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EVの充電器が少なく、かなり不便なのに…トルコが「世界有数のEV市場」となっている意外な事情

プレジデントオンライン / 2023年12月8日 7時15分

筆者作成

■EVの登録台数が昨年から約10倍に急増

トルコの新車市場が絶好調である。最新10月の乗用車の新車販売台数は前月比2%増となる年率108万台となった(図表1)。トルコ経済は2018年に通貨危機に陥って以降、混乱が続いているが、それ以前の市場規模は年間80万台レベルに過ぎなかった。そのことと比べても、トルコの現在の新車市場が極めて好調であることが窺い知れる。

またトルコ自販連(ODMD)のデータより、今年1~10月期に販売された乗用車の新車75万台の内訳を動力源別に確認してみると、ガソリン車の67.1%を筆頭に、ディーゼル車が14.9%、ハイブリッド車(HV)が10.5%、電気自動車(EV)が6.5%と並んだ。特に堅調だったのが、前年から約10倍も登録台数が増えたEV市場である。

■EV市場には「伸びしろ」がある

具体的には、今年1~10月期のEVの登録台数は4万8883台だった。わずかに4939台だった前年に比べると、飛躍的な伸びである。こうした堅調な伸びを受けてトルコのEV市場に対する強気の見方が台頭し、日刊紙デイリー・サバが伝えたところによると、ある英国の調査会社は2032年までに乗用車の3割に達すると予測したようだ。

トルコ国旗を手にパレードに参加する男性
写真=iStock.com/ardasavasciogullari
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ardasavasciogullari

EVシフトは世界的なメガトレンドであるため、いずれの国でもEVは普及が進む方向にある。トルコでも高所得者層を中心にEVの購入に前向きなカーユーザーは一定数いるはずで、そうした人々を中心に、高金利でもEVが売れているのだろう。それにトルコのEV普及はまだまだ遅れているため、その意味で「伸びしろ」が大きいことも確かだ。

こうして考えると、トルコでもEVの普及は今後進んでいくだろうが、それが今後10年足らずで新車の3割に達するかというと、そう簡単ではないのではないと考えられる。

【図表】トルコの新車販売台数の動力源別内訳
筆者作成

■換物需要に牽引される乗用車

そもそも、トルコの金利水準は極めて高い。60%を超えるインフレが続いているため、トルコ中銀は11月23日の会合で、政策金利を5%ポイント引き上げ、年40%としたばかりである。では、このような高インフレ・高金利の国で、いったいなぜ、新車が飛ぶように売れているのだろうか。最大の要因は、換物需要にあると考えていい。

一般的に、トルコのような高インフレやハイパーインフレを経験した中進国では、通貨に対する信認が弱いため、インフレ耐性が強固な貴金属や不動産、そして自動車への需要(換物需要)が強い。半導体の供給が増えたこともさることながら、60%超の高インフレで換物需要が強まったことが、今年のトルコの新車市場の好調につながっている。

■自動車であれば資産価値が保たれる

そして、トルコやアルゼンチン、ロシアのような高インフレで換物需要が強い国では、中古車市場が発展している。インフレが加速しても、自動車は中古車市場で相応の高価格で取引されるため、自動車の資産価値は担保されるわけだ。中古車市場が発展しているからこそ、新車市場もまた好調を維持できるという関係は極めて重要である。

しかし現状だと、ガソリン車やディーゼル車と異なり、中古EVはバッテリーが劣化しているため、新車に比べるとかなり割り引かれて取引される。とはいえバッテリーを交換すると、今度は新車と中古車の間でEVの価格に差がなくなり、市場で取引が成立しない恐れが大きくなる。中古車価格は低過ぎても高過ぎても不適当なのである。

言い換えれば、EVは資産性がまだ危うい存在である。そうした危ういEVに、資産防衛の観点から乗用車を購入しようとするトルコのカーユーザーが手を出すとは考えにくい。したがって、高所得者層へのEV普及が一巡すれば、国民の換物需要に応えることができない以上、トルコのEV市場の拡大にはおのずと強いブレーキがかかるはずだ。

■脱炭素化よりも資産防衛のほうが重要

充電ポイントの整備も遅れている。日刊紙デイリー・サバが9月19日付で報じたところによると、トルコの充電ポイントは8800基程度にとどまっているようだ。またその多くは最大都市イスタンブールや首都アンカラ、地中海の景勝地アンタルヤに集中している。

なお経済産業省のまとめによると、2022年時点で、日本の充電ポイントは2.9万基。各国では、中国が176万基、アメリカが12.8万基、ドイツが7.7万基、イギリスが5.1万基、フランスが8.4万基、オランダが12.4万基などとなっている。ヒト・モノ・カネの制約が強い新興国であるトルコで、充電ポイントが先進国並みのテンポで整備が進むとは、まず考えにくい。充電ポイントの整備はあくまで緩やかなテンポで進むはずだ。

そして、充電ポイントの整備が緩やかに進むならば、EV市場の発展にも時間がかかる。一方で、トルコのインフレは安定が見込みがたく、またこれまでのハイパーインフレの記憶が刻み込まれていることもあり、国民の換物需要には根強いものがある。トルコ国民の立場なら、換物需要に適うことがないEVを積極的に購入する理由などない。

夕暮れ時のイスタンブール
写真=iStock.com/Melih Evren Burus
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Melih Evren Burus

つまるところ、大多数のトルコ国民にとって、従来型のガソリン車やディーゼル車、そしてHVの方が、EVよりも勝手の良い自動車であり続けるはずだ。ほとんどのトルコ国民にとっては、脱炭素化よりも資産防衛のほうが重要な関心事だろう。確かにトルコの足元のEV市場は活況だが、それは普及の初期段階の現象に過ぎないのである。

このように整理すると、2032年までにEVが新車の3割に達するという英国の調査会社の予測は、かなり楽観的な見方ではないかという結論に達する。EVの普及が先行するヨーロッパでさえ、EVが占める割合は新車の15%程度で頭打ちとなりつつある。その倍の水準を今後10年弱でトルコが目指せるかというと、やはり難しいといえよう。

■ガソリン車やディーゼル車、HVのニーズは根強い

トルコは現在、国産EVの生産に力を入れている。また外資系EV関連企業の誘致にも注力しており、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は9月の訪米時、米EV大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)とニューヨークで会談した際、トルコ国内でのテスラの工場の建設を要請するなど、トップセールスに努めている。

そもそもトルコには、ヨーロッパ向けの完成車工場を持つ外資系自動車メーカーが数多い。そのため、ヨーロッパがEVシフトを強める以上、トルコで生産されるEVも増えていく方向にある。一方で、トルコ国内でEVの普及が見込めるかというと、安価な中国製EVでも、インフラ不足や高インフレの問題から、普及は進みにくいと考えられる。

夕暮れ時のイスタンブールの道路
写真=iStock.com/Yalcin KAHYA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yalcin KAHYA

つまりトルコでは、EVの生産台数が増えても、EVの登録台数はそれほど増えないのではないだろうか。少なくとも、EVの登録台数が足元のような好調を持続できる時間は短いはずだ。トルコのみならず、一定の所得がありながらも高インフレが続くような中進国では、EVの普及はやはり進みにくいのではないかと考えられる。

いずれにせよ、EVの普及というものは、市場原理が決めることだろう。世界を見渡せば、ガソリン車やディーゼル車、HVのニーズには、まだまだ根強いものがあるのである。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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