いつも笑顔で、ピリピリ空気は皆無…慶応高校野球部を優勝させた「体育会系とは思えない練習風景」の秘密
プレジデントオンライン / 2023年12月5日 14時15分
※本稿は、吉岡眞司『慶應メンタル 「最高の自分」が成長し続ける脳内革命』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
■「体育会系」とは正反対の練習風景
日吉駅の改札を抜けて、すぐ目の前に見えるイチョウ並木道の両側は慶應義塾大学日吉キャンパス。その並木道を登りきると、右手には慶應義塾高等学校(以下、「塾高」)の校舎が見えます。まむし谷と呼ばれる谷底へ向かう階段をくだり、大学の体育会の施設が集まる一帯を越えると、右手に見えるのが塾高野球部のホームグラウンド日吉台野球場です。
練習後に筋トレやミーティングなどが行われる日もありますが、朝から晩まで野球漬けという感じではありません。放課後になると、部員はグラウンドにゆっくりと集まってきます。練習前から皆が笑顔です。
練習が始まってからも彼らの笑顔が絶えることはありません。
強豪野球部の練習と聞いて私たちが想像するような、根性一辺倒な練習風景は見受けられません。体育会的な怒声や、上級生から下級生に対する威圧的な言葉もありません。誰かがミスをしたとしても、ピリピリとした空気になることもありません。
■慶應野球部員が実践している5つのこと
「もっとできるよ!」
「なんだよ、最高じゃん!」
練習中、どんな時でも彼らの口からはチームメイトを勇気づける言葉が飛び出してきます。それに応えるように、いいプレーをする選手たち。さらに大きな歓声が上がり、それに刺激を受けた選手がさらにハッスルしたプレーを見せることで、練習がますます白熱します。
塾高の野球部員は5つのことを実践しています。
②脳を落ち着かせるための一点凝視法
③一旦、力を入れてから抜く筋弛緩法
④ネガティブな気持ちを解き放つために視点を変える
⑤脳に自分の最高の状態を想起させるNo.1ポーズ
本稿では、①と⑤について紹介します。
■「自分なんかダメだ」より「俺はできる」
常にポジティブな言葉を使う。それは私が彼らに最初に提案したことのひとつでした。
積極的にポジティブな言葉を使うと同時に、ネガティブな言葉を極力使わないように指導しました。
それはなぜか。ポジティブな言葉は、人間の能力を引き出しやすくする力があるからです。一方で、ネガティブな言葉はいいパフォーマンスを引き出すことを困難にします。
私は生徒にこんな問いかけをしました。
「背中を丸めて、下を向いて、『自分なんかダメだ』とつぶやいてごらん。姿勢が悪いから肺が圧迫されて、どうしても大きな声は出せないし、途端に暗い気持ちになったよね。逆に、背筋を伸ばして、視線を少し上に固定して、『俺はできる』と大きな声を出してみたらどうだろう。なんだか元気が湧いてきたような気がしないかい?」
ポジティブな姿勢や言葉は、人間の能力を発揮しやすくすることが知られています。
■ネガティブな言葉では体に力が入らない
オーリングテストと呼ばれる有名な実験があります。人間の体がいかに正直かということを示すテストです。
それは、「体に合わないものを近づけたり、体の異常のある部分に触れたりすると筋力は低下し、反対に、体に有効な薬剤などを与えると、筋肉の緊張が保たれ筋力も維持される」というものです。オーリングテストをすることで、体の中の異常部分を発見したり、有用な薬剤を判断することができます。
これを応用したテストを、生徒にふたりひと組で行ってもらいます。
ひとりには、親指と人さし指で、ある程度力を入れて“OK”のポーズのようにオーリングを作ってもらいます。そして、もうひとりには、図表1のように両手でリングを外そうとしてもらいます。親指と人さし指にどれだけ力を込めたとしても、両手の力でそのオーリングを外そうとする力には勝てません。ですから、もうひとりの方には、どのくらいの力でオーリングが外れるのかを最初に確認しておいてもらうのです。
そして、テスト開始です。まず、オーリングを最初と同じ力で作ってもらってから、“ありがとう”と言い続けてもらい、両手でオーリングを外そうとしてもらいます。すると、先ほどと同じ力ではリングを外そうとしても、不思議なことに解けないのです。ところが、同じようにオーリングを作ってもらい、今度は“もうダメだ”と言い続けてもらい、両手でオーリングを外そうとすると、あっという間にオーリングが外れてしまうのです。
まったく力を抜いたつもりはないのに、ネガティブな言葉を発すると、不思議なことに力が抜けていくのです。
■練習から最高のパフォーマンスを発揮する方法
人生で一番いいパフォーマンスをした時、人は下を向いていたでしょうか。きっと上を向いて、前向きな言葉を口にしていたはずです。
つまり、自分が最高のパフォーマンスを発揮できるのは、ポジティブな気持ちの時なのです。そして、ポジティブな気持ちを引き出すのは、ポジティブな態度や表情、言葉なのです。
恐ろしいことに、ネガティブな言葉は、伝染します。
あなたが会社員だとします。月曜日の朝、会社に着いた途端、席の近い先輩が「仕事面倒くせえなあ」とつぶやくのが聞こえたら、きっとあなたのやる気もそがれますよね。それと同じことです。その一方、営業成績がトップクラスの後輩から、「今日は本当にいい天気でやる気が湧いてきますね」と言われたら、あなたも「自分もがんばろう」と思うのではないでしょうか。
意識的にポジティブな言葉を使うことで、塾高の選手たちは練習から最高のパフォーマンスを発揮できるような態勢を整えていたのです。
■チーム内のあいさつから生まれた「No.1ポーズ」
試合中、塾高の選手は頻繁にあるポーズを行っていました。ニュースにもたくさん取り上げられたのでご存じの方も多いかもしれません。
彼らが行っていたのは、3本の指を立てるポーズ(3点ポーズ)で、ヒットで出塁した時や、守備のタイムで内野陣が集まったピンチの時にこのポーズをとって気持ちを高め合っていました。
これをSBT(スーパーブレイントレーニング※)ではNo.1ポーズと呼んでいます。かつて駒大苫小牧高校が甲子園で優勝した瞬間、選手がマウンドに集まって人差し指を天に向かって突き上げたポーズが話題になりましたが、あれもNo.1ポーズです。
※メンタル面を鍛えるために私が塾高野球部員に伝え、彼らが日々の練習や生活の中で主体的に実践し、体得したメソッド。
彼らは全国の頂点に立ったあのシーンだけ、No.1ポーズを繰り出したわけではありません。最初はチーム内のあいさつのポーズのひとつに過ぎませんでした。たとえば、朝、学校で「おはよう」のあいさつをする時、伝令がマウンドで監督の言葉を伝える時など、心をひとつにするという意味も込めて、みんなでNo.1ポーズを行っていたといいます。
常日頃から自分たちの目標と目的を想起し、プラスの感情を引き起こすポーズとして使われているのが、No.1ポーズなのです。
■本番でメンタルを整えるために導入
No.1ポーズとは、自分の一番いい状態を思い出すための引き金となるものです。
ということは、必ずしも人差し指を突き出したポーズである必要はありません。
私と一番密にコミュニケーションをとっていた3年生の庭田芽青(めいせい)メンタルチーフは、あるインタビューで「自分がどのようなプレーをしているかや、決勝の舞台などをイメージし、本番で平常心を保てるようにメンタルを整える時間を提案した」と語っていました。
その中で生まれたのが3本指のポーズだったのです。
まるでフレミングの法則のような指の形ですが、これはかつて在籍していた学生コーチが数字の3を示す時に、普通とは違った指の形をするのが面白く、気がつけば部内で浸透していたものだといいます。
このチームで取り組んだことの中で、勢いに乗りたい時やピンチの時に落ち着きをもたらす「No.1ポーズ」の導入はとても重要なものだと考えていました。そしてチームで浸透していたこの3本指を広げるポーズが採用されたのです。
■「調子がいい」と脳に覚えさせている
ヒットを打った塁上でこのポーズを行う塾高の選手の映像が、テレビで繰り返し流れていましたから、「あのポーズは一体どんな意味があるのか」とずいぶん話題になりました。
このポーズをいつ、どこで行うか、という決まり事は何ひとつありません。
ヒットを打って出塁した時、守備のタイムを取って内野陣が集まった時、選手たちが出したいタイミングで、いつでも自由にポーズをしています。
大事なのは、とてもいいパフォーマンスができた時など、ポジティブな精神状態の時にこのポーズを繰り返すことです。
このポーズを繰り返す目的は、3点ポーズをしている時は、調子がいいと脳に覚えさせることにあります。
つらい時、苦しい時に、無意識にこのポーズが出るようになればしめたもの。
試合でピンチの場面でこのポーズをすることで、脳が勝手に前向きな精神状態を作り出してくれるからです。
同時に、自分たちがどんな目標や目的のもとにつらい練習をしているのか、自分たちの原点を思い出させる効果もあります。
キャプテンの大村君はインタビューで「No.1ポーズは自分たちを勢いづけてくれる、そして自分たちのエンジョイベースボールを象徴するようなポーズだと思います」と答えていました。
彼らの野球が頂点に輝くために、No.1ポーズは欠かせないものだったのです。
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メンタルコーチ
慶應義塾大学卒。人財教育家、慶應義塾体育会野球部・慶應義塾高等学校野球部人財育成・メンタルコーチ、一般社団法人能力開発向上フォーラム代表理事、SBTアスリートメンタルコーチ&1級メンタルコーチ。メンタルコーチを務める慶應義塾体育会野球部が第70回全日本大学野球選手権記念大会にて34年ぶり4回目の日本一、慶應義塾高等学校野球部が第105回全国高等学校野球選手権記念大会にて107年ぶり2回目の日本一、箕面自由学園高等学校チアリーダー部がJAPAN CUPチアリーディング日本選手権大会にて4年連続24回目の日本一に輝くなど、実績多数。
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(メンタルコーチ 吉岡 眞司)
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