置、封入に用いられる材料などの分野で、わが国の企業は世界的に高いシェアを確保している。関連企業との関係強化のため、TSMCは対日直接投資の積み増しを急いでいるとみられる。わが国の半導体関連企業の収益チャンスはかなり増えそうだ。

後工程の第1ステップでは、前工程で6ナノメートルや3ナノメートルの回路が形成されたシリコンウエハーを研磨し、加工しやすくする。この工程をグラインディングという。グラインディング処理を施したウエハーは、ダイジング工程に移る。ダイジング工程では、形成された集積回路をウエハーから切り出し、チップの形状にする。

切り出されたチップは、他の電子部品と結合する基盤(支持体などと呼ぶ)と固着される。この工程をダイボンディングと呼ぶ。基盤との固着後、チップに電極がつけられる。このままでは衝撃に弱いため、ケースに封入する(モールディング)。最終的にケースに封入されたチップは、所定の機能を正確に発揮するか、最終検査に回る。

生産中のシリコンウエハー
写真=iStock.com/SweetBunFactory
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SweetBunFactory

■日本政府は「半導体1.9兆円支援」を決定

一連の後工程で用いられる製造装置、各工程でチップなどを運搬する装置、研磨剤や切り出しに使われるパーツなどにおいて、わが国の企業は世界的に高い製造技術を持つ。米国、オランダ、シンガポールなどにも高い技術力を持つ企業はあるが、前工程、後工程の多くで用いられる装置、部材のサプライヤーが集積しているのは、わが国半導体産業界の特徴だ。

TSMCは、わが国の半導体関連企業との関係をより強固にし、前工程、後工程で可能な限りの需要を取り込む体制確立を急いでいる。同様の考えに基づき、台湾などの後工程専業企業の対日直接投資が増えることもあるだろう。

また、政府が半導体産業の支援策を強化したことも大きい。2023年度の補正予算案において政府は、半導体支援に1.9兆円を盛り込んだ。過去の教訓を活かし、国内企業に海外企業との連携を強化するよう支援も強化されている。それもTSMCの対日直接投資積み増しの支援材料と考えられる。

■わが国の半導体産業は「重要局面」に

今後、世界の企業の業務運営の効率化などでAIの利用機会は急増するだろう。新薬開発などでもAI利用の重要性は高まる。米オープンAIでは、解任されたサム・アルトマン氏が、電撃的にトップに復帰した。オープンAIに出資する企業などもアルトマン氏の手腕発揮を求めた可能性は高い。

AIというソフトウェアの安全な利用のために、それを支える半導体などハード面の製造能力向上の重要性は高まる。その点で、わが国の半導体産業は復活を目指す重要な局面を迎えた。

1990年代以降、グローバル化への対応の遅れなどから、わが国の電機メーカーの競争力は低下した。その結果、半導体の製造能力は回路線幅40ナノメートルで止まった。その後、経済を支えた自動車産業は、EVシフトの遅れに直面している。わが国は、半導体産業の復権をめざし、経済成長を支える産業に育成する必要がある。

■世界企業の意思決定スピードに対応できるか

国内で、TSMCが車載用など汎用型から先端のAI対応半導体までの製造ラインを構築すれば、わが国の半導体産業が復活する可能性は高まる。波及効果も増えるだろう。TSMCとの連携強化によってわが国の半導体関連企業の製造技術が向上すれば、ラピダスが目指す1ナノメートルの回路線幅を持つ半導体設計や製造が実現するタイミングは早まるかもしれない。

その実現をきっかけに、ラピダスなどと連携強化を目指す世界のIT先端企業は増え、直接投資の増加期待も高まるだろう。海外のIT先端企業などとわが国のエレクトロニクスや自動車関連企業の製造技術が結合することによって、スマホに代わる新しい最終製品が登場する可能性もある。それらは、潜在成長率の向上に欠かせない。

課題は、世界経済の下振れリスクが高まる中で、わが国の関連企業がTSMCなどの意思決定のスピードに対応して研究開発や生産能力を高められるかだ。1990年初頭のバブル崩壊後、経済の長期停滞を踏まえると楽観はできない。半導体産業の復活に向け、わが国は電力などのインフラ強化、人材育成などに総力を挙げるべき時を迎えている。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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