「捨てる段ボール箱」のキズはどこまでが問題なのか…トラックドライバーを苦しめる「顧客至上主義」の罪深さ
プレジデントオンライン / 2023年12月14日 14時15分
■物流危機を招く日本の「段ボール問題」の根深さ
あなたはECサイトから注文した品物が届いたとき、その品物が入っていた段ボール箱をどうするだろうか。
注文したのは「品物」であって、「段ボール箱」ではないから、ほとんどの人は処分するはずだ。この「捨てる段ボール箱」をめぐって、日本の流通現場には大きな負担がかかっている。
大企業に対する時間外労働の上限規制(年720時間)の適用(一般則)から5年遅れて、2024年4月、トラックドライバーにも「働き方改革関連法」の上限規制(年960時間)が適用され、彼らの労働時間が短くなる。
これによって生じる「物流の2024年問題」が昨今メディアでも取り上げられるようになり、ドライバーの存在価値と、その労働環境が見直されてきているが、それぞれの現場では、長時間労働云々以前に、業界に古くから存在する多くの商習慣が彼らを苦しめている。
なかでも最も理不尽であるうちの1つが、この「段ボール箱問題」だ。
日本の物流現場では、海外に比べて荷物が極めて丁寧に取り扱われており、段ボール箱に大きなキズがつくことはほとんどない。その一方で、梱包(こんぽう)材であるはずの段ボール箱に、ほんのわずかなキズが付くことも許されない「顧客至上主義」が現場を苦しめている。
■「梱包材」か、「商品」か…角が潰れるとクレームが書き込まれる
筆者の周囲に「段ボール箱にキズがついていたとき、クレームを入れるか?」と聞くと、多くの人は「段ボール箱のキズなんて気にしない」と答える。
しかし、物流現場では、「カドが潰れていた」とか「擦れて黒ずんでいた」として強いクレームが入ることがある。大手ECサイトのレビュー欄を見ても、商品の内容ではなく、「段ボール箱にキズがあった」という理由での最低評価は珍しくない。
言わずもがな、段ボール箱は「梱包材」である。
複数の商品を1つにまとめたり、外圧で傷が付かないように保護したりするのが本来の役割だ。クレームを入れる人たちは、梱包材であるはずの段ボール箱を「商品」と勘違いしているのだろう。
もちろん商品の外観などがプリントされている「化粧箱」であれば、「キズを付けたくない」という気持ちは理解できる。商品をメルカリなどで売却するときも、化粧箱があったほうが高値で売れる。
本稿で私が問題提起するのは、「梱包用の段ボール箱のキズ」についてである。
■より深刻な「企業間輸送」の理不尽
この問題は、「宅配」の現場のみで起きているものではない。
生産工場から物流センター、物流センターから各地のスーパーなどの輸送を担う「企業間輸送」の現場でも頻繁に起きており、トラックドライバーに係る理不尽はむしろこちらのほうが深刻だ。
この企業間輸送のトラックドライバーたちが扱う荷物数は、多いケースだと1回の輸送で5000個にも及ぶことがある。
彼らの客である「荷主」のなかには、その荷物をフォークリフトではなく、手で1つ1つ積み降ろしさせる「手荷役」をさせるところが多い。
その理由は、「“空気”を運ばせたくない(空間を作りたくない)」や「フォークリフトで使うパレットの返却が面倒」という、荷主都合によるものだ。
この手荷役は現状、ほとんどの現場においてトラックドライバーの仕事であり、「無償」で強制させられている。
手荷役をするということは、1つ1つの荷物にドライバーが触れることになるため、当然、荷物事故のリスクも上がるのだが、企業間輸送の現場では、その段ボール箱にほんのわずかな傷や擦れ、汚れが付いただけで、荷物の受取を拒否・返品させられることがあるのだ。
■汚れや破損が1箱でもあると受け取り拒否のケースも
なかでも厳しいという声をよく聞くのが「医薬品」「飲料」「即席めん」だ。
「飲料を運んでいます。商品が入れられている段ボール箱に少しの擦れがあるだけで返品させられます。もちろん中身は無傷です」(20代中型地場配送)
「医療品が入った箱はとにかくうるさかったですね。指でグッと押さえて凹んじゃダメ、製品同士で擦れてもダメ。雑貨と積み合わせだったので擦れて傷付くのを避けるため、助手席に積んで運んでいました」
「某医薬品会社では汚れや破損が1箱でもあると、その1箱だけでなく同じパレットに載っている全てのケースが受け取り拒否になり、発荷主に戻さなければなりません。酷い場合は、(荷崩れ防止のために巻かれた)ラップが擦れて切れてるだけでアウト。超超厳しいです」(40代大型長距離配車兼運行管理者)
長距離輸送をすれば、荷物と荷物がこすれ合ったり、荷崩れ防止のためにラッシングベルトなどで荷物を固定させなければならなかったりすることもある。その際、黒ずんだり、跡が付いたりすることは、もはや不可抗力だ。
電化製品などが入っている段ボール箱においては、「持ち手」の切れ目が付けられていることがあるが、その穴はドライバーが開けてはならないという現場も多い。
「あの取っ手には指を入れてはいけないと会社からきつく言われています。よく家電の外装についてますが、うちでは完全にアウトです」(30代地場配送)
「まだ蓋が閉じていて手が入らない状態が正規の製品の状態。荷物が持ちやすいようにある取っ手は、運搬するドライバーのためではなくお客さんのためにあるものですからね」(50代大型ウイング)
■結露、ドライバーの汗にもクレーム
また、「傷」ではなく、なかには冷凍食品など運んだ際につく「結露」や、真夏にドライバーがかく「汗」にもクレームがつくことがある。
「夏の暑い時期、荷台の中はもはやサウナ状態です。そんななか数千個もの荷物を積み降ろししていれば、汗が出ないわけがない。それを『段ボール箱に汗つけないで』とか、『荷物に垂れるから汗かかないようにしろ』といってくる荷主がいる」
「冷凍食品は外気温との差から、荷物を出すとどうしても結露が発生するんですが、それに対して『溶けているじゃないか』と荷物の受け取りを拒否されることもあります」
飲料の段ボール箱においては、SDGsの観点から、昨今、箱の面積を小さくした外装箱「ショートフラップ箱」を採用する企業も増えてきているが、こうして荷物の受け取りを拒否し、商品を発荷主のもとに返品させて箱を詰め替えさせては、段ボール箱の面積を小さくした意味がまったくない。
※ショートフラップ箱について:http://www.j-sda.or.jp/environment/search/pages.php?cat=2&id=6
段ボール箱にキズがあるだけでここまでドライバーを翻弄(ほんろう)する企業が、各省庁のSDGsの取り組みで表彰されているのだから、もう笑いも起きない。
■段ボール傷、へこみを弁償させられるドライバー
この「受け取り拒否による返品」は、実はまだいいほうだ。
なかには返品ではなく、ドライバーに「弁償」させる荷主も存在する。
「某コンビニの配送センターでは、即席めんが入っている段ボール箱の蓋部分の糊付けが片方浮いているだけで破損、荷受け拒否です。社内で事故扱い、無事故手当カットに加え賞与の査定ダウン。数万円の減給です」(50代地場大型)
「医薬品の積み込み時、箱は無傷なのに中身が割れてるかもしれないと18万円の弁済。錠剤があのくらいで割れるようなら普通に走るだけでみんな割れてますよ」(50代大型長距離)
「ティッシュやカップ麺、飲料など運んでた時、角潰れは商品買取でした。『段ボール箱も商品』と言われ、若かったので『段ボール箱も商品ならもう1つ段ボール箱に入れてくれ』って言って一悶着(ひともんちゃく)ありました」(50代中距離大型)
さらにこの理不尽にはまだ続きがある。
ドライバーに弁償させておきながら、その商品は引き渡さないケースもあるのだ。
「自分が運んでいる飲料関係は、弁済になった際、中の飲料は荷主のお茶になりドライバーの手元には来ないです」(50代長距離フリー)
「ある飲料メーカーは破損で弁済しても品物は荷主の飲み物になります。弁済は会社の荷物保険。個人的には免責の分を月1万円ずつ3回払いしました」(50代大型長距離)
「弁償だけさせて品物は渡さないとか意味分からん。中身大丈夫でも箱に傷つけただけで買取。輸入品の唐揚げの箱が破れてたのに気づかず、2万円の弁償で商品はメーカー預かりでした」(50代長距離冷凍車)
■荷主の理不尽な言い訳
なぜドライバーに弁償させておきながら商品は引き渡さないのか。
ある荷主関係者に取材したところ、こんな答えが返ってきた。
「表向きは、正規外のルートで流通した商品によって事故が起きたらメーカーとして対応ができなくなるから。でも、その買い取らせた商品を安く売られては困るからという本音も裏にはある」(40代某菓子メーカー社員)
また、ある運送関係者も、
「昔、買取したものを運送会社側が安く売りさばいて、支払額を少しでも抑えようとしていましたが、それはメーカー的にアウトらしく。小売で売れば500円なのに運送会社が返品した商品を300円で売ったら自社には1円の利益もないですからね」(関西地方配車担当)
と話す。
が、そんなに商品を流通されるのが嫌ならば、小さな外装のキズ程度でドライバーに返品・弁償させなければいいだけの話ではないのか。
■日本独特の「包む文化」がドライバーを苦しめている
日本の消費者や顧客がここまで段ボール箱に神経を使うのは、「包む文化」を大切にしているからだろう。
日本には中の商品はもとより、それを包装している箱や紙までをも大切にする文化がある。
香典や祝儀も「ふくさ」に包んで持って行き、もらったプレゼントの包装紙もビリビリに破らず、丁寧にテープをはがしてはいつ使うかも分からないのに大事に取って置く。
手土産を買えば、店員に頼まずともその個数分の紙袋が大袋に入っていたりもする。
普及しつつあるドア前の「置き配」も、当初はなかなか浸透しなかった。それも「地面に置いたら段ボール箱が汚れる」という声があったからだ。
この「包む文化」自体は非常にすばらしく、世界にも誇れるものだと思う。
しかし行き過ぎれば、労働の現場で「サービス」や「当然の配慮」として活用され、やがて「ルール」になる。
ブルーカラーの現場を取材していると、こういうパターンが非常に多い。現場労働者の疲弊ぶりを見聞きするたび、誰かが犠牲になる「おもてなし」とは、ただのパワハラ・カスハラでしかないと感じる。
■「運送業者様へ」箱に書かれたメッセージに違和感を覚える
なかでも筆者が最近「やりすぎ」だと感じるのが、段ボール箱にあるこんな文言だ。
「運送業者様へ いつも丁寧な配達ありがとうございます。お客様が心待ちにしている商品です。取り扱いに十分注意してください。」
一見すると、トラックドライバーへの配慮があるメッセージに見えるが、筆者はこのひと言に、底はかとない違和感と言い知れぬ“圧”を毎度覚える。
この言葉は、送り主が宅配ドライバーを利用し、送り先の消費者に対して「我々は配送業者にもお客さまにもこのくらい配慮できる企業」と、暗にアピールしているように見えるのだ。
というのも普通のドライバーは、そんなことを書かれなくても荷物をできる限り丁寧に運んでいる。なによりも隣に「ケアマーク」(「割れ物注意」などのマーク)が掲げられているではないか。
ケアマークの横に、さらに「丁寧に運んでください」と文字化することには、やはり「別の狙い」を感じずにはいられないのだ。
日本の物流の現場は、こうして「顧客至上主義」を押し付けられているのである。
■長時間労働是正の前にやることがある
いま世間では「物流の2024年問題」が騒がれている。
これはトラックドライバーの「長時間労働の是正」により、人手が不足し、荷物が運べなくなるという問題だ。発端は「ドライバーの働き方改革」であったにもかかわらず、国も世間も「荷物」のことは心配しても、ドライバーのことは心配しない現状に、やるせない気持ちを抱いている。
今回の「段ボール箱問題」をみても、こんな深刻な理不尽を放っておいて、「長時間労働の是正」ばかりに目を向けるこの国は、本当におかしい。働く時間さえ短くすれば、ドライバーの労働環境がよくなると思ったら大間違いなのだ。
最後にもう一度問いたい。
もし注文した荷物の「段ボール箱」に少しでもキズが付いていたら、あなたはクレームを入れるだろうか。
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フリーライター
元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。
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(フリーライター 橋本 愛喜)
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