「これからの時代はジョブ型だ」という人は気づいていない…専門家が指摘する"ジョブ型雇用の致命的リスク"
プレジデントオンライン / 2023年12月19日 9時15分
※本稿は、太田肇『「自営型」で働く時代 ジョブ型雇用はもう古い!』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■企業、労働者、行政も熱い視線を注ぐ「ジョブ型雇用」
日本型の雇用システムと働き方が急速なデジタル化の進展、グローバル化で機能不全を起こしつつある。日本企業のマネジメントと働き方の根幹をなしているのが共同体型組織であり、雇用の面でいえばメンバーシップ型雇用である。
とりわけ企業経営にとって深刻な問題は、労働生産性の低迷や国際競争力の低下であり、日本式の組織、雇用システムがそれと無関係ではないことだ。
経済、社会のグローバル化は不可避であり、そこで注目されるようになったのが、いわゆる「ジョブ型」雇用である。
企業、労働者、政治・行政がそれぞれの立場からジョブ型の導入に期待をかけている。
まず企業としては、ジョブ型への転換によって終身雇用制と年功序列制のもとで膨らんだ賃金コストを削減するとともに、グローバルな競争を勝ち抜くために専門性の高い人材の獲得と育成を図ろうとする。
いっぽう労働者にとっては、専門性を高めて転職する道が開けるうえ、社内でも得意な仕事を続けることができる。会社主導ではなく自分の意思で将来のキャリアを築いていけるわけである。そのため能力開発の目標が立てやすいし、成長への意欲も湧く。またジョブ型が導入されれば、テレワークがしやすくなるなどワークライフバランスの向上が見込まれ、ひいてはジェンダーギャップの解消にもつながると考えられる。
■日立製作所、富士通、資生堂などから導入を始めた
そして政治や行政の立場からすると、ジョブ型の普及によって労働力の円滑な移動が可能になり、人材不足と過剰労働力を同時に解消できる。また同一労働・同一賃金の実現にもつながると期待される。
このように三者三様の立場から、ジョブ型雇用に熱い視線を寄せるようになったのである。
日立製作所、富士通、資生堂、NTT、KDDIといった日本を代表する企業が2010年前後から、このジョブ型を導入し始め、大企業を中心に多くの日本企業が追随して取り入れるようになった。ちなみにリクルートが2022年の1~2月に行った調査によれば、有効回答296のうちジョブ型人材マネジメントを取り入れているという企業は21.9%で、検討中という企業も30.7%あった。ただ数字そのものはジョブ型をどのように定義するかによって、大きく変わってくることに注意しなければならない。
ジョブ型導入に積極的なのは個別企業だけではない。経団連は2022年の報告のなかでジョブ型雇用にあらためて言及し、導入・活用を「検討する必要がある」と明記した。そして政府もまた企業が社員に対して勤務地や職務の希望の明示を求めるなど、ジョブ型雇用への移行を推し進める方針を示している。
■働き方改革では議論を避けて通れない状況
このようにわが国ではいまや、働き方改革といえば「ジョブ型」雇用導入の議論が避けて通れないような状況であり、「メンバーシップ型からジョブ型へ」の移行がもはや既定路線であるかのように喧伝されている。背景には年功序列制による人件費の負担と硬直した処遇制度からの脱却、DXをはじめとする高度専門職人材の獲得、グローバル標準の人事制度への転換といった経営側のねらいがある。またジョブ型の導入は前述した共同体型組織の見直しにつながるので、先に掲げた日本企業、日本社会の労働問題もその多くが解決できそうに思える。
ジョブ型の導入がこうした諸問題の解決につながると考えられる最大の理由は、ジョブ型では一人ひとりの分担が明確になるからである。
仕事の分担が明確になれば仕事の成果や貢献度もはっきりするので、仕事のプロセスや仕事の進め方は本人に任せられる。そのため仕事ぶりを管理したり、監視したりする必要性が小さくなる。したがってテレワークを導入しやすいし、裁量労働制やフレックスタイム制、ワーケーションなども取り入れやすい。どんな働き方をしようと、成果や貢献度さえチェックすればよいわけである。
そして職務とそのグレードに応じて処遇が決まるため、能力と意欲があればいくつになっても働き続けられる。少なくとも理屈のうえでは定年制も不要になる。実際に年齢による差別が禁止されているアメリカでは、70代になっても普通に働いている社員は珍しくない。
■日本企業が直面している課題を解決してくれそうに見える
いっぽう働く人にとっては、仕事の自由度が高まるだけでなく、「つきあい残業」などが減って仕事と私生活との調整がしやすくなり、キャリア形成も自律的に行える。結果として、エンゲージメントも高くなるはずだ。
このように日本企業、日本社会が直面している働き方の問題、すなわち共同体型組織やメンバーシップ型雇用に付随するさまざまな限界は、ジョブ型の導入によって大半が解決できそうだ。それが労働生産性や労働者福祉の向上につながるなら、ジョブ型はいまの日本にとって救世主になれる。こう考えるのも無理はない。
だからこそ「メンバーシップ型からジョブ型へ」という大合唱が起きたのである。
■いざジョブ型を取り入れると多くの壁にぶつかる
ところが、いざジョブ型を取り入れるとなると、多くの厚い壁にぶつかる。欧米と同じような制度を日本企業に導入しようとしても、うまくいかないのだ。その原因をひと言でいうなら、組織・社会の構造が欧米と日本とではまったく違うからである。たとえるなら古い伝統が残る農村社会に欧米人が移住してきて、欧米流のライフスタイルを貫こうとするようなものだ。
ジョブ型のポイントは一人ひとりジョブの内容が明確に定義されていることと、ジョブ(専門)を軸にキャリアが形成されることの二点である。したがってジョブ型雇用のもとでは、経営戦略や労働需要の変化により特定のジョブがいらなくなったら、最終的には解雇されることになる。しかし周知のとおり、わが国ではいわゆる「解雇権濫用の法理」などによって解雇が厳しく制限されており、特定の職務がなくなったから解雇するというわけにはいかない。
多くの企業は、かりにジョブ型を導入しても職務内容の変更をともなう異動はなくせないし、たとえ職務は変わらなくても異動によって仕事の難易度が変化するケースも出てくる。しかし、その異動が会社の都合によるものなら、社員の不利益になるような待遇の変更はできない。結果として職務内容より保有能力や会社全体のバランスを優先するという、ジョブ型の趣旨からかけ離れた人事になってしまいかねない。
■社員間の給与格差、新人育成…障壁はたくさんある
そして当然ながらジョブ型ではジョブによって給与額は異なるし、同じジョブでもグレードによってはっきりとした給与差が生まれる。
いまのわが国に、ジョブ型の導入によって社員の間で給与格差が生じることを容認する風土ができているか、また平等主義、一律主義を旨とする企業別労働組合が格差を受け入れるかは大いに疑問である。
ジョブ型導入の前に立ちはだかるもう一つの壁は、新人の育成である。日本企業ではこれまで仕事の能力も適性も未知数の新卒を一括採用し、社内で時間をかけて一人前に育てあげてきた。ところがジョブ型では、そのジョブにふさわしい能力を備えた者を採用するのが原則である。そもそもジョブ型はメンバーシップ型に比べて転職しやすいので、せっかく内部で育成しても転職してしまうリスクがある。そのため企業には、新人を内部で育成するインセンティブが乏しい。
ジョブ型雇用をわが国に普及させようとするなら、新人の育成をどうするか考えなければならない。国などの行政、またはドイツのように業界が行うのか、あるいはアメリカのように基本的に自己責任とするのか、国民的な議論が必要になるだろう。
■「仕事の割り振り方」も変えなければならない
さらに文化的な壁も軽視できない。
ジョブ型の趣旨と日本企業における職場の現状とのギャップはあまりにも大きい。たいていの会社では職場単位で仕事をするため、新しい仕事が入ってくると、上司は手の空いている部下や手際のよい部下に仕事を割り振る。部下にとって、仕事は「上から降ってくる」イメージだと表現する人もいる。ジョブ型を導入するには、このような慣行そのものを見直さなければならない。
このようにジョブ型導入の前には幾重もの壁が立ちはだかる。しかも国のさまざまな政策をはじめ、労働市場や学生の就職、労働関係法令、社会慣行など、一企業でできる範囲を超える要因もたくさん絡んでいる。社会そのものが暗黙のうちにメンバーシップ型雇用を想定しているのだ。
■ジョブ型雇用は現在の経営環境に合わないのではないか
これまで述べたように、いざジョブ型を日本企業に導入しようとすると、いくつもの厚い壁が目の前に立ちはだかる。企業組織の枠組みだけでなく、労働市場や教育制度、社会慣行、政策の基本理念まで欧米と異なるところに、雇用システムだけ欧米式のものを持ち込もうとするところに無理があるのだ。
しかし、そこにはもっと本質的な問題が横たわっている。そもそもジョブ型は現在、および将来の経営環境に合わないのではないか、という疑問だ。
それはジョブ型の起源をたどれば容易に気がつくはずである。
18世紀にイギリスで起きた産業革命は、19世紀にアメリカなどで第二次産業革命として展開され、鉄鋼、自動車、化学などの重工業を中心に、従業員数万人、数十万人という巨大企業がつぎつぎと誕生した。
当時の重工業は市場や技術などの経営環境が比較的安定していたので、かぎられた種類の製品を低価格で大量に生産することに経営の主眼が置かれた。機械的組織と職務主義(ジョブ型雇用)は、そのような経営環境に適合したシステムだった。
ところが当時と現在とでは、企業を取り巻く環境は大きく異なる。
■変化の多い時代に「職務内容」を決めるのは非効率
「変動性」(Volatility)「不確実性」(Uncertainty)「複雑性」(Complexity)「曖昧性」(Ambiguity)それぞれの頭文字をとって「VUCA」の時代と呼ばれる今日、技術は日進月歩で進化し、市場は目まぐるしく動いている。消費財を生産する製造業を例にとれば、流行のサイクルが短くなった今日、消費者ニーズの変化に応じて絶えず異質な製品を市場に提供し続けなければならないし、需要の変化や経営戦略の変化に応じて必要な労働力の量・質も、仕事や能力の価値も日々変わってくる。
そのような変化に合わせ、その都度一人ひとりの職務内容を見直し、職務記述書を書き換えるというのは非効率である。もっとも、経営環境や経営戦略に応じて人材を入れ替えるにはジョブ型が適しているかもしれない。しかし企業側による解雇の規制が厳しいわが国では、いささか非現実的な話だろう。
ジョブ型導入には、幾重もの厚い壁があることが明らかになった。しかし、だからといって元のメンバーシップ型に戻すとか、両者の折衷に落としどころを探るのでは、いつまでたっても発展はない。そして、そもそも導入をめざしているジョブ型そのものが、はたして目標に値するものかを冷静に考えるべきだろう。
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同志社大学政策学部教授
1954年、兵庫県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修了。京都大学博士(経済学)。必要以上に同調を迫る日本の組織に反対し、「個人を尊重する組織」を専門に研究している。ライフワークは、「組織が苦手な人でも受け入れられ、自由に能力や個性を発揮できるような組織や社会をつくる」こと。著書に『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書)をはじめ、『「ネコ型」人間の時代』(平凡社新書)『「超」働き方改革――四次元の「分ける」戦略』(ちくま新書)、『同調圧力の正体』(PHP新書)などがあり、海外でもさまざまな書籍が翻訳されている。近著に『何もしないほうが得な日本 社会に広がる「消極的利己主義」の構造』(PHP新書)がある。
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(同志社大学政策学部教授 太田 肇)
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