グーグルやアマゾンは「経済学者の積極採用」で大成功した…20年前の日本企業が完全に見落としていたこと
プレジデントオンライン / 2024年1月6日 8時15分
※本稿は、今井誠『あの会社はなぜ、経済学を使うのか?』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■米国企業の強さの一因に「経済学」がある
経済学のビジネス活用で、世界で最も先を行っているのはアメリカです。
Google、Amazonなど名だたる米国企業が、経済学の博士号保持者を積極的に雇用しているという話は、みなさんもどこかで聞いたことがあるかと思います。
それと比べると、日本はかなり後れを取っているといわざるを得ません。どれくらい後れを取っているかというと、アメリカの背中ははるか遠く、ぼんやりとした影すらも見えないくらいだと感じています。
ここ30年の経済力を比べても、コロナ禍の一時期を除いて成長を続けているアメリカに対し、日本は、ほとんど平均賃金が上がっていません。コロナ禍後、株価は順調に復活しているにもかかわらず、国民の実感では停滞の横ばいという体たらくです。
これほどまでに日米で経済力の差が開いている理由は、もちろん1つではないでしょう。ただその中でも、遠因として大きいのが「ビジネスを効率的に進めてきたか(=経済学をビジネスに積極的に活用してきたか)」の違いではないかと思っています。
■意思決定の選択肢として「経済学」が必要
まず、多くの米国企業のように、社内に経済学者がいる状況は、それだけビジネス課題に取り組む際の選択肢が増えることを意味します。
近年、ビジネスパーソンが直面する課題は、ますます多層化・複雑化しています。
そうした課題に取り組むにあたっては、多様な立場・視点からの意見が求められることから、ダイバーシティ・インクルージョンが企業にとっての喫緊の課題となっているわけです(残念ながら、中にはこの課題を自分事化できていなかったり、対処できていなかったりする企業も多いですが)。
米国企業において、経済学者の視点は、この「多様な立場・視点」の一角をなすものです。様々な立場や視点の人たちが、それぞれの専門的見地から課題解決法を検討するなかに、ごく自然に経済学者も存在している。経済学者たちは経済学者たちで、経済学の理論や手法をもって課題解決の方策を探っている。そしてときには経済学的アプローチが課題にフィットすることもあれば、まったく別のアプローチが課題にフィットすることもある。このように、チームの一員として経済学者が関与することで、選択肢の幅を広げておくことができるわけです。
■「経済学」ほどビジネスになじむ学問はない
次に、経済学の学問上の特性もまた、日米の経済成長の差として考えられます。
経済学というと、難解な数式や理論がたくさん出てくるイメージがあるかもしれません。しかし、経済学は決して机上の空論ではなく、その視線は常に「社会」に注がれています。経済活動という社会的な営為を分解し、理解に努めるのが経済学です。
自社目線や、ケーススタディを基に利益を上げる方法を考えるのが「経営学」だとしたら、より広い社会目線で、理論をベースに利益を上げる方法を考えるのが「経済学」です。
今後、ますます社会が多様化・複雑化していくことを鑑みれば、経済学の持つ「社会目線でビジネスを考える」という観点には、「多様な立場・視点のうちの1つ」以上の価値があるのではないでしょうか。
そもそもビジネスとは、企業あるいは個人が社会とつながり、ある価値を提供し、対価を得るという社会的行為です。ならば、社会を対象とする経済学をビジネスに活用しようというのは、ごく自然な発想といえるでしょう。
経済学ほどビジネスになじむ学問はないといっても過言ではありません。
■経営幹部に経済学者を登用する米国企業
アメリカでは、すでにかなり経済学の博士号保持者の雇用が増えていることは、先にも触れました。
Googleのハル・ヴァリアンの貢献を出すまでもなく、すでに数え切れないほどの経済学博士号保持者が重用され、企業の重要なポジションに就いています。
さらにいえば、アメリカの最先端企業の場合は、経営陣に経済学の博士号を保持しているメンバーが入っているケースも珍しくありません。経営者自身に経済学の知見があったほうが、学知をより深くビジネスに活用していけるはずです。
このように、ビジネスにおける経済学の活用に関しては、現時点では日本のはるか先を走っているアメリカですが、伝統的に経済学が重視されてきたわけではありません。実は、経済学をビジネス活用する機運が高まり、ビジネスサイドから経済学者サイドへと盛んにアプローチされ始めたのは、1990年代〜2000年代でした。
それに経済学者サイドが応えたことでビジネスの成果が上がり始めると、今度は、企業が自社内に経済学者を置くようになり、ようやく今になって、最先端企業では「経済学者とともにビジネスを行うのが当然」となったわけです。
■日本企業と米国企業の違い
経済学のビジネス活用が当たり前になってきた経緯と、ここ30年ほどのアメリカの経済成長とに何かしら関係性があるはずですが、ここではその検証を行うことが目的ではありません。
ただ、日本企業だって、この30年間、手をこまねいていたわけではなく、いろいろと手を尽くしてきたはずです。考えに考え、取り得る策は取ってきた。それでも経済が低迷しているのは、日本企業が今まで考えつかなかったこと、策を講じてこなかったところに成長のカギが隠れている可能性がある、と見ていいのではないでしょうか。アメリカと日本では、ビジネスの慣習も、組織のあり方も、働き方も大きく異なるため、アメリカとまったく同じことをせよ、とはいいません。
しかし、多くの成長企業が存在しているアメリカで採用している専門人材に注目し、経済学という有効なツールを自分たちのビジネスに合う形で取り入れるというのは、日本のビジネス界に対しても、ごく当たり前の提案のように感じています。
課題解決の選択肢の1つとして「経済学」活用の可能性を思い浮かべられるかどうか。課題解決の相談相手として、「経済学者」を思い浮かべられるかどうか。まずはそこが、大きな分岐点になると思います。
■経済学をツールとして使う心構え
「経済学をビジネスに活用しましょう」という話をあちこちでしていると、ときに、次のような2つの誤解をされることがあります。
誤解2 経済学を導入すると、今までの仕事のやり方を一新しないといけない(革命的発想)
こうした誤解の背景には、おそらく、「ある大きなビジネス課題が持ち上がった経済学の○△という手法で検証してみる→課題を乗り越えビジネスが成功した!」というように、劇的なビフォア&アフターがあるようにイメージされているのではないかと思います。
ただ、ここで「誤解」とはっきり書いているとおり、「経済学は、どんな課題でも、たちどころに解決してしまう魔法の杖」ではありません。
また、「抜本的に変わるというよりも、今つまずいている課題を越えるちょっとした示唆につながる」ケースがほとんどです。たとえば、自社プロダクトの質や顧客満足度の向上や、顧客に対する施策づくり、さらには社内の業務効率化など。
イメージとしては、今あなたが行っているビジネスが軌道に乗って成長している。その成長のための改善策の随所に経済学のエッセンスがちりばめられている、織り交ぜられている、という感じです。
■経済学者をビジネスパートナーと捉えよう
誤解2にあるように、「経済学者に言われたら、○○しないといけない」「○○しなければ、経済学を導入できない」ということもまた、大きな誤解です。ビジネスに経済学を活用するためには、経済学者を「大上段からビジネス施策を授ける先生」と捉えるのではなく、互いに尊重し合って「大小様々なビジネス課題にともに取り組む仲間」になる必要があるからです。
経済学を遠い存在として捉えていては、一向に経済学者サイドとビジネスサイドの距離は縮まらないでしょう。もちろん経済学者サイドのほうからの歩み寄りも必要ですが、ビジネスサイドの意識改革も欠かせません。
ここでいう意識改革とは、「自社を経済学的な目線から見つめると、ビジネス成長のチャンスが転がっているかも?」という発想を持つことです。
今はまだ、経済学にも経済学者にもなじみがなくても、「これから、どうやって利益を増やそうか?」と考えたときに、「経済学的考え方でビジネスを改革する」を選択肢の1つとして持つことが、重要な第一歩になるでしょう。
■米国に渡った日本の経済学者たち
今後、日本企業において、本気で経済学を使ってビジネスを加速度的に改善していくためには、ビジネスサイドと経済学者サイドの歩み寄り、相互理解が欠かせません。
では、日本の経済学者サイドは、どのような状態か、というと、まだ十全ではないにせよ、自らの知見をビジネスに活用する準備が着々と整いつつあるといえます。
アメリカで経済学のビジネス活用が一気に進んだ1990年代半ば〜2000年代、実は日本の経済学の世界でも、少しずつ変化を感じ取っていました。その頃アメリカに留学した若手経済学者たちが目にしたのは、経済学とビジネスとの、日米での距離の違いでした。
日本では、経済学者は大学や研究機関に在籍しての研究活動が一般でした。その中では、直接的に「お金を稼ぐ」「富を生み出す」といったこととはなるべく距離を取ろうとすることも多かったといいます。
かたやアメリカでは、経済学者が企業に入り込み、「どうやって企業収益を上げるか」を真剣に考えている。「著名な経済学教授が、大学から民間企業に移籍したらしい」という話も聞こえてくる。しかも、元教授たちは、成長著しい企業の中でも、マネジメントに近い立場にいて高額な報酬を得ている(そのくらい貢献をしている)らしい。
この大きな違いが、日本の若手経済学者らに与えたショックは計り知れません。
当然ですが、当時の日本には、経済学をビジネスに活用しようという動きはほとんどありませんでした。
それでも、帰国してからも、頭のどこかにアメリカで見たビジネスとの距離を感じていたはずです。事実、自身の研究課題として、企業にアプローチして現実のデータを提供してもらい、研究を進める(その結果、企業課題に解決につながる)、といったことは、最近事例として少しずつ増えてきています。
■準備は整った
それから約20年。当時は若手であった経済学者たちが、今、多くの大学や研究機関の主力人員となりつつあります。また、大学で学生を指導する立場でもあります。
その影響を受けた学生たちが、「ビジネス活用できる学問としての経済学」を当たり前のものとして認知している次世代の学者・ビジネスパーソンとして成長しつつあるのです。なかには、すでに経済学者として企業とともにビジネス課題に取り組んでいる人もいます。
まだまだ道半ばながらも、経済学のビジネス活用例がちらほら見られるようになってきました。経済学の有用性に気づいた企業から、次なる飛躍に向けて変わり始めているのです。
私が見ている限りでも、若い学者はビジネスサイドとの距離の縮め方がこなれている、フランクなコミュニケーションがうまい、ビジネス課題の理解が早いなど、企業と連携できる経済学者の層は着実に分厚くなっていると感じます。
経済学者も十人十色ですから、中には自らの専門分野をビジネスに活用することなど想像もしていない経済学者もいるでしょう。
けれども、多くの学者にとっては、ビジネスに飛び込むというのは、企業が保有する多くのリアルデータを研究の一端に活用できる絶好の機会。多くの経済学者が、ビジネスサイドに対して何かしらの興味を持っていると考えて間違いないでしょう。ビジネスサイドがその気になれば、経済学との接点をつくれる可能性は、今後一気に高まっていくはずです。
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株式会社エコノミクスデザイン共同創業者・代表取締役
1998年関西学院大学卒業。金融機関を経て、アイディーユー(現・日本アセットマーケティング)にて不動産オークションに黎明れいめい期から従事。東証マザーズへの上場に貢献。2000件以上の不動産オークションを経験。その後、不動産ファンドにて1000億円以上の不動産投資を実行。2009年不動産投資コンサルティング企業を創業し、代表取締役に就任。2018年不動産DX関連企業代表取締役や不動産オークション会社取締役等に就任し、不動産業界での経済学のビジネス実装に取り組む。2018年11月より、「経済学×ビジネス」のワークショップ“オークション・ラボ”を主催。さらなる経済学のビジネス実装に挑むべく、2020年経済学者3名と共にエコノミクスデザインを創業し、代表取締役に就任。共著に『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。』(日経BP)がある。
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(株式会社エコノミクスデザイン共同創業者・代表取締役 今井 誠)
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