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年俸2400万円の林真理子理事長に「チェック役」は難しい…日大が「組織腐敗」を断ち切るためにやるべきこと

プレジデントオンライン / 2023年12月7日 11時15分

記者会見する日本大学の林真理子理事長=2023年12月4日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

アメフト部の薬物事件を受け、日本大学の学長と副学長が引責辞任することになった。ジャーナリストの牧野洋さんは「日大の理事会メンバーは年俸2400万円の林真理子理事長をはじめ大学の利害関係者が多く、チェックが働く体制ではない。理事長の年収が『0円』となっている、アメリカの名門大学を見習ったほうがいい」という――。

■まともなガバナンス改革案が出てこない

日本大学が揺れている。アメフト部の違法薬物事件をめぐり、11月29日の臨時理事会では学長・副学長の辞任や理事長の減俸が決まった。

不祥事が起きるたびに叫ばれるのがガバナンス改革だ。文科省の外郭団体が10月23日に日大への補助金不交付を決めた際には、盛山正仁文相は「学校法人としてのガバナンス強化を含む管理体制の再構築を求める」と強調した。

これで補助金不交付は3年連続だ。2021~22年度分も元理事長の脱税事件などを受けて不交付となっている。2020年度交付の補助金は90億円に上り、全国で2番目に多かった。

ガバナンスは「統治・支配・管理」を意味する言葉だ。企業経営であれば株主価値の最大化、大学経営であれば社会貢献の最大化を実現するための仕組みを指す。ガバナンスが働いている大学であれば、倫理や法令の遵守はもちろんのこと、長期的には研究・教育での競争力向上も期待できる。

しかし、これまでのところ、まともなガバナンス改革案が出てきているようには見えない。ガバナンスの基本は「監督と執行の分離」であるというのに、それがほとんど議論になっていないのだ。

■執行部をチェックする理事会が機能不全に

企業のガバナンスを長らく取材してきた立場からすると、一見するだけで日大理事会(理事長)と執行部(学長)の関係性に疑問を抱いてしまう。「監督と執行の分離」とは真逆の「監督と執行の一体化」が基本になっているからだ。

企業に例えれば、大学の理事会は取締役会、大学の執行部は経営陣に相当する。取締役会が経営陣をチェックするように、理事会は執行部をチェックするよう求められる。理事会は経営全般を執行部に一任し、監督に専念するのが理想形と言い換えてもいい。

当たり前のことである。経営トップの暴走にブレーキをかける仕組みがなければ、「チェックなき権力は腐敗する」という格言通りになってしまう。

ところが、実際には理事会と執行部が一体化している。これでは「理事会が理事会をチェックする」格好になり、トップの暴走を許すノーチェック体制がまかり通ってしまう。

■元理事長にとって学長は「単なる傀儡」

日大では文字通りトップが暴走した。相撲部コーチを振り出しに、トップにまで上り詰めた田中英寿元理事長だ。2021年まで13年間にわたって長期独裁体制を築き、最後には脱税容疑で逮捕されるという不祥事を引き起こした。

田中氏にとっては執行部トップの学長は操り人形のような存在だった。2018年に日大アメフト部の「悪質タックル問題」が起きると、矢面に立たされた当時の学長はメディア上で「単なる傀儡(かいらい)」との烙印(らくいん)を押された。

田中体制との決別を掲げて理事長に就任したのが作家の林真理子氏だ。にもかかわらず薬物事件をめぐって「ガバナンスが機能不全に陥っている」などと批判され、四面楚歌(そか)の状況下に置かれている。

2022年7月に林体制が発足した当時、日大は外部人材の起用をアピールして生まれ変わると宣言した。ガバナンス改革をうたったというのに、2年目で「ガバナンスが機能不全」と指摘されるとは……。

■24人の理事のうち独立性があるのは8人だけ

確かに日大理事会の中で外部人材は増えた。とはいえ実態は理想からは程遠い。独立性の高い学外出身者が理事会の大半を占めていなければ、監督と執行が分離しているとは言いがたい。

現在の理事会を点検したところ、24人の理事のうち独立性があるとみられるのは「校友」と「学識経験評議員」という枠で選ばれた8人にすぎない(図表1参照)。残り16人の大半は学長や副学長、教員、職員らだ。立場的に「執行部をチェックする」という役割を担えない。

【図表1】日大理事会の顔ぶれ

■学長や高給取りの常務理事は利害関係者

特筆に値するのは執行部がごっそりと理事会に加わっている点だ。日大で執行部を構成しているのは学長1人と副学長3人(副学長は全員で3人)。4人全員が理事になっており、まさに「理事会が理事会をチェックする」という格好になっている。

独立性に問題がある16人の中には4人の常務理事も含めてある。4人のうち3人は学外出身であるものの、副学長と同じ2千万円近い年俸をもらっている。実質的に日大に“就職”しているのであり、独立性を欠いている。

同じ理由で「林理事長は学外出身だから独立性がある」という見方も誤りだ。林氏は大きな権限を与えられているうえに、執行部トップの学長と同じ2400万円の年俸を得ている。企業で言えば最高経営責任者(CEO)の立場にある。

がちがちの利害関係者が理事会を牛耳っているとなれば、チェック・アンド・バランスが効くはずがない。

■ガバナンス問題は日大に限らない

ガバナンスが機能不全に陥っているのは日大に限らない。監督と執行が一体化しているという状況は日本の私大全体で常態化している。

結果として「理事長独裁」が横行するケースがたびたび話題になる。企業で言えば「ワンマン社長」の出現だ。

2021年には月刊誌『FACTA』の報道によって東京理科大学の内紛が明るみに出た。当時の本山和夫理事長によるパワハラが原因で学長が任期半ばで辞任し、前代未聞の学長不在という状況が生まれた。

大きなニュースになったのは、東京医科大学を舞台にして2018年に発覚した不正入試事件だ。当時の臼井正彦理事長はチェック役どころか自ら不正に関わり、2022年に贈賄罪で有罪判決を受けた。

国立大学でもガバナンス不全が懸念されている。やはり理事会(役員会)と執行部が一体化し、トップが独走するという弊害が生まれている。

理事長が存在しない国立大では「理事長独裁」ならぬ「学長独裁」という形になる。実際、ルール改定によって長期政権を築く学長が相次いでいる。

筑波大学では学長任期の上限が撤廃され、広島大学では学長任期が2期8年から3期12年へ延長された。この結果、前者では永田恭介学長の任期が2027年3月まで14年間、後者では越智光夫学長の任期が同じく2027年3月までの12年間続く見通しとなった。

大学関係者の間からは「これではロシアのプーチン大統領と同じではないか」といったぼやき声が聞こえてくる。

■スタンフォード大理事長の報酬は「ゼロドル」

本当に独立性があるのは、自分の知見を生かすために事実上のボランティアとして理事を務めている人物だ。もちろんほかに本業を持っており、理事として稼ごうとは思っていない。

海外に目を向ければお手本はある。

例えば、シリコンバレーのど真ん中に位置する米名門私大スタンフォード大学。現在の理事長ジェリー・ヤン氏は卒業生であると同時に、米老舗ネット企業ヤフーを創業した億万長者でもある。

ヤン氏は理事長としていくら報酬をもらっているのか? 文字通りゼロドルだ。日大理事長として2400万円の年俸を得ている林氏とは天と地ほどの違いがある。

ヤン氏だけではない。現在の理事32人のうち、リチャード・サラー暫定学長を除く31人全員が無報酬で働くボランティア。中心は寄付金などで大学に多大な貢献をした卒業生だ。

要するに、理事会内で独立性を欠く学内出身者は学長1人だけということになる。

■「理事はボランティアで働く」は当たり前

スタンフォード大のウェブサイトを見てみると、理事会の理念や活動について詳しく説明されているものの、報酬については何も記載されていないということが分かった。同大に直接問い合わせてみたところ、以下の回答が返ってきた。

〈理事会メンバーは理事長も含めて全員がボランティアです。従って無報酬で働いています。各理事が理事として活動中に発生した旅費・宿泊費・食費についても大学側は一切補助していません〉

理事がボランティアであるということはあまりにも当たり前であるため、大学としてはあえてウェブサイトの中で触れていなかったようだ。

スタンフォード大学のフーバータワー
写真=iStock.com/jejim
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jejim

ボランティアだからといって仕事が楽なわけではない。スタンフォード大の理事は1年に5回以上のミーティングに参加しなければならないし、個々のミーティング前には2~6時間かけて事前に資料を読み込むよう求められる。

大学の試算によると、個々の理事は年に最低でも20日間を理事活動に費やさなければならない。通常のミーティングに加えて各種委員会・作業部会に参加するほか、寄付金集めなどでも大きな役割を果たすよう期待される。

理事会にとって何が重要な仕事なのか。大学のウェブサイトは「理事会にとって大きな権限の一つは学長の任命権」としたうえで、「理事会は学長に対して大幅な権限移譲を行っており、大学経営全般を任せている」としている。

■「素人集団」でも経営の知見は十分に持っている

プロに権限移譲するのは当然だろう。理事会は大学と関係が深い名士や成功者で構成させる「素人集団」を特徴にしており、自ら大学経営を手掛ける時間もノウハウも持ち合わせていない。

「素人集団」とはいっても、各理事はビジネスや投資など各分野で一流の実績を残している。大局的な経営判断を下すのに必要な知見は十分に持ち合わせているということだ。

日大は百八十度違った。元理事長の田中氏は執行部を牛耳って事実上のCEOになり、権力を謳歌(おうか)していた。日大相撲部で学生横綱になり、相撲部監督も務めたがちがちの体育会系。経営のプロとしての経験をどれだけ積んでいたのだろうか……。

■日本の大学で「副学長理事」がいなくなる日は来るのか

日本企業をめぐっても、ガバナンス上の最大の問題点はかねて監督の執行の一体化だった。「専務取締役」といった肩書が示すように、監督側のポスト「取締役」と執行側のポスト「専務」が同一人物を占めていた。

取締役会と経営陣の顔触れが同じになり、チェック役不在の状況が生まれたのだ。取締役会メンバーの大半が「雇ってもらっている」という意識を持っており、トップに物申せなくなる。結果として「ワンマン社長」が生まれる。

近年になって日本企業も社外取締役を増やしてきているとはいえ、「大半が社外取締役」というグローバルスタンダードにはなかなか追い付けていない。多額の報酬をもらっている社外取締役も目立つ。

「専務取締役」ならぬ「副学長理事」が常態化している日本の大学も、ガバナンス改革では世界から周回遅れの状況にある。

■記者会見で見えた一抹の光明

私大については「チェック役として評議員会がある」という指摘もある。しかし評議員会はチェック役として有名無実化したままだ。そもそも評議員会の権限強化は屋上屋を重ねる形になるし、評議員会・理事会・執行部という三重構造は複雑過ぎる。

文科省が理事会の権限強化を進めてきたという歴史的経緯も忘れてはならない。補助金漬けになっている私大からすれば文科省の意向は無視できない。

12月4日に日大が開催した記者会見では一抹の光明も見えた。派手なスーツを着た久保利英明弁護士も同席していたのだ。

個人的な話で恐縮だが、久保利氏とは長い付き合いだ。30年前に同僚と共に書いた『株主の反乱』(日本経済新聞社)で大変にお世話になった。

当時「将来引退したら株主のための駆け込み寺をつくりたい」と語っていた久保利氏は「ガバナンスの旗手」だ。同氏の力を借りて日大が本物の改革に乗り出してお手本を見せてくれればいいのだが……。日本の大学が国際競争力を大きく落としている主因はガバナンスの不全かもしれないのだ。

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牧野 洋(まきの・よう)
ジャーナリスト兼翻訳家
慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。

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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)

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