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ゾウ、ゴリラ、トラを日本の動物園で見られるのは今だけ…絶滅危惧種の国内飼育が直面する「遺伝的限界」とは

プレジデントオンライン / 2023年12月17日 9時15分

「シセンレッサーパンダ」の7割は日本にいる(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Wirestock

絶滅危惧種に指定されている動物は、取引が厳しく制限されている。日本の動物園では国内繁殖に取り組んでいるが、遺伝的多様性の確保は簡単ではない。朝日新聞記者3人の共著『岐路に立つ「動物園大国」 動物たちにとっての「幸せ」とは?』(現代書館)より、一部を紹介する――。

※所属や肩書などは取材当時のものです。

■繫殖のために貸し出されるレッサーパンダ

2020年3月31日。

1頭のレッサーパンダを載せたワゴン車が、高速道路を走っていた。

満開の桜が咲く千葉県から、まだ雪の残る長野県へ運ばれたのは、市川市動植物園生まれのミルク(メス、2歳)。

長野市茶臼山動物園で待つヒビキ(オス、5歳)と繁殖させるための引っ越しだ。

午前10時過ぎ、中型犬用の運搬ケースに入れたミルクを、迎えに来た茶臼山動物園のワゴン車に積み込んで出発。途中、高速道路のパーキングエリアに止まって様子を確認しながら、午後2時前に新居に着いた。

大型の動物とちがい、小型の動物は、動物園の飼育員みずから車を運転して運ぶこともある。

茶臼山動物園の飼育係長、田中宏さんは、ミルクをヒビキの隣の部屋に運び入れ、「落ち着いていますね」と安心した様子だった。

■「シセンレッサーパンダ」の7割は日本にいる

レッサーパンダは、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで、絶滅の危険が高い「危機種」に分類されている。

森林破壊や、毛皮を目的とした乱獲で、生息数は減少。

この数十年のうちにも絶滅する可能性があるとも指摘されている。

野生では標高2500〜4000メートルほどの高地に暮らす動物で、生息地によってシセンとネパールの2つの亜種に分かれる。

日本国内には19年末時点で279頭が飼育されているが、このうちの9割超が中国などにいる「シセンレッサーパンダ」だ。

「ネパールレッサーパンダ」は、熱川バナナワニ園(静岡県東伊豆町)で飼育されている12頭(19年末時点)がいるだけだ。

各地の動物園で人気を集めるレッサーパンダだが、実は、世界の動物園で飼育されるシセンレッサーパンダの7割以上が日本国内にいる。

■日本は1990年代から「レッサーパンダ王国」

日本が「レッサーパンダ王国」になったのは、1990年代に開かれた国際的な会議が発端だった。ここで、シセンは日本、ネパールはヨーロッパを中心に頭数を増やして種を守る方針が決まった。

日本は生息地の中国と近く、友好都市の縁で、80年代半ばにはすでに30頭ほどのシセンレッサーパンダが飼育されていたことが理由だという。

レッサーパンダは小型で飼育スペースをとらず、移動も比較的簡単にできる。

人気があり、飼育を希望する動物園も多く、国内では順調に増え続けてきた。

レッサーパンダ
写真=iStock.com/Junichi Yamada
日本は1990年代から「レッサーパンダ王国」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Junichi Yamada

■「計画的な繁殖」が支えてきた

この「順調な増加」を支えているのが、計画的な繁殖だ。

全国91カ所の動物園と52カ所の水族館(2020年時点)が加盟する日本動物園水族館協会(JAZA)が中心となって策定した「JAZAコレクションプラン(JCP)」をもとに、進められている。

レッサーパンダをはじめ、トラやゾウ、キリンなど、動物園の人気動物の多くは、野生では絶滅の恐れがある希少動物だ。

JAZAは、300種を超えるこうした動物たちを、希少性や日本の動物園にとっての重要性などの観点からグループ分けしている。このうちの約90種を、優先して繁殖させる対象(管理種)に決めている。

そして、個々の動物の個体情報(親子関係や性別など)を登録した血統登録簿をつくるとともに、全国の飼育員や獣医師らの中から1種につき一人ずつ「種別計画管理者」を委嘱して、繁殖計画づくりを委ねている。

繁殖計画は、日本にいるそれぞれの動物種全体を一つの「群れ」とみなして、できるだけ遺伝子の多様性が保たれるようにつくられる。

種別計画管理者は、血統登録簿の情報をもとに「分析ソフト」を使って血統の偏りを避けながら繁殖させるペアを決定、動物園や水族館に移動を促す。

いまでは、所有権を移さずに動物を移動できる、繁殖のための貸借(ブリーディングローン)という手法も浸透した。

■遺伝子が近い個体を繁殖させない

冒頭のミルクとヒビキのケースも、こうした取り組みの一つだ。

レッサーパンダの計画的な管理を担当する日本平動物園(静岡市)の獣医師、松下愛さんは「とにかく遺伝子が近い個体を繁殖させないように。少なくとも2代先まで見据えて計画しています」と語る。

相手の候補が10頭ほどになることもあるが、その場合も10頭すべての血統的な背景までみて決めるという。

茶臼山動物園に移ったミルクは、めでたく繁殖に成功。21年7月1日、ヒビキとのあいだに2頭のメスの赤ちゃんが誕生した。

こうした努力や全国の動物園の協力もあり、国内のレッサーパンダは順調に増えてきた。

松下さんによると、国内では飼育できるスペースがなくなってきたことから、「さらに増やすというのではなく、遺伝的多様性を保ちながら頭数を維持する段階」だという。

■「希少動物」を輸入しにくくなっている

JAZAが現在のようなコレクションプランをまとめるようになったのは、2015年からだ。

1980年代からあった前身の種保存委員会を発展させる形で、2012年に生物多様性委員会を発足させ、よりシステマチックに、そして将来を見据えた形で、動物種を整理する現在のJCPをまとめるようになったという。

生物多様性委の副委員長に就いて以来、JCPの運営、差配にあたる佐藤哲也さん(16年から同委委員長)はこう説明する。

「日本がワシントン条約を1980年に批准して以降、希少動物を輸入しにくくなっています。動物園で展示する希少動物は、放っておけばいずれいなくなってしまう。そうならないよう、繁殖して世代を重ね、後世に残すことを考える必要があります。動物、人材、施設、資金、いずれもリソースが限られています。その有効活用のために『コレクションプラン』が必要でした。

遺伝的多様性を確保した繁殖には、時に動物を他園に移動することも必要です。『市の財産を他園に移動することはできない』『勝手なことをされても困る』といった意見も寄せられますが、粘り強く説得するしかありません。そんな中、繁殖に成功したという知らせがくると、『後世への責任が果たせた』と思い、うれしくなる」

象
写真=iStock.com/Zocha_K
「希少動物」を輸入しにくくなっている(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Zocha_K

■ラクダの多くが高齢化している

JCPでは、動物を「管理種」「登録種」「維持種」「調査種」の4段階にわけている。

「管理種」は、優先的に計画的に繁殖していく動物だ。

2019年時点では、シセンレッサーパンダやホッキョクグマ、コアラ、アジアゾウ、コツメカワウソ、アムールトラやスマトラトラ、チンパンジーやニシゴリラなどが含まれる。

「登録種」は、管理種のように優先的に繁殖するわけではないが、血統登録をして個体群の状況や個体数の推移を意識的に把握する動物。19年時点では齧歯類のカピバラなど、希少種ではないが感染症予防の観点から輸入が困難な動物が含まれる。

「気付いたときには日本の動物園からいなくなっている、という事態を避けなければならない」(佐藤さん)

ほかには、アフリカゾウ、オオカミ、ヤブイヌなどもリストアップされている。

「維持種」にはラクダ2種が入っている。

ラクダは、かつては中国から数十万円程度で購入できたので、どの動物園でも見かける動物だった。

ところが口蹄(こうてい)疫が発生し、輸入が難しくなり、国内の個体の多くが高齢化してしまい、維持が難しくなっている。

安定的な繁殖の望みはないが、個体数を把握しておく必要はあるため、ラクダを「維持種」としている。

ほか、ライオンやニホンザル、ツキノワグマなども維持種だ。

「調査種」はメガネグマなど、国内には数頭しかいなくなった動物や、まだ累代繁殖が可能だが世界的には生息数が減りつつある動物などが分類されている。

【図表1】主な稀少動物の国内飼育数
出所=『岐路に立つ「動物園大国」 動物たちにとっての「幸せ」とは?』

■2030年にアフリカゾウは7頭、ニシゴリラは6頭に減る

レッサーパンダは、計画的な繁殖が成功している例だが、そのような成功例ばかりではない。JAZAは2011年、「2030年には国内のアフリカゾウは7頭に、ニシゴリラは6頭に減る」との将来予測を公表した。

太田匡彦、北上田剛、鈴木彩子『岐路に立つ「動物園大国」 動物たちにとっての「幸せ」とは?』(現代書館)
太田匡彦、北上田剛、鈴木彩子『岐路に立つ「動物園大国」 動物たちにとっての「幸せ」とは?』(現代書館)

JAZAによると、国内で飼育されているアフリカゾウは、00年に66頭だったのが、19年には31頭に半減したという。

ニシゴリラは33頭から20頭に、サルの仲間のピグミーマーモセットは10年に29頭だったのが、19年には8頭にまで減った。

絶滅の恐れのある希少種の商取引を規制する「ワシントン条約」を、1980年に批准して以来、国外から動物を入れるのが難しくなっている。

集団遺伝学の知見によると、ある生物の集団が繫殖して存続するために最低限必要な個体数は50頭だという。

しかし、国内の動物には、50頭を下回るものも多いのが現状だ。

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太田 匡彦(おおた・まさひこ)
朝日新聞記者
同業他社を経て2001年朝日新聞社に入社。東京経済部で流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の2008年に犬の殺処分問題の取材を始めた。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(朝日文庫)、『「奴隷」になった犬、そして猫』(朝日新聞出版)、共著に『動物のいのちを考える』(朔北社)など。

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北上田 剛(きたうえだ・ごう)
朝日新聞記者
同業他社を経て2007年朝日新聞社に入社。大阪社会部や名古屋報道センター、東京特別報道部などで取材。かつてヘルパーの仕事をしていたことがあり、福祉分野に関心がある。

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鈴木 彩子(すずき・あやこ)
朝日新聞記者
2003年に朝日新聞社入社。科学医療部で自然災害や環境問題、身近な病気や健康の話題を取材。

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(朝日新聞記者 太田 匡彦、朝日新聞記者 北上田 剛、朝日新聞記者 鈴木 彩子)

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