1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

いきなり選手に「移籍or引退」を突き付ける「人的補償」はやめるべき…日本のFA制度が抱える致命的欠陥

プレジデントオンライン / 2024年1月16日 11時15分

契約を更改したソフトバンクの和田毅投手=2023年12月25日午後、福岡PayPayドーム - 写真=時事通信フォト

西武からソフトバンクにFAで移った山川穂高選手(32)の人的補償として、両球団は1月11日、甲斐野央選手(27)が西武に移籍すると発表した。だが、同日付の日刊スポーツが「西武は和田毅投手を指名する方針を固めた」と報道していたため、ファンの間には波紋が広がった。一連の「騒動」の背景にはなにがあったのか。ライターの広尾晃さんが解説する――。

■FA制度の欠陥が露呈した西武―ソフトバンクの騒動

諸事多難な幕開けとなった2024年だが、プロ野球も仕事始め早々、山川穂高のFA移籍にまつわる問題が、物議をかもしている。

2022年オフ、知人女性へ性的暴行をした疑いで、埼玉西武ライオンズ(当時)の山川穂高は今年5月23日に警視庁麻布署によって書類送検されていた。東京地検から嫌疑不十分で不起訴処分とされ、球団によって無期限の謹慎処分になっていた。

しかし2023年オフに「FA(フリーエージェント)権を有する」ことが確認され、12月に福岡ソフトバンクホークスにFA移籍、入団会見はあたかも謝罪会見のようになった。

高額年俸を得ていた山川の移籍に際してライオンズはホークスに対して「人的補償」を求める権利があった。1月11日、それが現役2番目の年長投手で、通算158勝のチームのレジェンド、和田毅であると日刊スポーツによって報じられると、ホークスや王貞治球団会長への批判の声が高まった。

日刊スポーツによると、その後、ライオンズは「和田を指名する方針を固めていた」が、「反響の大きさなどを鑑み、両球団が話し合って急きょ方針を転換」し、再度の協議の結果、救援投手の甲斐野央を指名したという。

(日刊スポーツ2024年1月11日配信記事)

この騒動によって、和田毅は、戦力として確保しておきたいと球団が考える「プロテクトリスト」から外れていることが明るみに出た。和田毅にとっては心穏やかならぬことではあろう。

今回に限らず、日本プロ野球のFA制度には問題があり、筆者はFA制度を見直す時が来ていると考えている。まずはFA制度ができた経緯からみていきたい。

■選手が勝ち取った権利

一定期間チームでプレーした選手が、他球団と自由に交渉してチームを移籍することができるFA制度は、MLBでは1977年から始まった。そして日本でも1993年から導入されたが、その仕組みはMLBとは似て非なるものだった。

そもそもFA(フリーエージェント)という概念はドラフト制度を補完するものとして生まれた。

プロ野球リーグでは、球団がアマチュアのプロ志望選手を選択するドラフト制度が導入されている。選手は指名された球団に入るか入らないかを選択するだけで、意中の球団に自由に入団することはできない。

アメリカでは「これは反トラスト法(日本の独禁法に相当する)に抵触する」として、訴訟が起こされたが、裁判所は、MLBのドラフト制度は「反トラスト法」の対象にならないという結論を出し、ドラフト制度を支持した。

MLBヒューストン・アストロズの本拠地・ミニッツメイド・パークのボールパーク
写真=iStock.com/MoreISO
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MoreISO

MLBは、例えばJリーグとは異なり、チームの入れ替えがなく固定された「クローズドリーグ」だ。このリーグで、自由に選手獲得ができるとなると、資金力のあるチームに有力選手が集中し、強者弱者が固定してしまう。リーグの健全な運営のためには戦力均衡が必要で、ドラフト制度はそのための方策として認められる、という理屈だ。

しかしそうなると選手は、永続的に球団に支配されて移籍の自由がないことになる。それは不当だと一部の選手が異議申し立てを行い、ストライキなどの抗議活動を経て、1977年、選手が一定年限チームに所属するとFA権を取得して他球団と自由に交渉して移籍できることになった。

■日本とメジャーリーグでのFA制度の違い

ただ、選手が移籍することは、その選手が所属していたチームにとっては戦力の損失になる。これを補償するために、移籍先のチームは移籍元のチームに移籍金を支払う。また大物選手のFA移籍に際しては「ドラフト上位の指名権」も譲渡することとなった。

日本でも1993年からFA制度が導入されたが、それは最初からアメリカとは似て非なるものだった。

MLBではアクティブ・ロースター(負傷者リストなど各種出場停止リスト登録中期間も含む)に登録されていた日数が6.000(通算6年)に達すると、対象の選手は自動的にFA状態になる。

毎年、シーズンオフになるとMLBでは、多くの選手が球団を離れる。残るのはFA年限前の若手選手と、複数年契約をしている大物選手だけだ。それ以外の選手は全員FAとなって、改めて球団と契約交渉をしなければならないのだ。

NPBの場合、国内FA権を取得するためには、145日以上の1軍登録が8シーズンに到達することが条件となっている。しかし、FA権を取得できるようになっても、選手自身がFA権の行使を宣言しない限りは、選手の保有権は在籍している球団に残る。

実質的にFA権を行使して大型契約を結んで球団を移籍するのは、一部の大物選手、スター選手だけになっている。

■「人的補償」は日本だけ

また前述のとおりMLBではFA移籍に際して、移籍先球団は移籍元球団に契約金を支払うほかドラフト指名権も譲渡する。

だが、日本のドラフト制度は、アメリカのように完全ウェーバー制(前年の下位球団から順に選手を指名する制度)ではないのでドラフト指名権を譲渡することはできない。その代わりに人的補償という制度で、移籍先の選手を一人、見返りに差し出すことになっているのだ。

人的補償の対象となるのは、移籍先球団の70人の支配下選手の内、「プロテクト」された28人を除く選手だ。

多くの場合人的補償の対象になった選手は、その事実を球団側からいきなり告げられる。また、メディアの報道で知ることもあるという。

その選手がまだ出世前で「どこの球団でもいいから活躍の機会がほしい」と前向きの気持ちを持っていればまだ救われる。

今季でいえば、広島からオリックスにFA移籍した西川龍馬の人的補償となったオリックスの投手日高暖己は、まだ高卒2年目であり、入団会見では「びっくりした」と言いつつも前向きなコメントをしていた。

■「嫌ならクビ」は人権侵害

しかし、和田毅のような大物選手の場合、球団の低すぎる評価に傷つくことも多い。長年主力選手として貢献してきた結果がこの報いか、と思っても仕方がない。

しかも人的補償の場合、選手にはこれを拒否する権利がない。

フリーエージェント規約には

人的補償に指名された選手がこれを拒否した場合、その選手は資格停止選手となる

と明記されているのだ。「資格停止」はコミッショナー権限による実質的な「クビ」だ(有期限の場合もあるが)。

突然、他球団への移籍を告げられ「嫌ならクビ」と迫られる。多くの人が言うように人的補償は人権侵害の恐れさえある。

過去にも、工藤公康、江藤智、長野久義、内海哲也(いずれも巨人)、馬原孝浩(ソフトバンク)などタイトルホルダー級の大物選手が、FA移籍の人的補償になった。

チームのスター選手が望まぬ形で移籍するのは、ファンにとってもショックではあったが、これらのベテラン選手は、自分たちの境遇を甘受し移籍先のチームでも若い選手をリードして、懸命にプレーした。その姿勢は称賛に値する。

しかしだからといって人的補償の対象になって、素直にそれを喜んだ大物選手は一人もいなかったのは間違いない。

そもそもFA権が「ドラフト制度による『職業選択の自由』の制限」に対する補完として始まったことを考えると、たった一人とはいえ、選手の移籍に関する自由意志を侵害する人的補償はFA(フリーエージェント)の趣旨に反していると言えるだろう。

■なぜ同じ球団に居続けようとするのか

しかしもっと広い観点で見れば、そもそも日本のプロ野球選手はなぜそんなに「移籍すること」を嫌がるのだろうか?

彼らは会社員ではない。「個人事業主」であり、自分の能力一本で球団と契約し、収入を得ているプロフェッショナルだ。求められるところがあれば、どこででも野球をするのが本筋ではないのか?

いまだに日本のプロ野球選手の多くは、あたかもサラリーマンが会社に入るように球団に入る。入団時に「球団に骨を埋めます」などと言う選手もいる。また引退後、退団せずに球団職員として残り、さまざまな業務に就く選手も多い。

それはあたかも年功序列、終身雇用が当たり前だった日本の会社のようだ。

人事異動のイメージ
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

確かに、以前は入団に際して「引退後は親会社の正社員としての身分を保障すること」を条件にプロ入りする選手がいた。そして引退後は親会社の管理職になった元選手もいた。

しかし現在は、引退後、球団に残った元選手の多くは1年ごとの契約の契約社員であり、正社員のような身分を保障されていない。選手が引退して球団職員になれば、その代わりに誰かが退職することが多いのだ。

筆者は長年「先乗りスコアラー」としてチームの勝利に貢献した野球人を知っているが、60歳を過ぎて突然契約を打ち切られた。「正社員ではなかったから、退職金が出るわけでなし、球団以外に知らないから、どうして生きていこうか本当に困った」と言っていた。

■なぜ本来行使すべき権利を使わないのか

一般の企業であっても終身雇用は崩壊しつつある。サラリーマンであっても転職、起業、フリーランスが現実的な選択肢になる中で、なぜプロ野球選手の多くは球団にしがみつくのか? 移籍を嫌がるのか?

FA権を導入する際に、自動的にFAになることに反対したのは、球団だけではない。選手の側からも「身分が不安定になる」と反対の声が上がったのだ。

しかし、自由に他球団と交渉できるという、本来選手が当然行使すべき権利を使わず、球団に残る選択をするのは、自らの可能性を狭める行為に他ならないのではないか。

MLBでは毎年、100人を超す選手がFAになる。昨年11月のMLB発表では今オフは130人だった。その中には、ドジャース一筋16年、通算210勝の大投手、クレイトン・カーショウなども含まれている。

彼らは代理人などを伴ってここから球団と個別に交渉し、新しい活躍のステージへと進むのだ。メジャーリーガーにとってそれが「野球で生きる」ことだ。そしてニーズがなくなれば消えていくことも甘受しているのだ。

■リーグの活性化を阻害する

しかしNPBでは今オフの時点でFA資格を満たした選手は22人いたが、FA宣言をしたのはわずか7人だった。

FA権を行使する選手が極めて少なく、トレードなど、それ以外の移籍も少ないNPBでは、移籍はあたかも「不名誉なこと」のように受け止められている。だから人的補償にまつわる愁嘆場が起こったりするのだ。プロ野球の世界では「寄らば大樹の陰」という言葉が、いまだに生きているようだ。

しかしFA権を取得するまでプレーをした選手は、すでに成功者であり、チーム、リーグに貢献した功労者でもある。このタイミングで自動的にFAとなり、自分の評価、価値を他球団との交渉で確かめてみるのも有意義ではないか。

一方で「FA年限に達した選手は、同意がない限りその年度は解雇できない」というルールを設けることで、選手はリスクなく交渉ができるのではないか。さらに言えば、国内8年、海外9年というFA年限も短縮すべきだろう。

MLBに比べてNPBでは選手移籍の流動性が極めて低い。それがリーグの活性化の阻害要因になっていると思う。

「FA年限に達する=自動的にFA」とすることで、NPBにはさまざまな化学変化がおこるのではないか。人的補償を巡るドラマは、流動性がなく閉塞感に満ちた日本社会の象徴だ。

----------

広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

----------

(スポーツライター 広尾 晃)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください