これが大国の交渉術…橋下徹「なぜバイデン米大統領は友好ムードの中、習近平中国主席を『独裁者』と呼んだか」
プレジデントオンライン / 2024年1月12日 9時15分
早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。最新の著作は『折れない心 人間関係に悩まない生き方』(PHP新書)。 - 撮影=的野弘路
※本稿は、雑誌「プレジデント」(2024年1月12日号)の掲載記事を再編集したものです。
■Question
緊張緩和が期待される中での「発言」は是か非か
2023年11月、中国の習近平国家主席と米国バイデン大統領が約1年ぶりに会談しました。アジア太平洋経済協力会議(APEC)の出席者の一人として訪米した習主席でしたが、米国は郊外の豪華施設へ招待するなど厚遇し、両国の緊張緩和へ期待を高めました。一方で会見後の記者会見ではバイデン大統領が習主席を「独裁者」と表現し、友好ムードに水を差すシーンも。米国の「右手で握手をしつつ、左手で相手を殴る準備をする」交渉方法に私たちが学ぶべき点は何でしょう?
■Answer
日本の政治家・識者は交渉の何たるかを理解すべきだ
今回の会談は、さすが大国の交渉術でしたね。まさに右手で相手の手を取りにこやかに歓迎しつつ、左手では相手の弱みをグッと握り、思う通りにはさせないぞと意思表明。大国アメリカならではの交渉術です。こうした交渉スキルは、政治はもちろんビジネス分野でも学ぶべき点が大いにあります。
信頼関係が基本である友情関係は別として、異なる利害がぶつかり合う政治やビジネスの世界においては、相手の要望をすべて聞き入れていては、こちらの利益は失われ続けます。一方、「一切譲歩せず」の姿勢を貫けば、これまた関係悪化は必至で、相手は自らの利益を守るために強く反発し、こちらは何も得られない可能性が高くなる。もつれた関係は最終的には裁判か戦争によって解決するしかなくなります。それが今のロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナの関係です。
では僕らが目指すゴールはどこか。それは「利益ゼロか100か」ではなく「利益の一部取得、一部譲歩」の世界です。こちらの要望を何割か実現させつつ、相手方の要望も一部受諾する。まさに現実的な落としどころを探ることです。
イメージするのはピンと張りつめた糸の状態。強引に引っ張れば両国を結ぶ糸はプツンと切れてしまうし、反対に弛緩しきってもグダグダにもつれてしまう。適度な緊張感を保ちつつ、絶妙なバランス維持を目指します。
その観点から今回の米中会談を見てみましょう。
会談は終始友好ムードで二人の笑顔も印象的でした。一見、糸は緩まった印象でした。特にバイデン大統領が習氏に自分のスマホ内の写真を見せ、「この若者を知っていますか?」と尋ねるシーンはほほえましいものでした。そこに映っていたのは若き日の習氏の姿。サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジを背景にほほえむ若者の姿に、習氏も「これは38年前の私ですね」と頬を緩めたものです。
でもこれって実は形を変えたソフトな圧力でもあるわけです。中国共産党の指導者が、若かりし日に資本主義大国の観光地で笑顔を見せている写真。それが最大のライバル国である米首脳のスマホの中に収められているのです。一見「右手で握手」のアピールでも、裏を返せばある種の圧力。「俺たちはもっと機微に触れる個人情報も把握しているんだぞ」と暗示し、無言のプレッシャーをかけているのです。
![中国とアメリカの外交的握手](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/5/1200wm/img_e5298e7d7d490fdff5d7194dcffc6683384632.jpg)
それに続くのが「独裁者」発言です。バイデン大統領の失言と見る向きもありますが、僕は確信的な意識で発言したと思っています。バイデンさんは、5カ月前にも習氏を名指しで「独裁者」呼ばわりしています。その際の発言を指摘して、今もその見方に変化がないか問うた記者からの質問に対して、再度「独裁者」という強烈ワードで返答したのは、見事な「左手の拳」でした。
ただし相手を追い詰めるだけの発言ではありませんでした。「われわれ(米国)とは異なる政治形態に基づく共産主義国を率いる人物という意味で、彼は独裁者」という発言は、習氏への人格攻撃には当たりません。彼を「独裁者気質を持つヒトラーのような悪辣な人物」と評したわけではないのです。中国の政治制度では誰が主席に就いても独裁者になるだろう、という意味です。
バイデンさんはあくまで両国の制度や価値観の違いを挙げ、それぞれの国ではリーダーの性質が異なってくるということを表したにすぎないのです。実際、米国の民主主義政治と中国の共産党一党独裁政治が異なるのは、誰の目にも明らかです。それらの客観的事実を確認し、しかしそうした制度上の違いを乗り越えた先に協力は可能だというメッセージにもつながりました。
こうした巧みな交渉術は、トランプ前大統領にも通じるものがありました。過激な発言が多かった彼は、北朝鮮の金正恩総書記のことも「ちびのロケットマン」と呼ぶなど「左手に拳」のアピールは十二分に繰り出しながらも、笑顔で二者会談を実現する高度な交渉術の持ち主でした。そこはビジネスマンとしての本領発揮、こちらの主張ばかりではいずれ損することを知っていたのでしょう。軍事的緊張を高めながらも、ちゃんと寸止めするタイミングを熟知していました。
翻って日本です。いまの日本の政治家や識者にこうした大局視点や、巧みな交渉術を持つ人物はどれだけいるでしょうか。中国や習主席に厳しい批判をぶつけ、それらを貶める発言を連発する政治家はいくらでもいます。加えて中国への譲歩イコール「弱腰外交」と非難し続けます。逆に、中国に譲歩することばかり主張する人も多い。両者ともに交渉術というものが何たるか理解していない証しです。
最近では参議院議員の鈴木宗男氏が独自に訪ロし、「ロシアが勝つだろう」と発言したことが非難されました。でも鈴木氏はロシアの勝利を「予測」する戦況分析をしたのであって、必ずロシアが負けるものだと決めつける今の日本の多くの政治家や識者のほうがよほど危険です。戦況分析で一番やってはいけないのが、自らの希望に基づく決めつけです。実際、ロシアの勝利はあり得るシナリオの一つです。それを望むか望まないかは別として。
日本人は「現実に起きてほしくないこと」を口にすることを忌み嫌います。日本敗戦が濃厚になった太平洋戦争末期ですら、敗戦予測を口にすれば非国民扱い。あらまほしき「希望」を唱え続ければやがて「現実」になると願う言霊信仰はいまだ健在です。
しかし、現実を直視せず、希望的観測だけで行動した先に未来はありません。望ましくない未来が到来した際に、交渉のテーブルに着くためのコネクションすらないのでは話になりません。いついかなるときも、敵方との交渉ルートのパイプを保ち、できる限りの情報を収集すること。さらに戦争につながりうる不安定な関係を避け、なんとか安定した関係を維持するために「右手で握手」をしながら、最悪の事態(デッドライン)を越えたらいつでも殴る準備があるぞと「左手で拳」を握る胆力。それがいま、僕らに求められている外交の力ではないでしょうか。
大国とは呼べない日本が、平和を維持していくためには言霊や信念だけでは足りません。バイデン大統領やトランプ前大統領の老獪な交渉術から学ぶべき点は多いのです。
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元大阪市長・元大阪府知事
1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『折れない心 人間関係に悩まない生き方』(PHP新書)。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美 撮影=的野弘路)
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