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常識外れの飲み方提案「角ハイボール」で復権したウイスキーのシナリオを、ビールでも再現させる

プレジデントオンライン / 2023年12月8日 9時15分

サントリー取締役常務執行役員ビールカンパニー社長・西田英一郎氏

落ち続けていたウイスキー市場が反転したきっかけは、ハッキリしている。『角ハイボール』の登場だ。『角ハイボール』の営業提案に対し、当時、「常識から逸脱している」とサントリー社内で大反対の声が上がっていたという。そのサントリーが新部署「イノベーション部」をつくり、ビール大復権に挑み始めた。

■失敗しても、あきらめない。いつも挑戦してきた

――企業がイノベーションを志すのは当たり前になっています。なぜ、あえて「イノベーション部」をつくる必要があったのか。

二代目社長の佐治敬三が、戦前に撤退したビール市場に再参入したのが1963年。寡占市場で最難関の新規事業でしたが、初代社長の鳥井信治郎は「やってみなはれ」と言って背中を押した。

その後45年間赤字が続いて、「アホか」と言われながらも、2008年に黒字化させた。挑戦して失敗し、また挑戦する姿こそ、サントリーの魂。ビール事業はその象徴であり、社内でも特別な事業になりました。一方で、ビール市場は17年連続で縮小し、昨年は回復したものの、この先もダウントレンドが続く。どうするか。

答えは1つで、われわれは、トレンドに逆行してビールを飲む人を増やさないといけないのです。そんななか、2020年1月、サントリービール(現在はサントリーに統合)の社長に就任しましたが、コロナ禍で何も手を打てない。その代わり、立ち止まる時間を得て、来年のこと、再来年のこと、さらに先のことを考えました。

ビールを飲む人を増やすには、これまでの枠を超え、もっと大きなジャンプしなければならない。これまでと違う新しい発想が必要です。サントリーには面白いアイデアを持った人がたくさんいる。なら、集めてみようと。

――それが、イノベーション部になった。

2020年11月、既存の組織とは異なる別部隊として、プロジェクトを立ち上げました。プロジェクトを始めてみると、次々とアイデアが出てきて、翌月には部署にすると決めました。

社長直轄にすることで、ダイレクトに提案してもらい、ダイレクトにジャッジする。バイアスがかからない。つまり、スピードと発想に制限がかからない。プロジェクトのリーダーは私の指名で決めましたが、部署にするにあたっては公募をし、社内外から人を集めました。結果として、実に多彩なメンバーになりました。

法人営業、経理、ビール醸造家や清涼飲料部門の出身、さらには他社で食品のマーケティングをしていた人材もいる。管理職を除いて10人ほどですが、年齢は20代から30代が中心です。アイデアは、1カ月であっという間に100を超え、「絶対にイケる」と感じさせるものもありました。人って、本当に面白いなと思いました。

――20代は、ビールの全盛期を知らない。

ビールをよく知っている人、飲んでいる人というのは、既存のライン上でものを考える。それよりむしろ、ビールを知らない若い人のほうが柔軟性を持っている。私が最初に言ったことは、まさに「やってみなはれ」です。固定概念にとらわれずにやることが大事だと。ただ、世に受け入れられやすいものを作ろう、あまりかけ離れていてはダメだとも言いました。また、既存の設備や資材を使ってできるものを優先し、22年、イノベーション部の第1弾商品として『ビアボール』を出しました。

炭酸や他の飲料で割って飲めるビールという提案には、大きな意味がありました。調査結果を見ると、『ビアボール』を買った人の3割が、「ビールを初めて買った人」だったのです。これまでにない異常な数値でした。現在、1万店ほどの料飲店でメニューに載っているのですが、まだまだ増やしたい。全国の名産品などで割るプロモーションも展開して、反響も上々です。これから大きなうねりにしていくために、時間をかけてじっくりと育てていきます。

イノベーション部発の『ビアボール』と『サントリー生ビール』で、ビールを飲まない層にアプローチできた。
イノベーション部発の『ビアボール』と『サントリー生ビール』で、ビールを飲まない層にアプローチできた。

■これまでにないプロセスでビールを売る

――イノベーション部発の第2弾商品は、主力商品とも言える『サントリー生ビール』でした。イノベーション部らしさはどこにあるのでしょう。

まず、市場調査のやり方です。大阪の町工場へお邪魔し、「ビールは何を飲んでいるか」「それはなぜか」と聞いて回りました。他方、早稲田大学のマーケティングのゼミの学生と1年かけて、「なぜビールを飲まないか」を徹底的にディスカッション。また、店頭のビールが置かれた棚の前で人間の視線はどのように動くかを、脳科学プログラムを用いて検証したり、セオリーからあえて逸脱した缶のデザインを考案したり、これまでと異なるプロセスを積み上げてつくりあげたのが『サントリー生ビール』でした。

大阪の町工場や大学のゼミなどでの調査からは、やはりおいしいだけでなく、すっきりしたものも飲みたいというニーズがハッキリしました。ただ軽いだけでなく、おいしくてすっきりしたビールです。試作を重ねるうちに、イノベーション部がコーングリッツ(トウモロコシを挽いた穀粒)を使いたいと言ってきた。サントリーのビールは天然水仕込みで原料は麦芽100%、味わいはしっかりしたものという、いわば不文律がある。それを崩すのだから、正直に言うと、どうしようかなと迷いました。

でも、これこそ「やってみなはれ」であり「あかん」と言う理由はない。飲み始めにはしっかりした味を感じさせ、スッと引いて行きながら最後までおいしく飲めることを新製品のコンセプトにしました。当初は社内の醸造家も反対するほど社内では大きな決断でした。

――従来の新商品開発部門との摩擦はないのでしょうか。

もちろん、せめぎ合いはあります。従来の新商品開発部門(ブランド部)も何パターンか開発はしていました。しかし、プランニングを聞いてイノベーション部の案を選びました。もちろん、彼らは悔しいでしょう。でも、いがみ合うことはありません。頑張れ、頑張れと応援しています。ブランド部にも、仕事は山ほどあります。彼らの案は、次に控えています。

――第2弾でも、ビールを飲まない層にアプローチできた。

『サントリー生ビール』は新発売時のお客様の半分が、日ごろほとんどビールを飲まない層でした。これまでビールを飲んでいた人たちの上に、飲まなかった人たちがオンする形で想定以上の結果でした。

販売数量についても、2023年4月から12月までの計画が400万ケース。年間に換算すると500万ケース越えということになります。私としては早期に有力ブランドの目安とされる年間1000万ケースを販売達成したい。実は年間1000万ケース規模のブランドは、日本に数えるほどしかありません。そのためにも、初年度の販売目標達成には、大きな意味があるのです。

■サービスを生み、ビジネスモデルを生む

――この10月、第3弾、業務用サーバー『nomiigo(ノミーゴ)』を発表しました。

『nomiigo』は、サーバーに常温の『ザ・プレミアム・モルツ』350ml缶をセットするだけできめ細やかな泡の、よく冷えた生ビールをサーブすることができます。製品として売るのではなく、飲食店様への貸与、つまり、サービスを提供するわけです。場所を取らず、イニシャルコストも低いため、これまで樽生サーバーを置けなかった食堂やファストフード店、ラーメン店など、幅広く展開したい。

今回、製品の開発にとどまらず、サービスの領域に入ることができた。製品からサービスを生み、サービスからビジネスモデルをつくる。これはイノベーション部だからこそできたことです。

かつてウイスキーがそうであったように、ビールは今、本当に苦しい市場です。「ここまで落ちるのか」「ここまで飲まれないのか」と……。しかし、落ち続けていたウイスキー市場は『角ハイボール』で反転した。

【図表】ウイスキー市場の復活

当時、私はスピリッツ部門におり、営業の仕事をしていました。当初「角ハイボール」は、社内で大反対を受けていました。「ウイスキーをジョッキで? 氷を入れる? ご丁寧にレモンまで入れるのか?」と。それでも説得を進め、私たちは1軒1軒お店を回りながら提案。お店で売れて、『角ハイボール缶』を出したらまた売れた。『角ハイボール』は、常識外れの提案でした。それを、ウイスキーのリーディングカンパニーがやったことに意味があった。

ビール市場全体は今厳しいですが、幸い、サントリーのビール事業は好調です。勢いのある今、「そんなことやっていいの?」という提案をすることで、ビール市場全体を盛り上げていきたいと考えています。

【図表】復活なるか? ビール総市場とサントリーのシェア

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西田 英一郎(にしだ・えいいちろう)
サントリー取締役常務執行役員ビールカンパニー社長
1965年、京都府出身。88年4月サントリー(現サントリーホールディングス)入社。2020年1月、サントリービール代表取締役社長。2022年7月から現職。

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(サントリー取締役常務執行役員ビールカンパニー社長 西田 英一郎 構成=大竹 聡 撮影=黒坂明美 図版作成=大橋昭一*グラフは編集部調べ)

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