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大学院を出ると、刑務所を出るより就職が難しくなる…「高学歴難民」が抱えてしまう生きづらさの正体

プレジデントオンライン / 2023年12月11日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wacharaphong

博士号などの学位を取得しても、定職につけず、生きづらさを抱えている人たちがいる。そうした「高学歴難民」には、特有の困難がある。とりわけ深刻なのが家族との関係だという。犯罪加害者の家族を支援するNPO法人の代表で、『高学歴難民』(講談社現代新書)を書いた阿部恭子さんに聞いた――。(第3回/全3回)

■「勉強している子どもを止められない」

(第2回から続く)

――本書では、高学歴難民を持つ家族の苦悩についても書かれています。なかでも、「息子は学ぶ意欲はあるのですが、働く意欲はないんです。その問題に親が気づくのに時間がかかってしまったんです」という言葉がとくに印象に残りました。こうしたケースはよくあるのでしょうか。

教育投資を2000万円以上かけたのに、30歳を過ぎても無職のままでいる息子を持つ家族のケースですね。この事例は極端ですが、「勉強が好きでも働く意欲がない」というケースは非常に多いです。ただ、いくら勉強するのが好きでも、社会性がないと生かせません。

私も大学院時代に「勉強するのは好きだけど、どうやって稼いでいこう」と悩みました。私の場合は葛藤があったのですが、その葛藤がないままに勉強をひたすら続けてしまうと、高学歴難民になってしまうおそれがあります。

――子どもが勉強ばかりして社会性が身につかない背景には、やはり家庭での教育も関係しているのでしょうか。

最も大きな要因は、「勉強している子どもを親が止められない」ことにあります。たとえば、万引きなどの非行は怒れますが、一流大学の大学院で懸命に勉強している子に口を出すのは簡単ではないでしょう。すぐに働きたくないから、やっていて楽しいからという理由だけで勉強を続けているのであれば、それは社会から逃げていると言われても仕方ない部分もあります。厳しい言い方をすれば、遊んでいるのと変わりません。

子も勉強してさえいれば、親に叱られないとわかっているから甘えてしまいます。結局のところ、親と子の間にある共依存的な関係が問題なのです。

■「学歴があればなんとかなる」という慢心

――本書では、ひきこもりになってしまった高学歴難民を持つ親の事例も紹介されています。世の中にはひきこもりの家族を支援する親はたくさんいますが、高学歴ではないひきこもりの家族を持つ親と、高学歴のひきこもりの家族を持つ親の違いはどこにあるのでしょうか。

高学歴のひきこもりの家族を持つ親は、「うちの子は優秀」という考えがどこかにあり、焦っていない場合があります。学歴があるからこそ、「支援を続けていれば何とかなるんじゃないか」と考えて、経済的援助を断ち切れずにいるようにも見えます。だからといって支援を続ければ、いつか希望の職につくことができる保障もありません。

また、ひきこもりの家族が暴力や暴言を許容するのも問題です。そうした状況のなかで、博士号を取得していながら30歳を過ぎても就職できなかった息子が、家庭内暴力を起こし、そうした暴力が犯罪へと発展した事例もありました。家族で問題を共有して話し合うことが事件を防ぐカギになるといえます。

■高学歴難民と「教育虐待」

――本書の事例には、親が過度に受験勉強への圧力をかけるなど、「教育虐待」とも言えるケースが含まれています。高学歴難民と「教育虐待」に関係はあるのでしょうか。

深い関係にあると考えています。いまは昔と違って、高い教育費を投資しないと良い大学に進学できなくなっています。なので、子を高学歴にしたいと思えばお金が必要になりますし、親が必ず関与することになります。その結果、高学歴難民と教育虐待をする親の問題がセットで語られるケースが多くなっているのだと捉えています。

教育虐待をしている親世代が現役の頃は、学歴があって良い企業に入れれば、そのまま終身雇用で生活が安泰という時代でしたから、彼らにとって学歴は絶対的なものでした。ですが、終身雇用が当たり前でなくなった現代では学歴だけでは通用しないんです。そのことに気づかず、自分たちの時代の“勝ちパターン”を子どもたちにそのまま継承した結果、子どもを高学歴難民にしてしまうのでしょう。

子供をしつけている父親のシルエット
写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

以前、高学歴難民の息子を持つ母親から相談を受けたことがあるのですが、彼女は60代になってパートを始めてようやくお金を稼ぐことの難しさや大変さが分かったそうです。このことをもっと早いうちに子どもたちに教えてあげられていたら、彼らにも違った道があったのではないかと話していたのが印象的でした。

■「年齢の割には仕事ができない」と思われてしまう

――こうした学歴偏重主義の親にはどんな特徴があるのでしょうか。

高学歴になったあとのことをなにも考えていない、という共通点があります。学歴偏重主義の親には必ず「学歴を手に入れた後はどうするんですか」と聞くのですが、答えに詰まってしまうんですよ。確かに学歴は今でも武器の一つにはなりますが、だからと言って、成功を約束されるわけではありません。重要なのは、学歴をどう武器にするかだと思います。そのことを全く考えてないんです。

――実際に高学歴難民を支援していくなかで、「中年男性の高学歴難民は前科者よりも就職するのが難しい」と感じたそうですが、その理由を教えてください。

高学歴難民が大学院で学ぶことのほとんどは、研究以外の分野でそのまま生かすのが難しいものばかりです。そのうえ、一般的な社会人経験はないので、事務処理能力が低い人が多い印象です。高学歴難民は30代以上であることがほとんどなので、「年齢の割には仕事ができない」と思われてしまうことが少なくありません。

それでも、「僕は35歳の社会人1年生です。失礼なことをしてしまうかもしれませんが学ばせてください」と言えればいいんですが、それができないんです。何歳になっても、教えを乞う姿勢でいたら周囲の方が教えてくれると思うのですが、「大学院で学んできたから、自分たちは十分に学んだ」と思ってしまうのでしょう。

これが20歳くらいの方だったら、若気の至りとして寛容に対応できるのかもしれませんが、40歳前後で同じことをされると、受け入れる職場側としては厳しいものがあります。

公園のベンチに座って頭を抱えるビジネスマン
写真=iStock.com/itakayuki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/itakayuki

■ゼロからのスタートラインに立てるかどうか

――懲役刑などを受けた「前科者」のほうが、ゼロからのスタートという感覚を持ちやすいということですね。

前科のある人は周りに迷惑をかけているという意識が強くありますし、被害者に弁償しなくてはならないという現実的な問題もあって、働くことへのモチベーションが高い傾向があります。働ける場所がある、ということへの感謝が厚い印象があります。また、刑務所で規則正しい生活をしてきているので、遅刻せずに行動する癖がついているのも評価してもらえるでしょう。

一方で、高学歴難民では、協力的な企業が仕事を用意してくれても、その厚意をないがしろにしてしまうケースが少なくありません。自分が積み重ねた学位や研究をチャラにしたうえで、会社のやり方に合わせて働くというのは簡単ではありません。時間とお金をかけてひとつのことを学んできた、という自負も邪魔するでしょう。

ゼロから頑張らなければいけないという点では、前科のある人も、高学歴難民も同じです。ただ、そのことを理解できていない高学歴難民を私はたくさん見てきました。

■学歴は毒にも薬にもなる

――本書ではタイトルにもあるように「学歴」を軸にした、さまざまな事例が紹介されています。改めて、学歴とは何なのでしょうか。

使い方次第では、毒にも薬にもなるものだと考えています。

学歴社会はまだまだ続いているものの、昔と比べて高学歴が持つ力は弱まってきている印象です。むしろ、博士課程まで進んで研究者の道を歩めなければ、「高学歴のくせに」と言われて、学歴の烙印(らくいん)に苦しむ人もいます。学歴に見合ったキャリアをつくっていけるよう努力をしていかないと、かえってつらい結果を招いてしまいます。

阿部恭子『高学歴難民』(講談社現代新書)
阿部恭子『高学歴難民』(講談社現代新書)

「学歴ロンダリング」のように、後から学歴に箔(はく)を付けることはできますが、落とすことはできません。努力が報われなかっただけではなく、後にも戻れないわけですから、二重にも三重にも苦しいですよね。

学歴がなくても実績があり社会的地位を得ている人々もいます。彼らと高学歴の人の間には、経験を積んだ場所が社会なのか、大学という特殊な場所なのかの違いしかなく、そこには経験としての優劣はありません。

高学歴難民となってしまったとしても、過去を卑下するのではなく、「こんな専門性を得ました」「こんな人脈をつくりました」といった経験に誇りを持ってよいはずです。なくてもありすぎても、学歴だけで差別される世の中は良くないと思います。

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阿部 恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。

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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子 構成=佐々木ののか)

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