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「一生に一度のこと」につけこんでぼったくる…「ウェディングドレス持ち込み料30万円」に憤慨した男が始めたサービス

プレジデントオンライン / 2023年12月29日 10時15分

くふうカンパニー代表の穐田誉輝さん - 撮影=西田香織

カカクコム、クックパッドで代表を務めた穐田誉輝さんは、クックパッド退社後、結婚情報サービスの「みんなのウェディング」と不動産情報の「オウチーノ」を個人で買収した。一見かけ離れた事業分野だが、その2つにはある共通点があるという。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが書く――。

※本稿は、野地秩嘉『ユーザーファースト 穐田誉輝とくふうカンパニー 食べログ、クックパッドを育てた男』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■ウェディングドレスを持ち込んだら、30万円請求された

クックパッドを辞めた穐田が個人で買収したのが結婚情報サービスのみんなのウェディングと、不動産情報のオウチーノだ。

どちらもすでに上場していた会社だったが、いったん成長が止まっていた。結婚式、披露宴の情報サービスと不動産の斡旋情報は一見、かけ離れたジャンルのサービスだ。

だが、彼は同じ範疇に属するものと考えていた。結婚式や不動産の取得契約はユーザーにとってはたびたび行うことではない。一生に一度というのが相場だ。そうなると、心がけのよくない業者は「一生に一度だから、ふんだくってやろう」と考える。

穐田はアイシーピー時代、友人が結婚した時、ウェディングドレスの持ち込み料を30万円請求されたと聞いた時、憤慨した。

結婚式場は「ウェディングドレス持ち込み料」を要求するところが多い。一着5万円から10万円だ。自分のドレス、たとえば母親の形見のドレスを持ち込むと、それだけで10万円を式場に払わなければならない。式場は保管料だと主張する。

しかし、そんなわけはない。保管料だと強弁するのならば、では、自宅からウェディングドレスを着用していくのであれば持ち込み料を取らないのだろうか。そんなことはないだろうし、また何か理屈をつけて追加料金を請求しようとするに違いない。

■「一生に一度のこと」につけこんでぼったくる

カメラマンに写真撮影を頼むとする。式場の専属カメラマンだと5万円から10万円を支払わなくてはならない。階段を背景に撮影すると、「10万円アップ」という式場もある。それで、これを友人のカメラマンに頼むとする。すると「持ち込み料をいただきます」と言われるという。

果たしてカメラマンはウェディングドレスと同じように、式場に持ち込む物品なのだろうか。

とにかく理屈をつけて売り上げを上げるのが、心がけのよくない結婚式場のビジネスモデルだ。気の弱いカップル、交渉を面倒と思うのであれば、「どうせ一生に一度のことだから」とためらいはするが、払ってしまうだろう。

穐田はぼったくりビジネスを消し去りたいと思っている。

こうした不可思議な追加料金は不動産取得、会葬などでも起こりうる。一生に一度か二度しか経験しないから……。

葬祭場では通夜振る舞い、精進落としは高額になってしまう。近くの料理屋に行けば一人前3000円の料理が葬祭場のなかだと1000円はアップする。これは葬祭場ではないが、僧侶は戒名を付けるだけで2万円から100万円をそれとなく要求する。

「そういうのやめようよ」と穐田は思う。だから変えたい。

■DeNAから独立し、クックパッドに渡り…

みんなのウェディングは2008年にDeNAのサービスとしてリリースされた。

だが、他の部門に比べ収益性が低かったこともあり、サービスを休止しようということになった。

担当者が「では独立します」と事業を持って外に出ることにしたのである。みんなのウェディングが分社化された後、穐田が個人で株を取得した。ただし、独立した会社になったのはよかったものの、投資家たちから「独立はいいけれど、いったい、いつ上場するんだ」というプレッシャーがかった。DeNAの一担当者から社長になった人物はそれこそ夜も寝ずに頑張り、何とか上場にこぎつけることができた。

ところが、直後に不正が発覚した。ひとりを残して取締役が全員辞任してしまう。

それでも営業は続けてそれなりに頑張っていた。不正が発覚した翌年(2015)、結婚のような生活者のライフイベント領域への進出を考えていたクックパッドが投資をし、立て直しに精を出す。ところが、お家騒動の結果、料理、レシピと直接、関係のない会社に出資はしないことになり、穐田は2017年にクックパッドから個人でみんなのウェディングを買い取った。

■プランニング、式場探し、ドレスの貸し出しまで

こうした経緯でみんなのウェディングは穐田が出資した会社のひとつになり、その後2018年、不動産サービスのオウチーノとの共同株式移転により、くふうカンパニーとなった。共同株式移転とは2社以上の既存企業(みんなのウェディングとオウチーノ)が共同で株式移転を行い、すべての発行株式を新設会社(くふうカンパニー)に取得させること。

さて、みんなのウェディングは理想の結婚式づくりをサポートするサイトだ。通常、結婚式は一生に一度(二度も三度もやる人はいる)である。その時だけの情報サービスであればユーザーは一度しか使わない。

そこで、情報提供だけでなく、結婚式のプランニングやウェディングドレスの販売、貸し出しもやることにした。また、式場探しも専業の式場にとどまらず、神社の集会所なども含めた場所探しまで行うことにした。

在庫を持ち、手間とコストはかかるけれど、それくらいしないとユーザー体験に責任を持てない。丁寧に、地味に、口コミを頼りに努力を続けているうちに、みんなのウェディングというサービスも含め結婚事業の業績は伸びていった。

ところが、コロナ禍になった。結婚式をしないカップルが増え、エニマリの業績はコロナ禍以前よりは下がってしまった。現在はAIを活用し、改善を進め、他のサービスとの差別化を図っている。

■「仲介手数料3%」の不動産業界を変えたい

不動産情報サイトのオウチーノを買収したのはクックパッドのお家騒動の後だった。

M&Aの仲介業者から「オウチーノを買わないか?」という話が持ち込まれ、買収することにしたのである。

調べてみると、オウチーノの経営は厳しい状態だった。不動産情報サイトにはSUUMOとホームズという2大サイトがある。

オウチーノは上場(2013年)した勢いで2大サイトに迫ろうとしたのだが、追いつくことはできなかった。穐田に買収話が来たのは将来の成長戦略を描くことができなかったからだ。当時、ポータルサイト運営がメインだったけれど、好調とは言い難い状態だった。

ただ、やりようはあると思い、穐田は個人でオウチーノを買い取ることにした。

不動産物件の売買仲介手数料はぼったくりとまでは言えない。しかし、インターネットの時代にはそぐわない利率に思えた。売買仲介手数料の上限は400万円を超えると3パーセントだった。そして、どこの会社も上限の3パーセントを受け取っていた。上限が上限として通用せず、3パーセントが固定手数料となっているのが実態だ。

3パーセントには理由があった。かつて不動産の売買仲介は手間のかかる仕事だった。物件を見に行って、周りの様子、駅からの距離も現地まで行って調べて資料を作る。それから「買いたい」という希望者を物件に案内する。そして、買うことが決まれば契約書を作る。引き渡しに立ち会って購入者に鍵を渡す……。膨大な仕事量である。

家の鍵の受け渡し
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

■ネットでほぼ完結するのに、手数料は変わらない理不尽

ところが、今では1億円の中古物件の仲介でも、事務所にいながらパソコンを使って仕事を完結することができる。

「好物件 美麗 駅近 学校近」と書いたチラシを電柱に貼って回るのは、かつての不動産仲介業だ。今、そんなことをやっている人はいない。インターネット上でマッチングができる。

また、物件は直接、見に行かなくともグーグルマップとグーグルのストリートビューでわかる。周りの学校、スーパーマーケットまでの距離もだいたい見当がつく。

身体を動かすのは実際に物件を見ること、引き渡しの時に鍵を渡すことくらいだ。

それでも仲介手数料は3パーセント。10億円の物件だったら、買い手は3000万円も手数料を取られてしまう。

不動産売買の仲介手数料は現在では仕事の実態に合わなくなっている。サイト上で多くの作業を済ませれば買い主、売り主ともに手数料を節約できる。

また、不動産賃貸の場合、不動産仲介手数料は家賃の1カ月分となっている。これもマッチングはインターネットでできるのだから、高額な家賃の家を借りた人、たとえば月額200万円の住居を借りたい人は200万円の手数料を取られる。それもまた理不尽と言っていい。

■物件情報サイトだけでなく、業者向けのツールも

理不尽な現状が通用している分野はインターネットとAIで手数料を安くすることができる。

「自分のやるべきことはそれだ」

そう考えて穐田はオウチーノを買収した。何度も引っ越しをしたし、自宅を買った経験から不動産ビジネスに入っていくことにした。

くふうカンパニーグループのなかに入ったオウチーノは現在、メディアでの情報掲載だけでなくニッチな仕事で成長している。

それが「オウチーノくらすマッチ」という不動産業者向けの営業支援ツール。不動産業者は希望者が来店、あるいはホームページを訪れた時、物件情報を知らせる。ただ、学校、スーパー、最寄り駅といった物件の近くにある地域情報は担当者がその場でひとつひとつ検索して知らせる場合がほとんどだ。オウチーノでは物件の最寄り情報を用意して、それを不動産業者に提供している。

不動産業者は客が来たら、オウチーノのサイトにログインしてその情報を見せればいい。大きな仕事ではないから薄利だ。ただ、そこから始めてオウチーノのサイトを周知し、存在感を高めて、中古物件の個人間売買に足がかりを築く。いずれ中古物件を売りたい人、買いたい人をサイト上で完結させる。

仲介手数料はゼロにはできないが、3パーセントも取らなくていい。手数料を下げてユーザーを集める。加えて、新築物件の相談、プロデュースもやる。なるべくハウスメーカーを介在させることなく、家を建てたい人と工務店、建築家をネット上でマッチングする。

■「不動産は直接、訪問して買うもの」という常識を破る

ハウスメーカーに家を建てる依頼をすると、直接、工務店に頼むより割高になりやすい。それはハウスメーカー自体はプロデューサーだからだ。実際に設計するのは建築家、施工は工務店だ。ハウスメーカーに払う建築費には本社経費、テレビコマーシャル代、住宅展示場経費が上乗せされている。

オウチーノはハウスメーカーがやる部分をネット上で行い、手数料を安くする。それが今後のやることだ。ただ、これは他社もすでに手がけている。それでもなかなかネットの不動産プロデュースが成長しないのは「不動産は直接、訪問して買うもの」という認識と常識があるからだ。オウチーノがやることはユーザーの認識と常識をどう打ち破るかだろう。

クックパッドを辞めてから穐田が起業した会社、買収した会社は十数社になった。

くふうカンパニーのホームページを見ると、ユーザー視点に立っていることがわかる。通常の事業会社はサービスを生活関連、不動産関連など会社側から見た事業別で分類する。だが、くふうカンパニーはユーザーの困りごと別に分類してある。同社の基本テーマがユーザーの困りごとの解決だとわかる。

■経営とは代表ではなく、ユーザーが導くもの

くふうカンパニーの事業はまだまだ増えていくだろう。何年たっても、困りごとが減ることはなく、新しく増えていくからだ。

個別に見ると、不動産情報だったり、デジタルチラシだったりと類似のことをやっている企業はある。だが、くふうカンパニーとは違う。普通の企業のテーマはユーザーの問題を解決することではない。利益を上げ、継続と成長に結びつける。それだけだ。

一方、穐田のテーマは経営はユーザーが教えてくれるということだ。ユーザーが好意を抱くような経営をしていれば会社は長く続く。オレがオレがの経営ではなく、ユーザーに導いてもらう経営だ。

野地秩嘉『ユーザーファースト 穐田誉輝とくふうカンパニー 食べログ、クックパッドを育てた男』(プレジデント社)
野地秩嘉『ユーザーファースト 穐田誉輝とくふうカンパニー 食べログ、クックパッドを育てた男』(プレジデント社)

くふうカンパニーはユーザーが指し示す方向へ進出すればいいのだから、時間とエネルギーとコストをかけて経営計画を考える必要はない。目で見て耳を澄ますだけだから効率がいい。

金融商品、介護、葬儀など、ユーザーが困っているサービスはいくつもある。そうした分野に進出し、割高な手数料を安くすればいい。インターネットとAIの技術を使えば人間がやらなくていいのだから、自然とコストダウンできる。穐田でなくとも誰がやってもできる仕事なのだけれど、ユーザーファーストの企業でなければ気づかない。

こうしてみると、クックパッドから追放されたおかげで、穐田はやりたいことができるようになった。迷惑をこうむるのは割高な手数料で食べている業界だろう。彼らにとって穐田が業界に参入してくるのは、野に放たれた虎が牙をむくようなことだから。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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