バカみたいに明るい日本の家を何とかしたい…建築家が「照明が暗い」という家主のクレームを無視し続けた理由【2023下半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2024年1月7日 12時15分
※本稿は、藤山和久『建築家は住まいの何を設計しているのか』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
■畳の上にちゃぶ台を置けば、6畳間はダイニングへ
日本の住宅の照明は、部屋のすみずみまで均一に照らすものが久しく好まれてきた。天井の真ん中に鎮座する巨大なシーリングライトがその象徴である。
いわゆる高級マンションを除けば、賃貸物件の照明はいまも天井の真ん中に取りつけるものが一般的だ。シーリング(ローゼット)と呼ばれる照明器具の取付口が天井面にすでにあり、賃借人はその金具を目がけて好みの照明をセットする。
嫌なら使わなければよいのだが、ありがたく使わせてもらっている人が大半だろう。借家歴30年の私も、使わなかったことは一度もない。
部屋のすみずみまで均一に照らすあかりは、「部屋の用途を規定しない」という昔ながらの暮らし方にも都合がよかった。
部屋の用途とは、部屋で何をするのかという主な利用目的のことだ。現代における部屋の用途は平面図を広げればすぐに分かる。キッチン、ダイニング、主寝室……部屋の名前と用途がイコールの関係で結ばれているからだ。
ところが昔は、6畳間、8畳間など部屋は広さで呼ばれていて、用途も定まっていなかった。畳の上にちゃぶ台を置けば、6畳間はいまでいうダイニングになった。
ちゃぶ台を片づけてふとんを敷けば、同じ部屋が寝室になった。時間によって、季節によって、また家族構成の変化によって部屋の用途は適宜入れ替わったのである。
そんなフレキシブルな生活に、すみずみまで均一に照らすあかりはぴったりマッチした。部屋が均一に明るければ、ちゃぶ台をどこに置いてもごはんをおいしく食べられる。
いまどきの照明計画のように、ダイニングテーブルの中心にペンダントライトを吊り下げるようなスタイルは、「テーブルの位置がそこから絶対に動かない」という暗黙の了解があってこそ成り立つのだ。
■近頃は日本の家でも欧米型の「多灯分散式」が増加
部屋の用途を規定しない暮らし方は、いまでもしっかり息づいている。たとえば、来客用の和室を一時的に寝室として利用するような暮らし方だ。
つい最近も、築5年に満たないお宅を訪ねた折、来客用の和室の隅にふとんが1組分積んである光景を目にした。奥さまの話では、いざ暮らし始めると夏場は1階の和室のほうが2階の寝室より風通しがよいと分かり、夏のあいだだけご主人は和室で寝ることにしたのだという。
和室の天井は昔ながらの竿縁(さおぶち)天井。その中央に、白木の枠で囲われた真四角のシーリングライトがついていた。
畳、ふとん、和モダンの照明。和風旅館でおなじみのこの3アイテムは、ソファとベッドがあたりまえになった現在でも日本の暮らしにしぶとく溶け込んでいた。
専門用語でいえば、1つの部屋を1つの照明器具でまかなう手法を「一室一灯式」という。
対して、光の広がりや形状の異なる照明を何カ所かに分散して設ける手法を「多灯分散式」という。日本の家で多いのは一室一灯式、欧米で多いのは多灯分散式である。
もっとも注文住宅に限っていえば、近頃は日本の家でも多灯分散式の照明が幅を利かせるようになった。このところ新築住宅の見学会で目にする照明は、ほとんどが多灯分散式だ。
こう言ってはナンだが、インテリアやファッションには何の関心もなさそうな職人気質の工務店でさえ、メインとなるリビングやダイニングには照明を分散していまどきを意識している。ダウンライト、スポットライト、ペンダントライトなどを組み合わせる照明計画だ。
■「暗がりをなくしたい」日本独自の住み手の意識
ただし、日本の多灯分散式は欧米のそれとはずいぶん趣きが異なる。
本来、多灯分散式を貫くコンセプトは、「必要な場所に必要なあかりを」という適材適所の考え方だ。ダイニングテーブルの上にペンダントライト、ソファの横にフロアスタンド、というように居場所とあかりが1対1の関係で対応する。そのおかげで、夜の室内には適度な陰影や色味の変化が生み出されて空間に奥行きが生まれる。
ところが日本の多灯分散式は、「暗がりをなくしたい」という住み手の意識に強く引っぱられる。照明を複数箇所に設けてはいるものの、それぞれが十分すぎるほど明るいため、結局すみずみまで明るくなる。実質は一室一灯式とほぼ同じなのだ。陰影や色味による奥行きが生まれるわけもなく、夜の室内には薄っぺらい印象だけが残る。
それだけならまだしも、下手に多灯分散式を採用したことで、一室一灯式よりもあかりが騒々しくなっている家もある。たまに目にするのが、リビングの天井に埋め込んだダウンライトの数が多すぎてガチャガチャとうっとうしい家だ。建築家は天井面がフラットになるダウンライトをことのほか好むが、その数が多すぎるのも考えものである。
また、ダウンライトの配置はよかったのだが、明るさを調節する「調光器」がデザイナーの意図を骨抜きにしたという失敗談もよく聞く。ダウンライトはその構造上、シーリングライトに比べて一灯あたりの照射範囲が狭い。光が届かない隅のほうは部分的に暗がりができる。
その暗がりに耐えきれず、昔ながらの均一なあかりに慣れている住み手は調光器のダイヤルを明るくなるほうへ回す(暗がりは消えないのだが)。気づけば夜のリビングは、ナイトゲームを開催中の野球場のように煌々としている。
以前、年間受注棟数30戸ほどの地場工務店の社長にこんなことを聞いた。
「照明をセンスよく見せるために、たとえばソファの横にフロアスタンドを置いて、天井には照明を一切つけない、みたいな欧米風を意識した照明を提案をすることはないですか?」
社長はフッと鼻で笑い、諭すような口調で言った。
「そんな提案、するだけ無駄ですよ。まず照明というのは部屋を明るくしないとだめなんです。とくにお年寄りのいるご家庭は暗いのが苦手ですから、なるべく明るめに設定するのが基本です。フロアスタンドなんて、場所を取るだけでたいして明るくもないでしょう。
嫌がられるに決まっています。もし、お施主さんのほうからフロアスタンドを置きたいと言われたら、『邪魔になるだけだから、やめたほうがいいですよ』とこちらから止めるでしょうね」
■日本の夜が明るい納得の理由
生物学的な観点からいえば、日本の夜が明るくなるのは至極当然のことかもしれない。
ご存じの人も多いだろうが、同じホモサピエンスでも明るさの感じ方は虹彩に含まれる色素の量でずいぶん違うといわれる。
東アジア特有の強烈な日差しに適応してきた私たちは、色素の量が増加して夏場でもサングラスなしで平気な目に進化した。その代わり、日が暮れるとあたりが急に暗く感じられる。
一方、色素の量が少ない欧米人は明るい場所にめっぽう弱い。知り合いのフランス人(碧眼)の話では、日本の夜は明るいを通り越して「まぶしい」という。夜、日本人家族の家に遊びにいって長居をしていると、まぶしすぎる照明のせいでだんだん気が立ってくるそうだ。
彼らが好む照明は、欧米の映画やドラマを見るとよく分かる。テーブルランプやフロアスタンドなどを、あかりがほしいところにだけ無造作に置いている。天井面に照明のない部屋も珍しくない。照明器具のデザインはどれも個性的で、インテリアデザインの重要なアクセントになっている。
なんともかっこいい。そのままインテリアのお手本として取り入れたいところだが、やはりその「暗さ」だけはいかんともしがたい。そのまま導入すれば、日常生活がおぼつかなくなるのは目に見えている。
■照明ならではの抜け道
欧米ほど暗くはない。
しかし、ただ明るいだけでもない。
日本の多灯分散式は、そのあたりのちょうどよい落としどころを探る必要がある。同時に、昔ながらの均一なあかりに慣れた住み手を十分納得させる必要もある。
ある会合で知り合った建築家は、その解決策としてかなり「危険な」方法を実践していた。彼の照明計画を支えていたのは、おおむね次のような理屈である。
まず大前提として、照明というジャンルは設計側の提案が比較的通りやすいという特徴がある。提案といっても、数ある打ち合わせ項目のなかから照明だけを抜き出して、ああしましょうこうしましょうと熱心にやり取りするわけではない。
大半の建築家は、どの物件でも使っているお気に入りの照明器具をいつもどおりに配置して、こんな感じでいかがでしょうかと投げかけるだけだ。彼もまた、同じようなやり方で照明計画を提案している。
それでも施主の多くは、最初の提案をほぼそのまま受け入れる。なにしろ現時点で彼らが住んでいる家は、天井の真ん中に蛍光灯が張りついているか、ペンダントライトがぶら下がっているか、たいていはそのどちらかなのだ。
ダウンライトやスポットライトを配置した美しいリビング・ダイニングのパースを見せられると、それだけで舞い上がってしまう。
なおかつ照明には、当初は違和感があってもすぐに慣れてしまう、というなんとも都合のよい側面がある。昼白色、電球色といった色温度の変更などはその最たるものだろう。
リビングの照明が、それまで慣れ親しんでいた青白い寒色系から赤っぽい暖色系に変更されたとしても、新しい色温度に住み手が慣れるスピードは驚くほど早い。ことによると、以前とは違う色に変わっていることにすら気づかない人もいるはずだ。
「そこに、照明ならではの抜け道があるんです」
全身黒ずくめの建築家は、自信たっぷりにそう話した。
■アトリエ建築家の深謀遠慮
彼の照明計画はとてもシンプルなものだ。細かいことをいえばいろいろあるのだろうが、基本的には多灯分散式のルールに則ったうえで、「リビングの照明だけは意識的に照度を落とす」。
それだけである。彼が設計した住宅を実際に見たことはないのだが、おそらく、すみずみまで明るい室内に慣れた人には、一見して「暗い」と感じられる照明計画なのだろうと思う。欧米ほどではないだろうが、日本の一般的な住宅よりもはるかに深い陰影に包まれているはずだ。
だが、彼はその「暗い」照明計画を施主には一切説明しないという。事前に説明すればその場で猛反対にあうか、せめて調光器くらいはつけてほしいと懇願されるか、いずれにしろ計画の見直しを迫られるからだ。
はたして、新しいわが家に引っ越してきた施主一家は、日が落ちてリビングにあかりを灯した瞬間、あまりの暗さに言葉を失う。
「なんだかリビングのデンキが暗いようなんです。明るくなるように調整してもらえませんか」
すぐさまご主人から連絡が入る。
だが、建築家は動かない。
「いまちょっと忙しいので、そのうち、え、まあ、では、なるべく早めに……」
ごにょごにょ言いながら1週間くらい放っておく。
すると施主はイライラしてくる。あの建築家、訴えてやろうかという気になる――かと思いきや、現実の展開はおおむねこの逆になるという。
住み手は毎晩暗いリビングで過ごしているうちに、しだいに依って立つ明るさの基準が揺らいでくるのだ。そして、こう思い始める。
「そもそも、リビングの明るさはどれくらいが適切なのか。自分はどれくらいの明るさだったら満足するのか。引っ越し直後は暗いと感じたリビングのあかりだが、むしろ以前の家が少々明るすぎたのかもしれない……」
とそこに、建築家が現れる。
「で、その後いかがですか?」
「いや、これはこれでいいような気がしてきました」
おおむね1カ月もあれば、たいていの家族は彼が設定したリビングのあかりに慣れるという。
「でも、どうしてそんな危なっかしいことをするんです?」
クレーム回避を最優先に掲げる建築士事務所も多いなか、あえて危険な綱渡りに挑む理由をたずねると、彼はどうしてそんなことを聞くのかという顔をして、つまらなそうに答えた。
「だって、そうでもしないと日本の家はバカみたいに明るくなるじゃないですか」
東アジア特有のまぶしい日差しに適応してきた私たちが、ぎりぎり許せる範囲で行われるスパルタ式の照明計画。日本の夜をただ明るいだけにしないためには、こういうやり方もある。
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編集者
建築専門誌『建築知識』元編集長。建築分野の編集者として建築・インテリア・家づくり関連の書籍、ムックを数多く手がける。主な担当書籍に『住まいの解剖図鑑』(増田奏)、『片づけの解剖図鑑』(鈴木信弘)、『間取りの方程式』(飯塚豊)、『建物できるまで図鑑』(大野隆司・瀬川康秀)、『非常識な建築業界』(森山高至)など。著書に『建設業者』がある。
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(編集者 藤山 和久)
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