「これではとても住み続けられない」引っ越してすぐに思い知った"デザイン重視の家"の落とし穴【2023下半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2024年1月7日 7時15分
※本稿は、藤山和久『建築家は住まいの何を設計しているのか』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
■ほぼすべての家の南面に掃き出し窓がある
掃き出し窓と呼ばれる窓がある。
あなたの家にもあると思う。庭やバルコニーとの境にある大きな引き違いの窓、あれが掃き出し窓だ。室内のゴミやホコリをそこから「掃き出した」のが語源といわれる。昔は現在の地窓のように高さの低いものをいったが、いつのまにか背丈を上まわる高さのものも掃き出し窓と呼ぶようになった。
西洋の住宅にも掃き出し窓はある。だが日本のように、どこの家でもあたりまえのように設けられてはいない。そこには気候風土にともなう建築構法の違いなどが大きく関係しているのだが、話が長くなるのでここでは割愛する。
掃き出し窓の特徴は、「建物の南面に設けられる」ということだ。むろん例外はあるが、戸建住宅の掃き出し窓といえば一般的には南面の窓ということになる。
近所の住宅地をぶらっとひと回りしてみた。
やはり、ほぼすべての家の南面に掃き出し窓がついていた。幅1800ミリ前後のものを2つ、間に壁を挟んで設けている家が多い。掃き出し窓の向こうは、おそらくリビング・ダイニングだろう。
「おそらく」というのは、すべての窓が昼間にもかかわらずカーテンを閉めているからだ。それも厚手のドレープカーテンである。せっかく南面に大きな窓を設けているのに、これでは明るい光も気持ちのよい風も入ってこない。
いや、無理もない。なにしろカーテンを閉め切っている家は、目の前が人やクルマの行きかう道路なのだ。私のような不審者に家の中を覗き込まれても困る。
「せめてレースのカーテンにすれば、外からの光だけでも入って室内が明るくなるのでは?」と余計なお世話を言いたくなるが、そのような隙を見せている家は1軒もなかった。なかにはカーテンだけでは手ぬるいとばかりに、雨戸をぴしゃっと閉じている家もあった。
■光は入らない、風も入らない窓を本当の「窓」と呼べるのか
ここで1つの疑問が浮かぶ。
はたしてそのような掃き出し窓を、窓と呼んでもいいのだろうか。
1年中カーテンで閉ざされた掃き出し窓はほとんど壁である。光は入らない、風も入らない、そこから出入りする人もおそらくいない。そのような窓を、本当に窓と呼んでもいいのだろうか。
カーテンで閉ざされた掃き出し窓をもつ家は、建売住宅に多い。
このところわが家の近所は、大手デベロッパーによる宅地開発が花ざかりだ。新しく整備された街区を歩くと、道路から1~2メートルほどの位置に壁面が迫っている家にたびたび遭遇する。手を伸ばせば外壁に触れられそうなほど近い。そのような家の南面に掃き出し窓を設けている。早晩、明るい窓も暗い壁に変わるだろう。にもかかわらず……。
「私の家には大きな窓がついている」
壁のような掃き出し窓が生まれる背景を、ある50代の建築家は次のように推測した。
「ひと言でいえば固定観念でしょう。建物の南面には大きな掃き出し窓を設けるものだ――。設計側がその固定観念にしばられているためです。もしくは、設計するときに敷地や周囲の環境をつぶさに調べていないか、ですね。敷地の南側に道路があるなら、ふつうは採光や通風を別の方法でとるものです。
しかし、敷地をきちんと見ていない、あるいは設計する側に敷地周辺の環境を読み解く力が十分備わっていなければ、その方法も分かりません。機械的に区画された宅地に戸建ての模型をポンポン置いていくような設計をしているのであれば、なおのこと不可解な掃き出し窓は増えるでしょうね」
彼はそう話すと、「僕なら建物の東面にハイサイドライト(高窓)を設けて光を入れるけどなぁ」と、さっそく別の手立てを考えていた。
■窓の少ない家、風通しの悪い家は湿気とカビの悪影響をもろに受ける
では、もう一方の当事者はどう思っているのか。
掃き出し窓をあけたらすぐに道路という家に住む人は、なぜその家を購入したのだろうか。
そのあたりの事情を聞いてみたい、と思ったのだが、なんとなく気が引けるのでやめた。
代わりに事情通に話を向けた。建築エコノミストの森山高至さんである。新国立競技場問題、築地市場移転問題など、業界の枠を超えて建築と社会経済の問題に切り込む孤高の才人だ。
本職はいまも建築設計業である森山さんに、カーテン閉めっぱなし掃き出し窓住宅に住む人たちの心の内を読み解いてもらった。
「日本のように高温多湿の国では、窓の少ない家、風通しの悪い家は湿気とカビの悪影響をもろに受けます。昔はそれが建物の不調、体の不調につながり、ひいては死に直結することすらありました。
その恐怖を乗り越えるべく先人が編み出したのが、南面の大開口、間仕切壁が少なく風通しのよい東アジア特有の間取りです。この形式は住宅の性能が劇的に向上した今でも、家づくりの知恵として脈々と受け継がれています。新しい住まいに求める要望として、日当たりの良さや風通しの良さを挙げる人が多いのは、その切実さを肌で感じているためでしょう」
たしかに日当たりや風通しの良さは、昔も今も家づくりの最重要テーマといえる。
ただ、現実の暮らしぶりはどうだろう。窓をこまめに開け閉めして室内環境を調整している家は、昨今とても少ない。暑くなれば冷房をつける。暗くなれば照明をつける。窓はずっと閉めたままだ。
交通量の多い道路際の住宅なら、なおさらそのような暮らし方になる。道路際の掃き出し窓は、いっそ最初からやめてしまったほうがよいのでは? 論理的に考えればそのような結論にいたるのではないか。
■窓はその存在自体が情報でありメッセージ
だが、事はそう単純ではない。
南面に設ける掃き出し窓は、はいそうですかと簡単にはやめられない事情があるのだと森山さんは言う。
「掃き出し窓に限った話ではありませんが、窓という部材は建築物の1材料という枠を超えて、建物にさまざまな付加価値を与える特別な部材なんです。窓の大きな家、窓のたくさんある家と聞くと、私たちは例外なく、その家に明るさや光、夢や希望といったポジティブなイメージを抱きます。そこが重要なんです。
道路際に大きな窓を設けてもどうせカーテンが閉めっぱなしになるのだからと、最初から窓のない家をつくって売り出したらどうなります? おそらくその家は売れ残ると思います。窓はその存在自体が情報でありメッセージなんです。極端にいえば、いまの消費者は窓に採光や通風といった窓本来の機能を求めてはいません。
彼らが求めているのは、『私の家には大きな窓がついている』という事実だけなんです。そう考えると、道路際の掃き出し窓がなくならない理由もなんとなく分かると思います」
■デザインとしての窓が思わぬクレームを誘発する理由
わが国で家庭用エアコンが普及し始めるのは1960年代以降である。以来、窓は「風通しのための開閉装置」という役割を急速に失い始める。室内環境の調整はもっぱらエアコンにゆだねられたためだ。
エアコンの登場は、室内環境だけでなく住宅のデザインにも大きな影響を与えた。設計上求められる要件のうち、「風通し」のプライオリティが著しく下がると、窓を住宅デザインの1要素として扱える余地が大幅に拡大したのである。
それまで開閉を前提としていた窓は、開閉しなくてもよい「はめ殺し」でも許されるようになった。そして窓の役割は、「採光による光のデザイン」「ガラスによる建築デザイン」の2つに大きく傾いていく。デザインとしての窓は、建物に明るさ、軽さ、希望、未来といったポジティブなイメージを付与する記号としても期待されるようになった。
ただ残念なことに、窓をたんなるデザインアイテムとして捉える建築家が増えると、建物のさまざまな箇所でトラブルが生じるようにもなった。デザインとしての窓が思わぬクレームを誘発した例は、ここ数10年枚挙にいとまがない。
ある日、川崎市に建築士事務所を構える女性建築家のもとに、かつての施主から緊急の電話が入った。急ぎ相談したいことがあるという。
「最近、地元の友人が戸建てを購入したんです。先週引っ越したばかりなのですが、これではとても住み続けられないと言ってさっそく落ち込んでいます。先生、ちょっと相談に乗ってあげられないでしょうか」
次の土曜日、建築家はクルマを飛ばし群馬県にある元施主の友人宅へと赴いた。丁重な出迎えを受けリビングに通されると、彼女はすぐさま「住み続けられない」の意味を察した。
その家は南面がほぼ吹抜けだった。1階の南面には大きな掃き出し窓、2階の南面には大きなはめ殺しの窓。とても明るく日当たりの良い家である。だが、その日当たりが曲者だった。さんさんと照りつける太陽は、梅雨が明けたばかりのリビングを真夏のビニールハウスに変えていたのである。
「この家は軒も庇(ひさし)も出ていないから、太陽の熱がみな家の中に入ってくるんです」
建築家は太陽のほうを指差しながら、窓の位置やサイズ、日射をさえぎる軒や庇の出の短さによってリビングに大量の熱が侵入している状況を説明した。
窓の内側にはブラインドがついていたが、一般的な内付けブラインドでは日射遮蔽(しゃへい)の効果にも限界がある。住み手はその場で、急場をしのぐ改修工事を依頼したという。
■ガラス張り設計の後始末は、すべて設備設計者に丸投げ
窓は、建物内に明るさをもたらす。同時に窓は、建物内に熱ももたらす。
熱は寒い冬にはありがたいが暑い夏ならご免こうむりたい。これは一般の人でも経験的に理解している太陽エネルギーの大原則である。
ところが建築の世界では、この大原則に則った設計がいつもなされているとは限らない。
窓がもたらす光のデザイン、ガラスが織りなす建築デザインばかりが優先されて、厄介な熱の対策は後回しにされている建築計画が山のようにある。ガラス面の多い住宅はもちろんのこと、ガラス張りの図書館、ガラス張りの病院、ガラス張りの駅舎といった「ガラス張りの○○」の多くは、かなりの割合でその疑いが強い。
「ガラス張りの建築といっても、いまどきは熱の悪影響を受けない高度な設計がなされているのでは?」
そう思われるかもしれない。
しかし現実は、その期待をあっさりと裏切る。ガラス張りの建築が室内環境をどのように整えているのかといえば、ほとんどは大規模な空調機器の絶え間なきフル稼働によってである。1部の先進的な取り組みを除いては、建物内に侵入した大量の熱は大量のエアコンを使って打ち消しているに過ぎないのだ。
そんなガラス張り建築の空調設計を数多く手がけている某設備設計者は、心の底からあきれ返ったようにこう言い放つ。
「あの人(建築家)たち、ほんっとに、なんっにも考えてないからね」
ガラス張り設計の後始末は、すべて設備設計者に丸投げなのである。
にもかかわらず、地方自治体などが主催する建築設計コンペでは、ガラス張り建築の設計案が最終選考までしぶとく残ったりする。
環境への莫大(ばくだい)な負荷、竣工(しゅんこう)後の莫大な維持費、そういう懸念はひとまずおいて、ガラスという素材がもたらす明るさ、軽さ、希望、未来みたいなものがしれっと評価されるからだ。
地球温暖化対策、二酸化炭素排出量の規制、その手の議論はどこか遠い惑星で行われているかのような無神経さである。
■“シーンとしての窓”と“機能としての窓”は別物
その昔、ある著名な作曲家は、何軒目かの自宅を新築する際、担当の建築家に次のような要望を出した。
「窓は“シーンとしての窓”と“機能としての窓”、この2つをきちんと切り分けて設計してください。シーンとしての窓は徹底的に考えてドラマチックな演出を。機能としての窓は光、風などのコントロールが細かく自在にできるように」
当時、実務担当の1人としてこの案件に参加し、いまは独立して自身の建築士事務所を構えている建築家のM氏。
彼は「窓を2つに切り分けて考えてほしい」という作曲家の要望に、自身の建築観が根底から揺さぶられるほど強い衝撃を受けた、と私に話してくれたことがある。窓についてそのような捉え方をする人に、それまで会ったことがなかったというのだ。
「恥ずかしながら、当時まだ20代だった私は窓を建築デザインの1部としてしか見ていませんでした。ガラスという素材をどのように扱えば自分がイメージする建築像に近づけられるか、それしか考えていなかったんです。
そんなとき、窓はシーンと機能を切り分けて考えてほしいという先生の要望はぐさりと刺さりましたね。いまだにそのひと言は、私が窓について考える際の指針になっています」
シーンとしての窓。
機能としての窓。
窓の役割が混沌(こんとん)としている現在、まずはこの2つをキーワードに住宅と窓の関係をイチから仕切り直してみてはどうだろうか。道路際の掃き出し窓もガラス張りの建築物も、この2つの視点で整理し直せば、もう少しマシな方向に改善できそうな気がしている。
■建物の南面にはいつも掃き出し窓が必要なのか
敷地の広さに余裕があり、建物の南側にたっぷり庭を設けられた時代の家は大きな掃き出し窓にも意味があった。南面をガラスにすれば、日当たりは当然良くなった。窓をあければ風通しも良くなった。当時はいまほどプライバシーにもうるさくなかったことだろう。
だが、そのような時代はとうに過ぎている。日本の住宅の象徴ともいえそうな掃き出し窓だが、その位置づけと役割についてはずいぶん前に見直すべき時期がきていたように思う。
建物の南面にはいつも掃き出し窓が必要なのか。必要だとしても何か工夫すべき余地があるのではないか。窓の基本的な役割を押さえつつ、バランスよく慎重に考えていく必要が、いまの掃き出し窓にはあるように思う。
住宅でも、大型の建築物でも、窓が絡んだクレームは本当にたくさん見聞きする。
窓の話をし始めると、どうしても愚痴っぽくなる。
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編集者
建築専門誌『建築知識』元編集長。建築分野の編集者として建築・インテリア・家づくり関連の書籍、ムックを数多く手がける。主な担当書籍に『住まいの解剖図鑑』(増田奏)、『片づけの解剖図鑑』(鈴木信弘)、『間取りの方程式』(飯塚豊)、『建物できるまで図鑑』(大野隆司・瀬川康秀)、『非常識な建築業界』(森山高至)など。著書に『建設業者』がある。
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(編集者 藤山 和久)
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