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「物流の2024年問題」の元凶は経産省にある…物流企画室長が激白する「危機解決」に必要な政策転換のシナリオ

プレジデントオンライン / 2023年12月28日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/andresr

「物流の2024年問題」を解決するにはどうすればいいのか。経済産業省の中野剛志・物流企画室長は「経産省がバブル以降の物流の過当競争を放置してきたことで、問題が大きくなってしまった。危機解決のためには、ドライバーの増加だけではなく、物流構造を変える『秘孔』を突く必要がある」という――。

■物流業界のいびつな構造を放置し続けてきた経産省

現在、物流危機が大きな問題となっています。何も手を打たなければドライバー不足による大幅な輸送能力低下は避けられず、最悪の場合は食品や日用品を含め多くの物が届かなくなる、物流コストが跳ね上がる、トラックドライバーの労働環境がさらに過酷さを増して成り手がいなくなり物流崩壊――といった悲惨なシナリオが待っています。

物流危機というとトラックドライバー不足が元凶のように思われますが、私は物流危機の本当の原因はドライバー不足ではなく、長年の間にでき上がってしまった物流業界特有の構造にあると考えています。そして、そんないびつな構造を長年放置し続けてきた経済産業省にも責任があります。

中野剛志さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
経済産業省の中野剛志・物流企画室長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■貨物輸送量は変わらないのに物流危機が起きる理由

この問題は、1990年に実施された物流事業参入への規制緩和に端を発しています。規制緩和によって多くの事業者が参入し、それまで4万ほどだった貨物運送事業者が一気に6万にまで増加しました。

ところが、その後バブルが崩壊して景気が悪化したため、事業者の間で過当競争が起き、物流コストが大幅に下がってしまったのです。ドライバーは長時間労働や低賃金を強いられることになり、結果として若者の働き手が減る、人手不足や高齢化が進むという現在の事態を招きました。

2021年の調査では、ドライバーの有効求人倍率は全産業の約2倍に達しています。労働者の平均年齢も他の産業より4〜6歳ほど高く、なかでも大型トラックのドライバーは平均50歳と特に高齢化しています。

ただ、貨物輸送量自体は長らく横ばいが続いています。輸送量が変わらないのならドライバー不足も起きないはずなのですが、バブル崩壊以前の物流と現在の物流とでは大きな違いがあります。いったい何が変わったのか。それは「荷主の意識」です。

■ドライバーを苦しめる「小口・多頻度・ジャストインタイム化」

物流コストの大幅な低下以降、荷主の多くが物流に対して使い放題のような感覚を持ち始めました。輸送料が安価であるがために、例えば少量の製品を「明日までに持ってきてほしい」といった依頼を、頻繁に繰り返すようになってしまったのです。そのため、物流業界では近年「小口・多頻度・ジャストインタイム化」が急速に進行しています。

【図表1】左:小口多頻度化の動き/右:貨物自動車の積載率の推移

直近25年間の推移を見ると、1件あたりの貨物量が半減しています。1990年度は1件当たり2.43トンの貨物を運んでいましたが、荷主が「小口・多頻度・ジャストインタイム化」を物流事業者に求めた結果、2015年度には1件当たりの貨物量は0.98トンにまで落ち込みました。

一方で物流件数はほぼ倍に増えています。90年には1365万件あまりだったものが、2260万件あまりに膨れ上がっているのです。

その結果、各トラックの積載率は40%を下回る状態が続いています。つまり、いま街を走っているトラックの荷台には荷物は4割しか積まれておらず、残り6割は空気を運んでいるも同然なのです。

このまま何もしなければ、2024年度には最大14%(4億トン)もの輸送能力が不足するとの試算があります。ですが、この低すぎる積載率を50%程度にまで上げただけでも、これらの輸送能力不足は十分回避できると私たちは見込んでいます。

しかし、積載率は物流事業者やドライバーの努力だけでは上げられません。ここに業界構造の最大の問題点があります。

■「物流のために戦略を変える」という発想が企業にない

積載率を上げるには、物流事業者にとっての“お客さま”である荷主の意識改革が不可欠です。荷主が「1品だけを明日までに」ではなく、他の品物とまとめて2日後に、あるいは週1回の定期配送時に持ってきてくれればいいと言いさえすれば、積載率問題は解決するでしょう。

とはいえ、配送回数が減れば荷主は欠品や在庫過多のリスクが高まります。これを防ぐには、配送回数や積載率を見据えて販売・製造戦略を立てる必要がありますが、前述の通り荷主企業の多くには「物流=使い放題」という意識が根づいてしまっています。従って、物流のために他の戦略を変えるという発想が生まれにくくなっています。

■物流のノウハウを持たない企業の「使い放題」意識

配送回数を減らせるよう販売サイクルを変える、あるいは荷台により多く積めるよう製品を設計するなど、打ち手はたくさんあるはずです。にもかかわらず、現状では取り組みを実践している荷主企業は決して多くありません。

さらに、2022年の国土交通省の調査では、同じ企業の中でも販売・製造部門は物流に対する危機意識が低いことがわかっています。物流部門が懸命に危機感を訴えても、販売・製造部門が取り合ってくれなければ取り組みは進みません。企業戦略を担う部門の「物流軽視」の傾向が、問題の解決を難しくしているのです。

同じ調査では、どの産業でも7割以上の企業が「物流危機に問題意識を持っている」と回答しているものの、取り組みを推進できているのは全体平均で半分程度にとどまっています。

また、近年では物流部門を持たない荷主企業も増えています。こうした企業は、長引く経済停滞の中でコスト削減のために物流部門を子会社化したり、丸ごとアウトソース化したりしてきました。そのため、物流ノウハウも物流を含めた経営戦略も持たないまま物流危機に直面する事態になってしまっています。これも物流軽視の結果であり、日本の産業構造的な問題であるといえます。

■しわ寄せが一番立場の弱いドライバーに降りかかっている

一方、物流事業者だけでは積載率を上げられないのと同じように、荷主も1社だけでは取り組みを進められません。荷主の中にも、荷物の出し手である「発荷主」と受け取り手である「着荷主」がいます。変化を起こすには双方が手を取り合わなければなりませんが、発荷主<着荷主というパワーバランスのせいで対等に交渉しにくいという現状があります。物流のこの特殊性が、企業同士の話し合いによる解決を難しくしています。

私は、物流危機はこうした荷主側の問題が絡み合って起きたものだと考えています。なのに、現状ではすべてのしわ寄せがいちばん立場の弱い物流事業者に行ってしまっているのです。

しかしながら、その荷主を所管しているのは誰かというと、工業や流通業などの分野は私たち経済産業省、農業・水産業分野は農林水産省です。その意味では現在の物流危機は、事態がこれほど複雑になるまで放置してきた私たちの責任でもあります。

■経産省が「調達物流」にほとんど目を向けてこなかった

物流問題でよくやり玉に挙がるのは国土交通省ですが、彼らが所管するのは物流事業者であって荷主ではありません。それでも国交省は物流業界の構造問題などについて、これは荷主企業の問題であると、これまで何度も訴えてきました。悪いのは、それに対して聞く耳を持たなかった私たちのほうです。

【図表2】「物流の2024年問題」:影響試算(発荷主別・地域別)

農水省は、荷主の扱う貨物が生鮮品であるがゆえに輸送に制約が多く、物流問題の解決はかなりハードルが高いといえます。実際、物流危機で最も影響を受けるのは農林水産物だといわれています。

一方、経産省が所管する荷主の貨物はそうではありません。私は2021年度に物流企画室長に着任しましたが、物流危機の原因や解決策を探れば探るほど「結局、経済産業省がいちばん悪い」と痛感しています。

何かしなければと思いながらほとんど何もしてこなかったわけですから、これでは問題が解決するはずもありません。さらには、物流のごく一部しか見てこなかったのもお粗末でした。物流というと卸売業や小売業などへの「販売物流」をイメージしがちですが、実は製造業の物流、特に部品や原材料を製造現場に運ぶ「調達物流」もあるのです。

ですから、本来なら調達物流をしっかり見るべきなのですが、経産省がこれまで意識を向けてきたのは販売物流だけで、調達物流のほうはノーマークでした。ここからも、わが省の物流意識がどれほど薄かったかがよくわかります。

■「時間外労働960時間以内」と「2時間以内ルール」

これらの反省を生かし、私たちは本腰を入れて物流問題に取り組んでいます。まず2024年4月1日から、トラックドライバーの時間外労働が年間960時間に制限されます。これは働き方改革の一環であり、ドライバーの過酷な労働環境を是正する目的で実施するものです。

ただ、いまと同じ条件のもとで労働時間だけを制限すれば、輸送能力が低下するのは目に見えています。

前述の通り、積載率を50%程度まで上げることができれば、最大約14%の輸送能力不足は回避できます。また、ドライバーの労働時間のうち、荷待ちや荷役作業にかかる時間を短縮することも極めて有効な手段です。しかし、そのためには、着荷主、発荷主、物流事業者の3者が相互に協力して、従来の商慣行を是正することが不可欠ですが、実現は容易ではありません。

そこで、これらを規制的措置の導入により実現すべく、2024年初旬の国会に法案を提出する予定です。

■「着荷主>発荷主>物流事業者」というパワーバランスを是正する

ドライバーの労働時間は、運行時間、休憩・点検時間、そして荷主による荷物の積み下ろしのためにドライバーが待機する「荷待ち・荷役作業時間」の3つから構成されています。前の2つは安全性や労働環境の観点から短縮できませんが、3つ目は荷主の取り組み次第で短縮が可能です。

現在、荷待ち・荷役作業には平均3時間かかっています。これを2時間にするだけでも、2024年に不足すると見込まれる輸送能力をカバーできます。現在、経済産業省では、こうした考えに基づき、販売物流と調達物流を含めたすべての発荷主・着荷主に、荷待ち・荷役作業時間を原則2時間以内とし、これを達成した場合はさらに1時間に短縮する努力目標(以下「2時間以内ルール」)を示しています。こうした内容も、規制的措置には盛り込まれる予定です。

2時間以内ルールは非常にシンプルで、かつ大きな連動効果を見込めるものです。達成するには、着荷主と発荷主の間で「どんなパレットに載せてどう運用するか」といった話し合いが不可欠ですし、物流事業者の協力も必要です。

結果的に、従来は対等な交渉が難しかった3者に協働を促すことになり、将来的には「着荷主>発荷主>物流事業者」という偏ったパワーバランスの是正も期待できます。また、積載率向上に向けた方策が話し合われたり、時間短縮のためにデジタル技術やロボットを導入する企業が出てきたりする可能性もあります。2時間以内ルールは、こうした多くの変化のきっかけになるものと思っています。

■秘孔を突かないと物流問題は根本から解決しない

現在の物流問題は、肩こりに例えて考えるとわかりやすいかと思います。肩こりは内臓疾患が原因で起きることもあるとされ、その場合は肩を揉むのではなく内臓を治療しないと治りません。物流問題も本質的な原因は肩ではなく内臓、つまり外から見える部分ではなく産業構造の奥深くにあります。にもかかわらず、従来の国の物流対策は肩揉みだけにとどまっていました。

その点、2時間以内ルールはいわば経絡秘孔を突くようなものです。ポイントとなる小さな1点のみを突くことによって、全身の血行を改善し、内臓疾患を治し、肩こりという症状を解消していく。これが私たちの目指すところなのです。

■役員クラスの物流の責任者の配置を義務付ける

法案では、荷待ち・荷役作業時間の削減は基本的には努力義務ですが、荷主のうち特に物流量が多い大企業などに対しては完全な義務となる予定です。荷待ち・荷役作業時間を定期的に報告する義務もあり、改善が見られなければ最初に勧告、次に命令、最後に罰則が与えられます。

加えて今回の法案では、そうした大企業などに対して、役員クラスに物流管理の責任者を配置することも義務づける予定です。海外企業のCLO(Chief Logistics Officer)に当たるポジションであり、海外では企業の物流戦略全般を担う重職として広く認知されています。

日本の荷主企業にもCLOが誕生すれば、社内の物流担当者の訴えを聞きとって製造・販売戦略を見直すことも可能になります。2時間以内ルールも積載率向上も、よりスピーディーに実現するでしょう。その先には、日本企業が物流軽視から脱却して物流を中心に経営戦略を考える時代が、そして物流が競争力の源泉となる時代がやってくるはずです。

これらをすでに実践しているのがアマゾンです。同社の最大の強みは物流であり、同分野のノウハウ蓄積や人材獲得に力を入れることで現在の競争優位性を築き上げました。日本企業でも、ユニクロやニトリなどは早くから物流を重視してしっかり投資を行っています。

■物流改革を通じて日本企業の国際競争力を上げる

法案は2024年に国会に提出されるので、施行は法案成立後、一定の期間をおいてからということになるでしょうが、それでは2024年題への対応に遅れが生じてしまいます。そこで経産省・農水省・国交省は、2023年6月に「物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」を同時発表しました。

多くの企業が、このガイドラインに沿って取り組みを開始するものと考えています。事実上、対応は前倒しで進んでいるといえるでしょう。

【図表3】左:BtoB物流とBtoC物流の割合(重量ベース)/右:BtoC-ECの市場規模

物流にはBtoCもありますが、全体の9割を占めているのはBtoBであり、物量や影響力には圧倒的な差があります。日本の物流を持続可能なものにしていくために、経産省としては今後もBtoBを中心に取り組みを進めていきます。

私自身が最終的に目指しているのは日本企業の国際競争力を上げることであり、日本経済を強くすることです。その実現に向けて、物流戦略を中心に据えた真のサプライチェーンマネジメントを日本企業に根づかせていきたいと思っています。2時間以内ルールや物流管理統括者の配置は、きっとその一助となるはずです。

まずは目の前の物流危機を回避すべく、私たちも本腰を入れて取り組んでいきます。荷主企業の皆さまにもぜひご理解とご協力をお願いいたします。

中野剛志さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
経済産業省の中野剛志・物流企画室長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

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中野 剛志(なかの・たけし)
経済産業省商務・サービスグループ消費・流通政策課長兼物流企画室長
1996年東京大学教養学部教養学科第三(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。2001年エディンバラ大学より優等修士号(政治理論)、2005年同大学より博士号(政治理論)取得。特許庁制度審議室長、情報技術利用促進課長、ものづくり政策審議室長、大臣官房参事官(グローバル産業担当)等を経て、現職。

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(経済産業省商務・サービスグループ消費・流通政策課長兼物流企画室長 中野 剛志 構成=辻村洋子)

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