庶民から富を盗む政治家は全員クビにすべき…「アルゼンチンのトランプ」が若者から熱狂支持されるワケ
プレジデントオンライン / 2024年1月6日 10時15分
アルゼンチン・ブエノスアイレス州ラプラタでの政治集会で、妹のカリーナ・ミレイ(右)とブエノスアイレス州知事候補のカロリーナ・ピパロの間でチェーンソーを振り回すラ・リベルタ・アバンザ党のハビエル・ミレイ大統領候補=2023年9月12日 - 写真=AFP PHOTO/AG LA PLATA/MARCOS GOMEZ/時事通信フォト
■3番手からの猛追で大統領になった「南米のトランプ」
11月に行われたアルゼンチンの大統領選(決選投票)は、急進右派・自由至上主義者の新人候補であるハビエル・ミレイ下院議員が当選する波乱の結果となった。批判的な人々からは「エル・ロコ(狂人)」とも呼ばれる独特な思想の持ち主だ。
選挙戦では、自国通貨ペソを廃止し米ドルに切り替えると主張。12月には前年比210%(前月比では25%)に達するような物価高騰を抑制すべく中央銀行を閉鎖すると訴えるなど、急進的な改革案を打ち出し物議を醸した。
一方で「改革」への期待は着実に高まっていった。当初は3番手とみられていたが、8月の予備選で首位になると一躍有力候補に浮上。乱れた頭髪でチェーンソーを振り回すパフォーマンスも注目され、分厚い若者層からの支持を集めた。
かつて「最も栄えた国」とさえ呼ばれたアルゼンチンは、いまや人口の40%が貧困に陥っており、国土全体を経済不安の暗闇が覆う。状況の一変を目論むミレイ氏の“奇策”は尽きない。福祉給付の削減に留まらず、文化?・女性・健康・教育など各省庁の閉鎖、公共事業の「ゼロ」への削減などを掲げ、アルゼンチンを徹底した緊縮財政へと導きたい意向だ。
論争の火種となっている政策は、経済分野に留まらない。ミレイ氏の提言は、銃規制の緩和、中絶の禁止、臓器売買の許可などにも及ぶ。改革への期待を一手に背負う新大統領だが、極端な政策がかつてのアメリカ指導者を想起させることから、「南米のトランプ」だとして危険視する声もある。なぜ国民はそんなミレイ氏を支持したのだろうか。
■TikTokをフル活用、若者の熱烈な支持を集める
「無政府資本主義者」を自称するミレイ氏の勝利は、アルゼンチン政界に大きな衝撃を与えた。選挙前の世論調査ではわずかに有利とみられる程度だったが、BBCによると、決選投票で56%近い票を獲得。中道左派のライバル候補セルヒオ・マッサ氏に11ポイント以上の差をつけての大勝利を収めた。
勝利の決め手となったのは、主にTikTokを利用する若者からの支持だ。選挙運動中、財政削減の象徴としてチェーンソーを振り回し、自身の顔が描かれた巨大な100ドル札を掲げてドル化を訴えるなどのパフォーマンスをSNSで発信し、若年層の心を掴んだ。
AFP通信は、選挙運動の一環として、自作のスーパーヒーロー「キャプテン・アカンプ(無政府資本主義者)」の姿で民衆の興味を惹いたと報じている。黒のコスチュームに黄色のマント、三つ叉の槍を掲げるミレイ氏は、まるでマーベル映画の登場人物だ。
■SNS戦略の責任者は22歳の大学生
ロイター通信は、ミレイ氏が率いるリバティ・アドヴァンス連合が、積極的なSNS戦略と人目を惹くおどけたパフォーマンスを展開したと報じる。ロイター通信は別の記事で、20代のインフルエンサーの緩やかなグループがソーシャルメディア戦略を立案し、票獲得に大きく貢献したと指摘する。
ミレイ氏のTikTokアカウント管理者は、22歳の大学生・イニャキ・グティエレス氏だ。ミレイ氏は彼を、デジタル戦略の責任者に起用。グティエレス氏は、英国の欧州連合離脱キャンペーンや、トランプ前米大統領、ボルソナロ前ブラジル大統領の選挙キャンペーンがSNSを通して成功を収めたことを挙げ、「ミレイ氏のキャンペーンではTikTok投稿に力を入れた」と話す。小規模キャンペーンにおいてもコストをかけず、多くの人にアプローチできる点を強調した。
■クローン犬を溺愛する奇妙な理由
この奇妙な政治家の言動は、世界のメディアの注目の的になった。特に、物議を醸したのが、クローン犬との不可解な関係だ。2017年に死亡した愛犬・コナンのクローンを数匹作り、これら「4本足の子供たち」から政治戦略のアドバイスを受けているという。ニューヨーク・タイムズ紙は、アルゼンチンの報道各社がこうした情報を取り上げていると報じた。
実際のところ愛犬からアドバイスを受けているのかと尋ねられると、ミレイ氏は口を閉ざしたままだったという。スペイン字紙『エル・パイス』の取材でミレイ氏は、「家の中で何をするかは私の問題だ」と語り、明言を避けた。一方、勝利を収めた選挙戦の終幕イベントでは、愛犬が「世界最高の戦略家」だと口走っている。
ミレイは、死亡したコナンおよびクローンたちと特別な絆を感じているようだ。米タイム誌によると、霊媒師による霊視を信じ、2000年以上前の前世でコナンに出会ったと考えている。
コロッセオ(闘技場)で、互いに人間とライオンという姿で出会ったが、現在でパートナーになることを両者が悟っていたため、互いに殺し合うことはなかった――というのがミレイ氏の信じるストーリーだ。
■中絶禁止を掲げているが…
ロイター通信によると、ミレイ氏は愛犬のクローン作りに約5万ドル(現在のレートで約710万円)を費やした。ニューヨーク・タイムズ紙が指摘するように、クローン犬は富裕層の間で流行しているが、倫理的な問題をはらむ。
クローン技術による受精では、通常よりも多くの胚が壊されるため、中絶禁止を掲げるミレイ氏の政治方針と矛盾する。だが、批判を意に介さないミレイ氏は、クローン犬を堂々と引き連れ、公の場に姿を現している。
ニューヨーク・タイムズ紙はミレイ氏が、自身のクローン犬を作成したアルゼンチン人科学者を、国家科学評議会の議長に任命する意向であると報じている。既存の常識にとらわれないミレイ氏の性分を物語るエピソードだが、世間との倫理観のずれを示唆している。
■口癖は「金がない」
「金がない」とミレイは繰り返し訴える。
肥大化した政府支出を削減し、自身が提案する財政改革の必要性を強調してきた。アルゼンチンはこれまで繰り返しデフォルト(債務不履行)を起こしてきた。近年は回復基調にあったが、左派の前政権が財政拡大を進めた結果、政府債務は急増。慢性的な財政赤字と貿易赤字を抱え、今も国際通貨基金(IMF)対して440億米ドルの債務を負っている。
加えて、BBCによると、同国の年間インフレ率は143%に達し、アルゼンチン国民の40%が貧困にあえぐ現状が続いていた。
疲弊したアルゼンチン国民は、ミレイ氏に経済を立て直す“ショック療法”の実施を期待している。就任翌日の12日、カプト経済相がその第一弾を発表した。通貨ペソの公定為替レートの54%切り下げ、新レートは1ドル=800ペソにする。また、省庁の数の半減や地方への移転削減、公共事業の停止などの歳出削減策を発表した。ミレイ氏の計画では、中央銀行の資金発行能力を大幅に制限し、関税補助金を撤廃すると予想されている。
野心的な改革案を示すが、AP通信は、アルゼンチンの最大政党・ペロン党議員や労働組合から、強い反発が予想されると指摘する。
もともとミレイ氏は、急進的なリバタリアン(自由至上主義)経済学者であり、テレビ評論家でもあった。異端的なアプローチを掲げる現在は人気絶頂だが、苦境にあるアルゼンチン経済の改革を実現できなければ、早晩批判される側の立場に甘んじることになろう。
■「世界で最も豊かな国」の復活を掲げる
ロイター通信によると、新大統領の勝利の背景には、国の経済衰退を止められなかった前政権への深い不満がある。前政権下でペソの実質的な価値は急落した。
フィナンシャル・タイムズ紙によると、アルゼンチン経済は2020年に9回目のデフォルト(債務不履行)に陥ったことで、国際資本市場からの借り入れが不可能となった。政府は赤字を賄うため、紙幣を印刷せざるを得ない事態に陥る。結果、通貨供給量が爆発的に増加し、ペソの価値の暴落を招いた。物価高騰に拍車をかける結果となった。
米政治専門紙のヒルは、アルゼンチンにおけるいわゆる小さな政府の必要性を強調している。
大統領選の勝利演説でミレイ氏は、「世界で最も豊かな国であったアルゼンチンは、いまや世界で第130位である。国民の半分は貧しく、残りの10%は貧困にあえいでいる」と、国家の凋落を強調。続けて、「貧困化を招いているこの(政界の)カーストモデルを止めようではないか。今日、われわれはリバタリアンモデルに舵を切り、世界的な大国に戻ろうとしているのだ」と述べ、思い切った経済政策の転換が必要だと訴えた。
米ヒル紙はこれに同調し、「アルゼンチンでは、限られた政府が切実に、切実に必要とされている」と指摘。1900年には世界で最も繁栄した国のひとつに数えられていたが、1940年代から準ファシズム的な政治スタイル路線に傾倒し、政府が経済へ過干渉したことで失速したと振り返る。
インフレ率185%の現在、国民は必需品の購入を控えて物価変動に耐えている。同紙によると、アルゼンチン人口4500万人のうち、民間部門に雇用されているのはわずか600万人のみという歪んだ経済構造になっている。
■貧困と政治不信が生んだ「南米のトランプ」
ミレイ氏の攻めの姿勢と「政治カースト解体」の主張は、現状に変化を求める有権者たちの共感を呼んでいる。アルゼンチンを世界的な大国として復活させるビジョンを明確に示し、経済的苦難に耐え忍ぶ国民から支持を取り付けた。アルゼンチンの部厚い若者層にSNSが浸透し、彼らがミレイ氏に未来を託したという点も見逃せない。
その一方、最近では、より穏健な言動が目立つようになった。AFP通信は、ミレイ氏が選挙戦以降に主張をトーンダウンさせ、インフレの「破壊」やドル化といった目標の達成には時間がかかることを認めていると報じた。また、野党勢力が多数派を占める国会の状況を鑑み、対抗勢力を閣僚に登用している。無鉄砲な選挙戦のイメージから一転、より堅実な施策で脇を固める。
ミレイ氏の荒唐無稽な政治スタイルは、早晩復活するとの見方もある。アルゼンチン出身の政治学者であるロセンド・フラガ氏はAFP通信に、ミレイ氏の直近の行動が「節度と現実主義を示している」との分析を示す一方で、「政治指導者は、都合や利益、状況などに応じて理念を変えることはあっても、人格は変わることがない」と語る。
アルゼンチン国旗の中央に鎮座する太陽は、長雨が明けやっと地上を照らした太陽に由来する。常識を超えた奇策を実現しアルゼンチンの希望の太陽となるか、ミレイ氏の政治舞台での手腕が試されている
■過激な主張に心惹かれる人が大勢いる
アルゼンチンの新大統領、ハビエル・ミレイ氏の奇抜な政策と人物像が引き起こす混乱は、日本にも大きな示唆を与える。アルゼンチンでは経済的困窮のなか、過激な言論で人々の興味を掻き立てるポピュリズム政治家が選挙戦に勝利した。国家が経済的地位の低下に見舞われた際、ポピュリズムがいかに迅速かつ強烈に進行するかを如実に物語る。
日本は今日のアルゼンチンほどにまで経済力が弱っているわけではないが、物価高、急速な円安、30年間変わっていないと誇張を交えて嘆かれる給与水準など、芳しくない状況が重なる。現状に風穴を開ける期待が高まれば、過激な主張をする候補者を求めようとする深層心理も作用する。ミレイ氏のような政治家が持つリスクだけでなく、彼のような政治家に魅力を感じてしまう人が大勢いることを認識したい。
日本の私たちにとって、このニュースは遠い国の出来事ではなく、身近な警鐘として捉えるべきものだ。ポピュリズムの波がいつ日本にも押し寄せるかもしれない現実を、私たちは意識しておく必要があるだろう。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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