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欧州のアマゾンには「徳を積むキャンペーン」専任の職員がいる…元ロビイストが明かす"意外な仕事内容"

プレジデントオンライン / 2024年1月15日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Daria Nipot

テクノロジー大企業の影響力に対する強くて広範な否定的反応を「テックラッシュ」という。アマゾン最古参のロビイストである渡辺弘美さんは「テックラッシュによる逆風が強い場合、ロビイングを行うチームは、アマゾンの評判を回復することから仕事を始めざるを得ない状況になる。欧州には“徳を積む”キャンペーンをするチームまで存在するほどだ」という――。

※本稿は、渡辺弘美『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■2010年代半ばあたりから注目度合いが急速に高まっていった

私がアマゾンに入社した当時は、公共政策チームはビジネスの支障になり得るような法制度上の問題のみに注力していればよかった。だが、2010年代半ばあたりから世界的に規制当局や政策立案者のテック企業に対する注目度合いが急速に高まっていった。

英語圏の辞書によれば、テックラッシュとは「特に個人情報の管理、ソーシャルメディア、オンラインアクセスやコンテンツの規制などに関する、テクノロジー大企業の広範囲に及ぶ権力と影響力に対する強くて広範な否定的反応」と解説されているが、私としては「強くて広範なきわめて政治的な動機による否定的反応」と追記したい。

最近、米国ではいわゆるGAFAやマイクロソフトを加えたGAFAMという言葉を使わず、これらにテスラとエヌビディアを加えた7社を「マグニフィセント・セブン(Magnificent Seven、荒野の七人)」と呼んでいるようである。テックラッシュは、これらのうちグーグル、メタなど一般消費者向けにサービスを提供しているテック企業に顕著に生じている。アマゾンの場合には、主としてビジネス向けの事業であるアマゾン ウェブ サービスよりも、アマゾンドットコムのような一般消費者向けのインターネットショッピング事業のほうがメディアなどによる批判が強い。

■テックラッシュの背景には「不安や不信」がある

アマゾンの場合、おそらくテックラッシュの背景には、事実に基づかないものも含め、メディアや一般消費者が抱くさまざまな不安や不信があったろうと思われる。

例えば、いわゆる市場支配力の大きさ、ジェフ・ベゾスの巨額の個人資産、アマゾンの物流センターや配送網における労働条件や国際的な税負担に対する懸念、各地域のハイストリート(繁華街)に与えている影響、アマゾンが新興国や新しい市場セグメント(食品、薬局、映像制作、アレクサなど)に参入する際の既存勢力からの抵抗、アマゾンのマーケットプレイス上の販売事業者のコミュニティからの懸念の声、セーフガードなしに自国に中国製品が流入することを可能にしている元凶などなど。

特に、欧州では、国によって温度差があるとは言え、欧州の戦略的自律性をめざすフランスを筆頭に、「ローカル対グローバル」「伝統対革新」「独立系企業対巨大テック企業」「持続可能性対過剰消費」「社会的絆対デジタル」といった単純な二元的対立軸の一方とみなされ、反アマゾンの気運が徐々に高まっていった。欧州からの逆風は他国にも伝播し、自国にデジタル・チャンピオンがいないのは米国のテック企業のせいであるという感情に加えて、主として雇用条件、納税、環境問題、競争問題に関してアマゾンは今でも広く批判にさらされている。

■批判はきわめて政治的な動機によりなされる

これらの問題に加えて、過去には突発的に起こるテックラッシュもあった。消費者の意向を踏まえずにアレクサにより音声が勝手に記録されているのではないか、政治的なメッセージの入ったTシャツなどの商品を販売しているのは問題ではないか、テロ行為がツイッチ(アマゾンの子会社)によるライブストリーミング配信で拡散されているのではないかなど。

加えて、コロナ禍を経て、アマゾンは人々の生活になくてはならない存在であると認識されながらも、COVID-19の勝者、つまり危機から恩恵を得た者として厳しい目が向けられ、第一線で働いてきた労働者の待遇や賃金を改善するとともに、財政再建や景気回復にも貢献するよう求める声が強まっていった。繰り返すが、テックラッシュによる批判には事実に基づかないものも多いのであるが、きわめて政治的な動機によりなされるものなのである。

段ボール箱を持っている配達員
写真=iStock.com/Olga Aleksandrova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Olga Aleksandrova

■欧州の場合、政治家や官僚が面談に応じてくれないことも

このようなテックラッシュの逆風の中では、公共政策チームが個別の政策課題に特化したロビイングを行うことは容易ではない。(本書で)後述するように、日本では個別の政策課題について政治家や官僚に面談を申し込んだ場合、不合理な理由で断られるということはあり得ない。

一方、欧州の場合には、そもそもアマゾンにまとわりついている誤解や悪評を取り除かないことには、個別の政策課題について面談にすら応じてもらえないという現象も起こっていた。そうであれば必然的に欧州の公共政策チームは、まずはアマゾンの評判を回復することから仕事を始めざるを得ないことになり、例えば、アマゾンがいかに欧州各国の中小企業支援を行っているのかを示すための”徳を積む”キャンペーンを行うことになる。実際、欧州の公共政策チームにはこのようなキャンペーンを率いる専任の社員が存在する。

欧州のことを強調して述べてきたが、テックラッシュは世界的な現象になりつつあった。米国が自国第一主義のアプローチをとったことで、間接的に他国にも同様の行動をとることを許してしまったというマクロ的なトレンドもテックラッシュを引き起こした要因であろうと思われる。

■アマゾンのミッションを事前に説明するプロジェクトが開始

2018年以降、各国が欧州のような事態になることを避けるために、各国においてアマゾンのミッションやビジネスモデルについて事前に能動的に規制当局や政策立案者に説明するという全社的なプロジェクトを展開することになった。何か問題が起こってから事後的に受動的に対応するのではなく、日頃から各国政府や政府に対して影響力をもっている人たちの理解と信頼を得ることが重要であると再認識したのである。

日本でも、2019年11月に、衆議院第一議員会館において、「オンライン販売で成長する全国のきらりと光る小規模事業者応援展」を開催し、各地の道の駅や物産展で販売をしている販売事業者の方々がAmazon.co.jpを通じても事業を拡大されていることを、国会議員や秘書に訴求したりした。

■辛抱強く事実を伝え、社内にフィードバックしていく

渡辺弘美『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社)
渡辺弘美『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社)

テック企業のビジネスモデルや提供する商品やサービスにより、社会的な不安や不信がうまれ、それらが積み重なることによってテックラッシュが生じる訳である。それらを放置すれば、政治的な緊張から新たな規制による政府の介入が行われるだけでなく、最も大事な消費者からの信頼を失ってしまうことになりかねない。テック企業の公共政策チームとしては、誤解に基づく外部からの批判に対しては辛抱強く事実を伝え、真摯(しんし)に受け止めるべき否定的な見解に対しては社内にその声をフィードバックし、商品やサービスに何らかの調整を加えることが必要になる。

また、否定的な批判の声に対応するだけではなく、影響力のある企業は社会的責任を果たすべきであるとの要請にも応える必要性が高まっている。サプライチェーンを含めた持続可能性、省エネルギー、人権デューデリジェンス(適正な評価手続き)、ギグワーカーの労働条件など、社会的問題への取組が一層要請されていることを社内に周知して回る役目もある。テック企業の公共政策チームは、会社の命運を左右する重要な役割を担っていると言っても過言ではない。

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渡辺 弘美(わたなべ・ひろよし)
アナリーゼ代表
元アマゾンジャパン合同会社顧問・渉外本部長。世界中のAmazonで最古参のロビイスト。東京工業大学物理学科卒業後、1987年通商産業省(現・経済産業省)に入省し長年にわたりIT政策に従事。2004年から3年間日本貿易振興機構(ジェトロ)及び情報処理推進機構(IPA)ニューヨークセンターでIT分野の調査を担当。当時、インターネット、ITサービス、セキュリティ分野などの動向を毎月まとめた「ニューヨークだより」を発信し、日経ビジネスオンラインで「渡辺弘美のIT時評」を連載。2008年にAmazonに転職。15年間にわたり日本における公共政策の責任者を務めた。24年に公共政策業務をアップグレードするアナリーゼを設立し代表に就任。著書に『ウェブを変える10の破壊的トレンド』(ソフトバンククリエイティブ)、共著に『セカンドライフ創世記』(インプレス)がある。

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(アナリーゼ代表 渡辺 弘美)

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