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等身大の銅像を建立し、全土で半旗を掲げる…台湾の人たちが安倍元首相を熱烈に支持する本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年12月23日 9時15分

追悼の辞を述べる岸田総理 - 写真=首相官邸ホームページ

台湾には「親日家」が多いと言われるが、とくに安倍晋三元首相の人気が高い。東京女子大学の家永真幸教授は「中国との関係から台湾を国家として扱えない中、安倍氏が大使館に相当する組織名に『台湾』を入れるなど、国際社会の目につく場所で台湾の存在を認めたからではないか」という――。

※本稿は、家永真幸『台湾のアイデンティティ 「中国」との相克の戦後史』(文春新書)の一部を再編集したものです。

■台湾・高雄に等身大の銅像を建立

2022年7月8日、日本の安倍晋三元首相が選挙応援演説中に銃撃され死亡するという大事件が発生した。これに対し、台湾の蔡英文総統はただちにSNSで弔意を示すとともに、同月11日には頼清徳副総統を弔問のため日本に派遣した。台湾社会では、日本国内で国葬の是非をめぐり議論が沸騰したのと対照的に、総じて強い哀悼の意が示された。

安倍の台湾での人気はきわめて高い。そのことは、蔡が政府各機関および公立学校に同月11日に半旗を掲げるよう指示したことからもうかがえる。国交のない日本の元首相を特別扱いすることについては、本来は法的に議論の余地があった。それにもかかわらず蔡があえてこの措置をとったのは、それが民意に沿っているとの判断があったためと考えられる。

安倍の死後、台湾では有志によりその等身大の銅像が鋳造された。この像は高雄市の紅毛港保安堂に設置され、同年9月24日に除幕式が行われた。

献花する萩生田光一氏(2023年10月10日)
写真=時事通信フォト
献花する萩生田光一氏(2023年10月10日) - 写真=時事通信フォト

銅像の傍らには、安倍の揮毫(きごう)による「台湾加油〔がんばれ台湾〕」の文字を刻んだ石碑も置かれた。この文字はもともと、18年2月に台湾東部の花蓮で発生した大地震へのお見舞いのメッセージとして安倍が色紙に直筆し、台湾メディアで広く取り上げられたものであった。

■「台湾」を意識し続けた安倍元首相

安倍が台湾で慕われていた要因はほかにもある。17年1月、日本の対台湾窓口機関である「交流協会」が「日本台湾交流協会」に名称変更した。日本政府は1972年の「日中共同声明」のなかで、「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」とともに、台湾については「中華人民共和国の領土の不可分の一部である」という中華人民共和国政府の立場を「十分理解し、尊重」すると表明した。

これにともない、日本政府は台湾の中華民国ないし「台湾」という主体を国家として扱うことができなくなり(本書第一章参照)、台湾に大使館を設置することも建前上できないので、それに相当する窓口機関として、一見何の組織か分からない名称の、財団法人「交流協会」が設けられた。

ところが、安倍政権期の先の改称により、その名称のなかに「日本」および「台湾」の文字が新たに入ることになったのである。また、安倍はコロナ感染が世界的に拡大するなか、台湾がWHOの年次総会へのオブザーバー参加を認められなかったことについて、20年6月の参議院予算委員会において「非常に残念」との意見を表明した。

■「台湾有事」は「日本有事」と発言

安倍の首相辞任後の21年3月、中国が検疫上の理由により台湾からのパイナップル輸入を禁止するのだが、このとき日本では親台湾世論と反中世論が結びつき、台湾パイナップルを買い支える運動が発生する。同年4月28日、安倍はSNSに満面の笑みで台湾パイナップルを手にする写真を投稿し、台湾メディアで大いに注目されるところとなった。

安倍晋三公式Twitterより
安倍晋三公式Twitterより

同年5月から台湾で新型コロナウイルスの感染が急拡大すると、日本政府は翌6月から複数回にわたりワクチンを供与する。これは、蔡総統が前首相の安倍に電話で救援を求めたためだと報じられ、ワクチン到着に際しては日台双方で友好ムードが演出された。

このほか、安倍は21年12月に台北市内で開催されたフォーラムにリモート参加した際、台湾のTPP(環太平洋経済連携協定)参加を支持すると表明したのに加え、中国の習近平国家主席に台湾への武力行使を思いとどまるよう求める文脈で、「台湾有事」は「日本有事」であり「日米同盟の有事」であると発言した。

■「蔡政権だから」というわけではない

首相辞任後の話題だけを切り取ると、台湾での安倍人気は台湾社会の反中世論を背景に、蔡政権の協力を得て創り出されたかのように見えるかもしれない。たしかに、蔡政権はこのような安倍の言動を積極的に広報しており、両者の間に共謀関係があったことは否めない。しかし、その前の馬英九政権期にも、安倍は決して台湾を軽視する姿勢をとっていたわけではない。

2013年4月、日本は窓口機関を通じて台湾と漁業協定を結んでいる。その内容は台湾側に大幅に譲歩するものだとして、日本側の漁業関係者からは強い反発があった。しかし、安倍政権は東アジアの緊張を嫌うアメリカ政府から圧力を受け、尖閣諸島の領有権問題が延焼することや、馬政権が中国と接近するのを避けることが優先された(佐々木貴文『東シナ海』)。

■「反中」政治家だから歓迎された?

また、2014年6月から11月にかけては、東京国立博物館および九州国立博物館において特別展「台北 国立故宮博物院 神品至宝」が開催されている。これは国立故宮博物院にとってアジアで初となる海外出展であった。

ただし、馬政権は自らが「中華民国」であるという立場を重んじており、国際社会に対して「台湾」という主体をアピールすることに積極的でなかった点は、その後の蔡政権と大きく異なる。

ここでさらに思い起こさなければならないのは、在任中の安倍政権は中国との関係改善も追求してきた政権だったということである。コロナによる混乱期に入る前の19年には、習近平国家主席の国賓訪日に向けた調整も進められ、日本メディアではその是非をめぐり議論が沸騰していたほどであった。蔡政権には安倍の「反中」姿勢に期待する部分もあったかもしれないが、安倍が「反中」政治家だから台湾社会から歓迎されたと考えるのは、端的に事実に反している。

■台湾は「日本が守ってくれること」を期待

もちろん、台湾社会一般が安倍に抱くイメージは、筆者ないし日本社会一般のそれとは隔たりがあるだろう。台湾社会の安全保障問題に関する対日期待は「不合理なまでに高い」との指摘もあり、ロシアによるウクライナ侵攻後の22年3月におこなわれた世論調査では、日本の軍事介入をアメリカよりも多く期待するという「極端に現実離れした認識」が示されたという(松田康博「台湾ファクター」)。

しかし、安倍の親台湾政策は中国包囲網を作るためだけではなく、対中関係の改善も図りながら推進されたという点を、台湾社会がまったく認識してこなかったとも考えにくい。

■国内外に「台湾」を「見せた」からではないか

家永真幸『台湾のアイデンティティ 「中国」との相克の戦後史』(文春新書)
家永真幸『台湾のアイデンティティ 「中国」との相克の戦後史』(文春新書)

では、台湾社会は安倍のどのような部分に対して強い親しみを感じていたのか。それは、中国の反発が予想されるにもかかわらず、国際社会の注目を浴びる身分である安倍が台湾を「台湾」という一つの主体として、国際関係の構成員として扱うことがあったという点に求められるのではないだろうか。

台湾社会から安倍に寄せられた深い敬意は、台湾とともに中国と戦う姿勢を示したからではなく、「交流協会」の名称を「日本台湾交流協会」に変更することで国際社会の目につく場所で「台湾」の存在を認め、パイナップルを愛でる姿をSNSで拡散することで台湾の存在を日本社会に「見せた」からこそ向けられたのではないか。

これが筆者の見立てである。なぜなら、それこそが台湾社会が渇望しているにもかかわらず、現下の国際環境では容易に得られないものだからである。

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家永 真幸(いえなが・まさき)
東京女子大学教授
1981年東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了、博士(学術)。専門は中国政治外交史、現代台湾政治。主著に『国宝の政治史 「中国」の故宮とパンダ』(東京大学出版会、発展途上国研究奨励賞、樫山純三賞学術書賞受賞)、『台湾研究入門』(若林正丈との共編著、東京大学出版会)、『中国パンダ外交史』(講談社選書メチエ)、『概説 中華圏の戦後史』(中村元哉・森川裕貫・関智英との共著、東京大学出版会)など。

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(東京女子大学教授 家永 真幸)

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