コーヒーを売れば売るほど利益が減ってしまう…かつてない円安で大打撃を受けるコーヒー専門店の苦境
プレジデントオンライン / 2023年12月14日 13時15分
■赤字覚悟で最高級豆を「1杯500円」で提供するワケ
11月11日(土)と12日(日)、JR東京駅前の商業施設・KITTE(キッテ)にあるサザコーヒーで、「パナマ・ゲイシャまつり2023」というイベントが開催された。
茨城県に本店のある同社の鈴木太郎社長が、中米パナマで行われた「ベストオブパナマ2023」(国際コーヒー品評会)で優勝したパナマ産ゲイシャコーヒーを、オークションにて世界最高価格で落札。1キロあたり1万5ドル(日本円で約150万円相当)で手に入れた。落札総額は日本円で約3750万円になった(オークション後に外国の買い付け人と分けて約2000万円分を入手した)という。
イベントではその豆を焙煎し、3分の1のミニカップで1杯「500円」(税込み)で販売した。
ゲイシャとはコーヒーの品種で「花のような甘い香りと野生の甘い果物のような味がする、チョコレートのようなコーヒー」(太郎氏)だという。パナマ産ゲイシャは年々オークション価格が上がる中、「しあわせの共有をしたい」(同)と採算度外視で提供したのだ。
昨年もこのイベントを行った。最高級のコーヒー豆で注目度を高め、業界を活性化したい思いがある。寿司業界における初競りで、「毎年、青森県大間産の本マグロが超高値で落札されて新春のニュースになるが、マグロの過去最高価格が1㎏120万円で今回のコーヒーが同150万円だったので、コーヒー業界もあやかりたい」と太郎氏は話す。
■かつてない円安による打撃
気前のよい話から紹介したが、コーヒー専門店を取り巻く環境は厳しさを増している。
主な理由は急激な「円安」だ。2022年は32年ぶりとなる大幅な円安局面となり、米ドル/円は1ドル115円(2021年12月末)→151円(2022年10月21日)となった。その後は127円台まで円高に動いたが、再び円安局面となり、本稿執筆時は一時148円台(2023年12月1日時点)に。円安は、ほぼ全量を輸入に頼るコーヒー業界には死活問題となる。
コロナ禍で実店舗への客足が遠のいたが、ようやく回復してきた喫茶業界。それ以前からコーヒー豆のネット販売に注力していたサザコーヒーは、2020年~2022年もしぶとく黒字化を維持したが、現在、円安という新たな敵と向き合う。
「当社は1ドル137円で為替ヘッジをかけていますが、売り上げが伸びても利益幅が簡単に削られる状況です。その中でも、さまざまな販売施策を行っています」(太郎氏)
サザコーヒーが行うのが、たとえば人気の「将軍珈琲」を用いた派生商品の開発だ。今年の夏はこのコーヒー豆を用いたソフトクリーム「サザソフト 将軍」(税込み500円)を販売して売り上げを伸ばしている。
今年12月6日には、コンビニ最大手のセブン‐イレブンから、「将軍珈琲」を使用したコーヒーゼリー、コーヒーゼリーサンドが発売された。
■コロナ前より売り上げが伸びたが…
東京・銀座にある「カフェーパウリスタ」は“現存する国内最古”の喫茶店だ。
店名がカフェではなく“カフェー”なのも、1911(明治44)年に開業した時代性を感じさせる。パウリスタはポルトガル語で“サンパウロっ子”の意味で、ブラジル・サンパウロのコーヒーにこだわる店として開業した。ただし当時の店は関東大震災で倒壊したため再建せず、1970(昭和45)年に創業地に近い場所で再開。再開後も53年の歴史を刻む。
「コーヒー業界は、コーヒー相場と為替相場の影響を受けますが、円安は本当に厳しい。1ドル115円が150円になると単純計算で輸入価格が3割変わりますから、大打撃です」
カフェーパウリスタを運営する日東珈琲の長谷川勝彦社長はこう嘆く。同社は関東大震災後に、コーヒー豆の輸入・焙煎業に主軸を移して営業を続け、戦前は海軍にもコーヒーを納入した。現在はホテル納入などの業務用と、通信販売の小売り(家庭用や職域用)が強い。
5代目社長の長谷川氏は上智大学外国語学部卒業。ポルトガル語、スペイン語、英語が堪能でコーヒー産地に出向き、現地の生産者と対話を重ねて、良質なコーヒー豆を買い付けてきた。看板商品は無農薬栽培にこだわり通販でも人気の「森のコーヒー」で、サンパウロ州の農園主・ジョン・ネット氏らの生産者グループから年間150トン以上を直接買い付ける。
「売上高はコロナ前の2019年比で約105%になりましたが、利益幅は減っています。近年はコロナ禍に加えて、コーヒー豆の最大生産国・ブラジルの霜害(そうがい)(2021年)による影響、コーヒー生産国の労働環境問題などもある。リスクヘッジに気を配る日々です」(長谷川氏)
■客層の大きな変化
「カフェーパウリスタ銀座本店は、客数・売り上げともにコロナ前2019年比で約120%となりました。特に土日の朝はインバウンド(訪日外国人客)の方も多いです。この店は、旅慣れていて日本文化もご存じの欧米系のお客さまが目立ちます。一方で、コロナ前は全体の約6割が常連客でしたが現在は約4割、その分、若い世代が増えているのが特徴です」
店長の矢澤秀和氏はこう話す。日本中が外出自粛となった2020年は4月10日から営業自粛に追い込まれ、5月20日に1階店舗が再開、6月1日から2階部分も含めて再開したが、コロナ感染防止のため座席間を広げ、営業時間も短縮するなど、しばらく苦労した。2022年秋からようやく回復したのだ。
「ブラジル・サンパウロのコーヒーという“軸足”を踏まえつつ、現在は、『森のコーヒー』『パウリスタオールド』(各税込み770円。お代わりコーヒーは同300円)、『パリ祭』(税込み800円。お代わりは同300円)の3本柱を中心に提供。『コスタリカ ブラックハニー』(ポットサービスで1100円、ミニケーキ付き1300円。取材時は売り切れ)、『クラシック・ジャバ』(ポットサービス1000円、ミニケーキ付き1200円)も人気です」(同)
今回の取材は、平日午後に銀座本店で行った。店内はコロナ禍当時よりも盛況で、各テーブルで談笑するお客さんの姿が印象的だった。
■個人店の工夫
東京都内の店を紹介してきたが、地方の個人店はどんな状況なのか。
石川県金沢市の近郊にある河北郡・内灘町の海沿いに店を構えるのが「カフェドマル(Café de Maru)」だ。都市銀行に勤務していた満留仁恵店主が、コーヒー焙煎や仕入れなどを学んだ後、2008年に開業。今年で開業15周年を迎えた。
「当店では、コーヒー豆の仕入価格が約16%上がりました。今までにない価格で驚きましたが、原料高騰、政情不安と海上輸送網の混乱による運賃の値上げ、さらに急激な円安が重なったことから、仕入価格の改定は仕方ないかな、と思いました」
こう話す満留氏は、「コーヒー豆の価格上昇の要因には、ほかにも『人口が多い中国やブラジルのコーヒー消費拡大』『米国や北欧のスペシャルティコーヒー消費増加による高品質コーヒーの品薄』なども影響しているようです」と説明する。
光熱費など諸経費高騰もあるなか、店としてどんな取り組みをしたのか。
「看板メニューのブレンドコーヒー(税込み550円)は値上げしませんでした。常連のお客さまが多く、住宅街という立地もあり、ふらりと立ち寄りやすい価格を維持したいと思ったのです。コーヒー豆の品質や風味、提供するコーヒーの量も変更していません。1杯ずつハンドドリップで丁寧に抽出するスタイルも、そのままです」(同)
今年5月、ブレンド以外のコーヒー(キリマンジャロやグアテマラなど)、アレンジコーヒーや紅茶、ケーキやサンドイッチなどのメニューは値上げした。お客さんは受け入れてくれたようで客足も伸びた。値上げに対するクレームは入っていないという。
■店は減る一方、豆の輸入量は安定
コーヒー専門店を含めた「喫茶店」の数は減り続ける。総務省統計を基にした全日本コーヒー協会の公表データで示すと、この40年では以下のとおりだ。
・「12万6260店」 1991(平成3)年
・「6万7198店」 2016(平成28)年
・「5万8669店」 2021(令和3)年……最新の数値
一方、コーヒー需要は拡大しており、たとえばコーヒー輸入量は、直近の2022年は44万4610トン。1980年の2倍以上で、2000年に40万トンの大台に乗ってからは、23年連続で40万トン超だ(いずれも生豆換算の合計。財務省「通関統計」をもとにした全日本コーヒー協会の資料)。
喫茶店数が激減する一方で、コーヒー輸入量は安定している。業界は活性化しており、若い世代の参入も目立つ。コロナ禍以前は市場規模も拡大していた。
東日本大震災の翌年から東北に足を運び、復興企業を取材してきた筆者は、被災して仮店舗営業中の店で「やっとコーヒーが飲めるようになった」という被災者2人に出会った。
円安で業界を取り巻く環境は厳しいが、コロナ明けの通常生活が戻った今、ひと息ついて「やっとコーヒーが飲める」日常を提供する店が残ってほしいと願っている。
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経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)
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