「オーガニック=安全」ではないのに…小児科医が指摘する"オーガニック給食"を全国推進しようとする不思議
プレジデントオンライン / 2024年1月22日 7時15分
■参議院議員・川田龍平氏の炎上
「子どもの健康が大切なのでオーガニックの食品を選んでいます」、「有機栽培の野菜しか買いません」などと言う人は少なくないでしょう。ちなみに私が住んでいる地域の選挙公報には、議員に立候補している人が数人「オーガニック給食推進」を公約に掲げていました。
昨年12月7日には、立憲民主党の参議院議員である川田龍平氏が、X(旧Twitter)に「アメブロを投稿しました。『【お知らせ】オーガニックな食事で、子どもの発達障害の症状も改善!』」と投稿し、炎上しました。発達障害は生まれ持った特性のひとつです。また、ここで危険だと書かれている農薬・ネオニコチノイドの安全性は確認されているうえ、子どもの発達に関係しているという証拠もありません。オーガニックな食事で子どもの発達障害が改善するというのは、なんの根拠もない説だと言えます。
じつは、この川田氏は、昨年6月15日に立ち上げられた超党派による「オーガニック(有機)給食を全国に実現する議員連盟」の共同代表なのです。オーガニック・有機食品は、本当に子どもの健康によく、給食に導入すべきでしょうか。
■オーガニックとは何なのか
まず、オーガニック・有機食品とはなんでしょう。オーガニック食品の定義は、農林水産省や厚生労働省のウェブサイトにありませんでしたが、有機食品のことです。農林水産省のウェブサイトには、有機農作物、有機加工食品、有機畜産物、有機飼料、有機藻類という分類があります。
この中の有機農産物は、「化学的に合成された肥料及び農薬の使用を避けることを基本として、土壌の性質に由来する農地の生産力を発揮させるとともに、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した栽培管理方法を採用した場において生産すること」という文言があります。農林水産省の基準をクリアしていると、有機JASというマークを付けて販売することができます。海外から輸入されたものでも、表示の基準が定められています。ただ、それ以外のものが「オーガニック」と称されて販売されていることもあります。
一方、日本の慣行農業(通常の農業)で使われる農薬や化学肥料にも、安全性を確保するための厳格な決まりや基準があります。残留農薬も食品添加物も、多くの動物実験の結果わかった無毒性量を100分の1にし、一日摂取許容量(ADI)を算出しています。100分の1にするのは、動物とヒトとの違いや影響を受けやすい人がいることを考慮してのことです。安全係数といいます。つまり、慣行農業の作物も安全ですが、オーガニック食品はさらに環境に配慮した方法で作られた物ということになりますね。
■スリランカの有機農業の大失敗
環境にいいのなら、全てオーガニックにしたらいいと思うかもしれません。でも、ちょっと待ってください。有機農産物を作る際、有機JASの規格では「周辺から使用禁止資材が飛来・流入しないように必要な措置を講じていること」「播種(はしゅ)または植付け前2年以上化学肥料や化学合成農薬を使用しないこと」「組換えDNA技術の利用や放射線照射を行わないこと」などと決められています。
つまり、有機栽培をする場合は、周辺の農家の理解を得る必要があります。また、効率を高める化学肥料や農薬を使わないので手がかかる一方、以前から行われている慣行農業ほどたくさん収穫することができません。病害虫や天候による被害も受けやすいことから、収穫が安定しにくいというデメリットがあるのです。
読者のみなさんは、スリランカの失敗をご存じでしょうか。「世界初の100%有機農業の国にする」と当時の大統領が目標を掲げ、肥料・農薬の輸入を禁止しました。その結果、農作物の収穫量が激減。すさまじいインフレと全国的な暴動が起こり、大統領は国外に脱出しました。スリランカの経済破綻は、オーガニックを目指したことだけが原因ではありませんが、それが大きな要因でした。有機栽培には技術と手間が必要で、収穫は減りがち――つまりコストがかかり消費者にとって割高になるのです。
■物価上昇時に割高食材を使う⁉︎
近年、日本では賃金は増えないのに、物価だけが急激に上昇しています。もともとの経済成長の停滞、コロナ禍での物流の滞り、海外での戦争による燃料費の高騰、働き手の不足などのためです。
当然ながら、給食にかかるお金もかさんでいます。給食費を値上げした自治体もあると思いますが、多くは厳しい予算内で提供されているのです。国が定める学校給食摂取基準を守ろうとすると、給食の量が減ったり、質が低下したり、あるいは両方ともが悪くなります(※1)。そうしてさえ、給食を請け負う業者の倒産が相次いでいるのです(※2)。
こうした状況下で、学校給食に割高なオーガニック食材を使うべきでしょうか。私はそうは思いません。慣行農業の農作物の安全性はきちんと確かめられていますから、子どもの成長のためにカロリーや量が十分で、しかも栄養基準を満たし、なるべく多彩な食材を使った給食を供給したほうがいいと思います。これは誰にとっても同意できることでしょう。子どもは大人のミニチュアではなく成長と発達の途中ですから、大人以上に栄養が必要です。しかも、経済的に困窮している家庭の場合、毎日の学校給食が頼りということもあります。
※1 文部科学省「児童又は生徒1人1回当たりの学校給食摂取基準」
※2 産経ニュース「かさ増し肉減らし、物価高に工夫も限界 学校給食カロリー確保に悩む日々」
■自然なものが安全とは限らない
さて、オーガニック・有機食品が従来のものよりもおいしく、より安全で体によく、栄養たっぷりで、素晴らしいものだというイメージは世界的にあるようです。でも、実際には、おいしい、体によい、栄養価が高いということが保証されてはいません。有機栽培の一部を比較したところおいしさを感じやすいことがあるという研究はありますが、栄養価は差がありませんでした。
「割高になっても、おいしいくて安全なら、子どもにはやはりオーガニックなものをあげたい」と考える人がいるでしょう。でも、安全性も疑問です。農薬や化学肥料でなく、堆肥などの有機肥料を使って作る有機野菜で、健康被害の報告もあります。アメリカでは葉物野菜から、病原性大腸菌O157、ノロウイルス、サルモネラ、リステリア菌、サイクロスポラといったものが検出されているのです。
また植物は自らの身を守るために、虫や病気に対する自然の農薬を作ったり、動物に食べられないように有害な化学物質を作ったり、他の植物の生育を邪魔するアレロケミカルを出したりすることがあります。自然界にもさまざまな天然の毒があるんです。小麦につくカビ、ジャガイモの芽などはよく知られていますね。これらは取り除いたり、適切に調理したりしないと健康を害します。やはり、どう考えても「自然イコール安全」ではないのです。
■ファクトに基づいて学ぶべき
じつは農薬、医薬品、食品添加物などの場合、とても詳細な安全性試験と担当省庁の注意深い審査が行われています。だから安全が担保されているのです。一方、自然の植物由来の栄養補助食品、機能性食品、天然の虫除け・病気よけの成分はほとんど試験をすることなく販売できます。ですから、どんな害があるのかわかりません。
米国食品医薬品局(FDA)の薬物評価研究センター所長や米国環境変異原学会長などを務めたDr. James T. MacGregor氏の『ナチュラルミステイク 食品安全の誤解を解く』という本は、天然の食品に関する誤解やリスクについて説明しています。ちなみにアメリカでも天然のものは安全で安心だという誤解があり、オーガニック食品は平均で47%高額だそうです。
食物や農業の安全について学ぶのは大切なことです。その際にはイメージではなく、ファクト(事実)に基づいて学びましょう。「AGRI FACT」というサイトは身近な食に対する疑問に答えてくれますし、Jミルクや精糖工業会など各種農畜産物の組合などのサイトも参考になります(※3、4)。
個人が自分の予算で何を選ぶかは自由ですが、公職に立候補する人がオーガニック給食を掲げていると、本当に子どものことを考えているのだろうかと疑問に思います。事実に基づかないイメージだけで語っているのではないでしょうか。健康に気を使っている方こそぜひ「なんとなくよさそう」「なんとなく怖い」ということではなく、正しい情報を得て判断していただけたらと思います。
※3 精糖工業会「よくある質問」
※4 一般社団法人Jミルク「牛乳の気になるウワサをスッキリ解決!」
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小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)
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