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「台湾の池上彰」を抱える親中派が勝てば大変なことになる…台湾の総統選挙がかつてない注目を集める理由

プレジデントオンライン / 2023年12月16日 10時15分

台北市にある台湾の総統府。 - 写真=筆者提供

2024年1月投開票の台湾総統選で、与党・民進党と野党・国民党が接戦を繰り広げている。対中強硬路線を続けている民進党に対して、国民党は中国との融和を模索している。中国による侵攻リスクにさらされる中、台湾の人々はどちらの政党を選ぶのか。政治ジャーナリストの清水克彦さんが現地からリポートする――。

■「ただの海外の選挙」と考えてはいけない理由

筆者は本稿を台北市内のホテルで書いている。日本の政治も、自民党・安倍派をはじめとする政治資金パーティー収入裏金疑惑で混迷の度合いを増しているが、台湾総統選挙もまた、2024年1月13日の投開票日を前に、誰が勝つのか予断を許さないまま、終盤戦を迎えようとしている。

台湾総統選挙を「所詮は海外の選挙」と考えてはいけない。誰が総統に選ばれるかで、台湾統一を「核心的利益」(どんな代償を払ってでも得たい利益)とする中国が、平和的に統一を目指すのか、それとも軍事侵攻をしてでも奪おうとするのかが見えてくるからだ。

もし中国が台湾に軍事侵攻すれば、中国軍のシンクタンク軍事科学院の中将が共同通信の取材に「台湾侵攻と当時に沖縄の尖閣諸島奪取に出る可能性がある」と言及したように、沖縄本島や南西諸島の島々も無傷では済まない。

極端に言えば、今回の台湾総統選挙は、日本の国土に、中国軍のミサイルが降ってくるか否かの試金石となる選挙と位置づけられるかもしれない。

■3人の候補者の決定的な違いは「対中政策」

まず、3人の候補者について簡単に整理しておこう。

【図表】台湾総統選の3人の候補者
筆者作成

頼清徳氏、侯友宜氏、柯文哲氏の3氏ともに、原発政策を除けば、経済政策などに大きな違いはない。際立つのは、やはり中国との関係である。

■「対中強硬路線では経済が好転しない」

総統選挙の歴史を振り返れば、1996年に初めて、総統を選ぶための直接選挙が導入され、2000年以降は2期8年ごとに政権交代(民進党・陳水扁⇒国民党・馬英九⇒民進党・蔡英文)が行われてきた。

台湾総統府の中にある歴代総統のコーナー(手前は蔡英文総統)。次に登場するのはだれか。
写真=筆者提供
台湾総統府の中にある歴代総統のコーナー(手前は蔡英文総統)。次に登場するのはだれか。 - 写真=筆者提供

2023年11月24日の立候補届け出までに、野党の国民党・候氏と台湾民衆党・柯氏との候補者一本化が実らず、お互いに罵り合って別れたことを思えば、与党・民進党の頼氏が有利となるが、台北市民に聞けば、

「蔡英文総統の実績は評価する。ただ、いつまでも対中強硬路線では経済が好転しない」
「今年の夏、防空避難訓練に参加したが、戦争にしないためには別の選択も必要」

といった声が返ってくる。特に「天然独」と呼ばれる、生まれながらにして台湾人という若い世代は、投票先を決めかねているのだ。

台湾総統選挙の投票率は、蔡英文総統が初当選した2016年が約67%。再選を果たした前回の2020年が約75%と、日本の衆議院選挙が50%台なのに比べれば、はるかに高い。なかでも、20代の若者は前回の投票率が90%前後にまで達したとされるほど関心が高い。

その若者が「今とは違う路線を」と語る点、そして、8年周期の法則がある点からすれば、国民党の候氏が勝利する可能性も捨てきれない。

■与党・民進党と野党・国民党が接戦を繰り広げる

事実、野党による候補者一本化が失敗して以降、それまで世論調査では35%前後の支持率で、2位以下を10%前後引き離してトップを走ってきた頼氏に、2位の候氏が肉薄している。

2023年7月31日、来日し国会を訪問した侯友宜氏(写真=筆者提供)
2023年7月31日、来日し国会を訪問した侯友宜氏(写真=筆者提供)

11月24日、立候補の届け出が締め切られた日、台湾の「ETtoday新聞雲」が実施した世論調査では、民進党の総統・副総統ペアに対する支持率が34.8%だったのに対し、国民党の総統・副総統ペアに対する支持率は32.5%となった。

現在も、この状況は変わらず、民進党寄りのメディア、「美麗島電子報」が12月12日に発表した調査結果では、頼氏は35.1%、侯氏は32.5%と接戦。3位の柯氏は17.0%に留まった。

台湾民衆党・柯文哲陣営は台北市の繁華街でテントを設置し支持を訴える
写真=筆者提供
台湾民衆党・柯文哲陣営は台北市の繁華街でテントを設置し支持を訴える - 写真=筆者提供

ここで注目したいのが、3人の副総統候補である。アメリカ大統領選挙もそうだが、台湾総統選挙も、総統候補だけでなく、ランニングメイトである副総統候補が誰であるかは重要な意味を持つ。

■国民党の副総統候補は「台湾の池上彰」

頼氏が副総統候補に指名した蕭美琴氏は、親米路線をとるにはうってつけの人物だが、台北では「エリート臭がする」と受けが悪い。

柯氏の副総統候補、呉欣盈氏は、財閥創始者の孫娘とあって、民進党や国民党と比べ予算が少ない第3勢力の台湾民主党の「お財布」としては貴重な反面、蕭氏ともどもアメリカとの二重国籍疑惑が報じられ、現地での評判は良くない。

一方、候氏のランニングメイトである趙少康氏は、テレビやラジオのキャスターとして、日本で言う池上彰氏(池上氏も同じ73歳)のように名前が売れている。

高齢で、かつて、中国との再統一を主張する新党に属していた点はマイナスだが、著名なメディア人であることが、地味な候氏を補完している。

加えて、親米派という点も、「候総統になれば、中国に擦り寄るだろう」との見方を中和させ、「親中というよりも親米」という、台湾の有権者に最も受け入れられやすい空気を作り出すのにひと役買っている。

■親中派になるか、対中強硬を貫くかの戦い

このように、世論調査結果を見ても、副総統候補の顔触れから考えても、緑(民進党の頼氏)が勝つか、藍(国民党の候氏)が勝つか、まだ断言できない。

そこで、筆者は立法院を尋ね、蔡総統や頼氏の側近で知日派の郭国文・立法委員(国会議員)に話を聞いた。

蔡英文総統や頼清徳候補に近い民進党・郭国文立法委員(国会議員)
写真=筆者提供
蔡英文総統や頼清徳候補に近い民進党・郭国文立法委員(国会議員) - 写真=筆者提供

【筆者】頼氏と候氏の戦い、現状をどう見ていますか?

【郭氏】正直なところ、頼氏と候氏の支持率の差が5ポイント以下というのは本当に少ないと思っています。選挙までの1カ月弱で何が起きるか分からないと思っています。頼氏が勝っても、同時に行われる立法院選挙で民進党が負ければ政策が前に進みませんので、両方勝つことが大事です。

1つ、確実に言えることは、どちらが勝つかで中国との関係はまったく変わってくるということです。

候氏が勝てば、台湾は国際社会の中で親中派になってしまいます。頼氏が勝てば、蔡政権の対中政策が踏襲されますから、これまでの8年間と変わらないと思っています。

【筆者】これから候補者による討論会も行われます。頼氏の陣営にとって重要なことは何でしょう?

【郭氏】民進党は、台湾南部では強いのですが、台湾北部では国民党と五分五分です。その点では、台湾中部での浸透が大事になります。まず南部を固めて、中部にも浸透することができるかどうかが鍵になると思います。

あとは、「棄保」といって、勝てそうにない候補者の支持者が、勝つ見込みのある候補に投票するという動きが生じた場合、支持率で3位に甘んじている柯氏の支持者が、頼氏と候氏のどちらに乗るかでも、状況が変わってきますね。

■「親米派政権」誕生を阻止したい習近平

【筆者】台湾統一を目指す中国の習近平指導部にとっては、頼氏と蕭氏のペアが総統と副総統になって親米派政権が誕生することだけは是が非でも避けたいはずです。

11月、国民党と台湾民衆党との間で候補を一本化しようとした動きがありましたが、これも、中国の意を受けて、親中派の馬前総統が動いたと言われています。今回の総統選挙への中国の関与をどう見ていますか?

【郭氏】今回の総統選挙では、中国は常に国民党と連絡を取っているはずです。中国はこの選挙を自分のこととしてとらえていると思います。

毎日毎日、「台湾の選挙はどうなった?」「候氏の支持率は上がったか?」と気にしているはずです。この選挙は、民進党vs中国の戦いでもあるんです。

台北市内では至る所に、ミサイル攻撃を想定したシェルターが設けられている
写真=筆者提供
台北市内では至る所に、ミサイル攻撃を想定したシェルターが設けられている - 写真=筆者提供

■2024年は世界が動く選挙イヤー

来たる2024年の国際情勢は、台湾総統選挙で幕を開ける。蔡英文総統は、11月30日、ニューヨーク・タイムズのインタビューで、「中国の指導部は国内問題に『圧倒』されているため、今は台湾への侵攻を考えるときではない」との見方を示している。

確かに、国内経済の低迷、政治の腐敗、そしてイタリアが、習近平総書記が主導してきた巨大経済圏構想「一帯一路」から離脱しそうな状況を思えば、当面は、台湾侵攻どころではあるまい。

とはいえ、頼氏が勝てば、台湾への圧力はさらに強まり、数年以内に台湾有事が起こる可能性が高まって、その際は、沖縄本島なども危うくなると筆者は見る。

日本では、岸田政権が行き詰まりを見せ、「退陣」の2文字が現実味を帯び始めている。韓国でも、来年4月の総選挙(1院制の国会議員選挙)しだいで、日米と共同歩調を取る尹政権の足元が揺らぐ恐れがある。

また、肝心のアメリカも、11月に行われる大統領選挙でトランプ氏が返り咲くことになれば、対中政策や他の民主主義国家との関係に影響が及ぶことになる。

それだけに、選挙イヤーの口火を切る台湾総統選挙は注目なのだ。台湾には、日本のような期日前投票制度がない。そのため、3候補の陣営は投票直前まで熱い選挙戦を繰り広げることになるが、その結果を受けて、中国が頭を抱えることになるのか、逆に高笑いをすることになるのか、日本にも影響が及ぶ選挙として、台湾の2000万人近い有権者の判断に注目したいものだ。

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清水 克彦(しみず・かつひこ)
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『日本有事』(集英社インターナショナル新書)『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、ほか多数。

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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)

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