1位は千葉県を走る「チャリより遅い」路線…JR東日本「儲からない路線・区間ランキング」2022年度版
プレジデントオンライン / 2023年12月25日 13時15分
■JR東日本にある「ご利用の少ない線区」とは
2023年11月20日、東日本旅客鉄道(以下:JR東日本)は、2022年度における1日の乗客数の平均(輸送密度)が2000人未満の34路線・62区間について、収支・乗客数などの経営情報を公開した。
その資料(「ご利用の少ない線区の経営情報の開示について」)によると、「ご利用の少ない線区」と位置付けられた路線の運賃収入の合計は41億7000万円だが、路線の維持に690億円を要しており、約648億円の営業損失(赤字)を出している。
利益率に換算すると10%にも満たず、これらの鉄道路線・区間は、得られる売り上げに対して過大な経費がかかっている。つまりコスパ(コストパフォーマンス=費用対効果)が非常に悪い。17都県にまたがるJR東日本管轄の鉄道路線の中で、もっともコスパが悪いのは、どの路線の、どの区間か。
本記事では、路線の赤字額ではなく、路線の費用対効果がわかる営業係数を基に、ランキングを制作した。ランキングとともに、営業係数上位の路線が抱える個別の問題点も分析していく。
【営業係数=100円の収入を得るために、費用がいくらかかるかを示す指標】
各社によって経費に含める基準などの違いはあるが、おおむね「経費÷収入×100」で計算される
■1位は東京近郊の非電化路線
1位:久留里線 久留里駅―上総亀山駅間(千葉県)
営業係数ワースト1位となったのはJR久留里線。その末端区間(久留里駅―上総亀山駅間)の営業係数は「16821」。つまり、100円の運賃収入を稼ぐのに、1万6281円を要している。
久留里駅―上総亀山駅間(9.6Km)の運賃は210円。相当する運賃収入を稼ごうとすると、東京駅―鹿児島中央駅間(1325.9Km)の新幹線・指定席の運賃に相当する費用が必要になる。こう言い換えると、久留里線のコスパの悪さが、お分かりいただけるだろう。
この区間の1日の利用者は54人、年間の売り上げは約100万円。また、残り区間(木更津駅―久留里駅間)の営業係数は「1153」。久留里線は全線にわたって苦境にあり、低コスパの根本的な原因は利用の低迷に他ならない。
しかし、久留里線の沿線は都内から70Km圏内にあり、距離だけで見れば、小田原、高崎、宇都宮よりはるかに東京に近い好立地だ。にもかかわらず東京近郊の通勤路線として機能していないのは、高速バスとの競争によって、鉄道移動そのものの存在価値が下がったことにある。
■アクアライン開通で「電車→高速バス」に
久留里線の沿線(千葉県木更津市・君津市)から東京方面への移動は、木更津駅で内房線の特急列車・快速列車への乗り換えがメインルートであった。この木更津駅は東京湾を航行するフェリーの港とも近く、かつての駅周辺は、富士見通りなどのアーケード街、そごう、ダイエーなどの大型店舗が賑わいを見せていた。
ところが、木更津市と対岸の神奈川県川崎市を結ぶ道路・アクアラインが1997年に開業、高速バスが次々と路線を開設したことで、状況は一変する。
木更津から首都圏に向かう高速バスが開業時の56便から20年間で8倍(476便)に増便するほど利用者が増加したのに対して、内房線は乗客の激減で快速の廃止、減便が相次いだ(2017年12月17日朝日新聞東京地方版より)。
首都圏への通勤手段としての高速バスvs鉄道の競争は、東京湾をショートカットする高速バスが、所要時間・料金ともに、あまりにも有利だったのだ。
内房線に接続する久留里線も、鉄道移動自体が激減の煽りを受けて乗客減少が続く。
「久留里線→内房線」という首都圏通勤の動線は、自宅からクルマで高速バスのバスストップ(軒並み格安駐車場を併設している)→高速バスに転移し、減便によって久留里沿線内からの首都圏通勤はほぼ不可能となった。
■「チャリより遅い」路線
さらに木更津駅周辺の空洞化で「週末ちょっと遊びに行くのに乗車する」ような需要も消え、気が付けば久留里線は、朝晩は高校生で満杯、それ以外はガラガラ状態に。こうして、周辺地域の中でも特に過疎化が激しかった木更津駅―上総亀山駅間を中心に、30年間で7割~9割激減という、著しい利用者減少につながってしまったのだ。
久留里線のコスパが著しく悪い原因として、近代化の遅れも挙げられる。交通系ICカードや線内の列車集中制御装置(CTC)などは軒並み非対応で、いまだに駅員・車掌の配置が必要な高コスト体質となっている。
線内は高校生に「チャリより遅い」と言われるほど低速(全区間32.2Kmで1時間以上を要する。実際には自転車より若干早い)で、総合病院が目の前にある上総清川駅ですらバリアフリー非対応。やむを得ない諸事情があるとはいえ、集客のための設備投資をおざなりにしてきた実態が垣間見える。
久留里線の中でも異次元の営業係数を記録した久留里駅―上総亀山駅間は、既にJR東日本から沿線自治体へ、鉄道のあり方についての協議の申し入れがあり、バス転換に向けた話し合いが進むだろう。
一方で木更津駅―久留里駅間の沿線には、人口が増加基調の地域(木更津市清川地区など)もあり、沿線自治体は支援を絞ったうえで、遅蒔きながらサービス改善に力を注いだ方が良いのではないか。
■JR東日本の全路線でもっとも利用者が少ない線区
2位:陸羽東線 鳴子温泉駅―最上駅間(宮城県、山形県)
100円を稼ぐのに1万5184円を要するこの区間は、月の利用者44人と、JR東日本の全路線でもっとも利用者が少ない。久留里線と同じく、運賃収入の極端な少なさが、低いコスパの根本的な原因だ。
さらに、2019年の実績(営業係数8760、乗客79人)と比べると、すべての数値が極端に悪化している。コロナ禍の影響だけでなく、観光列車「リゾートみのり」が2020年に運行を終了したことが一因だ。
「リゾートみのり」は仙台駅、東北新幹線古川駅などから、陸羽東線の沿線に観光客を送り込む役割を果たし、2009年の運行開始から延べ21万人に利用された。
しかし、もともと中古車両(キハ48形。同系統の車両は1970年代・80年代に多く製造されている)を改造・運用していたため老朽化が激しく、2020年8月に運行終了を余儀なくされた。
その後、2019年には年間500万円あった運賃収入も、2022年には半分以下の200万円まで激減。かかる経費がほぼ横ばいだったが、陸羽東線の営業係数は悪化してしまったのだ。
ただ、「リゾートみのり」の収入を含めた2019年の数字で見ても、経営状況はかなりよろしくない。陸羽東線に限らず、県境をまたぐ区間は通勤・通学・通院などの移動を獲得することが難しく、観光列車の収入増加でカバーするには、あまりにも経営状況が苦しすぎる。
■すべて維持できるのか…新潟県の課題
3位:磐越西線・野沢駅―津川駅(福島県、新潟県)
4位:飯山線・戸狩野沢温泉―津南駅(長野県、新潟県)
かつて磐越西線は「あがの」(仙台駅―会津若松駅―新潟駅)、飯山線は「うおの」(長野駅―新潟駅)などの急行列車が走り抜け、東北や長野県から新潟県への地域間移動のルートとして活用されてきた。
また2011年の東日本大震災後は、被災で運休を余儀なくされた東北本線を迂回(うかい)して、首都圏から東北方面へ石油を送り込むルートとなったのも記憶に新しい。
しかし、クルマ社会化と高速道路の延伸・高速バスの登場で、急行列車は次々と廃止に。鉄道の役割は地域間の輸送からローカル輸送に変わってしまった。ここ30年少々で、乗客数は磐越西線が93%減、飯山線が94%減となった。
新潟県内の交通事業者は、経営不振による何らかの救済を軒並み必要としている。
JR東日本が「ご利用の少ない線区」として挙げた鉄道路線は、磐越西線・飯山線以外にも羽越本線・只見線・米坂線(2022年8月から災害で運休、復旧を協議中)がある。ほか第三セクター鉄道の「えちごトキめき鉄道(旧・信越本線など)」、「北越急行」、バス会社「新潟交通」、海運「佐渡汽船」、航空「トキエア」など総じて経営が苦しい。
この環境の中で、新潟県は、2023年7月に「起債許可団体」(県債発行の際に国の許可が必要となる。北海道・新潟県のみ)に転落。今後は地方債・県債に依存した財政運営が難しくなりそうだ。
新潟県の花角英世知事は、かつて運輸省・国土交通省の官僚として「つくばエクスプレス」開業などに関わった、いわば乗り物のプロでもある。
しかし、このまま財政悪化、交通事業者の業績低迷が続くと、どの交通機関を救うのかというトリアージ(対策の優先度を決める行為)を将来的に余儀なくされるかもしれない。
■高速バスで路線の存在意義が薄れた
5位:花輪線・荒屋新町駅―鹿角花輪駅(岩手県、秋田県)
花輪線は、岩手県盛岡市から、秋田県・秋北地域(県北部の大館市・鹿角市など)や青森県・中南津軽地域(弘前市・大鰐町など)への近道ルートとしての役割を果たしてきた。
長期にわたる凋落の原因は、ほぼ並行して東北自動車道が開通したことでクルマ・高速バスへの転移が起きてしまったこと、さらに、東北新幹線の新青森延伸で「中南津軽地域へのバイパス」の役割をなくしたことなど。
また、沿線の鹿角市にあたるエリアだけでも、50年間で人口3分の1という、鉱山の閉山にも起因する極端な過疎化も起きた。花輪線はコスパ以前に、全体的に時代の波にのまれた感がある。
高齢化とともに若者の減少も続き、2024年には再編によって沿線の3高校が合併。かつて全国に知られる吹奏楽の名門校だった花輪高校の消滅は秋田県内でも大きな話題となったようだ。
こういった高校の広域合併で遠距離通学が生じると、時として鉄道の需要を激増させる場合もある(例:熊本県「くま川鉄道」など)。
しかし、現状でも通学手段の7割が「家族による送迎」、鉄道利用による通学は現状でも6%程度(鹿角市の場合)。花輪線の利用者回復にあまりつながりそうにないのが悩みだ。
■人気観光列車でも焼け石に水
7位:五能線・能代駅―深浦駅 ほか各区間
秋田県・青森県境の日本海沿いに進む五能線は、全長147.2キロの全線がJR東日本によって「ご利用の少ない線区」に指定されている。営業係数は911~5386だ。
路線全体で2億円弱の収入に対して、約40億円の赤字を出している。しかし、五能線の列車「リゾートしらかみ」は、利用者が年間10万人以上、累計200万人を越え、JR東日本でもトップクラスの観光列車に成長した。
野村総合研究所が2019年に公表した調査報告書によると、五能線の観光列車「リゾートしらかみ」の運行で追加発生する費用は年間で2億円、運賃による直接収入・物販や行き帰りの新幹線などで得られる収入は6億4000万円。さらに観光消費による波及効果は29億6000万円に及び、五能線の経営を下支えしている。
しかし実際には、沿線に宿泊施設などがきわめて少なく、回遊・長期滞在など、五能線沿線の利益には必ずしも繋がっていないという。
コンテンツとして全国的にも成功例に入る「リゾートしらかみ」ですら、鉄道の赤字をカバーできていないという事実は、観光列車が鉄道を救う施策の難しさを伺わせる。
■JR東日本の利益を食いつぶす
JR東日本が「ご利用の少ない線区」として指定した34路線・62区間には、他にも「特急・貨物列車が走る本線格としての規格維持で経費がかかる」(羽越本線・村上駅―鶴岡駅間。年間49億4000万円の営業損失、赤字額で第1位)、「新宿に直通する特急のために、電化設備などの経費がかかる」(大糸線・白馬―南小谷間。営業係数第10位)など、経営がうまくいかないさまざまな事情がある。
JR東日本の決算資料によると、運輸事業(鉄道事業)の2022年度の営業損失(赤字)は約241億円。「流通・サービス事業」「不動産・ホテル事業」「運輸事業」の3つのセグメントで、「運輸事業」のみが赤字だった。「ご利用の少ない線区」の赤字648億円が利益を食い尽くしたといえる。
ローカル線を中心とした「ご利用の少ない線区」は、もはや限界まで合理化がなされている区間も多く、長距離の切符を買える窓口の閉鎖、列車本数の極端な減便など、合理化によってサービスが既に低下しているケースも見られる。
今後「ご利用の少ない区間」の収益が改善されず、いま経営が成り立っている区間すらサービスを削ってしまった場合、さらなる顧客離れを生む可能性もある。
とりわけ利用者が少ない区間を中心に、今後は、「本当に鉄道の必要があるのか」「沿線で経費負担をお願いできないか」という根本的な部分も含め、コスパ改善に向けて、各自治体との話し合いが進められていくだろう。
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交通ライター
香川県出身。バス・鉄道・クルマ・駅そば・高速道路・都市計画・MaaSなど、「動いて乗れるモノ、ヒトが動く場所」を多岐にわたって追う。ダイヤモンド・オンライン、ITmediaに寄稿。著書に『全国“オンリーワン”路線バスの旅』(イカロス出版)など。
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(交通ライター 宮武 和多哉)
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