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なぜ松本人志は記者会見を開かないのか…30年前に250万部の大ブームとなった「遺書」に記した"芸人の本音"

プレジデントオンライン / 2024年1月17日 11時15分

2025日本万国博覧会誘致委員会の発足式典であいさつするお笑いコンビ「ダウンタウン」の浜田雅功さん(右)と松本人志さん=2017年3月27日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志氏が、過去に複数の女性に性的行為を強要していたという疑惑を『週刊文春』が報じ、大きな注目を集めている。神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「松本氏の著書を読むと、彼の行動原理が理解できる。この本に綴られている『派手な言葉』からは、むしろ『不安や心配』が伝わってくる」という――。

■なぜ日本人は松本人志に熱くなるのか

昨年末に『週刊文春』が、松本人志による性加害疑惑を報じ、その次の号でも同誌は、続報を出す。

彼は、報道当初から疑惑を否定し、X(旧ツイッター)で立場を明らかにするとともに、フジテレビ系「ワイドナショー」への出演についても言及していた。

その後の展開は、ご存じの通りである。

「当面の間活動を休止したい旨の強い意向が示されたこと」によって、所属する吉本興業は「本人の意志を尊重することといたしました」と1月8日に発表している。

『週刊文春』で行動を共にしていたと報じられたスピードワゴンの小沢一敬は、翌9日には活動継続を明らかにしていたものの、13日になって、本人からの申し出によって「当面の間、小沢一敬の芸能活動を自粛すること」をウェブサイトで所属事務所が公表した。

彼らが何をしたのか、あるいは、していないのか。

一億総評論家状態のいま、屋上屋を架す意味はないだろう。

すでに論点や視点は出尽くしているように見えるし、だれもが公式の場面では優等生になるしかないから、わざわざあらためて書くまでもない。

それよりも興味深いのは、このひとりの芸人をめぐって、私たちが、ここまで熱くなっているところである。何が、これほどまでの注目を集めさせるのか。

■30年続く「松本ブーム」

「ダウンタウンの松本人志」がお笑いの世界を超えて、広く知られたのは、初の著書『遺書』(朝日新聞社)が約250万部、続く『松本』(同)が約200万部という大ベストセラーとなった1994年から1995年にかけてである。

このときも、日本は、この男に夢中だった。

1995年4月8日の読売新聞夕刊は「人気の理由を出版社に尋ねても『われわれにもよく分からない』。このつかみどころのなさがベストセラーの秘密だろうか」と書いている。

出す本が、すべて途方もなく売れたわけではない。

『松本人志 愛』(朝日新聞社、1998年)や、『松本坊主』(ロッキング・オン、1999年)といった著作は、目立ったものではない。

しかし、1995年の売り上げ1位と2位に並んだ『遺書』と『松本』をあわせて文庫化した『「松本」の「遺書」』(朝日文庫)は、1997年の初版から現在までの27年にわたって流通している。

2~3年で絶版になる本が少なくないなかで、芸能人の、それも売れた本への高いニーズが続いている。異例である。

今回の報道をきっかけに手にとった読者も多いのではないか。

かくいう私もまた、じっくりと読んだのは初めてだった。そこに書かれていた内容をヒントに、その行動原理を探ってみよう。

■『「松本」の「遺書」』に書かれていること

普通のタレントが逃げるようなスキャンダルでも、オレには全然効果がないのだ。自分のイメージなんてどうでもいいし、髪型とかファッションなど二の次、三の次、ましてや私生活のことを悪く書かれても、“芸人松本”としては、全然関係ないことなのだ(『「松本」の「遺書」』37ページ)。

こう啖呵を切った上で、この回を「オレはダウンタウンの松本、笑いに魂を売った男なのだ!」と結んでいる。

今回、記者会見を開かない理由は、まずここにあろう。

スキャンダルの意味がない、それは、“芸人松本”の笑いにとって、なのである。笑いにつながらないから弁解はしない。逆に、X上での発言は、ことによると、笑いのひとつなのかもしれない。

ステージ中央にはマイクが1本だけ立っている
写真=iStock.com/wir0man
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wir0man

同書のもとになったのは、昨年休刊となった『週刊朝日』の「オフオフ・ダウンタウン」という連載である。「正真正銘オレが100パーセント書いていることは確かだ」(同書109ページ)と断言しており、噂されたゴーストライター説を退けている。

ビートたけしのバイク事故や、サッカーW杯のアメリカ大会、ドラマ「家なき子」、阪神大震災、オウム真理教事件といった、時事ネタへの言及とともに、96編のコラムのなかで、最も多くタイトルに使われている単語は何か。

「オレ」(38回)である。

■「ハデな言葉」とは裏腹に伝わってくるもの

「笑い・お笑い」を合わせた回数(16回)の倍以上にのぼる。もちろん、タイトルは本人だけではなく、編集部の意向も強かったに違いない。とはいえ、「オレの笑い」への強いこだわりが、同書を貫いている様子がわかる。

オレの笑いが理解できないということは、酒を飲めないヤツといっしょで、オレの笑いを理解できるヤツの半分しか人生を楽しめてないのだ。頭の弱いヤツなのだ。(同書83ページ)

過激というか、時代をあらわしているというか、今なら、編集部がカットするか、本人が自粛してしまうかもしれない。

当時から反発を織り込み済みではあったようで、連載の締めくくりにあたって、「オレが言いたかったこと、それは、自分に自信をもつことは悪いことじゃないということである」(同書254ページ)と述べている。

裏を返すと、まだ、と言うべきなのか、いまだに、なのかわからないが、著者自身が、「親や家族を養っていく本業である仕事に自信をもち」(同書254ページ)たがっている。

自信を持っているなら、わざわざ、こうは書かないだろう。派手な言葉とは裏腹に、彼のことばからは、こうした心配や不安が伝わってくる。

そして、この「自信のなさ」が、刊行から27年が過ぎても新しい読者を惹きつける魅力なのではないか。

■「年ごろの娘がいる父親なんで」

昨年10月、NHKは「松本人志と世界LOVEジャーナル」を総合テレビで放送した。

同局がウェブサイトで「いま世界では『性』の価値観をアップデートしようという機運が高まっています」と綴ったこの番組は、しかし、「“性”の話題を楽しくまじめに語り合う」とのコンセプトには届かなかったかもしれない。

「クリトリス」や「顔に(精液を)かける」といった、NHKらしからぬ単語や表現が飛び交ったとはいえ、ぎこちない空気は消せなかった。

冠をつけたお笑い芸人の責任ではない。

日本で最も権威のある放送局(NHK)で、いま1番政治的に正しいテーマ(性の多様性)について語る場に、「オレの笑い」の出る幕は、どこにもない。

NHK放送センター。「松本人志と世界LOVEジャーナル」では、NHKらしからぬ単語や表現が飛び交った
NHK放送センター。「松本人志と世界LOVEジャーナル」では、NHKらしからぬ単語や表現が飛び交った(写真=Kakidai/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

30年ほど前には「自分のイメージなんてどうでもいい」と断言していたのに、「年ごろの娘がいる父親なんで」(同番組の冒頭)MCを引き受けたと語る。変わり身ととらえられるかもしれないが、その内実は、昔から何も変わっていないのではないか。

そう考える根拠もまた、あのベストセラーにある。

■「家族のために」否定せざるを得ないのか

オレのようなコメディアンにとって、家族というのは百害あって一利なしなのではないだろうか?(『「松本」の「遺書」』71ページ)

このすぐ後に、次のように続けている。

やはり、オレにとって結婚はありえないのかもしれない。ただ、今日、1993年12月11日、午前4時現在の話で、この発売日のころにどうなっているかは、だれにも分からないのであった。(同書72ページ)

その後に結婚して、女児をもうけたのを“矛盾”として攻撃したいわけではない。逆に、執筆時点の話だとの留保は、同書の予言通りと言えるだろう。

それよりも、「子供が小学生にでもなると、親父がコメディアンという理由でいじめられるかもしれない」(同書71ページ)と書いている、その部分に引っかかる。

明石家さんまは、

あいつ、子どもできて、オレは、子どものため、というのが、かなり大きい気がするね。自分の芸能生活どうのこうの、番組に対して、とか、迷惑かけるけども、家族のために、という感じは、間違っているかわからんけど、ものすごくわかる。

と、ラジオ番組(「MBSヤングタウン 土曜日」2024年1月13日放送分)で推測しているからである。

子どもを守るために、今回の疑惑を否定せざるを得ないとしたら、被害を訴えている人にも、関係者にも、そして本人にも、「家族というのは百害あって一利なし」との見方もできよう。

「オレの笑い」のためには家族を見捨てるのか、と言えば、そうではない。家族を、どこまでも気にしているのであり、そうした彼の、あいまいな態度が、私たちを饒舌にさせ、語らせ続けるのである。

■「自分に自信をもつことは悪いことじゃない」

昨年は、(旧)ジャニーズ事務所をはじめ、歌舞伎界、宝塚歌劇団、といった芸能の世界のスキャンダルが続出した。

その年の瀬に、吉本興業を代表する松本人志の醜聞が報じられたのは、あまりにも出来すぎている。だからといって、旧態依然としたシステムが限界を迎え、変わらなければならない、そんな通り一遍のコメントでまとめるのは、安易すぎる。

ひとりの芸能人をめぐって、これだけ盛り上がれるのは、お笑い芸人が、社会のなかで重要な存在として認められている証拠にほかならない。松本人志の「オレの笑い」を、理解しているかどうかはともかくとして、膨大な数の人たちが知っている証しなのである。

どのような真相であろうとも、一方的に誰かをバッシングするのは言語道断であり、絶対に容認されない。節度を保ちながら、その節度とは何なのかも含めて、広く語る。それこそが、松本人志が30年前に書いた、「自分に自信をもつことは悪いことじゃないということ」ではないか。

「親や家族を養っていく本業である仕事に自信」があるのなら、他人を過度に叩かないからである。

このように書いてきた私が彼を擁護している、そうとられるとしたら、それもやはり、松本人志をめぐる語りが止まない、この社会のありさまをあらわしている。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

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