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なぜ和歌山県で「1億円プレーヤー」の農家が増えているのか…東大教授が絶賛する「野田モデル」の画期的内容

プレジデントオンライン / 2023年12月7日 15時15分

「産直市場よってって」創業者の野田忠さん - 写真=プラス提供

農業で儲けるにはどうすればいいのか。東京大学大学院の鈴木宣弘教授は「和歌山県で1億円以上の売り上げを稼ぐ農家が増えている。彼らが利用しているのが、中間流通を通さずに作物を広域で販売する『野田モデル』という仕組みだ」という――。

※本稿は、鈴木宣弘『このままでは飢える! 食料危機への処方箋「野田モデル」が日本を救う』(日刊現代)の一部を再編集したものです。

■「1億円プレーヤー」の生産者が現れはじめた

肥料や農業資材、エネルギー……、ありとあらゆるコストは上がるが、大手流通が支配する市場構造の下、小売価格は上がらない。だから農家は儲からない。それどころか生活すらままならない。

そうして誰も跡を継がず、生産者が減る。命を守る食料のはずなのに、外圧に負けて輸入自由化だけを進め、国内生産の苦境に手を差し伸べない。結果、自給率は下がる一方――。

そんな悪循環に陥ってきた日本の農業の現状を変えることはできるのか――。

処方箋を発見した。

和歌山県で「1億円プレーヤー」の生産者が現れはじめたのをご存じだろうか。

農林水産省がまとめている営農類型別経営統計(令和3年)によると農業で生計を立てている主業経営体の農業粗収益は1638.8万円(農業所得は433.5万円)。そんな中、和歌山県ではなぜ1億円に達するような売り上げを誇る農家が増えているのか。

和歌山の名産、梅を生産する中直農園の中山尙さんも1億円プレーヤーの一人だ。梅のほかにミカンも栽培する代々農家の家系だが、売り上げを伸ばしたのは現在の尙さんの代になってからだ。

■画期的な農産物流通の仕組み「野田モデル」

きっかけは、ある画期的な農産物流通の仕組みに乗ったことだった。

既存の農産物流通では農家は農協を通じて作物を出荷するのが一般的だが、いま中山さんはそれ以外のルートで7割の売り上げを稼ぐ。

このルートは売り上げだけでなく、経費などを引いた利益も格段に大きいという特色もある。そのおかげもあって、家族経営で細々と、というイメージとは無縁の「成長産業としての農業」を謳歌(おうか)している。

この農産物流通の仕組みを私は「野田モデル」と名付けた。

「野田」というのは、この仕組みを考案し、実践した野田忠氏の名前から取ったものだ。野田氏は1936年(昭和11)の生まれでとっくに傘寿を超えている。とても穏やかでスマートな人だ。若い頃には苦労もされた野田氏については章をあらためて詳述するが、この仕組みを踏襲、実践する動きが広がれば日本の農業は復活すると確信するに至った。

「野田モデル」とはどのようなものか。私は何度も現地に出向き、謙虚に語る野田忠氏の話に耳を傾けた。

■直売所を和歌山、奈良、大阪に30店舗展開

和歌山県第二の都市、田辺市。「知の巨人」と称される南方熊楠を生んだこの土地は、温暖な気候で知られ、農業も盛んだ。梅干しやミカンの一大産地であり、スモモの栽培も盛んだ。

近隣の白浜町には、道後温泉や有馬温泉と並ぶ日本三古湯に数えられる白浜温泉があるほか、風光明媚(めいび)な観光地も点在している。日本一のパンダの「大家族」が暮らすことで知られる動物園「アドベンチャーワールド」もあり、最近ではパンダ目当てで訪れる観光客も多い。

そんな穏やかな土地が、農産物の流通革命の「聖地」であることを日本の大多数の人は知らないだろう。

第2章まで、何がこれまで日本の農業を痛めつけてきたか、農家が困窮し、日本人が飢えの危機に瀕していることを私は繰り返し述べてきた。「野田モデル」はその状況をひっくり返す「ゲームチェンジャー」となる可能性を秘めている。それを実践するのが「産直市場よってって」という農産物直売所を多店舗展開する仕組みである。これはいわゆる「チェーン店」とまったく違う、それぞれの直売所が個店の特徴を追求するスタイルで、その第1号店が生まれたのが田辺市だ。

「よってって」は、生産者が農産物を直接出品する直売所だ。1号店となるいなり本館は2002年5月にオープンした。なんと、野田氏66歳のときである。

以来、着々と出店を重ね、現在、和歌山を中心に奈良県、大阪府に30店舗を展開する。新鮮で品質の良い農産物の直売所が話題になるケースは増えたが、ここまで多店舗展開した事例はほとんどない。

「産直市場よってって」有田店
写真=プラス提供
「産直市場よってって」有田店 - 写真=プラス提供

■あえて「非効率的」な売り場をつくる

店内に一歩足を踏み入れれば、すぐに従来のスーパーマーケットとはまったく違う空間が広がっていることを実感する。

まず、「旬」の作物の圧倒的な豊富さだ。私が訪れた春先には、いなり本館の壁際はオレンジ色に染まっていた。

「不知火」「あすみ」「せとか」――ずらりと並んでいるのは柑橘類だ。

和歌山といえば、ミカンの生産量が全国1位だということは義務教育で習う。だから品揃えが豊富なのはわかるが、よく見ると1列ごとに生産者が違う。袋に張ってある値札には、すべて生産者の名前が書いてあり、値段やサイズがそれぞれ異なるのだ。

「産直市場よってって」みかん売り場
写真=プラス提供
「産直市場よってって」みかん売り場 - 写真=プラス提供

壁から店の内側に目を転じると、今度はイチゴがずらりと並ぶ。こちらもそれぞれに生産者の名前が書いてあり、値段はバラバラ。果物ばかりではなく、トマトやほかの野菜もあり、陳列スタイルも同様だ。

季節ごとに店の表情はがらりと変わる。果物を例に取ると、夏は桃やスイカ、メロン、バレンシアオレンジなど、秋は温州ミカンや柿、ブドウ、梨など、冬はポンカンや八朔、ネーブルなどが並び、季節の味覚がふんだんに取り揃えられている。

「産直市場よってって」果物売り場
写真=プラス提供
「産直市場よってって」果物売り場 - 写真=プラス提供

普通のスーパーなら、生産者が違うとはいえ、同じ作物を大量に並べるような「非効率的」な売り場は決してつくらないが、「よってって」では、生産者が競い合うように収穫したばかりの「旬」の品を徹底的に並べる。

店の奥に進むと米が並ぶ。ここも特徴的だ。

米は県外産のものもあるが、こちらも当然のように生産者の名前が入っている。

「つや姫」「コシヒカリ」「ひとめぼれ」――とブランド米をそろえつつも、「誰がつくったのか」にこだわっている。

■地元産で揃えて、大手の商品はいっさい置かない

扱っているのは農作物だけではない。

鮮魚売り場には「漁師さんから直送! 魚の産直」の文字。冷蔵ショーケースには地元の漁港を中心に水揚げされた魚が所狭しと並ぶ。鰹、はまち、あじなど一匹まるごと販売する魚は手数料を払うと、注文どおりさばいてくれる。

「産直市場よってって」魚の産直売り場
写真=プラス提供
「産直市場よってって」魚の産直売り場 - 写真=プラス提供

さすがに精肉売り場は、鹿児島県産の豚肉など、他県のものも目立つが、米国やオーストラリアなど海外の牛肉などは置いていない。

加工食品はもっと“異様”だ。

なにしろ一般のスーパーに並んでいる大手食品メーカーの商品がほとんどないのだ。しょうゆや酢のような調味料も地元産のものばかり。キッコーマンやミツカンなど、全国に名の知られた大手の商品はいっさい並んでいない。

とはいえ、品揃えが薄いわけではない。しょうゆであれば、うすくちしょうゆ、刺身しょうゆなど、食卓に必要な種類はきちんと地元産で揃えてあり、来店客のニーズに応えている。

■「小遣い稼ぎ」止まりだった既存直売所とどこが違うか

「なんだ、規模が大きな直売所じゃないか」

読者の中にはそう思われた方がいるかもしれない。

たしかに生産者が作った野菜や果物などを中間流通を通さずに並べる直売所や、地元産の一次産品を取り扱う道の駅などは、いまや日本中のあちこちに見られるようになった。休みの日には、行楽がてら美味しいものを目当てに足を運ぶ人も多いだろう。

だが、「よってって」にはこうした店舗とは決定的な違いがある。

従来の直売所や道の駅で扱う野菜や果物などは、地元の1店か、多くても近隣の2~3店でしか売ることができなかった。なぜなら、中間流通が担っているような物流機能を持っていないからだ。だから農家が頑張って直売所で売ったところで、店舗数が限られ、せいぜい「小遣い稼ぎ」程度に終わってしまった。

鮮度の良さ、品質の高さや、生産者の顔が見える――など、直売所で買うメリットは広く認知されるようになったが、生産者の立場からすると販売を大きく広げることができないのがこれまでの難点だった。

そもそも、そうした配送機能を持つ中間流通を「中抜き」するのが直売所の仕組みである以上、販売網を広げるのが難しいのが宿命である。

鈴木宣弘『このままでは飢える! 食料危機への処方箋「野田モデル」が日本を救う』(日刊現代)の
鈴木宣弘『このままでは飢える! 食料危機への処方箋「野田モデル」が日本を救う』(日刊現代)

それに対して、「よってって」は一人の生産者がつくった作物や商品を広域に販売できるのだ。和歌山を中心に奈良、大阪まで30店舗があるが、農家がある店舗に持っていくと、それを別の店舗に配送できるシステムが構築されているのである。

つまり、農家は生産量さえ確保できれば、「よってって」の店舗ネットワークの広がりに合わせて販売数量を増やすことができるのだ。

このように、直売所の限界を打破し、農家が中間流通を通さずとも自分が生産した作物を広域で販売できるようにしたのが、「産直市場よってって」。そのシステムこそが「野田モデル」なのである。

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鈴木 宣弘(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授
1958年三重県生まれ。82年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て2006年より現職。FTA 産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、コーネル大学客員教授などを歴任。おもな著書に『農業消滅』(平凡社新書)、『食の戦争』(文春新書)、『悪夢の食卓』(KADOKAWA)、『農業経済学 第5版』(共著、岩波書店)などがある。

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(東京大学大学院農学生命科学研究科教授 鈴木 宣弘)

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