「慰謝料ガッポリで一生安泰のハズが…」探偵費用に400万円かけて夫の不倫の証拠を押さえた妻の悲惨な結末
プレジデントオンライン / 2024年1月23日 6時15分
■夫が不倫、「慰謝料で一生安泰」なのか
主婦のA子さん(38歳)は、会社員の夫(40歳)と結婚して10年になります。2人の間に子どもはなく、この数年は不仲で、ことあるごとに怒鳴りつけてくる夫に対して、A子さんは不満を持っていました。
夫はコロナ禍が収まってしばらくすると、出張だと言って家を空けることが増えました。夫のスマートフォンを見てみたところ、どうやら職場の同僚らしき女性と不倫をしていて、出張だという日は女性とホテルに泊まっているようでした。
友人に相談すると、「探偵をつけて証拠を取ったら? 旦那さんに突きつけたら慰謝料がたっぷりもらえて一生安泰ね。旦那さんの親もお金があるから、そっちからも慰謝料が取れそう」「マンションのローンを払わせて、権利ももらえるんじゃない?」と言われました。
すっかりその気になったA子さんは、ネットで見つけた探偵に相談をしました。
■探偵費用に400万円
「調査費用は200万円です。証拠があれば慰謝料を取れますし、探偵の費用も夫や不倫相手に請求できますよ」と言われ、へそくりからお金を出してそのまま依頼をしました。
最初に1週間夫を尾行してもらいましたが、同僚と飲み会に行っただけで、不倫相手と会っているところの写真は撮れませんでした。ショックを受けているA子さんに対して、探偵は「経験上、もう1週間延長すれば女性に会いそうな気がします。調査員も複数体制の方がいいですよ」と言われ、ここまで来たら必ず証拠を取りたいという一心で、両親からお金を借りて追加で150万円を支払いました。
その結果、無事に夫が女性とホテルに入る写真を撮影できたのですが、今度は「訴えるためには相手の女性の住所や氏名が必要ですよ」と言われ、その調査費用として、追加で50万円を支払いました。
400万円かけて探偵からの調査報告書を手にしたA子さんは、それを夫に突きつけることにしました。謝ってくれれば今後の夫婦生活で優位に立てるし、謝らないならたっぷり慰謝料をもらって離婚しようと思ったのです。
■夫は激怒し「離婚しよう」
しかし、探偵の報告書を突きつけると、A子さんの予想に反して、夫は激怒しました。「元々お前のことは嫌いだった。ろくに家事もしないし、自分へのねぎらいがない。離婚しよう」。
謝られることと慰謝料をもらうことしか考えていなかったA子さんは、夫に不倫を認めるように言いましたが、夫は報告書を見ることすらせず、その日からA子さんを無視するようになりました。
納得のいかないA子さんは夫に毎日LINEで「不倫は許しません」「不倫相手を訴える」「慰謝料800万円と探偵費用400万を支払ってください、マンションの名義も変更してください」などと送りました。
夫と会話がないまま2週間が経ったある日、夫が家に帰ってこなくなりました。LINEで連絡したところ、夫は4万円を振り込んできたので、これは何のお金かと聞くと、「別居しよう。4万円は生活費だから」という返事が来ました。
こんな金額では到底暮らせないので、法的手段に出るしかないと思い、A子さんは弁護士に相談に行きました。
■慰謝料は100万~200万円
「夫と不倫相手に慰謝料と探偵費用を請求して離婚したいです。あとマンションももらって……」という希望を話すと、弁護士はA子さん夫妻の収入や財産について聞き、現実的なお金の見通しを教えてくれました。
まず、慰謝料は裁判になっても100万~200万円で、探偵の費用の全額請求はできません。
離婚するなら、慰謝料の他に財産分与をもらえますが、A子さん夫妻の場合、購入したばかりの夫名義のマンションのローンが残っているため、夫の財産はマイナスになり、財産分与は見込めないということでした。
離婚しない場合は、別居中の生活費として婚姻費用がもらえます。
婚姻費用は夫婦の収入と子どもの有無で算定されます。夫は年収700万円、A子さんはパートをしていて年収120万円、子どもはなし。この場合、夫がA子さんに支払う婚姻費用は月に約9万6000円になります。夫がマンションのローンを払っていることを加味すると(居住関係費といいます)、A子さんがもらえる婚姻費用の適正額は約3万8000円。夫が4万円を振り込んできたのは適正額になるということでした。
このように、A子さんが思い描いていたような「多額の慰謝料やマンションをもらって離婚」という結果にはならないことがわかりました。
A子さんは諦めきれず、「夫の両親に請求できないのか」と聞きましたが、それも難しいと言われました。
■慰謝料では探偵費用もカバーできず
こうしてA子さんは、友人や探偵の話を信じて高額な金銭を得られると思い行動に出た結果、夫に出て行かれ、月4万円の生活費を受け取る生活になってしまいました。以前よりも生活が苦しくなりましたが、離婚をしても金銭的に得がないので、身動きが取れません。
弁護士に依頼して不倫相手に慰謝料を請求しましたが、相手は「貯蓄がないので50万円しか支払えない」と言ってきました。
裁判になった場合の弁護士費用や手間を考え、やむなくその金額で合意しましたが、高額な探偵費用を払ってもらうことはできず、大きなマイナスを抱えてしまいました。
■多額の慰謝料は「超レアケース」
皆さんはA子さんのエピソードを読んでどう思ったでしょうか。浅はかだ、こんな人がいるはずがないと思うかもしれません。あるいは、不倫した方の“やり得”だと思うかもしれません。
しかし、これが現実的な数字なのです。
最近はインターネットにも、数字の面で正確な情報は出回っていますが、不倫をされたら「相手が悪い、慰謝料をたくさんもらえる」としか考えられなくなり、正確な情報もアドバイスも頭に入ってこなくなった結果、その後の見通しを誤ってしまう人は非常に多いのです。
その大きな原因は、「不倫をしたら多額の慰謝料を払うものだ」というイメージが世間に浸透していることです。
事例の中にも出てきた通り、一般的には不倫の慰謝料の相場は100万~200万円程度です。しかも、昔に比べて金額は低くなる傾向にあります。
これは裁判になって判決で得られる金額なので、任意にこれ以上の金額が支払われるケースはもちろんあります。もっとも、それは不倫をした側にそれだけの金額を払う理由がある場合に限られ、かなりのレアケースです。もちろん相応の収入や貯金も必要です。
それなのに、インターネット上には、不倫で高額の慰謝料をもらったという体験談がたくさん存在しています。芸能人が不倫をしたというネットニュースには、「奥さんは慰謝料をがっぽりもらって離婚ですね」といったコメントが並びます。
芸能人が実際に支払った慰謝料の額が表に出ることはありませんし、私自身が取り扱ったケースでも、芸能人だからといって多額の慰謝料が支払われた事例は見たことがありません。
芸能人の不倫報道の際には、「離婚にあたって多額の慰謝料を支払った」「自宅やマンションを渡した」と書かれることが多いですが、その全てに明確な根拠があるわけではなく、噂をもとに書いたり、メディアの慣例として半ば定型文のように書かれたりしている可能性もあります。
■ネットの体験談や人の話は誇張が多い
また、ネット上の体験談が事実という証拠はどこにもありません。
知り合いに話す場合の体験談も同様で、不倫で慰謝料を払った側は、「嫁さんに全財産取られちゃってさ」など、金額を多めに言いがちで、少なめに言うことはありません。
本来、慰謝料の金額といった示談の条件は、秘匿性が高いものなので、正確な内容が表に出ることはありません。当事者が他人に話す内容は、誇張されたものであると考えた方がよいでしょう。
不倫をされた側は、財産分与が通常より多くもらえると勘違いしている人も多いのですが、財産分与はあくまで夫婦で築き上げた財産を離婚時に分けるというものなので、離婚原因によって分与額が変わることはありません。
これはおそらく、不倫を悪いことと考えるあまり、「不倫した人は破滅してほしい」という願望が独り歩きして生まれた都市伝説のようなものなのだと思います。
そこから、「不倫をされたら慰謝料で安泰」と考える人が多くなってしまったのではないでしょうか。いわば「慰謝料神話」と言ってもよいでしょう。
私が危惧しているのは、こういった「慰謝料神話」に影響されて、慰謝料に夢を見てしまう人が後を絶たないことです。
ごく普通のサラリーマンの家庭なのに、「不倫した夫から1億円もらいたい」と本気で言う人もいます。収入も貯金もなく、相手の両親もごく普通の家なのだから1億円なんてもらえませんよと周りから言われても、「でも不倫されたのでそのぐらいは当然にもらえるはず……」と聞き入れません。
「不倫をしたんだから、相手には一生私の面倒を見る義務がある」と思う人が多いのですが、法律上そういった義務はありません。まして、不倫をした時点で心が離れているので、その相手に一生奉仕して償おうと考える人はいません。
■不倫をした「有責配偶者」からは離婚できない
とはいえ、慰謝料の金額が低いからといって、不倫をした人が得をするということはありません。
不倫をした人は有責配偶者となり、自分から離婚することができなくなります。未成年の子どもがいる場合は成人するまで、別居をしている場合でも、一定程度の別居期間の継続がなければ、裁判で離婚を求めても認められません。
多額の慰謝料と比べると、大したことではないように見えるかもしれませんが、これは実はとても大きなペナルティーです。
まず、離婚して不倫相手と結婚したくてもできなくなります。
また、別居している間は双方の収入に応じて婚姻費用を支払う必要があります。離婚するまでの間支払い義務が生じるので、別居期間によっては、数百万円の慰謝料よりも大きな金額になります。
そして、相手を有責配偶者と裁判で認定してもらうために重要になるのが、不倫の証拠です。そのため、不倫の証拠は多額の慰謝料をもらうためのものというより、離婚されないためのものと考えた方がよいでしょう。ゲーム的な言い方をすると、不倫の証拠は、“武器”としてよりも、“防具”としての効果の方が高いのです。
■不倫の後にある「人生と心の立て直し」
不倫が配偶者からの裏切り行為であるのは確かです。しかし現実としては、多額のお金をもらってすっきりということはなく、不倫をした配偶者とどう向き合うか、自分の人生をどうしていくかという大きな問題に直面することになります。
まず考えるべきは、自分が配偶者の不倫を許せるか・許せないか、ということです。許すのであれば、夫婦関係の再構築を模索します。
許せないのであれば、別居や離婚を検討します。子どもへの影響も考える必要があるでしょう。住む場所はどうするか、仕事は、子どもの学校は……。
不倫をされた後にあるのは、このように地道な「人生と心の立て直し」です。相手の出方によってはさらに傷つく場面もありますし、金銭的に苦しくなることもあります。
それでも、自分と子どもの心や将来を守るために何が最善なのかを考えなければいけませんし、そのためのお手伝いをするのが弁護士という職業だと私は考えています。
こういった道のりになることを説明すると、すんなり理解できる方もいます。しかし、それでもなお「それはおかしい、慰謝料がたくさんもらえるはず」と信じて疑わず、配偶者や不倫相手にやみくもに金銭を請求し続ける人もいます。
■「相手から離れたい」か、「懲らしめ」か
離婚にはさまざまな原因があり、不倫はあくまでその一つです。
不倫以外の原因、例えば暴言や暴力、金銭問題で離婚をしたい人は「相手と離れたい」という気持ちが強いので、「高額な慰謝料が欲しい」「謝罪を受けた」「ギャフンと言わせたい」とは言いません。なぜなら、相手と離れて精神的に楽になることが最優先になるからです。
一方、不倫については、「すぐに離れる」という選択肢をとる人は少ないです。離れるよりも、金銭を多く取りたい、謝罪させたい、ギャフンと言わせたいといった、「懲らしめ」を重視します。このように、反応に違いがみられるのは、やはり背景に「慰謝料神話」があるからではないかと思います。
不倫をされた時に、お金のことばかり考えてしまうと、大事なことを見過ごしてしまいます。不倫は良くないことですが、不倫をされたからといってお金が増えるわけではないというのはシビアな事実です。
まずは弁護士に相談して、自分たちのケースではどういった選択肢が考えられるのか、現実的かつ具体的な方法を探ることをおすすめします。
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弁護士
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)、『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)など。
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(弁護士 堀井 亜生)
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