"紙おむつの天井"を見上げ寝ていた20代女性が世界3周しながら年収1000万超稼ぐデジタルノマドになれたワケ
プレジデントオンライン / 2023年12月28日 11時15分
■10年後には10億人に増大⁈ 高収入のデジタルノマド
「これから世界4週目の旅に出ます」とにこやかに笑うのは、CoCoという会社のCEOを務めるAkinaさん(35)。こう聞くと自分探しの旅をする令和のバックパッカーかと思うが、そうではない。今世界中で急激に増えつつあるデジタルノマド(Digital Nomad)であり、そのライフスタイルをポッドキャストなどで発信(ノマドユニバーシティ)して“稼ぐ手段”の一つとしている。
※ノマドユニバーシティ
■そもそもデジタルノマドとは何者か
ノマドはフランス語が語源で“遊牧民”を表す。日本では「ワーケーション」がコロナ禍に定着したが、それの進化系と考えてもいい。単なるワーク(仕事)とバケーション(休暇)の融合ではなく、生き方そのものが新しいスタイルだ。
彼らはエンジニア、ウェブデザイナー、起業家などITを中心とした高度なスキルを持つプロフェッショナルワーカーであり、Wi-Fiが完備された場所であれば、世界中どこでもパソコン一つ持って働きながら暮らすことができる。
遊牧民というと、貧しい流浪の民を思い浮かべる人もいるが、現在のノマドは相当に知的で洗練されている上、収入が多い。デジタルノマドの平均月収額は、日本円にして約78万円(税引き前)で、日本人の平均月収額の約2倍。本人は、多い月で100万円以上の収入になることもあるという。一方、1カ月の生活費は約23万円。昼食のコストは1900円。さらに1カ所の滞在期間が1カ月以上と長めだ(以上、日本デジタルノマド協会集計のデータによる)。
このようにデジタルノマドは比較的高収入で可処分所得が高い。そして滞在期間が長めなので、単なる観光客よりも滞在国に及ぼす経済効果は大きい。
しかもプロフェッショナルなスキルを持っているので、ローカルの雇用を奪う心配がない。それゆえ世界各国でも彼らを呼び込もうとチェコ、ドイツ、アイスランド、スペイン、インドネシア、タイなどでデジタルノマドビザを発給している(類似ビザを含む)。
韓国も2024年頭にビザの発給を開始予定で、日本も発給に向けた法制度を整備中だ。現在、世界のデジタルノマド人口は約3000万人だが、10年後には10億人にもなるとも予想されている(※出典:levels.io)。
そんなデジタルノマドを標榜する日本人として、Akinaさんは脚光を浴び、自分の経験を冒頭の通りポッドキャストや、日本国内だけでなく世界中のデジタルノマド向けの国際イベントやプログラムなどで、基調講演のスピーカーとして招待されている。
「海外のデジタルノマドのコミュニティで暮らしながら、その経験を国内外で発信している人は、私以外日本ではいません。ニッチ・オブ・ニッチな存在になれたのはラッキーでした」
つまり、現状、彼女の競合はいない。究極のブルーオーシャンだ。
■人生は一度きり。やりたいことだけで暮らしたい
Akinaさんはなぜデジタルノマドになったのか? 慶應義塾大学を卒業後は英語教材系の出版社で編集者として勤務。ノマドワーカーに転向する最初の転機となったのは26歳の時で、左脚に腫瘍が見つかり、半年間車椅子と松葉杖の生活を余儀なくされた。
「そんな不自由な生活の中でも、当時は電車に乗って出社しなくてはいけないのがキツかった。リモートでも仕事は十分できるのに、組織に所属していることの不自由さを実感しました。さらに1年後に母ががんにかかり、闘病の末に亡くなったのです。人生は有限であり一度きり。自分が本当にしたいことを優先して生きていこうと決めたのです」
母の死からほどなくして、8年間勤務した会社を退職。前からやりたかった世界一周と思い立ち、2019年に「ピースボート」に通訳として乗船した。居酒屋の手洗いなどに募集要項のポスターが貼られている「ピースボート 世界一周の船旅」は、誰もが目にしたことはあるのではないか。Akinaさんは、妻を亡くして意気消沈している父とともに、世界一周の旅に出る。
「通訳として乗船すれば、仕事と引き換えに私の渡航費用はタダになりますが、父の渡航費は私が捻出しました。落ち込んで引きこもりになってしまった父に、新しい出会いがあればいいなと思っていたからです。ピースボートの乗客は大学生の若者、私のように会社を辞めた20〜30代のほか、リタイヤした世代が圧倒的に多いのです」
ピースボートは世界一周コンテンツのなかでは費用がリーズナブルだが、そうはいっても100万円以上かかる。30歳そこそこの女性がポンと払える資金力が驚きだ。
■パンパースが貼られた天井のボロアパート生活
「会社員時代の退職金で、父の渡航費を払うことができました」というが、そこには幼い時から質素倹約を旨とする母の影響があった。
例えば、靴下に穴がどれだけあいても母は何度も繕い、ボロボロになるまで履いた。おのずと本人にもお金は使うところには使い、使わないところは徹底的に切り詰める習慣がついたのだ。
大学を卒業後しばらくは実家から片道2時間かけて会社に通勤。通勤時間を短縮するために都内で一人暮らしをするが、庶民的なエリアの古くて安いアパートでも十分と考えて、その浮いたお金を会社の財形貯蓄などにせっせと回した。しかしあまりにも古いので雨漏りのトラブルも起こる。修理を業者に頼んだところ、なぜか雨漏り部分に紙おむつのパンパースを貼られてしまったのだとか。
「だから毎晩、天井のパンパースを見ながら寝るはめに。そんな時に左足の腫瘍が見つかりました。手術後にアパートの外階段を上り下りするのが大変だったので、引っ越すことにしたのです。だけど会社の通勤に便利な場所だと家賃が高いし、購入したほうが月々のローン返済額が家賃より安い。しかも自分の資産にもなります。だから、住宅財形から頭金を払い、思い切って都心部に2LDKのマンションを買いました」
■片道切符のエアチケットなら世界一周も安上がり
世界一周の話に戻そう。ピースボートの後は、2020年は日本国内をワーケーションで移動し、2021年から2周目、3周目と世界各地を駆け巡っている。
Akinaさんだけでなく、世界を放浪する人々は今も昔も多くいるが、彼らの収入や支出はどうなっているのか。現在、世界各地の医療機関で治験の患者になるかわりに、高額の報酬を受け取ることが可能なバイトがあるらしい。しかしこれは最悪重篤な副作用も覚悟の上、病院での拘束期間がかなり長い。だから自由に仕事をしながら旅をしたいデジタルノマドには向かない。
そこでAkinaさんは幼少期から培った節約術を駆使する。
「まず移動ですが、地球2周目からは、常に片道切符のみのエアチケットを買い続けています。ハイシーズン以外のLCCを使えば、たとえば日本からタイへは2万円、タイからドバイは4万円、ドバイからヨーロッパまで2万円などと乗り継げるので、それほどお金はかかりません。ヨーロッパの国々の移動は1万円台でもチケットが買えます。ヨーロッパから南米に移動するにはもっとかかりますが、南米での移動も国によっては1万〜2万円ぐらいで可能です。2周目の世界一周の飛行機代を計算したところ、合計は燃油サーチャージ込みで30万円ぐらいでした」
■「コリビング」であれば孤独とも無縁
また、滞在費に関してはリーズナブルなAirbnbを選んで宿泊費を抑えたり、COLIVING(コリビング=共に暮らす)という、コワーキングが併設されているシェアハウスに宿泊したりしている。なかでもコリビングはシェアキッチンやランドリーがあるので、自炊や洗濯が可能。同様に滞在している他の国のデジタルノマドたちと交流し、食住を共にすることで国境を超えた深い関係性を築くことができて、Akinaさんのキャリア面で大きな収穫となる。
「とはいえデジタルノマドを辞める人たちも少なからずいます。その最大の原因は“孤独”なんです。私も一人で移動している時は寂しさに押しつぶされそうになった経験があります。だからこそ、コリビングなどで形成されるコミュニティに参加することが大事なんです」
デジタルノマドの聖地といわれるブルガリアのバンスコー、サッカー選手のクリスチャーノ・ロナウドの生地である大西洋の孤島、ポルトガルのマデイラ島のコリビングでは、1カ月5万〜6万ぐらいの宿泊費で暮らすことができた(Wi-Fi込み)。
しかし大都市圏は物価高傾向なので、ロンドンなどに移動した場合はそうはいかない。「その場合、宿泊料金は1泊何万円もかかります。物価の安い国に長期滞在して貯めたお金で、物価の高い国の短期滞在を時折楽しんでいました。そんなふうにメリハリをつけています」
さらに、デジタルノマドの荷物は必要最低限のほうがいいので、新しい洋服や化粧品はほとんど買わず、バックパックのみで旅行していた。このように持ち物をミニマムにするのも条件。着るものを最小限にするために“ノーブラ主義”になった強者女性のエピソードもあるくらいだ。
■やりたくない仕事はNO! 収入の半分は投資
気になる収入面はどうなのだろう。
聞けば、収入はざっくり分けてビジネス面50%、投資が50%だ。
ビジネス面でもっとも収入が大きいのは、海外のデジタルノマドの誘客事業で全体の30%になる。2023年10月には福岡コンベンションビューローと福岡市が主催した日本初のデジタルノマド誘客事業「COLIVE FUKUOKA」にも参画。
Akinaさんが中心の運営チームが世界各国で出会ったノマドたちを日本に誘客したところ、延べ50人ほどがプログラムに参加した。彼らは1カ月ほど福岡に滞在して日本人と交流し、日本の文化にも触れた。もちろんリモートワークで働きながら。福岡以外でもAkinaさんは日本の各地域で海外ノマドの誘客を行っている。
また、海外ノマドワーカーに関するイベント登壇や講演の収入が10%ほど。COLIVE FUKUOKAをはじめ、ブルガリアのバンスコーやフィリピンのシャルガオ島でも英語で基調講演を行っている。父親は、日本や海外の会社のプロジェクトマネージャーに就いていたし、亡き母は英語の教師だったので、Akinaさんは幼い頃から中国語や英語を話す環境で育っている。日本語を含め3カ国語がネイティブレベルで堪能なのが、大きなアドバンテージになっているのは間違いない。それ以外にも前職からの仕事の請け負いによる収入が10%ほど。
「会社員時代はやりたくない仕事もやらざるをえませんでした。でも今はやりたい仕事のみを選ぶようにしています。その生活を下支えするためにも、お金に働いてもらうという観点で投資にも力を入れ始めました」
デジタルノマドならば定住するための家は不要。会社員時代に購入したマンションは一時賃貸に出して不動産収入を得ていたが、それが全体の30%ほどに。まさに“お金が働いて大きくなっている”状態。
また、信頼できる先輩の事業に出資してリターンを得ているが、それが20%ほど、中長期の外国為替や積み立てNISAがおのおの5%ほどだ。
その結果、会社員時代の軽く倍の収入になった。物価の高い都内で、会社員としてストレスを抱えて暮らすよりも、デジタルノマドで世界を放浪するほうが、リビングコストは安くなっている。だから、したくない仕事は「No!」と言えるようになった。
■元引きこもり77歳の父も新ビジネスパートナー発見
それでもいいことばかりではない。治安が良くない南アフリカ共和国や南米の国々では、女性のひとり旅ということもあり危険な目に遭遇したことも。また南ア滞在時には、一人暮らしの父が病で倒れたのに、すぐに日本に戻ることができなかった。
77歳の父をAkinaさんは常に心配している。だから日本に帰国すれば、デジタルノマドのイベントなどに(半ば強制的に)父を同伴しているというわけだ。ピースボートにしろ、それ以外のイベントにしろ最初は嫌々参加していた父だが、なんとCOLIVE FUKUOKAで2人のビジネスパートナーと知り合い、日本や台湾でのプロジェクトに参加することになった。そんな父がなかなか頼もしくもある。「仕事があったほうが絶対にイキイキするはずなんです」とAkinaさんはホッとしたように笑う。
父は青春時代を完全に謳歌しきれなかったが、娘には輝かしい人生を生きてほしいと願っている。娘のノマドライフは父にもいい影響を与え始めているのだ。
■世界4周目は、次世代の子供たちへの投資も画策中
そして2023年末から始めた世界4週目。今は仕事の引き合いは多いが、そのうち競合が出てくれば仕事量が減る可能性もある。デジタルノマドの仕事は常に安定的ではない。そこで次は一段視座をあげることにした。
「これまで片道きっぷを買っただけで、ほとんどノープランの旅をしてきましたし、英語が通じない国で飛行機に乗れないこともありました。さまざまな制約はありますが、今度は世界一周のエアチケットを買って、ファーストやビジネスクラスにも乗ってみようと思います。そして世界中のコリビングを回るために、あえて1年先のプランを事前に作るつもりです。現時点ではコロンビア、ペルー、メキシコ、カナダ、フランスでのコリビングプログラムに参加が決まっています。あとは突発的に面白そうなお誘いがあったらすぐに動けるように、3カ月ほど余白期間を設定します」
昔から憧れていた世界を旅しながら働くライフスタイルを確立することができ、会社員時代の焦燥感がなくなった。それゆえ徐々に心が満たされてきているという。
世界4周目でようやくその多幸感を人にも分けられたら、という気持ちにもなった。特に次世代の子供たちにバトンを渡し、新しい何かを起こせたらという願いがある。
「まだうまく言語化できていないのですが、世界の子供たちが描くアートなどに投資して、持続可能な社会貢献プロジェクトを構築することができたらと思っています」
さらには、今回初めて日本からフリーズドライの味噌汁、出汁、麹などを持っていくことにした。1カ月に1カ所住むので、丁寧な暮らしを目指したい。そのためにはまず食生活から改善していきたいとも。
「ゆくゆくは、和食や発酵食品の会社をスポンサーにして、世界中どこにいても日本食が届くようにしていきたいです。そして自然にできるだけ多く触れ、プール、散歩、トレッキングといった運動も毎日心がけたいですね。デジタルノマドは心身ともに健康であってこそのライフスタイルですから」
地球4周目のAkinaさんの旅は始まったばかり。より多くの海外のデジタルノマドに日本に来てほしいので、300人以上連れてくる――。それを2024年のミッションの一つにするそうだ。
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ファッション系出版社、教育系出版事業会社の編集者を経て、フリーに。以降、国内外の旅、地方活性と起業などを中心に雑誌やウェブで執筆。生涯をかけて追いたいテーマは「あらゆる宗教の建築物」「エリザベス女王」。編集・ライターの傍ら、気まぐれ営業のスナックも開催し、人々の声に耳を傾けている。
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(フリーランスライター・エディター 東野 りか)
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