4割の人は使えない…アルツハイマー型認知症早期治療の期待の新薬「レカネマブ」が適用になる人、ならない人
プレジデントオンライン / 2024年1月8日 8時15分
■「まさか50代で軽度の認知障害になるなんて」
最近、もの忘れがひどい。今まで難なくこなしていた仕事も「あれ? どうやるんだっけ?」と進め方がわからなくなり、ミスが増えた。何度も地図で確かめておいたのに、営業先の場所がわからなくなってしまう。買ったはずの牛乳をまた買ってきてしまったり、昨日つくったばかりの肉ジャガを今日もつくってしまったり……。
こんなことが立て続けに起こり、自分の認知機能に不安を覚えた会社員のM美さん(52歳)。最近は急に不安感が襲ったり、イライラしたりすることが多くなったこともあり、更年期の影響かとも思い込んでいた。けれど、無くし物、忘れ物が多くなって日常生活に支障が出始め、夫からも「大丈夫?」と心配され始める――。「ただのもの忘れ」では済まされなくなった症状に「もしや」と思い、夫とともにもの忘れ外来を受診した。
受診するとまず、M美さん本人と夫に対して、現在の症状や日常生活でおかしいと思ったことなどを医師が問診。血液検査で認知機能に関係する甲状腺機能低下症やビタミンB12低下症などがないかを調べ、記憶力や判断力を測定する「認知機能検査」を行った。MRIによる画像検査で脳の萎縮具合もチェックし、ひと通りの検査を終えると、医師より「アルツハイマー型軽度認知障害※」と診断された。
※アルツハイマー型軽度認知障害=アルツハイマー型認知症になる一歩手前の段階
「親戚筋にも認知症になった者はいない。もの忘れがひどいだけで、万が一認知症になるとしても『年を取ってからのこと』と思っていたのに、まさか50代でなるなんて……」
高齢者より数は少ないですが、M美さんのように50代で認知機能の低下が起こり、アルツハイマー型軽度認知障害と診断される人がいます。
若くして認知症になる人の中には遺伝性のものもあり、家系に関係していると考えられます。そのようなタイプの人に家族歴を聞くと、だいたい3世代にわたってアルツハイマー型認知症のある家系が多いのです。問診したところ、M美さんは特に認知症の家系ではありませんでした。
アルツハイマー型認知症とは、脳内に現れる「アミロイドβ」というタンパク質が原因で起こります。65歳未満で発症する認知症は、「若年性認知症」と呼ばれていて、一部の人は、遺伝子の異常により若くしてアミロイドβが出現し、軽度認知障害を経て認知症発症に至ります。
M美さんのような軽度認知障害や早期の認知症には、薬物療法※と生活習慣改善指導による治療を行います。
※これまで軽度認知障害の治療薬は保険適用外
■待望の新薬が登場するも誰でも使用できるわけではない
軽度認知障害は「MCI(Mild Cognitive Impairment)」と呼ばれ、発症の5年ほど前から始まります。正常と認知症の境界で、認知機能は軽度に低下しているものの日常生活は自立できる状態。前述したように75歳で発症する場合は、70歳頃から始まります。「認知症だと周囲に迷惑をかけるから」と、すぐに退職を考える人もいますが、軽度の認知障害の段階であれば、さまざまな工夫をすることで、仕事はしばらくは継続できるはずです。
アルツハイマー型認知症は、早期に診断して治療を行うことが大切です。早期発見により発症を数年先送りしたり、進行具合を抑えたりすることができるといわれています。
今年9月、軽度認知障害(MCI)の段階から投与できる待望の新薬「レカネマブ」(保険適用)が厚生労働省に承認されました。既存の薬は症状の進行をゆるやかにする薬でしたが、「レカネマブ」は原因となるアミロイドβを取り除き、初期段階から進行を抑える薬です。
嬉しいニュースとして取り上げられ、期待が寄せられていますが、現時点では使える施設や使用可能な人が限られます。例えば副作用が現れた場合に対応できる医師の在籍、アミロイドβの蓄積を確認するためのPET検査、副作用としての微小出血の対応のためのMRI検査などが必要となり、それらの条件を満たした医療機関のみでの使用となっています。
また、使用できるのはアルツハイマー型の軽度認知障害(MCI)もしくは軽度のアルツハイマー型認知症のみが対象で、なおかつアミロイドβが陽性の場合のみ。PET検査でアミロイドβが陽性になるのは、軽度認知障害(MCI)※と診断された人のうち約60%。アルツハイマー型認知症と診断された人でも5人のうち3〜4人は新薬が適応されますが、それ以外の陽性にならない人は適応とはなりません(図表1)。M美さんの例も本人は使用を希望されたのですが、残念ながらアミロイドβが陰性で適応になりませんでした。
※遺伝性アルツハイマー型軽度認知障害を除く
認知症全体でみるとごくわずかの人しか当てはまらず、希望したからといってすべての人が使用できるとは限らないのです。
■もの忘れと認知症の違いは「他人からの指摘」がサイン
多くの人が気になるのが「もの忘れと認知症の違い」ではないでしょうか。わかりやすい判断基準は、周りの人からの指摘です。自分で「もの忘れがひどい、認知症かも」と状態を認識できているうちは認知症ではありません。家族や職場の人、友人などが「これまでと違う、おかしいのでは?」と感じたり、それを指摘されたりしたら、もの忘れ外来や脳神経内科などを受診したほうがよいでしょう。
アルツハイマー型軽度認知障害・認知症の初期は最近の記憶がなくなります。そのためM美さんのように牛乳を買ったことを忘れて何本も冷蔵庫に並ぶ、昨日も今日も肉ジャガをつくってしまったなどの症状は要注意。他にも薬の飲み忘れが多くなった、小銭の計算ができず会計でお札ばかり出す、仕事で使っていたシステムがバージョンアップされた途端に使えなくなったなどが頻繁に続く場合は、軽度認知障害または認知症の初期かもしれません。
■認知症の診断・治療は早ければ早いほど良い
「認知症=高齢者の病気」というイメージがありますが、アルツハイマー型認知症の原因となるアミロイドβの出現は、発症の20~25年前より始まっています。つまり早ければ40代、50代で認知症の入口に一歩入り始めているということ。
例えば75歳でアルツハイマー型認知症を発症するとした場合、50~55歳頃には“シミ”と呼ばれるアミロイドβが脳の神経細胞外に現れます。これがきっかけとなり、神経細胞内にある「タウタンパク」が過剰なリン酸化を受けて変性、“ゴミ”となって蓄積します。タウタンパクとは、細胞の骨格をつくる重要なタンパク質で、家でいうと柱のようなもの。柱がダメージを受けて粉々になるため、家の構造が保てなくなるのです(図表2)。
ゴミがたまった神経細胞は壊れて死滅。この現象は記憶を司る「海馬(かいば)」に起こります。年数が経過すると広範囲にわたり、海馬が萎縮。脳内にすき間が現れて軽度の記憶障害が始まり、そのうち年間5~15%が認知症に進行します。
■生活習慣病がアルツハイマー型認知症のリスクを高める
誰もが認知症になりたくない、なったとしても重症化は避けたいと思っていることでしょう。そのためにも、若いうちから認知症を予防することが大切。生活習慣を整えるセルフケアで、自分の認知機能を自分で維持することが重要です。
生活習慣病はアルツハイマー型認知症のリスクを高めることがわかっています。高血圧、高コレステロールによりアミロイドβは増加。そして動脈硬化が起こればアミロイドβが血管から排出されず脳内にたまりやすくなります。
WHO(世界保健機構)は認知機能低下や認知症のリスクを低減する12項目を提示。その中には体重、高血圧、糖尿病、脂質異常症の管理が含まれています(図表3)。健康診断などで生活習慣病を指摘された人は、まずはそれを改善するための生活を送ることが重要です。
食事は主食・主菜・副菜を組み合わせてバランスよく食べ、飲酒は適量に。健康的な食事のために、できれば誰かと一緒に食事を取ることをおすすめします。また読書や楽器演奏、クロスワードパズルなどの知的活動、息が上がる程度のウォーキング、水泳などの運動習慣を持つことも効果的です。アルツハイマー型認知症は40代、50代から始まっています。将来認知症になるかならないかは、今現在の健康習慣が大きなカギになるといえるでしょう。
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総合東京病院認知症疾患研究センター長
81年東京医科大学卒業。元東京医科大学病院副院長。東京医科大学病院地域連携型認知症疾患医療センター長として、地域における認知症診療の医療支援体制構築に尽力。2020年4月、総合東京病院認知症疾患研究センター長に就任。認知症疾患研究センター(もの忘れ外来)で診療にあたる。専門は老年病学、神経病学(特に認知症)。日本老年医学会、日本認知症学会、日本神経学会、ともに専門医・指導医。
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(総合東京病院認知症疾患研究センター長 羽生 春夫 構成=釼持陽子)
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