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「ジオングに脚を付けるな」妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンがよく言う「ガンダム名言」の真意

プレジデントオンライン / 2023年12月26日 10時15分

写真=大槻純一

営業にも、工場にも、「前年比」や「利益率」などの、数値目標がない。そんな会社がこの「失われた20年」で売上高23億円から400億円に急成長している。群馬県の豆腐メーカー「相模屋食料」だ。2012年に「ザクとうふ」でガンダムファンを驚かせた同社は、いつのまにか豆腐市場のトップ企業になっていた。その軌跡をまとめた『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』(日経BP)の発売に合わせて、鳥越淳司社長の特別インタビューをお届けする――。(第1回/全3回)

■「成長余地はない」と皆が思い込んでいた

――相模屋食料(以下相模屋)は2000年の売上高23億円から今期(24年2月期)400億円と、急成長を遂げられました。差別化が難しい「豆腐」という超成熟市場で急成長できた勝因はどこにあるとお考えですか?

【鳥越淳司相模屋社長(以下鳥越)】最大の勝因は、その「超成熟市場」という認識そのものだったのではないかと思います。

我々の商品は、「ザクとうふ」や「うにのようなビヨンドとうふ」「ひとり鍋」シリーズのようにキャラが立ったものが多いので、その辺が勝因ではとよく言われます。もちろん、新商品の開発力は我々の大きな特徴ですが、成長できた最大の要因は、「おとうふで差別化は難しい」と、業界の誰もが思っていたので、誰も何もやろうとしない。だからある意味、おとうふの市場はブルーオーシャンだった、ということじゃないでしょうか。

成長余地はない、と見られてリングに上がろうという人がいない。でも「これをやったことがある人はいないよね」と挑戦する気持ちがあれば、こんなに可能性にあふれた市場はない。そういうふうにとらえることができたのがポイントかなと思います。

「豆腐なんてみんな同じ」と、業界の誰もが思っていたんですけれど、自分は雪印乳業(当時)の営業マンから相模屋に転職して数年間、おとうふを実際につくってきて、「おとうふはおいしさで違いを出せる」と、誰に言われるでもなく思いましたし、工場の職人さんたちもそれを分かって、信じていたんですね。それに耳を貸す人がいなかっただけで。

だから、おとうふの持つもともとのポテンシャルを信じて「おいしければ買っていただける」と、取り組むことができました。それが成長につながった、と認識しています。

ザクとうふ
写真提供=相模屋食料
ザクとうふ - 写真提供=相模屋食料

■「おいしさ」にこだわり新商品を開発

――「BEYOND TOFU」シリーズなど、独特の尖った新商品も成長に寄与したのでは?

【鳥越】もちろん、相模屋の商品に注目して頂く効果は大きいです。「BEYOND TOFU」シリーズは、シュレッドタイプ、バータイプ、マスカルポーネのようなナチュラルとうふ、など、「おとうふの世界はもっと可能性がある」ことを知らしめようと、約10年前からやってきました。

ですが、こうした新商品にしても、結局はおいしくなければ一過性で終わってしまいますよね。どんな商品も「おいしいおとうふ」をつくる基本から外れないことで、成長できたと思います。

――ここ数年、他のメーカーからもいろいろな豆腐の新商品が出始めたようです。

【鳥越】はい、素晴らしいことだと思います。従来の豆腐メーカーの「新商品」といえば「2個パックが3個パックになりました」というようなものしかなかったので、ようやく業界が活気づいてきたのかもしれません。長期低落傾向が続いていたんですが、最新の業界分析によると、わずかにですが上昇に転じてきたそうです。(豆腐の市場規模は2021年は販売額で前年比96.6%だったが、22年は100.2%、23年は104.0% 出所:富士経済『2024年食品マーケティング便覧No.2』)

■経営難の根本原因は「価格競争」

――『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』でも最初に触れられていますが、2012年から積極的に同業の救済M&Aに取り組まれています。豆腐メーカーが経営難に陥る要因にはどのようなものがあるのでしょうか? 共通点があれば教えてください。

【鳥越】商品では差別化できない、という思い込みが強固なために「豆腐というのは、とにかく安くして数で稼ぐ。それ以外に打ち手はないんだ」と、誰もが信じている。これが経営難の原因です。みんな量産と価格競争に走り、ついていけなくなったところから破綻していくわけです。破綻したメーカーに行くと、まず確実に安売りできるはずのない商品を、無理に安売りしています。

これは、いわゆる高度成長期の成功体験が残ってしまったのかなと思っています。需要が伸びる一方だったので、数を出せれば成長できた。そのために単価を下げても数の伸びがカバーした。人口が減少に転じても、「安さ=正義」だった時代からの転換ができなかった業界だったのですね。

ただ、こんなことが分からない経営者はいません。「安売りをしていたらそのうちダメになる」という認識は、どのメーカーさんにもあるんですよ。ダメだと分かっているんだけれど、そこから抜けられない、抜ける手段が思いつかない。そして限界を迎えて経営難に陥る。そんな流れではないでしょうか。

【図表1】相模屋食料の豆腐メーカー救済M&A
出典=『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』20ページ

■「黄金時代を取り戻せ!」

――2012年から23年までに、11社の再建に乗り出してきました。救済にあたる際、どのようなことから着手するのでしょうか。鳥越社長が大切にしていることを教えてください。

【鳥越】私どもが(再建を)やるときには、「価格競争に入る前にやっていたこと」を思い出してもらうことから始めます。本でも触れましたけれど「黄金時代を取り戻せ!」です。

どうして黄金時代が去ってしまうか。うまくいっていたメーカーさんでも、何らかのきっかけで業績が落ち込むと「売り上げを伸ばせ」と安売りに走って、その会社が大事にしていた数字に表れない部分の工程や品質へのこだわりを、「もっと効率を上げろ」と、潰してしまうんです。

おとうふは水と大豆でつくるシンプルな食べ物ですが、その分、アナログな感性や手順が味に大きく効いてくる、と、私は思っていまして。簡単に言えば、現場の従業員のやる気やこだわり、プライドが、味にちゃんと出てくる。

そんなおとうふづくりの現場を、経営指標を改善するために、利益率、歩留まり、生産効率といった数字で管理しようとすると、何が起こるでしょうか。現場が、「おいしいおとうふ」をつくるのをやめて、「原価率これこれ、ロス率これこれ」の「白い塊」を作り始めるんです。数値目標の達成が最優先になり、食べたお客様がどう感じるか、おいしいと思ってもらえるか、が二の次になる。それはすぐに数字には出ませんから。

「おいしさ」にこだわった相模屋食料の「木綿とうふ」
写真提供=相模屋食料
「おいしさ」にこだわった相模屋食料の「木綿とうふ」 - 写真提供=相模屋食料

■これまでの不満をエネルギーに転換

【鳥越】経営が現場を数字で管理しようとすると、商品の競争力の根幹が揺らぐ。傾いてきた会社はほとんどがこの流れです。「お客様がおいしいと思うか」は数字に出ないと言いましたけれど、最終的にはお客様に「ここのおとうふはおいしくない」と見放される。結局、自らが頼った数字に裏切られ、数字に出ない部分に復讐されてしまうんです。

そして、実は現場は、「これをやったらお客様に見放される」と分かっている。でも、数字でコントロールされるとなかなか反論するのは難しい。「お前も数字で根拠を示せ」なんて言われたら、黙るしかありません。でも内心にはマグマのように「これではダメだ」という思いが溜まっていく。

ですので、再建はまず工場に行って、そこのおとうふが支持されていた時代を思い出してもらいながら「なにをすればいいか、自分で分かっていますよね。これはやらないほうがいい、と思ったことがありますよね。じゃあ、それ、やめましょうよ。おいしかったころはどこがこだわりだったんですか、じゃあ、それをやりましょうよ」というところから始めます。そうすると、これまでの不満がエネルギーに変わります。再建には、その前向きな燃える気持ちが必要なんです。

だから、やってみれば誰でも思いつく話です。ダメになっていった経験、下向きのスパイラルを逆に辿れば、上向きに登っていくわけです。

■まずは自信を取り戻してもらう

【鳥越】これと並んで再建で大事にしているのは、まずその会社の力で、できれば自社の商品で「復活」を体験してもらうことですね。社内では「N字再建」と呼んでいます。

【図表2】相模屋食料の赤字企業の立て直し方
出典=『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』53ページ

【鳥越】相模屋の商品や営業におんぶにだっこで業績が回復しても、その会社の社員の皆さんのプライドは回復しません。「そうか、今まではやり方が拙かったんだ。我々の商品は、我々の会社は、ちゃんとお客様に支持されるんだ」という手応えを感じてもらう。これが重要です。

最初に、お客様のためになっていない仕事や、おいしさにつながらない設備などをどんどん削り、浮いたリソースを「お客様に支持される」商品に集中して、味を向上させていく。これで売れ行きが回復して採算が一気に改善し、会社によってはそれだけで黒字になるところもあります。

「まだ終わらんよ!」と社内が元気を取り戻したところで、本格的に設備投資を行って、本当の成長軌道に乗せていきます。

ここで「せっかく黒字化したのに、ここで投資したら赤字に戻ってしまう」という方もいますが、将来を考えれば、きちんと工場やファシリティーにおカネを入れるのはマストです。トイレが汚くて仕事ができるか、という(笑)。

■ダメだと思いながらも変えられない

――日本は失われた20年、30年と言われる長い不況の中にあります。日本の企業が元気になる方法を、相模屋さんの経験から導けないでしょうか?

【鳥越】私はおとうふのことしか分かりませんけれど(笑)。ただ、救済した会社の経営層の人たちと話すと「誰かにそれを言ってもらいたかったんだな」というのは、すごく感じますね。

――それ、というのは。

【鳥越】「やっぱり今のままではダメだな」と自分でもうっすら思いながらも、一緒にやってきた社員、幹部の人たちに、「俺のやってきたことは間違っていた、ここから転換する」と言うのは、なかなか難しいじゃないですか。転換したい方針が正しい、という確信を持てないし、言ってまた失敗したらどうしよう、と考えてしまう。

私たち相模屋は、とにかく前に突き進んで、手痛い失敗もしています。けれど、ある程度実績を持っているから、確実に……もちろん世の中に確実なことはないかもしれないんですけど、「大丈夫、これでいけます、こうしましょう」とある程度自信を持って言えるんですね。そういうふうに相模屋の人間に言われることで、「実は自分もそう思っていたんですけれど」という言葉が返ってくることがよくあるんです。皆さん、実は分かっている。だけど、それを言うことができない。他人に言うほどの自信が持てない。

■日本が陥っている「だめだめスパイラル」

【鳥越】そもそも経営者に対して「それでいいんだよ」と言ってくれる人って、なかなかいないですからね。自信が持てないときに何かに1回躓いてしまうと、自分のやっていることがすべてダメなような気がしてくるじゃないですか。

だめだめスパイラルが回ってしまって、「これが正しい」と言い切れない。言い切れないので周りのやる人たちも、覚悟を決めることができない。そうするとやることが中途半端になります。中途半端なものが成功するわけもなく、またダメだった、となり、「次もきっとダメだ」という気分が自分も社内も覆っていく。

■覚悟を決めて1回やってみよう

――話を広げて言えば、この20年、30年、日本の会社員の大半は、ダメだ、ダメだと言われ続けてきているわけですね。

【鳥越】ですが、その中でも絶対に成功事例ってあったはずなんです。どの会社、どの人でも、失敗もあれば成功もある。しかし、会社や社会が下向きの意識でいると、失敗ばかりが目について、大きく扱われてしまうんじゃないでしょうか。あるいは成功したとしても、不完全な点、アラ探しをされたり。

私は「ジオング(※)に脚を付けるな!」ってよく言うんですが、「完全」を目指すのはいいことではあるけれど、それは余裕がある組織、余裕がある時期に限られると思います。「ここができていない」「あれが足りない」と指摘するより、まず戦えるところから戦っていく。あえていえば成功か失敗でさえなくて「やったこと」「できたこと」をまず評価するわけです。

山中浩之『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』(日経BP)
山中浩之『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』(日経BP)

そうするとどうなるかというと、「自分はこれだけのことをやれた」という自信が、働く人にも経営者にも生まれてくる。それがスパイラルを逆転させるんですね。

過信につながるリスクもありますけれど、1回、自信を持って思い切って「こうだ」と言ってしまって、言ったからには、と、突き詰めてやっていくと、結構……まあ、おとうふだけかもしれませんけど、うまくいったりする。

特に、「差別化なんてもう無理」と誰もやらない、超成熟と言われる市場だと、成功する確率はかなり高いと思います。なので、覚悟を決めて1回やってみる。そう言われても不安だと思いますけれど、経営者としての教育も何も受けていない、一介の営業マンの私でも、これで「妻の実家のとうふ店を400億円企業に」することができましたので、参考にしていただけたらと思います(笑)。(第2回に続く)

※ジオング……TVアニメ『機動戦士ガンダム』に登場するメカの名称。完成度80%で出撃命令が下されたため、脚がない。

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鳥越 淳司(とりごえ・じゅんじ)
相模屋食料 社長
1973年京都府生まれ。早稲田大学商学部卒業。96年雪印乳業に就職。51年創業の群馬の豆腐メーカー、相模屋食料の2代目社長の三女と結婚。2007年に33歳で社長に就任。目標は「おいしいおとうふで日本の伝統の豆腐文化を守り抜き、その未来をつくる」こと。趣味は「機動戦士ガンダム」(写真:大槻純一)

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(相模屋食料 社長 鳥越 淳司)

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