1円の円高で契約金7億円吹っ飛ぶ…大谷翔平「7億ドル」超破格契約にみるドル円為替が日本経済に与える破壊力
プレジデントオンライン / 2023年12月13日 11時15分
■日本経済とLA大谷翔平に影響をもたらすドル・円レート
このところドル・円レートが円高方向に触れました。150円程度の円安だったが、日銀総裁の利上げを示唆する発言を受けて、一時は141円をつけるほどに円高方向に進みました。
12月8日に発表だった米国の雇用統計が予想より良かったため、米国の早期利下げ予想が後退したこともあり、この原稿を書いている時点(10日)では、145円前後です。
円安もあり、日本のインフレは思ったように下がらず、一方、円安メリットを生かした外国人観光客が、コロナ明けの勢いに乗って急増しました。
この間、為替レートは日本経済にも大きな影響をもたらしました。この先、どれくらいまで円は買われるのでしょうか。来る2024年の日本経済や米国経済の状況を予想するとともに、円レートの行方を探ってみましょう。
■2023年初に130円まで買われた円
今後の円相場を考えてみましょう。
円相場を考える際には、日米の金利差を考える必要があります。図表1は2022年1月からのドル・円相場と、米国の3カ月物の相場です。米国の政策金利(1日だけ銀行間でお金を貸し借りする金利)にほぼ連動して動きます。
米国では、2022年初にはほぼゼロだった政策金利が、インフレの進展とともに、どんどん利上げが繰り返され、この原稿を書いている時点では5.25%~5.5%に設定されています。それに合わせて、3カ月物の金利も上昇しました。
一方、日本の短期金利はこの間、ずっとゼロ近辺でした。ということは、米金利が上昇する分だけ日米金利差が広がるということです。米金利そのものが日米の金利差と言っていいでしょう。それにほぼ連動するように、円安が進んだと言えます。
図表1にあるように2022年初めには1ドル115円程度だった為替相場は、米金利が3%となった9月には143円、4%となった10月には147円まで円安が加速しました。
その後は、2023年となる前後には、いったん、130円台まで戻しています。1月には130円です。この間も日米金利差は広がっていますが、なぜ戻したのか。
皆さんは覚えているでしょうか。この頃は、米国の一部の銀行の危機がささやかれていたころです。そして、シリコンバレーバンクなどが実際に破綻しました。破綻の原因は、急速に米金利が上がったため、保有している米国債などの債券価格が急激に下落し、大きな含み損を抱えたためです。
米国の中央銀行であるFRBや財務省は懸命に危機から脱する手段を講じ、大規模な金融危機までは至りませんでしたが、それでも金融市場に動揺が走り、「安全通貨」や「避難通貨」と考えられた円が買われるということが起こったのです。
そのため、日米金利差が拡大しつつあったものの、一時130円まで円が買われました。つまり、金利差だけでなく、金融危機や戦争といった「イベント」が起こることも、為替相場を動かす要因ということです。
しかし、金融危機懸念が遠ざかるに従い、その後はふたたび日米金利差が意識され、円安に進むという構図になりました。
■円キャリー取引でさらに円安が加速
その過程で「円キャリー」と言われる取引も行われるようになりました。一般的には4%の金利差があると起こりやすいと言われていますが、これは、金利の安い通貨でお金を借りて、その借りた通貨を売って金利の高い通貨を買って運用するというものです。円は金利がほぼゼロですからそれでお金を借りて、その借りた円を売って米ドルを買い、その米ドルを高金利で運用するというものです。
為替レートが変わらなければ、金利差分だけ儲かるということになります。また、この過程で、円が売られドルを買うわけですから、円安に振れやすく、借りた円の価値が下がるわけですから、その分もダブルで儲かるということになります。
先日、植田和男日銀総裁が、日本の今後の金利上昇を国会で示唆したところ、一気に141円台まで円が買われたのは、キャリー取引をしていた投資家が、パニックとなりドルを売ったことも一因だと考えられます。
現状、年率で5%程度の金利差が取れますが、為替レートが円高に振れるとその金利差分でのもうけが一気に吹っ飛ぶ可能性があり、パニック的にドルが売られたと考えられます。
その後、今月8日に発表された失業率や非農業部門の雇用数、前月比賃金などの米国の雇用統計が比較的堅調だったこともあり、米金利は当面下がらないとの思惑から、145円程度まで円が売られたという経緯があります。
いずれにしても、このところのドル・円相場は、日米金利差によって決まっている部分が多いと言えます。米国の現状の金利がさらに上がる可能性は今のところ低いと言え、来年2024年に入り、利下げが起こる確率が高いと考えられますが、米国の景気指標で強めのものが出ると、利下げ時期が遅れると考えられてドルが買われ、弱めの指標が出ると利下げ時期が早まるとの臆測からドルが売られるという展開となっています。
また、これまでマイナスとなっていた日本の政策金利も、そろそろゼロないしそれ以上になる可能性も出てきたことで、ドル金利下げと円金利上げの思惑から円相場が動く展開となっています。
■今後の経済から日米金利差はどうなるか
それでは今後のドル・円相場はどうなるでしょうか。それを読み解くためには、日米金利差がどうなるか。それを占うためには両国の経済分析が必要です。
まずは現状の日本経済、米国経済の様子を見ながら、2024年の経済を予想してみましょう。図表2は、昨年(2022年)1~3月期からの四半期ごとの実質国内総生産の伸び率です。四半期の経済成長率の計算は、前年同期比ではなく、前四半期比で、年率で計算しています。
米国が昨年7~9月期から5四半期連続で成長しているということは、前の四半期を乗り越えて5四半期連続で経済が拡大しているということです。米国経済は、今後ソフトランディングするのではないかと私は考えています。
一方、日本は、昨年10~12月期から3四半期連続で景気が拡大しましたが、この7~9月はマイナスとなっています。景気の拡大に力強さがないのです。
この一番の原因は、給与の伸びがインフレ率を上回っていないこと。岸田文雄首相が来春の賃上げを言及する際に、必ず「インフレに勝つ賃上げ」と言っている裏には、賃上げは行われているものの18カ月連続で「実質賃金」がマイナスだからです。
つまり、給与の金額は上がっているものの、インフレ率ほどではないということです。ということは、消費者は買い物時にこれまでより少ない数で我慢するか、より安いものを求めざるをえないという状況が続いているのです。
■7億ドルは2022年初なら805億円、今なら1015億円
図表3は家計の支出を表すもの(2人以上世帯)ですが、今年の2月以外は、ずっとマイナスが続いています。それもけっこう大きなマイナスです。国内総生産の55%程度を支える家計の支出が、実質賃金が増えないためにマイナスの状況が続いていることが、国内消費が弱い大きな要因です。
今年に入り、コロナがほぼ明けたということもあり、外国人観光客が急増し、今年10月は、10月としては過去最高の250万人を記録するなど景気を下支えしていますが、それでも景気全般には力強さがないのです。
したがって、2024年の日本経済が浮揚するかどうかは、まずは賃金、それもインフレを加味した実質賃金が上がるかどうかにかかっています。岸田首相の有言実行が絶対条件です。
グローバル企業を中心とする大企業では業績は全体的には悪くなく、また、優秀な人材を確保するためにも今年度並みかそれ以上の賃上げを行うところは少なくないと考えられます。
しかし、全雇用の7割を占める中小企業では、賃上げはそう簡単ではありません。コロナ対策のためのゼロゼロ融資の返済が本格化する中、業績も十分に回復できていない多くの中小企業では、インフレ率を超えるような賃上げはなかなか難しいのが実情です。
こうしたことを考えると、日銀は金融正常化、つまり短期金利の利上げを行うと思いますが、1年かけて0.5%程度まで上げるのがせいぜいでしょう。
米国は比較的堅調ですが、インフレ率が安定すれば、1%前後の利下げを1年ほどかけて来年後半あたりから行うと考えられます。
そのことを考えると、現状5%強ある日米金利差は、4%程度まで縮まると考えられますが、それ以上縮まるには時間がかかるでしょう。
そうすると、ドル・円相場は、140円程度にまで上昇すると考えるのが妥当と考えます。ただ、米国で金融危機が起こることや大きな紛争などが起これば130円程度まで上昇することもありうるかもしれません。
12月11日に大谷翔平選手がロサンゼルス・ドジャースと10年7億ドルというプロスポーツ選手史上最高額の超大型契約をしたと報道されました。この日の為替レートは1ドル=145円だったため、メディアは「1015億円」と大見出しをつけました。ご参考までに申し上げれば、この契約のタイミングがもう少し早い時期で、1ドル=115円程度だった2022年初めだったら805億円となり、1ドル=140円なら980億円と1000億円の大台を割る計算になります。1円7億円ペースで違ってくる。一瞬で大金が吹っ飛んだり、転がりこんだり……これこそが為替の影響力ということになります。
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小宮コンサルタンツ会長CEO
京都大学法学部卒業。米国ダートマス大学タック経営大学院留学、東京銀行などを経て独立。『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座2020年版』など著書多数。
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(小宮コンサルタンツ会長CEO 小宮 一慶)
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