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アマゾンよ、ありがとう…日本で"置き配"を広めるために社員ロビイストが実行した綿密かつしたたかな計画

プレジデントオンライン / 2024年1月17日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Daria Nipot

「置き配」は今では当たり前のサービスになっている。なぜ日本社会に定着したのか。アマゾン最古参のロビイストである渡辺弘美さんは「置き配は日本での認知度は低く、消防法に抵触するリスクもあった。私はアマゾンが置き配サービスを開始できるよう、国土交通省と経済産業省を味方につけて、置き配の社会的受容性を高めていくことを考えた」という――。

※本稿は、渡辺弘美『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■今では当たり前の配達形態になった「置き配」

コロナ禍ですっかり日常に定着した置き配。配達員が荷物を手渡しせず、在宅でも留守でも指定した場所に商品を置くことで配達完了にするサービスである(アマゾンでは置き配指定サービスと呼んでいる)。置き配サービスを行っている企業によって、その内容には差があるが、アマゾンでは玄関先だけでなく、宅配ボックス、車庫、ガスメーターボックス、自転車かごなど、商品を置く場所をお客様が選ぶことができ、お客様が希望される場合には、配達完了時に届けた場所の写真を送るようになっている。また、配達完了になっているにもかかわらず商品が届いていない場合などには、お客様から状況を伺った上で、商品の再送や返金を行う補償対応も行っている。

今では、当たり前の配達形態になっているが、置き配サービスを開始する前には、その社会的な受容性を高めるにはどうすればよいかが課題であった。日頃、お客様からは、せっかく寝付いた赤ちゃんを配達のインターフォンで起こしたくない、女性の場合、すっぴんで配達員に顔を見られたくないなど、さまざまな理由から置き配を希望する声があった。もちろん、荷主であるアマゾンにとってもお客様にとっても、再配達を避けて、一度で商品が受け取れる置き配は魅力的であった。

■消防法に抵触するリスクがあった

一方で、当時は米国とは異なり、日本では置き配の認知度はまだまだ低く、仮に、いたずらに置き配のリスクに焦点を当てるような報道がなされたり、メディアの論調などにより規制当局などから横やりが入ったりすることともなれば、置き配を実現することが難しくなるリスクが想定された。

最悪の場合、例えば、マンションの玄関前など共用部分に置き配する際、消防法では、「(略)廊下、階段、避難口その他の避難上必要な施設について避難の支障になる物件が放置され、又はみだりに存置されないように管理し、かつ、防火戸についてその閉鎖の支障になる物件が放置され、又はみだりに存置されないように管理しなければならない」(消防法第8条の2の4)とあり、保守的に解釈すれば、消防当局から、マンション共用部での置き配に対して強く規制されるリスクがあった。そこで、置き配に対するポジティブな雰囲気を前もってどう醸成しておくかが課題であった。

■国交省と経産省を味方につけて社会的受容性を高める戦略

政府としては、宅配便の再配達率(当時〔2017年度〕で16%程度)をいかに削減するかが重要課題となっており、置き配は再配達率を大幅に改善する切り札であることは明白であった。そこで、私は、再配達率を削減したいという目標を掲げている国土交通省と、荷主側の意向をくみ取ってくれる立場にある経済産業省を味方につけて、置き配が多様な受取方法の一つとして広く認知されるような雰囲気を醸成し、一気に置き配の社会的受容性を高めていくことを考えた。

このような考えに至ったのには伏線がある。2015年6月に、国土交通省の物流審議官部門物流政策課企画室(当時)が、EC市場の成長の一方でドライバーの労働力が不足している状況下で再配達率を削減することがいかに重要であるかの認識を共有するために、宅配の再配達の削減に向けた受取方法の多様化の促進等に関する検討会を開催していた。その後、この動きをフォローアップするためには、個々の事業者による取組だけでなく、宅配業界とEC・通信販売業界との間の連携が不可欠であるとの認識の下に、2018年5月に経済産業省と国土交通省の共同により、宅配事業とEC事業の生産性向上連絡会が設置され、私も委員の一人になっていた。

トラックを運転する男性の手
写真=iStock.com/Hakase_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

■省エネルギー対策上の、荷主に対する規制強化の流れ

この時点では、コンビニでの受取、住宅における宅配ボックスでの受取、鉄道などの公共的空間での受取が議論の主流であり、置き配にはまだ焦点が当てられておらず、ほんの少しだけ上記連絡会のこれまでの議論のとりまとめの中に置き配の言葉が記載されているだけであった。

もう一つの伏線としては、省エネルギー対策上の荷主に対する規制強化の流れがあった。同年6月にエネルギーの使用の合理化等に関する法律(いわゆる省エネ法)の一部を改正する法律が公布され、貨物の所有権を問わず、契約等で輸送の方法等を決定する事業者も新たに荷主とされ、ネット小売事業者も規律の対象になった。荷主のうち、年度の輸送量が3000万トンキロ以上の者が特定荷主とされ、省エネ法の告示で定める荷主判断基準の遵守が求められることになった。

その荷主判断基準の見直しのため、同年8月に、総合資源エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会省エネルギー小委員会の下に荷主判断基準ワーキンググループが設置され、私もオブザーバーの一人になった。荷主判断基準には基準部分と目標部分があるが、その目標部分に小口貨物(主にBtoC)の配送効率向上として、再配達の削減が新規に盛り込まれることとなった。

■告示に「置き配」という用語を入れるように要請した

事務局である資源エネルギー庁省エネルギー課からは、再配達を削減するための新たな仕組みとして、例えば、1回目の配達で受け取った場合のポイント付与や再配達の料金化が提案されていた。いずれの例示も貨物輸送事業者の義務として議論されるべき問題であって、荷主判断基準として荷主に目標として課すことは適当ではなかった。かと言って全部削除する訳にはいかず、どうしようかと思案していたところ、一部の地域で置き配の実証実験を始めたいという社内の声に接したので、省エネ法が後押しになればと思い、荷主判断基準の再配達を削減する新たな仕組みの例として「置き配」という言葉を入れるように要請した。

告示とは言え、「置き配」という用語が法令に規定されたのはこれが初めてのことではないかと思う。こういう訳で、物流政策上の観点からも省エネルギー政策上の観点からも、再配達の削減、そしてその方策としての置き配をポジティブに受け止め得る環境ができつつあった訳である。

置き配が実現すれば、アマゾンのお客様の利便性を高めることができるのは間違いなく、ロビイングの仕事の中でもこれほどお客様に近い視点で仕事ができるのは貴重なことであった。

アマゾンの箱
写真=iStock.com/Daria Nipot
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Daria Nipot

■アマゾンのリーダーシップ・プリンシプル

アマゾンのリーダーシップ・プリンシプルの最初に出て来るのが、「Customer Obsession」という原則であり、その意味としては「リーダーはまずお客様を起点に考え、お客様のニーズに基づき行動します。お客様から信頼を得て、維持していくために全力を尽くします。リーダーは競合にも注意は払いますが、何よりもお客様を中心に考えることにこだわります」と解説されている。

アマゾンの社内では、競合他社がこういうことをしているから、我々はこうしようという議論はない。常にお客様視点で思考、行動することが徹底される。そして、リーダーシップ・プリンシプルの中で「Customer Obsession」と対になっているのが、「Deliver Results」である。その意味は、「リーダーはビジネス上の重要なインプットにフォーカスし、適正な品質でタイムリーにやり遂げます。どのようなハードルに直面しても、立ち向かい、決して妥協しません」とされている。リーダーシップ・プリンシプルの中には16の原則があるが、このうち、「Customer Obsession」と対になっている「Deliver Results」の二つの原則がその中核にある。

■「置き配」に対するポジティブな論調を創出する

アマゾンのミッションは、「地球上で最もお客様を大切にする企業、そして地球上で最高の雇用主となり、地球上で最も安全な職場を提供すること」であるが、インターネットショッピングの場合には、お客様の満足度を高める三つの柱として、品揃え、価格、利便性がある。これらがビジネス上の重要なインプットである。その対局にあるのが、ビジネス上のアウトプットである売上高や利益になる。品揃え、価格、利便性については、社員がフォーカスすれば必ず改善する、つまりコントロールできるのである。しかし、売上高や利益というのはあくまでも結果であって、直接コントロールできるものではない。

従って、インプットにフォーカスすることが「Deliver Results」で奨励されている訳であるが、置き配という配達方法の選択肢を増やすことは、利便性を高めることに他ならず、インプットにフォーカスした課題なのである。

アマゾンのリーダーシップ・プリンシプルが私の背中を押し、置き配についてロビイングのアクションを取ろうと決断させた。具体的なアクションとしては、置き配だけに焦点を当てた政府による会合を立ち上げてもらい、メディアの耳目も集め、その会合から物流政策上、省エネルギー政策上の観点からも、置き配が非常に有効な受取方法であるとの結論を出してもらい、政府発信の情報をメディアに乗せることで置き配に対するポジティブな論調を世の中に創出しようと考えた。

実業家と階段
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■アマゾンの置き配が事例として紹介されるようにレールを敷いた

早速、経済産業省商務・サービスグループの物流企画室(当時)と国土交通省総合政策局物流政策課を訪問し、置き配に関して今両省が連携して取りあげる必要性を訴えた。これが功を奏して、2019年3月に置き配検討会が設置され、置き配の実施にあたっての課題等を整理し、関係省庁や関係業界それぞれにおいて取り得る対応策等の検討が行われることになった。

私もこの検討会の委員になった。第1回の会合では、検討会の冒頭でメディアの取材も入り、予想どおり、新聞やテレビでは、置き配をポジティブに捉えた上で取り上げる報道が多くみられた。第1回の置き配検討会では、併せて、置き配実施企業による取組事例もとりまとめ、検討結果と合わせて広く周知し、関係業界や消費者の意識醸成に繋げていくことも決定された。つまり、この置き配検討会と同時並行して、アマゾンがお客様に安心してご利用いただけるような形で置き配を進めていければ、政府がその取組を事例として紹介までしてくれるという算段である。

ここまでのレールを敷くことができれば、もうほぼ仕事は終わりである。この検討会が開催されている最中に、アマゾンからは置き配指定サービスの対象エリアを拡大することをプレスリリースし、その中で、アマゾンが置き配検討会に参加し、自社だけでなくラストワンマイルに関わる物流業界全体が、新しい配送のあり方を検討・推進できるように協力しているという姿勢も見せることができた。

■マンション共用部への置き配規制も回避

渡辺弘美『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社)
渡辺弘美『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社)

この置き配検討会では、途中時間があいた時期があったが、最終的には2020年3月に「置き配の現状と実施に向けたポイント」という文書が公表され、置き配実施上の法的課題と対応策について整理された。

その結果として、最も気になっていたマンション共用部分での実施に関しては、「これまでの実態等を踏まえると、明確に使用細則等において禁止されていなければ直ちにその実施が妨げられるものではない」「消防法との関連では、(略)消防法第8条の2の4(略)を踏まえ、適切に管理する必要がある。なお、共用部分に、宅配物・生協配送・牛乳配達など、避難の支障とならない少量または小規模の私物を暫定的に置く場合は、長期放置や大量・乱雑な放置等を除き、社会通念上、法的問題にはならないと考えられる」と記載された。これでマンション共用部における置き配が直ちに規制されることは回避された訳である。

■政府経由で広報することにも成功した

また、この文書には予定どおり各社の取組事例も引用され、アマゾンの置き配に関して、玄関だけでなく、宅配ボックス、ガスメーターボックス、自転車のかご、車庫、建物内受付/管理人の中から希望の置き場所が指定できること、専用のアプリを利用して、指定された配達場所に配達が完了した様子の写真を撮影し、お客様に送信し知らせることができること、置き配のリスク対応として、商品が届いていない場合などには、お客様から状況を伺い、商品の再送や返金に対応していることが先進事例として紹介された。

一銭も使わずに、政府をうまく味方につけることで、置き配の社会的受容性を高めることができただけでなく、アマゾンの置き配の取組について政府経由で広報することにも成功した訳である。

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渡辺 弘美(わたなべ・ひろよし)
アナリーゼ代表
元アマゾンジャパン合同会社顧問・渉外本部長。世界中のAmazonで最古参のロビイスト。東京工業大学物理学科卒業後、1987年通商産業省(現・経済産業省)に入省し長年にわたりIT政策に従事。2004年から3年間日本貿易振興機構(ジェトロ)及び情報処理推進機構(IPA)ニューヨークセンターでIT分野の調査を担当。当時、インターネット、ITサービス、セキュリティ分野などの動向を毎月まとめた「ニューヨークだより」を発信し、日経ビジネスオンラインで「渡辺弘美のIT時評」を連載。2008年にAmazonに転職。15年間にわたり日本における公共政策の責任者を務めた。24年に公共政策業務をアップグレードするアナリーゼを設立し代表に就任。著書に『ウェブを変える10の破壊的トレンド』(ソフトバンククリエイティブ)、共著に『セカンドライフ創世記』(インプレス)がある。

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(アナリーゼ代表 渡辺 弘美)

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