「口座は個人名で金銭管理を好きなようにできる」興行最高峰・箱根駅伝主催が任意団体の関東学連でいいのか
プレジデントオンライン / 2023年12月6日 11時15分
※本稿は、酒井政人『箱根駅伝は誰のものか「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。
■スポーツの市場規模アメリカは80兆円、日本は10兆円
――小林さんといえば、東京大学出身の元プロ野球選手として有名です。現役引退後は、様々な大学で教えられて、現在は桜美林大学の教授であり、経営者の立場でもあります。また一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)の理事を務められており、米国のスポーツ事情にも精通されています。日本版NCAAと呼ばれるUNIVASは2019年に発足しました。大学スポーツは変わりつつあるのでしょうか?
UNIVASを立ち上げた理由のひとつに、大学スポーツの収益化もありました。日本再興戦略2016で「スポーツで稼ぐ国へ」という経済政策が打ち出されました。2015年に5兆円ぐらいだった日本のスポーツマーケットを15兆円にしよう、と。そのなかで大学スポーツのコンテンツ化が重要施策だということになったんです。
――海外はどれぐらいスポーツで稼いでいるんでしょうか?
欧米ではスポーツが産業化されていて、特にアメリカは80兆円くらいの市場規模です。日本は今も10兆円に届いていません。UNIVAS立ち上げ当時、米国のNCAA(全米大学体育協会)のような大学スポーツを横断的に統括している組織が日本にはありませんでした。設立の趣旨のひとつである、大学スポーツの商業化、産業化はまだまだ道半ばですが、プラットフォームができたことで大学スポーツの底上げに向けて様々な取り組みを行えるようになりました。
試合の動画配信がそのひとつで、4000近い試合をライブ配信しています。これまで、会場に行かなければ目にすることができなかった試合を、世界のどこにいても、実況付きで視聴できるようになったのは画期的なことだと、大変好評です。ただし、それがマネタイズできているかというと、まだそこまでいっていない状況です。
――UNIVASは女子マラソン界のレジェンドである有森裕子さんが副会長を務めていますが、陸上競技団体は未加盟です。どんな理由があると推測されますか?
UNIVASに加盟していない団体は、陸上だけでなく、メジャーな競技でいえば、サッカーと卓球も加盟していません。我々としては、人気スポーツには入ってもらいたいんです。野球は、一般的には唯我独尊のイメージがあるかもしれませんが、UNIVASには加盟してくれました。陸上でいえば、箱根駅伝を主催している関東学連は法人組織ではなくて、任意団体ですよね。法人化していないということは、外部から干渉されたくないんじゃないでしょうか。任意団体であれば、法人に必要な様々なルールに従う必要がありません。口座も個人名ですから、金銭管理も自分たちの好きなようにできる。
――NCAAはアメフトとバスケが稼いでいるイメージです。
そうですね。稼いでいるのはアメフトとバスケだけで、他はすべて赤字と言ってもいいでしょう。アメフトとバスケで稼いだお金を分配している状況ですが、NCAAはよくできたシステムなんですよ。ディビジョン1(上位約360校)にいるためには、14の運動部をNCAAルールに従って運用しないといけない。日本でいうと強化指定部のようなイメージに少し近いですが、違うのは、NCAAルールは、奨学金やその数、リクルート、学業成績、活動費、活動時間など、600近い細かい規則があって、面倒だし、カネもかかる。
大学によっては、人気のあるアメフトとバスケは持ちたいが、あとの部活動については、あまり力を入れないで済ませたいと思っても、NCAAに加盟するからにはそうはいかないということですね。大学は、NCAAルールのもとで運用する運動部については、競技にかかるすべての費用(用具、遠征費など)を負担しないといけないんです。
――スポーツイベントとして箱根駅伝をどう感じていますか?
■箱根を正月の風物詩に育てた日テレと読売新聞の興行力
それはすごい魅力的ですよね。自宅でゴロゴロしていることが多い正月休みに、横で流れているものとして最高のコンテンツじゃないでしょうか。箱根を正月の風物詩に育て上げた、日本テレビと読売新聞の興行力はお見事というしかない。その前に、読売新聞はプロ野球の始祖でもあり、天才的な興行集団ですよ。歴史と伝統があって、箱根というネーミングもいい。アマチュアスポーツとしては夏の甲子園と並んで日本最高峰の興行だと思います。
――UNIVASの2022年度の経常収益は約11億円です。箱根駅伝の収益はどれくらいだと予想しますか?
私も全然わからないですけど、日本テレビが放映権料として10億円を出している、という報道は目にしますね。それを関東学連が運営に使っていることですか。いずれにしても、日本のアマチュアスポーツとしては破格の興行収入ということになるのでしょう。高校野球は放映権料が発生していませんが、興行収入は春夏の甲子園を合わせて10億円ほどですから。
――駅伝を強化している大学では授業料や寮費が免除されるだけでなく、奨学金(多い人で月に30万円)を出している大学もあります。この現状については、どのようにお考えですか?
箱根は視聴率30%の超優良コンテンツで、民間企業のビジネスでもあるのですから、その主役の選手が、お金をもらうのは大いに結構だと思います。ただ公平性を保つためにも、ルールは定めるべきだと思いますね。
――NCAAでは各ディビジョンでスポーツ奨学金生の枠数が決まっています。一方、箱根駅伝はすべての大学が同じステージのはずなのに大学によってスポーツ奨学生枠数がまちまちです。
NCAAはレベル・プレイング・フィールド(共通の土俵論)の考え方が根幹にあります。例えば、ディビジョン1の場合、男子のフルスカラーシップ(スポーツ奨学生)のリミットはアメフトが85人です。試合に出る人数が多いのと、どの大学にとってもアメフトの試合が稼ぎ頭だからそうなっています。
バスケは13人、野球は12人が、フルスカラーシップの最大人数となります。フルスカラーシップというのは、授業料、生活費など、細かく規定されていて、これ以上の金額や金額換算できる恩典を出すと、NCAA規則に照らして、厳しい罰則が科されます。
一方で、12人分の金額を24人で分けて使用する、ということは可能です。また、NCAAの大会への出場資格を持っている運動部は、競技に伴う道具や遠征費は大学側が負担しないといけないので、部員の数もおのずと制限されてくる。NCAA加盟の運動部は、招待制の少数精鋭が通常です。
誰でも受け入れる日本の大学運動部とはだいぶ様相が違いますが、日本でも、駅伝のような、有望高校生の争奪戦が繰り広げられている競技では、各大学で出せる奨学金の数、金額などのルールを明確にしない限り、札束合戦になるのは自明のことです。アメリカで、奨学生の数や金額、リクルートにかかる費用まで、厳密に規定しているのは、札束合戦を防ぐためでもあるのです。
――NCAAでは学生アスリートが自身の肖像権を用いて個別にスポンサー契約などを結び金銭を受け取ることが解禁されました。
NIL(ネーム・イメージ・アンド・ライクネス)ですね。2021年7月から、自分の名前、画像、肖像を使用したエンドースメント契約やスポンサーシップ、ソーシャルメディアの収益、興行活動を学生が行えることになりました。最も稼いでいる選手はアメフトのスター選手で100万ドル(日本円で約1億4000万円以上)。2位は女子の体操選手。3位も女子の体操選手で、東京五輪の金メダリストです。
――UNIVASでもNILが解禁されていくことになるんでしょうか?
日本はまだルールがないんですよ。もともと、各競技連盟のマターなので、各連盟で事情も異なります。例えば野球の場合、学生野球憲章ではNILは明確に禁止されています。陸上はどうなんですか?
――関東学連の場合、「競技者の肖像等の権利は、原則、本連盟に帰属する」という規約があるので、メーカーと金銭を伴うような契約は大学卒業後に結んでいる感じですね。もし日本の大学でもNILが解禁されれば、箱根駅伝の人気選手にはどれぐらいの価値があるのでしょうか?
■箱根駅伝に出場する大学に関東学連から200万円の強化費
露出がどのくらいかでしょうね。陸上競技はユニフォームにメーカー以外の広告が一カ所入れられるようになりましたね。箱根駅伝で優勝争いをするチームの場合、少なくとも7000万円の広告費になるという試算もあります。
日本はユーチューブが世界で最も盛んな国ですから、それをお手本にしたスポンサー契約を個人で結んでも良いと思います。そのためには、権利を整理する必要があります。要するに肖像などの権利の帰属を明確にすることです。関東学連に帰属させるのか、テレビ局なのか、個人なのか。関東学連は任意団体なので、まずは法人格を取るところからでしょう。
法人格の取得は、ガバナンスが求められる現代においては必須であるということで、UNIVASも強力に推進していることでもあるんですけど、任意団体でいることによって、超法規的な運用や、それに伴う利権も絡んでいるのかもしれません。そうした場合、当事者からすると、パンドラの箱を開けるのは避けたいでしょうね。
――箱根駅伝に出場する大学は関東学連から200万円の強化費が出ています。それは少ないですよね。
それは少ないですね。学費、寮費、活動費を考えると、ひとり年間200万円ではきかないと思いますから。授業料免除などを含めれば、箱根に出場するような大学は陸上部に年間2~3億円ぐらいは使っているんじゃないでしょうか。
認知度が低い新興大学が箱根駅伝に出場しようとするなら、もっとかかるでしょう。例えば、早稲田大学から声がかかるような選手を、ブランド力がなく、箱根駅伝に出場できるかわからないレベルのチームが獲得するとしたらお金を出すしかありません。無尽蔵な獲得競争、それも表に出てこないおカネが多額に動く世界は、いずれ大きなスキャンダルなどに発展し、その競技を貶めることになりがちですから、ルールを定めて、それを守らせる。大学スポーツですから、そういうかたちが良いと思いますね。
――なかには箱根駅伝で区間賞を獲得したら10万円出す、という大学もあるようです。
そうなるとプロの考え方になってきますね。NCAAの選手たちも自分の肖像権を活用して、いわばインフルエンサーとしてスポンサー料を得るのはOKなんですが、試合での成績への報酬は認められていません。NCAAと同じで、パフォーマンスにお金を払うのは禁止して、各自の肖像権を使って稼ぐ。あるいは大学として稼いで、それを学生に還元する。そういうところまでは解禁してあげてもいいんじゃないかなと思います。
――とはいえ、箱根駅伝は学生ランナーが無報酬で、自分の夢や仲間のために走っているところに心を打つものがあると思うんですよ。もし巨額なお金を稼いでいる選手がいると知ったら、視聴者が離れる可能性があります。そういうかたちは、関東学連や読売新聞は好まないと思いますし、世間がイメージしている箱根駅伝と現実が乖離(かいり)していきますね。
そういう表と裏があるというのが問題だと思いますよ。知っている人は知っているわけで、いずれ明るみになりますよ。現実に即したルールを定めて、定めた以上は守らせるべきでしょう。米国はそのあたり、日本のように知っているのに知らないふりをして、バレたら白々しく報じるというのが少ないですから、自浄作用が働きますね。
90年代のことですが、タイガー・ウッズがスタンフォード大学の学生だったときに、45歳ほども年が離れたアーノルド・パーマーと食事をしたときの件を思い出しました。パーマーは当然おごるじゃないですか。それがNCAAの規約に触れて大問題になったんです。ウッズは自分が食べた分ということで、数十ドルの小切手をパーマーに送ることで落ち着いたんですけど、記者会見もしました。これに対してアメリカのメディアと世論は、NCAAの矛盾というか、建前主義のバカバカしさを批判したんです。コーチや学校は大儲けしているのに、学生はプロから食事をおごってもらっただけで罰せられるのかと。こうしたNCAAの矛盾が様々に取り上げられ、NILの解禁につながっていくんですけど、日本の場合は、力のある組織が絡むと、本質的な問題に切り込むことなく、知る人ぞ知る世界が続いていきますね。
――箱根駅伝は読売新聞東京本社が登録商標をしています。それは小林さんが先ほどおっしゃっていた通り、読売グループの賢いところなんですね。
その通りだと思います。読売新聞は、利益を追求する民間企業でもあるわけで、現在の制度を保つのが一番、自社にとって良いのであれば、そうするのが当然でしょう。もしも今のカタチを変えたいのであれば、読売新聞でない、誰か別のヒトなり団体が声を上げるしかないでしょう。それは当事者である選手か、マスメディアということになるでしょう。
――ただ選手たちは4年間で卒業しちゃうので、なかなか難しいと思います。
それはNCAAの搾取構造が何十年も続いた理由と同じです。NCAAに加盟する運動部の部員になった時点で、選手の肖像権はNCAAに帰属されていました。では、なぜ変わったのか。OBが集団訴訟を起こしたんです。有名なオバノン裁判ですね。
これを契機に、いろんな競技のスターたちが声を上げました。最終的には、最高裁でNCAAが敗訴することになるのですが、それには世論の後押しも大きかった。箱根駅伝出身者の大迫傑や川内優輝など、有名人が集団で声を上げれば変わるかもしれません。(以下、後編へ続く)
学校法人桜美林学園常務理事・桜美林大学健康福祉学群教授。
1968年、神奈川県生まれ。博士(スポーツ科学)、MBA。1991年、千葉ロッテマリーンズにドラフト8位指名で入団(史上3人目の東大卒プロ野球選手)。1994年から7年間米国在住、コロンビア大学でMBA取得。
2002~2020年、江戸川大学助教授~教授。2005~2014年、福岡ソフトバンクホークス取締役。現在は、立命館大学、サイバー大学で客員教授。大学スポーツ協会(UNIVAS)理事、世田谷区スポーツ推進審議会委員。『サクッとわかるビジネス教養 野球の経済学』(監修・新星出版社)など著書、論文多数。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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