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「データサイエンス」を名乗る学部はヤバい…生成AIの専門家が高校生に勧める学部と勧めない学部の理由

プレジデントオンライン / 2023年12月25日 15時15分

写真=プレジデントオンライン編集部撮影

ChatGPTをはじめとする生成AIは人間の仕事にどんな影響があるのか。国立情報学研究所の佐藤一郎教授は「一挙に大量失業者が生まれるとは考えにくい。世間は生成AIに対し期待を持ちすぎている」という――。(第1回/全2回)

■ChatGPTによって大量失業者が一気に出ることはない

「これからのAI時代、AIに淘汰される職業、生き残れる職業は何ですか」

ChatGPTのサービス開始から1年の間に、こうした質問を受ける機会が何度もありました。

これまでに起きてきたテクノロジーの進化を見れば、ある特定の仕事が時間をかけて徐々に先細りになることはあっても、一気に大量失業を招いたことはありません。登場したテクノロジーがAIであっても、それは同じことです。

そのため多くの人は「私の仕事もなくなるかもしれない」などと心配する必要はないのですが、ChatGPTが生成する文章の質の高さと、これまでの技術やサービスに比べて一気に多くの人が実際に使ってその質の高さを実感できたことが、一方では「AIにとってかわられる」という危機感を生んだのだろうと思います。

こうした危機感の根底には、世界史で習ったラッダイト運動のイメージがあるのではないでしょうか。

機械を破壊するラッダイト
機械を破壊するラッダイト(写真=Chris Sunde/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

多くの人が、ラッダイト運動を「19世紀の産業革命期に起きた、工業化、機械化が進む過程で仕事が機械にとってかわられることを恐れた労働者たちが、これに反発して機械を打ち壊した運動」と認識していると思います。

だからこそ、AIの隆盛で仕事をとってかわられるのではないかという「ネオ・ラッダイト運動」とも言うべき危機感が人々に浸透しているのかもしれません。

■いつ人類は自動車の運転から解放されるのか

しかし実際には、ラッダイト運動を起こした労働者たちは機械にとってかわられることを恐れたのではなく、産業革命によって問題が顕在化してきた児童労働や、長時間労働・低賃金などの労働問題に対する抗議活動を行ったのです。

機械を敵視したのではなく、抗議の活動の一環として工場の機械を破壊したにすぎない、というのが実態なのです。

確かにこれまでにも、技術の進歩によってある職業が消える・その職業に就く人が減少することはありました。よく例えに出すのは、自動車の発明と普及によってほとんど姿を消した馬車の仕事です。

自動車がこれから普及し、輸送力も速度も高まることが確実視される世の中になった時点で、若い世代では馬車の仕事を選ぶ人は減っていったとみるべきでしょう。

もちろん、かつての自動車普及の速度は今のAIの普及よりも格段に遅く、自動車が馬車にとってかわるまでには相応の時間がかかりました。一方、現在はテクノロジーの進歩や普及と、それに伴う労働移動の速度が上がっています。

そのため、ある職業が「将来的にAIにとってかわられる可能性」が指摘されると、一体どのくらいの世代までが逃げ切れるのかという感覚になってしまうのも無理はないのかもしれません。

■技術の進化に期待しすぎてはいけない

しかしその速度、割合がどの程度なのかを現時点で予測するのはかなり難しいのが現実です。

例えば自動運転車は、アメリカや中国の一部ではすでに公道での運用が始まっており、そうした報道を目にする機会も多いのではないかと思います。しかし、「今にも実現する」かのように実用化を喧伝するのは「煽り過ぎ」の面があります。

確かにアメリカの郊外のように広い道路を、決まった経路で走るだけの自動運転車であれば早期に実現できますが、ヨーロッパや日本のように細い道が入り組んだ環境では、ドライバーなしの自動運転車が走り回るのは相当困難です。

にもかかわらず、日本でも「間もなく自動運転車が席巻する」「ドライバーは要らなくなる」というイメージが広まり過ぎており、これによる弊害も出てきています。

それは運転手不足です。現在、日本ではタクシーやバスの運転手不足が問題視されていますが、この要因の一つに「自動運転実現をあまりに早く言い過ぎた」こともあるのではないかと見ています。

つまり、若い世代を中心に「ドライバー職に就いても、近い将来に自動運転車が実用化して、仕事がなくなってしまう。それでは困るから、ドライバー職は避けよう」という選択が働いている可能性があるのです。

バスのハンドルを握る運転手
写真=iStock.com/GoodLifeStudio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GoodLifeStudio

■「AIに仕事を奪われる」よりも考えるべきこと

自動車が馬車にとってかわった時代よりは短い期間だとしても、自動運転車が人間のドライバーにとってかわるまでにはまだまだ時間がかかります。

今起きているドライバー不足の問題は、第一に給与を上げれば解決するという労働問題であると同時に、「自動運転車に対する期待と、実現までの間のギャップをどう埋めるのか」という問題でもあるのではないでしょうか。

AIと仕事という点で言えば、実際に手を動かす仕事、人やものに直接触る必要のある仕事、ブルーカラー職や医師などはあまり大きな影響を受けないのではないかと思います。

例えば超高齢社会への変化と介護職不足を補うという視点から「AIを搭載したロボット介護」の実現に対する期待は大きいものの、実際に人に触れる部分をロボット化するのは、介護を受ける側の心理を考えてもかなりハードルが高いと言わざるを得ません。

また、ホワイトカラーに属する多くの仕事に関しては、「AIにとってかわられる」「AIに仕事を奪われる」ことよりも、多くの職業で仕事の質が変わること、報酬が変化することを心配する方が先ではないでしょうか。

■「つまらない仕事」しか人間に残らない

まず仕事の質が変わるという点について言えば、ホワイトカラー層の仕事の大部分は文書作成ですが、AIが文書を作ってくれるとなれば、確かにその部分はAIに仕事を担ってもらうことも可能になるでしょう。

詳しくは新著『ChatGPTは世界をどう変えるのか』(中公新書ラクレ)で議論したのですが、ChatGPTなどの生成AIを利用することで、瞬時に文書を作成できるようになるため、社内の文書量は格段に増加します。

文書をチェックするような立場、つまり役職付きの人たちの仕事が増大することになるので、今度はAIが作成した文書をAIに要約させて人間がチェックする、という方向に業務が変化するでしょう。

AIには文書の重要度を判断することもファクトチェックをすることもできないため、どれだけ生成・要約を任せても、最終的には人間が判断・確認するしかないからです。

言い方はあまりよくありませんが、こうなると社内文書に関しては「AIのしりぬぐい」のような作業を人間が担うことになりかねません。多くの人は、少なからずクリエイティブな仕事をしたいと思っているはずで、「AIが作った文書を修正、確認するだけ」の仕事に魅力を感じられるかというのは議論の余地があるでしょう。

置き換えられるという観点で、AIに任ると、人間にとってつまらない・つらい仕事しか残らないという事態になる可能性があります。

■人間にとってプラスではないことも起きる

もう一つ、考えておくべきはAIによってさまざまな業種で新規参入が容易になるという変化です。

AIに限らず、技術が発展することによって「人間が蓄積し開拓しなければならない領域が技術に置き換えられる」ことになりますから、テクノロジーが進歩すればするほど専門性の壁が低くなり、新規参入がやりやすくなります。

例えばライドシェアは、コンピュータ、移動体通信、そしてGPSが発達したことによって、地域の道路事情を習得していない運転者でも輸送業務を担うことができるようになりました。

あるいは「生成AIの普及によって消える職業」で必ず名前の挙がるライターやイラストレーターにしても、AIさえ使えれば専門性がなくてもそれらしいものをAIで生成できるようになるため、確かに新規参入は容易になるでしょう。

ただしそれによる影響は、必ずしも人間や社会にとってプラスのものばかりではありません。Aiにより新規参入が容易になれば価格競争となりますし、下積みや経験がなくても「それなりの」成果を出せるとなれば、当然の結果として労働対価の単価が下がるからです。

■技術やテクノロジーが人間の生活を向上するとは限らない

技術やテクノロジーは人間の生活を向上するために存在・発展すべきであり、そうなるように使いこなすべきですが、実際にはそうならない事態がすでに起き始めています。

AIに頼りすぎる人がでてくることです。人間が判断すべきことなのにAIに判断を仰ぐ、勉強をせずにAIに頼ってしまう。AIに頼りすぎることで起こる負の影響は、看過すべきではないでしょう。

また、フェイクニュース生成を容易にするなどの民主主義への影響や、著作権問題、個人情報の問題などもあります。

これからの時代は、仕事においてはもちろん、生活においてもAIを避けては成り立たない状況にますますなっていきます。

その中で、人間はどのように生き、働くべきなのか。「どの職業に就けば、AIに仕事を奪われずに済むのか!」と迷う人が出てくるのは当然ですが、社会全体として、AIを正しく恐れ、正しくコントロールし、正しく使うことが求められるのではないでしょうか。

佐藤教授と国立情報学研究所のマスコットキャラクター「ビットくん」
写真=プレジデントオンライン編集部撮影
佐藤教授と国立情報学研究所のマスコットキャラクター「ビットくん」 - 写真=プレジデントオンライン編集部撮影

■おススメできない学部

AIを避けては通れない時代、というと今度は一足飛びに「子供にはAIを学ばせなければ」「小さいうちからプログラミングを習わせよう」「これからはデータの時代だから、データサイエンス職が手堅いのではないか」と考える人も多く、特にデータサイエンス分野は、各大学でも学部や学科の新設が進んでいる流行学部です。

しかし、ここにも陥穽があります。

『ChatGPTは世界をどう変えるのか』(中公新書ラクレ)
『ChatGPTは世界をどう変えるのか』(中公新書ラクレ)

もし私がIT業界に興味があるという高校生から「将来のために、どのような学科・学部に行くべきでしょうか」と聞かれたら、ITの知識は不可欠だが、IT以外の知識も必要と答えるでしょう。

まず中国やインドからやってくる大量の優秀なIT人材と競争することになりますし、差別化もできません。そしてITは道具であり、道具を使う対象を知らないと道具は使いこなせません。

例えば機械工学とIT、経済学とIT、文学とITなど、ITを利用する対象となる、IT以外の分野からなる複合分野の専門性が求められるようになるでしょう。

 なお、この状況は生成AIの開発にもいえます。生成AIは、AIだと言われてはいますが、AIの専門家だけではChatGPT並の生成AIを開発することはできません。

OpenAIもそうですが、文章生成AIの開発を手掛ける場合、AIに加えて、言語学も専門性がある技術者が必要ですが、そうした人材が希少であり、各機関や企業で取り合になっている状況です。

■では、何を学ぶべきなのか

このように、これからのIT人材を目指す方々には、何か別のドメイン(領域)知識にITを掛け合わせることで独自性や差別化要素を持つことをお勧めします。

AIが流行ると「AIだ!」、データ分析が流行ると「データ分析だ!」と流行りものに飛びついてしまう人はいつの世にも多いのですが、実は物理や経済、哲学など別の領域の学問を身に付けたうえでITやAIをどのように使いうるのかを考える人材の方が、これからは求められることになるでしょう。

このように、AIに仕事を奪われることを警戒するよりも先に、考えるべきことは山ほどあるのです。(第2回に続く)

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佐藤 一郎(さとう・いちろう)
国立情報学研究所 情報社会相関研究系・教授
1991年慶応義塾大学理工学部電気工学科卒業。1996年同大学大学院理工学研究科計算機科学専攻後期博士課程修了。博士(工学)。1996年お茶の水女子大学理学部情報学科助手、1998年同大助教授、2001年国立情報学研究所助教授を経て、2006年から現職。このほか、デジタル庁「政策評価有識者会議」座長、経産省・総務省「企業のプライバシーガバナンスモデル検討会」座長他を歴任。

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(国立情報学研究所 情報社会相関研究系・教授 佐藤 一郎 インタビュー・構成=ライター 梶原麻衣子)

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