なぜ食べログには長文レビューが多いのか…「食べログ文学」を生み出した最強グルメサイトの斬新発想
プレジデントオンライン / 2024年1月26日 10時15分
※本稿は、野地秩嘉『ユーザーファースト 穐田誉輝とくふうカンパニー 食べログ、クックパッドを育てた男』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■平日だけでなく、土日にも会食が入る日々
カカクコムはパソコンや周辺機器から始まり、家電製品などさまざまなジャンルへ扱いを広げていった。それは本のECから始まったアマゾンが扱い商品を増やしていったことと似ている。
ただし、カカクコムはあくまで価格を比較するサイトだ。アマゾンや楽天といったEC事業者とは正面切って競合するわけではない。カカクコムの収益の基本は登録料だ。販売店がサイトに情報を載せるためには審査があり、それを通れば登録できる。併せてアフィリエイトと呼ばれる成果報酬と広告収入がある。
ユーザーが増えるとともに、穐田はサイトに出店する販売店、EC事業者、そして、広告クライアント等との打ち合わせが増え、毎日のように会食するようになった。月曜日から金曜日まででは足りず、土日も含めて、取引先や関係者と食事することになったのである。
相手が店を決めることもあったが、穐田から誘うことの方が多かった。そうなると、会食の場所を設定しなくてはならない。
■「おいしい」だけの情報では接待に使えない
その頃、会食の店を探すとすれば口コミか雑誌に頼るしかなかった。彼が参考にしていたのは光文社が出していた男性雑誌の『BRIO』をはじめとして『dancyu』など月に5~6冊の情報誌だった。すでにグルメサイトはいくつかあったが、少し不便だと感じていた。そうしたサイトは皆、店舗から掲載料をもらい、店舗側に寄り添うサービスだったから、どの店も「おいしい」と記載されていた。ユーザーからすれば選ぶことができない……。
穐田が食事する相手は仕事相手だ。おいしいだけでは困る。個室がある店なのか、店の主人の人柄はどうなのか、サービスはいいのか……。店側が出す情報ではなく、使った側の視点が情報に含まれていなくては判断できなかった。
その点、『BRIO』には店の主人のプロフィール、サービスの質まで書いてあった。
「この店は前菜のカプレーゼはうまいけど、パスタとメインはそれほどでもないから、前菜と白ワインを飲んだら、次の店へ行くべき」「ここは料理よりも主人の話が面白い。主人がずーっとくだらない話をしている。退屈な相手との接待には最高だ」
「ここは『個室あり』というので、行ってみたけれど、狭すぎてオヤジ4人で食事しているうちにストレスがたまった。料理はおいしいけれど、会食には使えない。ただし、デートにはいい。狭い個室を有効活用すること」
仕事相手との接待に使う店選びには味のよさは当然としても、ユーザー視点の情報が必要なのである。
■抜擢したのはDJ経験のあるコンサルタント
そこで、穐田は部下たちに言った。
「ユーザー視点のグルメサイトを自分たちでつくろう」
ただ、担当する人材がいなかった。カカクコムはサイトに載せる商品を増やしていたから、社内に人は余っていない。グルメサイトを発足させるなら、専任者を採用しなくてはならなかった。それに、穐田はユーザー目線のグルメサイトだけで立ち止まるつもりはなかった。事業の延長として、旅行、不動産、自動車、冠婚葬祭といったさまざまなサービスのサイトを増やしていくことを計画していた。
まず、新規事業のために何人か採用した。コンサルタント会社、リクルート、投資会社にいた人間たちである。なかのひとりが今も食べログを率いる村上敦浩だ。慶應義塾大学経済学部を卒業し、アンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)に就職。輝かしい経歴だけれど、穐田が注目したのは「アメリカでDJをやっていました」と履歴書に書いてあったこと。チャーミングな経歴だったから、村上に言った。
「うちに入社して、新規事業をやってみない? いくつか候補があるから」
村上はしばらく考えて答えた。
「食べるのが好きだからグルメサイトをやります」
穐田はサイトのアイデアや方向性を村上に話し、あとは村上が具体的にしていった。
■グルメサイトを買収して育てるはずだったが…
当初、ゼロからサイトを立ち上げる気はなく、グルメサイト「askU 東京レストランガイド」(1996年から)を買収して成長させる予定だった。「askU 東京レストランガイド」は知る人ぞ知る口コミのグルメサイトだったのだが、事業化されていたわけではなく、コミュニティのままだった。
穐田はカカクコムを収益性の高いサイトに育てた経験から、「askU 東京レストランガイド」を改組して、広告を集め、有料会員を設定すれば、堅実な収益を確保できる事業になると考えた。
彼は「東京レストランガイド」を運営する会社の社長と交渉し、いったんは合意した。社長が提示した価格で買うと決めた。ところが、代表者である社長と合意したにもかかわらず、「白紙に戻したい」と言ってきたのである。事情を聞いてみると、株主から「カカクコムじゃなくて、他の会社にもっと高く売れ。入札にしろ」と言われたという。
「合意したじゃないか」と非難し、訴訟に持ち込むこともできたが、そこまでのことをするほど魅力のあるサイトかといえば、そうでもない。また、約束を守らない会社と関わりを持ちたくなかった。
そこで、買収に使う予定だった資金を村上にまかせて、自力でシステムを開発することにした。
■コンセプトは「食を愛するブログの集合体」
村上ははっきりとしたコンセプトを持っていた。
「食を愛する人がつづるブログの集合体のようなサイトを目指す」
2005年に食べログをスタートさせた直後、村上と穐田は小山薫堂といったインフルエンサーに頼み込み、雑誌連載のグルメ記事を転載させてもらった。そのうちに有力なブロガー、インフルエンサーが口コミ情報を投稿するようになり、翌年には月間利用者が100万人を超え、2010年には1500万人を超えるまでに成長した。
村上のコンセプトがユーザーに理解されたのである。そして、一般ユーザーだけでなく、フードライターになりたい人がそこに長文レビューを投稿する場にもなった。「見て利用する」人だけでなく、メディアとして自分の意見を広めるサイトになった。
それもあって食べログは堅調だ。
コロナ禍の最中に発表されたデジタルコンテンツ視聴率レポート(ニールセン デジタル2022年6~7月)によれば飲食店予約サービスの上位3社、「食べログ」「ぐるなび」「ホットペッパーグルメ」の利用者数はそれぞれ次の通りとなっている。
「ホットペッパーグルメ」が811万人。
「ぐるなび」は736万人。
結果は一目瞭然だ。
■なぜ食べログは成功したのか
また、ぐるなびは退潮傾向にあるが、それでも利用者はまだ736万人もいる。一方、かつて隆盛を極めたグルメ雑誌は老舗の『dancyu』を除けばほぼなくなってしまった。
グルメ情報はウェブで閲覧するのが当たり前になり、そもそも紙の雑誌を手に取ったことがない人の方が多くなっている。
穐田は食べログが成長した理由は「運と気合」だと総括している。運とは正しい時代にサービスを開始したことだろう。そして、気合とは「負けてたまるか」というガッツであり、カカクコムの憲法のようなものだ。
なお、「東京レストランガイド」は大手資本が買収した。カカクコムが提示した価格よりも高かったという。しかし、結局は2012年にサイトを閉鎖してしまう。カカクコムは「東京レストランガイド」を買収しなくてよかった。
カカクコム、食べログは大資本、社員が高学歴だからといって成功したわけではない。
大資本、中央集権組織は最新の経営理論で目標を実現させようとする。自分たちの自己実現が経営だと思い込んでいるところがある。
穐田は会社経営を自己実現とは思っていない。ユーザーの不便をなくすこと。ユーザーが「これがあればいいな」と思っているものを提供することが経営だと信じている。
客が欲しいものは何かだけを考えているから、カカクコム、食べログを成功させることができた。
■穐田が去った食べログで起きた「やらせ」問題
後の話になるが、食べログは穐田が離れた後、ふたつの大きな問題を背負い続けている。
ひとつはレビューのなかに「やらせ」が存在していること。レビューや口コミのサポート業者が飲食店の点数を高くするような行為を行っていることだ。
2019年にある飲食店がX(当時はTwitter)に「食べログの評価3.8以上は年会費を払わなければ3.6に下げられる」という疑惑があると投稿した。複数の同業者から「うちもそんな経験をした」と訴えがあった。これに対して食べログを運営するカカクコムは「食べログとの何らかのお取引によって、お店の点数やランキングが変動するということは一切ない」と疑惑を否定した。
2022年には食べログが2019年5月21日に行った「チェーン店の評点を下方修正するような(アルゴリズムの)変更」が独占禁止法に違反する「優越的地位の濫用にあたるか否か」が争われた第一審の判決が出た。
東京地方裁判所は「食べログ」のアルゴリズムについて、カカクコムが行った2019年の変更は独占禁止法違反であるとして、同社に3840万円の損害賠償の支払いを命じている。だが、裁判はまだ続いている。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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