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出入り口は「子供用ベッドの下」だった…イスラエル軍を悩ませる総延長500km「ハマスの地下迷宮」の実態

プレジデントオンライン / 2023年12月7日 15時15分

ガザ地区北部のガザ・シティにあるアル・シファ病院内で、ハマスの武装勢力が掘ったとされるトンネル内に立つ兵士(イスラエル軍の管理下で撮影され、編集された写真)=2023年11月22日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■トンネル網は巧妙に偽装されていた

イスラム組織・ハマスがイスラエルへの戦闘を開始してから7日で2カ月が経過する。イスラエル国防軍(以下「イスラエル軍」)はガザ地区への攻勢を強めたが、完全制圧には至らず、11月24日に戦闘休止となった(その後、2度の延長で合意)。

イスラエル軍の行く手を阻んだのは何だったのか。それは、ハマスが10年間をかけ築きあげた総延長500kmに達するともいわれる地下トンネル網だ。これが地上戦とはまったく異なる対処をイスラエル軍に強いた。

軍事衝突が続くガザ地区北部では11月、子供用のベッドの下から、ハマスが使用しているとみられる地下トンネル網への入り口が発見された。イスラエル軍の戦闘技術部隊が見つけたこの入り口は、ハマスのトンネル網が、いかに巧妙に偽装され隠されているかを物語る。

■武装集団とは無関係の家族が住む家が連絡口

タイムズ・オブ・イスラエル紙によると、問題のトンネル入口は、ビーチサイドの高級住宅街にある一軒家にあった。洋服が散乱する子供部屋には3つのベッドが並び、そのひとつの下にトンネルへの通路が口を開けていたという。

イスラエル軍の予備役技術将校は同紙の取材に匿名で応じ、「ハマスのやり方は倫理に反しています」と批判している。「ハマスはトンネルを隠すために子供部屋を使い、子供用ベッドの下にトンネルを隠す……これが現実なのです」

記事によると、トンネルは地下で2方向に分岐し、ひとつは海岸方面へ向かい、もうひとつはより広大なトンネル網がある方向へと伸びていた。一見しただけでは武装集団とは無関係の家族が住む住宅だが、地下要塞(ようさい)ともいうべき壮大なハマスのトンネル網への連絡口が隠されていた。

■病院の跡地からも入口が見つかった

この入口は、無数に存在するトンネル網へのアクセスポイントのひとつにすぎない。ガザ地区最大級の病院であり、ハマスの活動拠点のひとつではないかと疑われるアル・シファ病院の敷地内からも、トンネル網への入口とみられる階段付きの縦穴が発見された。このトンネルは、以前に発見された他のトンネルよりも際立って大きい。

CNNの報道によると、イスラエル軍は、ハマスはテロ行為のために用意した指揮統制中枢などのインフラ設備を数々の病院に隠しており、このトンネルがその事実を示唆する証拠になると考えている。

イスラエル軍は、縦穴を降りトンネル内で撮影した映像を公開している。直径2mほどの縦穴が10mほど下まで続き、内部には鉄製とみられる幅の狭い螺旋階段が設けられている。縦穴を降りきると通路は水平に切り替わり、55mほどのトンネルが続いている。その先には小さな窓のついた金属製のドアが設けられている。

ドアは防爆性能を有し、先にはハマスの重要な設備が備わるか、またはトンネル網への分岐が続くとみられている。イスラエル軍スポークスマンのダニエル・ハガリ少将は、こうした地下施設を破壊する必要があり、それがハマスへのプレッシャーになると強調した。

障壁を守るイスラエルの兵士
写真=iStock.com/Joel Carillet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joel Carillet

■長距離射撃や精密兵器では効果がない

10月7日にハマスがイスラエル側に攻撃を仕掛けて以来、トンネル網は軍事衝突の行方を占ううえで極めて重要な位置を占めるようになった。ハマスがイスラエル軍をトンネル戦争に巻き込むことを念頭に、10月7日の攻撃を仕掛けたと見る専門家もいる。

アメリカのジャック・リード上院議員(軍事委員会委員長)は、USAトゥデイ紙に対し、ハマスはイスラエル軍との戦闘の舞台をトンネル内へともつれ込ませることで、戦闘を有利に運ぶ算段だろうとの認識を示した。トンネル戦では長距離射撃や精密兵器のようなイスラエル軍の従来の兵器が有効でなく、苦戦を強いられるおそれがある。

ガザに張り巡らされたトンネル網は、司令部を地下部分に収容したり、交通網としての役割を担ったりと多用途だ。ニューヨーク・タイムズ紙は、トンネルは単なる通路ではないと指摘する。住宅地の地下に戦略的に配置され、物資を貯蔵し、トンネル内から作戦を指揮しているという。トンネルの一部はコンクリートで補強されており、シェルター、指令室、弾薬倉庫、人質を拘束するエリアなどが存在すると詳述している。

また、民家など何の変哲もない場所に、ハマスが神出鬼没に活動するためのアクセスポイントを偽装している。南部でも、エジプトとの国境に接するラファ地区の一部ではトンネルの密度が高く、同じポイントで深さを変えて交差する複数のトンネルが存在するほどだという。

フォーリン・アフェアーズもまた、補給線、司令部、貯蔵施設などがトンネル内に存在し、こうした設備は病院や学校などの民間建物の地下にあることが多いと指摘している。

■8つの複雑なトンネル群

トンネル網は想像を絶する規模で広がっている。正確に検証されたわけではないが、少なくともハマス側は、輸送や軍事物資の貯蔵に使う目的で、ガザ地区全体で総延長約500kmのトンネルを建設したと主張している。

CNNは、これが真実であれば、ニューヨークの全地下鉄網の総延長の半分弱に匹敵する規模だと指摘する。地下戦の専門家であるダフネ・リチェモンド=バラク氏は、「むしろ比較的小さいともいえる領土だが、非常に入り組み、かつ非常に広大で巨大なトンネルのネットワークが存在する」と評している。

ガザの領土は東西10km・南北40km程度であり、北部にそれぞれ放射状などに広がる8つの複雑なトンネル群が存在するほか、南部にもトンネルが掘られている。一部はエジプト側やイスラエル側へと地下で越境しており、物資を密輸するほか、ハマスがイスラエル領内で人質をさらうなどの目的にも用いられている。

パレスチナとイスラエルの紛争
写真=iStock.com/Mohammed Abo Oun
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mohammed Abo Oun

■特定に成功したものだけでも1300以上が存在

ハマスがこれらのトンネルの建設に、実に10年間を費やした。当初は専ら物資の密輸目的だったが、その後ネットワークの規模と役割は大幅に拡大した。

USAトゥデイ紙は、エジプトに通じるトンネルや、イスラエルに越境するもの、軍事利用のためのガザ内のものなど、さまざまな戦略的な目的で掘られたトンネルを報じている。これらのトンネルは広範囲にわたって整備されており、イスラエル軍では通称「ガザ・メトロ」(ガザ地下鉄)と呼称している。

イスラエルは当初、こうしたトンネルの脅威を過小評価していたが、2014年のガザ戦争以降にその認識を一変させた。フォーリン・アフェアーズは、ハマスがトンネル開発を強化したため、ハマスのトンネル活動に関するイスラエルの想定が誤っていたことが証明されたと指摘している。多大な死傷者を出した最近の攻撃を含め、これらのトンネルの影響は、イスラエル軍がトンネル網への対処に手を焼いている現状を浮き彫りにしている。

トンネルの数は極めて多い。インタレスティング・エンジニアリングによれば、イスラエル軍が特定に成功したものだけでも1300以上のトンネルが存在し、なかには深さ30~40mメートルに達するものもある。

地下へ広がるハマスの活動インフラの阻止は急務だが、度重なる努力にもかかわらず、イスラエル軍はハマスによるトンネルの掘削を完全には阻止できていない。USAトゥデイ紙によると、2014年以降、ハマスは人道支援目的で提供された建設資材の一部を、トンネル建設に流用したとされている。

■拉致された人たちが幽閉されている

10月以降、特に注目を集めているのは、ハマスがイスラエル国内から拉致した民間人を、トンネル内に幽閉していることだ。CNNは、17日間拘束された85歳のヨシェベド・リフシッツさんのケースなどについて報じている。

リフシッツさんは、トンネル網はまるでクモの巣のように張り巡らされていたと表現し、入り組んだ巨大な施設であったと明かした。

人質解放はイスラエル軍にとって優先課題だ。イスラエルは直近で、一時休戦の交渉材料として、トンネル内に残されているとみられる200人以上の人質の一部の解放が進んでいる。イスラエル軍が人質解放を急ぎたい理由は、実は捕らわれたイスラエル市民の安否以外にもあるのだが、それについては後述する。

有刺鉄線と背景のエルサレムの街
写真=iStock.com/Stadtratte
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stadtratte

■トンネル内ではGPSの有効性が著しく制限される

さて、ハマスの拠点制圧を目指すイスラエル軍にとって、トンネル網への突入は不可避だ。だが、実際にトンネル内部での戦闘に発展すれば、イスラエル軍は大変な不利に立たされる。ガザの地下に潜む高度なトンネル網のインフラが、イスラエル軍には難敵となろう。USAトゥデイ紙は、トンネルの複雑さとハマスの戦闘員の訓練や装備が相まって、イスラエル軍にとって通常の地上戦とは異なる困難な環境になると指摘している。

トンネル内ではGPSの有効性が著しく制限されることから、迷路のようなネットワーク内を突き進むことが困難となる。アルジャジーラは、トンネルを正確にマッピングするには、イスラエル軍の兵士たちが実際にトンネルに入る必要があり、相当のリスクを生じると推測する。地下では衛星信号が届かないため、磁気センサーや移動センサーなど精度の劣る機器に頼らざるを得ない。

■「病院付近の縦穴」は単なる貯水槽のハッチだった

ただでさえトンネル内には、ハマスが仕掛けた「ブービートラップ」に遭遇する危険がある。また、万一狭いトンネル空間で爆発が生じれば、酸素が枯渇し窒息の危険が生じる。ニューヨーク・タイムズ紙は、イスラエルが軍事的優位に立っているにもかかわらず、ハマスのトンネル内での戦闘では苦戦するだろうと指摘する。特殊な戦術と装備が必要であり、このような環境では通常の戦法が通用しない。

そもそもトンネルに入るにはその入り口を見つける必要があるが、それ自体が難度の高い作業だ。アルジャジーラによると、病院の付近にコンクリートで覆われた縦穴が見つかった。地下トンネルへの入口であるとイスラエル軍によって断定されたが、後に、単なる貯水槽のハッチであったことが判明する。ハマスのトンネル網を正確に特定することの難しさを示す事例だ。

■バンカーバスター爆弾を使えないジレンマ

トンネル内部での戦闘を避けたいイスラエル軍は目下、バンカーバスターと呼ばれる爆弾の投入を検討している。航空機からバンカーバスターを投下することで、地下に位置するトンネルを破壊することが可能だ。

バンカーバスターのひとつである「GBU-28」は、2008年から2009年にかけてのガザ戦争で、トンネルを破壊する目的で初めて投入された。地下深くまで貫通することができ、トンネルとその周辺地域に大きな損害を与える。インタレスティング・エンジニアリングによると、イスラエルは2021年、改良版のGBU-72の提供をアメリカに求めている。

バンカーバスターのひとつである「GBU-28」(写真=TSGT MICHAEL AMMONS, USAF/PD US Air Force/Wikimedia Commons)
バンカーバスターのひとつである「GBU-28」(写真=TSGT MICHAEL AMMONS, USAF/PD US Air Force/Wikimedia Commons)

さらには、バンカーバスターを用いない場合でも、地上作戦によってトンネルを破壊することが可能だ。USAトゥデイ紙は、イスラエルがトンネル戦の訓練を受けた専門部隊の派遣を検討していると述べている。こうした部隊はトンネルの位置を特定し、自軍の戦車による護衛を受けながら入口を破壊することで、トンネルの機能を無力化するという。

だが、イスラエル軍は、バンカーバスター爆弾を使えないジレンマに直面している。イスラエルの民間人がトンネルに捕らわれている可能性があるため、不用意にバンカーバスターを投下できないのだ。イスラエル軍が人質解放を急ぎたい隠された理由はここにある。

さらにCNNは、特にガザ市のような人口密集地では、トンネルの破壊作戦はリスクを伴うと指摘する。爆破の衝撃により、ガザの民間人が犠牲になることが考えられるためだ。専門家のリシュモンド=バラク氏は、「トンネルの脅威に対処できる絶対の方法はない」と、対処の難しさを語った。

■水攻め、スポンジ爆弾、催涙ガス…

イスラエル軍は、トンネルの破壊には及ばず、機能不全に陥れる作戦に切り替える可能性もある。トンネル網を利用した密輸を食い止めるため、トンネルを水没させる作戦が、過去に功を奏している。ニューヨーク・タイムズ紙は、2007年にハマスが政権を握り、イスラエルが封鎖を強化したのを機に、密輸目的のトンネルが急増したと報じている。一部のトンネルはいまだに稼働しているが、エジプト当局は当時、海水でトンネルを浸水させることで密輸の阻止を試みた。

イスラエル軍はまた、トンネルを迅速に封鎖するための「スポンジ爆弾」を開発している。アルジャジーラによるとスポンジ爆弾は、2種類の化学物質を反応させることで、広がりながらコンクリートのように固まってゆく泡状の物体を放出し、効率的にトンネルを封鎖する。もっとも、実戦配備の準備が整っているかは不明だ。また、イスラエル軍の目的は、トンネルを一時的に封鎖することではなく、完全に破壊することにある。

トンネルに関してイスラエル軍の使用が予想されるもうひとつの手法が、催涙ガスの使用だ。アルジャジーラはこの戦略について、ハマスの戦闘員をトンネルから地上に引きずりだし、強制的に地上戦へと切り替えるうえで有効だと論じている。

ひとたび地上戦となれば、イスラエルは技術的にも兵器的にも優位だ。国際的な反発を招きかねない致死性のガスが使用される可能性は低いが、一方で催涙ガスは、特にハマスの戦闘員が防護具を備えていない可能性が高いことを考えれば、高い効果が期待されるという。

■ガザ地区の「地下迷宮」に、人質が捕らわれている

このようにイスラエル軍はさまざまな戦略を取り得るが、ガザの広大で複雑なトンネル網という難敵は、依然として手強い。最大500kmに及び、都市の随所に隠された入り口の数は数万に上るともいわれる、広大なネットワークがガザには潜む。アルジャジーラは、まずはトンネルの個々の位置を把握することが第一歩になるだろうとみる。

テレグラフ紙によると、軍事衝突が始まって1カ月が経過した11月初旬の時点で、イスラエル軍が破壊に成功したトンネルの入り口はわずか130カ所だ。物量では有意なはずのイスラエル軍が、癖のある地理的特性に手を焼いている現状を物語る。

都市の地下に広がる迷路のような要塞に、今もなお人質が捕らわれている。全員の無事救出が望まれるが、軍事衝突の泥沼化は避けられそうにない。

手すりをつかむ女性の手とエルサレムの旧市街
写真=iStock.com/Joel Carillet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joel Carillet

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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