関西の私鉄沿線のエゲつない格差…日本有数の読めない駅名「十三駅」が全国屈指の人気駅に変わりつつある理由
プレジデントオンライン / 2023年12月16日 10時15分
※本稿は、新田浩之『関西の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)の一部を再編集したものです。
■定期券利用者の伸び率1位だった関西の鉄道
国土交通省は毎年、鉄道統計年報を公表している。そのなかに運輸成績表があり、各鉄道会社の輸送人員や輸送人員定期構成比などを確認することができる。ここから、興味深い考察が見えてくる。
まずは、2012(平成24)年度からコロナ禍直前の2019(平成31/令和元)年度までの輸送人員の変遷を見ていきたい。
2012年度の成績を100とすると、2019年度の定期券利用者は阪急112、阪神115、京阪110、近鉄101、南海103だ。
次に2019年度の定期券外の利用者を同様に見ていこう。結果は阪急101、阪神107、京阪101、近鉄101、南海112となる。
定期券利用者の伸びは、阪神が1位となった。要因は、2009(平成21)年開通の阪神なんば線の影響が考えられる。
阪神なんば線の開通により、阪神間と難波が1本で結ばれた。所要時間もさることながら、定期券代がJR経由より安くなったことも大きい。定期券以外の利用者も堅調な伸びを示していることから、阪神なんば線は大成功を収めたといっていいだろう。
■京都に来る外国人客が使う路線
2位の阪急も健闘した。阪急は新線を開業してはいないが、景気回復により「阪急沿線に住みたい」と思わせる「阪急ブランド」の復活と安定した輸送サービスの賜物だろう。
一方、最下位は定期券、定期券外共に近鉄となった。近鉄は都市部だけでなく、多数のローカル線も抱えている。ローカル線の本数削減を主としたダイヤ改正から推察するに、ローカル線の低迷が運輸成績に響いているようだ。
定期券外、すなわち定期券を持たない利用者も見てみよう。伸び率1位は南海である。好調の要因は海外からのインバウンド客だ。ご承知の通り、南海は関西空港へのアクセス路線であり、JRと比較すると運賃が安い。コロナ禍により、インバウンド客は大幅に減少したものの、円安などの影響により、復活傾向にあるといってよい。
一方、阪急、京阪、近鉄は世界有数の観光都市京都を沿線に抱えるが、南海とは異なり、成績は横ばいであった。京都で宿泊するインバウンド客は関西空港駅から京都駅直通のJR特急「はるか」の利用が一般的なのだろう。
■南海と京阪の違い
次に輸送人員から見る定期券利用者の割合(2021〈令和3〉年度)を見ていく。高い順から近鉄65パーセント、南海64パーセント、阪神57パーセント、京阪56パーセント、阪急55パーセントとなる。一般的に、ローカル線は定期券利用者の割合が多くなりがちだ。
このような視点で見ていくと、近鉄・南海はローカル線が多いことになる。近鉄は先述した通り、もともとローカル線が多いが、南海は南海本線・高野線であっても末端区間はローカル色が濃くなる。また、汐見橋(しおみばし)線や加太(かだ)線をはじめとするローカル支線も多く、定期券利用者の割合を高めているといえよう。
また、京阪は京津(けいしん)線、石山坂本線といったローカル色が濃い路線を有しながら、定期券利用者の割合は意外と低い。ひとつには、大阪から京都への観光需要が挙げられる。京阪では快速特急「洛楽(らくらく)」や有料座席指定車両「プレミアムカー」など観光輸送に力を入れている。
このように、輸送人員の変遷や定期券利用者の割合からは、各鉄道会社の現状やさまざまな戦略が読みとれる。10年後はどのような成績になるのだろうか。
■21世紀最も成長した関西の路線
コロナ禍の影響は別にして、21世紀において関西大手私鉄のなかでもっとも成長した路線は阪神なんば線だろう。阪神なんば線は尼崎~大阪難波間を結ぶ。2009(平成21)年に西九条~大阪難波間が開業し、悲願の全通を果たしたのだ。
同線の開業により、阪神と近鉄との相互直通運転が実現し、神戸三宮~近鉄奈良間において直通の快速急行が運行されている。阪神なんば線は、開業時から関西経済に多大な貢献を果たしてきた。
開業翌年の2010(平成22)年3月に公表された住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)のレポートによると、阪神なんば線開業にともなう2009~2010年の1年間における経済効果は76億円になったという。
また、阪神なんば線開業からの1年間で梅田駅(現・大阪梅田駅)の1日乗降客数は約1万8000人減少したが、阪神線からの大阪難波駅の1日あたりの乗降客数は2万人強であった。つまり、阪神の利用者は差し引き1日約2000人、年間では73万人増加したことになる。
さらに、阪神は2009年に「第8回日本鉄道賞」、2010年に「関西財界セミナー賞2010」大賞を受賞した。
■阪神なんば線が大ヒットのした2つの要因
その後も順調に成長し、阪神なんば線の利用者は開業初年度の5万8000人から10年間で約10万人に到達した。阪神なんば線の成長に呼応し、神戸三宮駅の1日の利用者数も約8万7000人から11万人以上に伸びた。
そして、神戸三宮~近鉄奈良間の快速急行の両数にかんして、開業当初は神戸三宮~尼崎間では6両編成だった。現在は平日夕ラッシュ以降と土休日は、全線にわたり8両編成で運行されている。増車するだけ利用客が増えているというわけだ。
ただし、2022(令和4)年12月ダイヤ改正では平日日中時間帯は減便となり、時間帯・曜日により利用者に差が生まれているという点も指摘しておきたい。
阪神なんば線大ヒットの要因は、乗り換えなしで神戸~奈良間が移動できること、阪神沿線から難波へダイレクトにアクセスできる点が挙げられる。その他の要因として挙げられるのが沿線環境だ。
阪神なんば線沿線は集客施設に恵まれている。まず、ドーム前駅周辺にはプロ野球チーム・オリックスバファローズの本拠地「京セラドーム大阪」(京セラドーム)がある。京セラドームはコンサートなどのイベントにも使われ、土休日でもラッシュ時並みに車内が混雑することが珍しくない。
■西九条駅の重要度が増す
ふたつ目はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の存在だ。USJは阪神なんば線沿線にはなく、JRゆめ咲線(桜島線)沿線にある。だが、阪神なんば線からのアクセスは簡単だ。阪神なんば線・JRゆめ咲線の接続駅西九条駅から最寄り駅のユニバーサルシティ駅まで5分だ。
USJは関西を代表するテーマパークだが、2010年頃は来場者数が伸び悩んでいた。2014(平成26)年にハリー・ポッターエリアがオープンし、V字回復を達成。インバウンド客の増加もあり、西九条駅の定期外の乗降客数が増えた。
2025(令和7)年には夢洲(ゆめしま)で大阪・関西万博が開催される。JRゆめ咲線は万博へのアクセス線として活用され、西九条駅の利用者数の増加が予想される。これからますます、阪神なんば線が果たす役割は大きくなることだろう。
■関西人しか知らない「これから伸びる駅」
「関西ではそれなりに有名だが、関東ではあまり知られていない」という駅が、関西には多数存在する。その代表格が阪急の十三(じゅうそう)駅ではないだろうか。
十三駅は大阪梅田駅から淀川を渡ったところにあり、神戸本線、宝塚本線、京都本線が乗り入れる。当然のことながら、十三駅は乗換駅として機能し、昼夜を問わず乗換客で賑わう。
1日の乗降客数は京都河原町駅に次いで、阪急全駅では第6位。乗降客数は約5万8000人である。
また不動産・住宅サイトSUUMO(スーモ)が発表した「住みたい街(駅)ランキング2023」において、十三駅はランクインしていない。その背景には、昭和の時代から「十三=大阪屈指の歓楽街」というイメージがあるからだろう。
しかし、十三は現在、ポテンシャルが高いエリアとして注目を集めている。
■なぜ十三駅がターミナルになるのか
まず、鉄道面から見ていこう。
現在、阪急では新大阪~十三間を結ぶ「新大阪連絡線」と十三~JR大阪(うめきたエリア)間を結ぶ「なにわ筋連絡線」を計画している。
「なにわ筋連絡線」は2031年春開業予定の南海・JRが乗り入れる「なにわ筋線」に接続し、南海・JRに乗り入れるかたちで新大阪駅から十三駅、大阪駅(うめきたエリア)を経て関西空港へ乗り入れる。阪急は両路線を「なにわ筋線」に合わせるかたちで同時期の開業を目指すとしている。
つまり、十三から新大阪、関西空港へ1本でアクセスできるようになるのだ。なお、「新大阪連絡線」「なにわ筋連絡線」が乗り入れる十三駅はJR大阪駅(うめきたエリア)のような地下駅になる。
これは南海の線路幅が狭軌(きょうき)1067ミリメートルであることに起因する。阪急の線路幅は標準軌1435ミリのため、現行の阪急電車は南海に乗り入れることはできない。いずれにせよ、十三駅は現在よりもさらにパワーアップした駅になるのだ。
■もう「じゅうさん」なんて呼ばせない
十三駅に新線が乗り入れることを見越して、駅周辺の不動産開発にも熱が入る。2023(令和5)年6月には阪急阪神不動産が超高層レジデンス「ジオタワー大阪十三」を含む複合開発計画を発表した。
場所は淀川から近く、十三駅から南へ徒歩3分のところだ。開発は東側敷地と西側敷地から成り、西側敷地には履正社が運営する医療系専門学校が開校する。東側敷地には39階建ての複合施設棟が建つ。このうち3~39階は712戸のタワーマンション「ジオタワー大阪十三」となり、関西では最大規模のマンションとなる。
2階には大阪市立図書館や履正社が運営する学校図書館などが入る予定だ。学校図書館の一部は一般開放され、新たなコミュニティーづくりの場となる。
阪急阪神不動産は「ジオタワー大阪十三」を起爆剤とし、十三を西宮北口のように「住みたい街」ランキングトップにすると意気込む。新大阪、関西空港から1本でアクセスできるようになり、住環境も整備される十三。関東の人々にも広く知られ、「住みたい」とうらやましがられるかどうか。
全国的に十三が羨望の的になったあかつきには、「十三」駅を「じゅうさん」駅と読み方を間違えられることもなくなるだろう。
ちなみに、十三はグルメ好きにはたまらないエリアといえる。たとえば、ねぎ焼発祥の店「ねぎ焼やまもと」は十三で生まれ、50年以上の歴史を有する。再開発が進むが、このような歴史ある名店も残ってほしいものだ。
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フリーライター
1987年兵庫県神戸市生まれ。2013年神戸大学大学院国際文化学研究科修了。関西の鉄道をはじめ、中欧・東欧・ロシアの鉄道旅行、歴史について執筆。2018年にチェコ政府観光局公認の「チェコ親善アンバサダー2018」に就任。
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(フリーライター 新田 浩之)
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