日本車メーカーの「ドル箱市場」が大ピンチ…欧州進出に成功した中国EVメーカーが次に狙っている獲物
プレジデントオンライン / 2023年12月18日 9時15分
■ベトナムをはじめASEAN地域への投資が増えている
最近、中国の主要企業の海外進出が顕著になっている。2023年1月~11月までの累計をみると、中国企業のベトナムへの直接投資は韓国、シンガポール、わが国の企業を上回った。ASEAN新興国、さらには米欧市場を目指す中国企業も多い。
その背景として、中国の不動産バブル崩壊による経済低迷が深刻なことがある。地方政府や不動産デベロッパー、シャドーバンク(影の銀行、銀行以外の投資ファンドなどによる金融仲介ビジネス)分野で、デフォルトリスクは急上昇している。
また、雇用・所得の環境改善もあまり見られず、特に若年層の失業率は46.5%に達したとの試算も出ている。消費者物価指数はマイナス圏に沈み、デフレ圧力も増している。家計の消費も盛り上がらず、当面、中国経済の大幅な改善は見込みにくい。
中国企業の進出によって、現地企業などとの競争は激しさを増すだろう。一帯一路の沿線地域で問題視されたように、中国企業の事業計画の実現力に不安もある。ASEAN諸国では、南シナ海へ進出する中国への警戒感も高まっている。
■iPhoneの受託企業もベトナムの生産体制を強化
2019年頃から、先端分野での米中対立の影響を避けるため、生産などの拠点を海外に移す中国企業が増えた。足許、そのペースは勢いづいている。2023年のベトナム向け直接投資で、中国はわが国やシンガポール、韓国を抜き、トップになる見込みだ。
業種別にみると製造業が多い。IT先端分野では、アップルの“iPhone”などの受託生産を行う“立訊精密工業(ラックスシェア)”は、ベトナムでの生産体制を強化している。アップルは、中国からインドへ製品のユニット組み立て生産を移管した。ラックスシェアも顧客企業の拠点シフトに応じてインドでの生産を目指したが、中印関係の不安定化などを背景に認可がおりなかった。
中華スマホメーカーの“シャオミ(小米)”もベトナムに進出した。シャオミはベトナムのスマホ市場でのシェア拡大に加え、経済成長期待の高いASEAN地域への輸出拠点としても重視している。シャオミは、インドの電子機器受託製造企業のディクソン・テクノロジーズにも生産を委託する。
■日本の“ドル箱”市場に参入する中国勢が急増
EV分野でも中国勢の海外進出は急増した。ベトナムでは世界最大手(2023年上期実績)のEVメーカーに急成長した“比亜迪(BYD)”が生産を計画している。タイ、マレーシア、インドネシアなどでもBYDは事業体制を強化する方針だ。“上海汽車集団(SAIC)”、“五菱汽車(ウーリン)”もベトナムに進出した。
EVバッテリー分野では、世界最大手の“寧徳時代新能源科技(CATL)”がベトナム最大の複合企業であるビン・グループと戦略的提携を交わした。“国軒高科(ゴション・ハイテク)”もビン・グループと提携し、車載用バッテリー工場を共同で建設する。
インドネシアでCATLは、鉱山開発や生産拠点向けの直接投資を実行した。東南アジア地域は、わが国の自動車メーカーにとって低燃費、高耐久のエンジン車需要を取り込む“ドル箱”の市場だったが、EVに関しては川上から川下まで中国メーカーの進出が勢いづいている。
■中国企業が国内市場に見切りをつけ始めた
ベトナムなどへ中国企業が事業拠点を移管するのは、不動産バブル崩壊によって経済の低迷が深刻さを増していることがある。不動産バブル崩壊によって、北京など大都市圏でも住宅価格は下落した。不動産市況が下げ止まる兆しは見えない。
過去のピーク時、不動産関連の需要は中国の国内総生産(GDP)の30%近くを占めるとの試算もあった。バブル崩壊によって土地、マンション、セメント、建機、家電製品など広範囲に需要は減少した。11月の輸入が予想を下回ったことはそれを象徴する。
デフレ圧力は高まり、若年層を中心に雇用・所得環境の悪化も止まらない。不良債権処理も遅れた。中国政府は国内の企業に業績の厳しさが高まる中で採用を増やすよう圧力を強めた。中国の企業は自国市場での成長をあきらめつつあるといっても過言ではない。
中国の企業はより自由、成長期待の高いベトナムなどへの進出を強化することが必要になった。IT先端分野では、米国の永住権を取得し、より自由な環境で成功をめざしたいと考える企業家もいると報じられた。
■中国EV勢が欧州で急速にシェアを伸ばしている
欧州では、BYDやSAIC傘下のMG(モーリス・ガレージ)、中国で生産するテスラやBMWなどのEVが急速に普及した。特に、中国メーカーは政府による土地供与、産業補助金によってコスト競争力が高く、シェア獲得ペースは急速だ。国内市場の低迷を海外の需要で迅速に補おうとする中国企業の姿勢は、非常に明確といえる。
コストカットもある。生産年齢人口の減少などによって中国の人件費は上昇した。一人当たりのGDPを比較すると、中国が182万円に対し、インドネシアは69万円、ベトナムは59万円だ(2022年のIMF推計値を円換算)。
アップルなどの主要先進国の企業が中国から海外へ事業拠点を移管したことも大きい。半導体など先端分野で米中対立は先鋭化した。台湾問題の緊迫感も高まった。中国からインドやASEAN新興国地域へ生産拠点を移管する主要先進国や韓国、台湾の企業は増加した。
中国企業がグローバル市場での成長戦略を強化するために、供給網の地殻変動というべき変化への対応も急務である。
■中国vs.東南アジアの貿易戦争リスクが高まっている
今後も海外進出を強化する中国企業は増えるだろう。懸念されるのは、進出した国や地域において、中国企業と現地企業の競争が熱を帯びることだ。状況によっては、進出先の政策当局が、中国企業が過度な価格競争を生んでいると判断し制裁関税などを適用する恐れもある。貿易戦争のリスクは上昇する。
ベトナムでは中国企業による直接投資急増に懸念が高まりつつあるようだ。急速な資本の流入によって土地や資材などの価格が急騰し、景気変動リスクは上昇傾向との見方は増えつつあるようだ。中国企業の進出によって人材の争奪戦が起きたり、電力の不足が発生したりする恐れも高まった。工場建設の急増によって大気や水質の汚染が深刻化するとの指摘もある。
インドネシアでは、中国企業が受託した高速鉄道計画の開業が大幅に遅れた。同国政府は、工業化の推進や、デジタル、医療などの先端分野での製造技術を強化するために、わが国企業など中国以外からの直接投資を増やそうとしている。
■欧米は“中国外し”政策を打ち出しているが…
EV分野では、欧州委員会が中国政府のEV生産支援政策が競争をゆがめていると判断し、調査を開始した。フランス政府はEV購入に補助金を出す制度を改定し、中国で生産された車種を対象外とする方針だ。
欧州委員会が中国製のEVに制裁関税をかけ、貿易戦争の様相が鮮明となることも考えられる。12月1日、米財務省は中国産の材料を用いたEVを税制優遇策の対象外にすると発表した。2024年から車載用のバッテリー部品、2025年からはニッケルやリチウムなどのレアメタルが対象になる予定だ。他の分野でも、自国内で、自国のヒト・モノ・カネを用いて生産を行うよう企業に要請を強める国は増える。
当面、中国のデフレ圧力は高まり、景気低迷は避けられない。より多くの需要を求め、海外進出戦略を強化する中国企業は増える。進出先の企業、地域社会、政府との摩擦が熱を帯びる恐れは高まる。それは世界経済の安定と成長にマイナスだ。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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