バカにされても突き進め…珍商品「うに」のような豆腐を出した革命児が豆腐づくりで絶対に譲らないこと
プレジデントオンライン / 2023年12月28日 11時15分
■自分の思いつきを信じる
――2012年の「ザクとうふ」、最近では「うにのようなビヨンドとうふ」のBEYOND TOFUシリーズ、ひとり鍋シリーズなど、豆腐の世界を広げる魅力的な新商品はどのように生み出しているのでしょうか? 新商品を開発する時に大切にしていることを教えてください。
【鳥越】それはもう、自分の思いつきを信じて、ということですね。マーケッターがトレンドを読んで、という商品はひとつもありません。
自分が思いついたことって、自分でさえ信じられないことが多いじゃないですか。自信がないというか、人に言うだけでさえためらわれて。「こんなばかなことを言って」と思われたら嫌だし、本当に実現できるかどうか分からないことを言うのは、結構勇気のいることだと思うんです。「ザクとうふ」の時の経験が頭に浮かんでいますが(笑)、「ウニの味がするおとうふ」だって、相当ですよね。今「フォアグラ」の味がするおとうふを開発していますけど。
実現の方策とか、課題の解決策とか、最初は思いつかないかもしれませんが、話が進むとアイデアが出てくるというのは実によくあることです。「いろいろあるけれど後で考えよう、大丈夫、大丈夫」と、まず口に出せるか、出す覚悟を決められるかどうか。というところが、実は新製品開発のポイントなのかな、と思います。
■始めたときは批判ばかりで売れたら手のひら返し
【鳥越】数字の裏付けを求められることも多いですが、当然ながら、そんなものはないです。よく言われることですけれど、消費者アンケートを採っても、回答する人は「すでに世の中にある」ものをベースに考えるわけですので、想像の枠を超える答えはまず出てきません。アンケートは、むしろ「世の中の人が普通に思いつくものをやろうとしていないか」の確認に使うくらいでいいんじゃないでしょうか。
私たちが今までやってきたことは、始めたときはもう批判ばかりです。そして立ち上がってみれば「いや、あれは絶対いけると思っていたよ」という方々が出てくる、というパターンが多い。「ひとり鍋」シリーズは、始まる前は「こんなセット物なんか売れない、値段も高い。100円じゃないと売れない」と言われ、売れれば「そうやれば絶対いけると思っていたよ」という。
別にいやみを言いたいわけじゃなくて、我々の思い付き自体はたいしたものではないということです。誰もが思いついていることなんですね、ですけれど、誰もやっていない。やってみたら、失敗もありますが、花が咲くこともある。
花が咲けば、それを信じてくれる人が増えていき、協力してもらえる相手も増えていく。そこでますます自分の思い付きを信じてみる。そんなことをやっているんじゃないかなと思っています。花が咲かなくても、誰もやらないことをやった自分を認めて、責めないこと、そして、前回もお話ししましたけれど「おいしい」という一線を譲らないこと、そこだけは守っているつもりです。
■豆腐にも「うまい」「まずい」があるから差別化できる
――それでは、鳥越社長が考える「豆腐のおいしさ」とはどのようなものでしょうか? 誰もが食べたことがある成熟した豆腐という商品で、新鮮な驚きや感動を与えられる「おいしさ」を実現する方法を教えてください。
【鳥越】おとうふのおいしさは、大豆の風味、コク、食感のなめらかで、という表現をされることが多いですね。もうすこし業界風に言うと、先味と中味が上がって、後味は、三之助(三之助とうふ、相模屋グループの「もぎ豆腐店」が製造)のお豆腐はすっと消える、相模屋のお豆腐はそこからもったり甘さが続く、というような、口の中に残る、残らないがそれぞれにあるんです。とはいえ、言葉にした瞬間に大事なことが抜け落ちる気がして、「これがおとうふのおいしさだ」と、ストレートに表現することにはためらいがあります。すみません。
おとうふは作り方も味もすごくシンプルなので、「豆腐にはおいしいもおいしくないもない、豆腐は豆腐だ」という意識が、皆さんにも、我々の業界にも強くあると思います。もっと言えば「おいしさを求められていない」と、我々も思っていたし、お客様ももしかしたらそうだったのかもしれません。でもそれがこの10年で変わってきました。
前回もお話ししたように、数年間自分でおとうふをつくる経験を通して「うまい」「まずい」がある、と実感できたこと。そしてこの業界の人は「おいしさ」が武器になると誰も思っていない。これは「おいしさ」で差別化できると思いました。
■ブレを許容することでおいしさを保つ
【鳥越】一方で我々はそれなりの規模に成長して、安定した供給も求められる立場にあります。第三工場のようにロボットも導入して、木綿や絹のようなベーシックな商品では味と量を両立させています。
一方で、ひとり鍋シリーズのような商品は、要所要所で手作りの、人間のアナログな感覚を残す作り方で、おいしさを保つ工夫をしています。
これも本で話しましたけれど、相模屋が得意なのは、「人の感覚」を生かした、自動化に頼り切らない形で安定供給を実現することです。ひとり鍋シリーズはあえて完全自動化に行かずに、いまだに手作業の工程が多い。アナログの作業にはブレもありますが、商品の味のレベルを高く保つにはそのほうがいいと思うんですね。ブレても高いレベルでのブレなんです。
これは私見ですけれど、自動化を突き詰めていくと、味は、やはりどこかで妥協が必要になります。作る側の意識も、効率を意識するとどうしても「おとうふ」をつくるのではなくて、「白い塊」(前回参照)をつくる、というふうに変質していくんじゃないでしょうか。
味のためにはこれ以上の効率化は出来ない、という一線を守ることが、「おとうふのおいしさ」の実現には必要で、それがご好評をいただいている理由だと思います。
■元気でいるために「完璧」を目指さない
――鳥越さんのように、日本のビジネスマンが元気になるために、経営者はどのようなことに注意するといいでしょうか?
【鳥越】私たちがやってきたことは、たまたま、おとうふだからできることだと思うんです。他の業界にはその業界の常識がありますので、同じところもあるかもしれませんけれども、当然ながら、そうじゃないところも多いと思います。
その上でですが、昔は「人と同じことがいい」というふうに言われていて、その次に「人と同じことを前提として、ちょっとだけ違うもの」というのがあって、今は「人と同じではないもの」が脚光を浴びるようになってきた、と、私は思っています。その流れに完全に乗り遅れたのが、わが豆腐業界なのですが。ですので、全国各地のおとうふをつくっているメーカーで、経営が厳しくなったところを支援して、その土地に根付いた特徴のあるおとうふを再生し、全国に広げていきたいと考えているわけです。
ちょうど、地酒のようなイメージで考えていただくといいかもしれません。大手メーカーが市場を握り、日本酒なんてどれも大差ない、と思っていたところに、地方の個性的な酒造会社が評価され、中には世界に出ていくところも現れた。あれと同じ構図が、おとうふにもあると思っています。
そんなのは幻想だと思われるかもしれません。市場調査とか、マーケティングとか、数字的な裏付けがあって始めたことでもありません。我々がやっていることはほぼすべて「こういうことではないか、面白い」と気がついたところから始まっています。今の姿が見えていたわけでもありません。
そういう、ある意味無責任な思い付きはきっと誰にでもあると思うんです。元気ということを視点におくなら、そうですね、きっと「完全」「完璧」を最初から目指しすぎて、ハードルが高くなって元気が出ないんじゃないでしょうか。
■「やりたいこと」を前に出そう
【鳥越】我々が新しいことをどうやって始めるかと言えば、これも本と被っちゃいますが、できないことを考えずに、「今できること」からやる、達成度は5割、半分で充分、ダメならすぐ止める、という、つまりは完成度や完璧さを度外視してスタートして、速度最優先で走ってきました。
プレジデントオンラインをお読みの方は、名のある、大きな組織の経営に携わっている方も多いと思います。部下を率いて、あるいは株主に説明するのに、数字による説明が必要なこともきっと多いでしょう。それはそれで大事です。でも、数字は目標じゃなくて、やりたいことを実現するためのツールです。
前回の「N字再建」で触れたとおり、数字は、気持ちが、元気が回復したあとから付いてくると思います。
そう割りきって、やりたいことを前に出して数字を後回しにすると、気持ちも元気になるし、結局数字も付いてくることが多い。元気を出したいときは、そんなふうに考えてみたらいかがでしょうか。
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相模屋食料 社長
1973年京都府生まれ。早稲田大学商学部卒業。96年雪印乳業に就職。51年創業の群馬の豆腐メーカー、相模屋食料の2代目社長の三女と結婚。2007年に33歳で社長に就任。目標は「おいしいおとうふで日本の伝統の豆腐文化を守り抜き、その未来をつくる」こと。趣味は「機動戦士ガンダム」(写真:大槻純一)
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(相模屋食料 社長 鳥越 淳司)
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